新たな火種
シャーロット「暇だからリガロフ君にクラリスが好きになる薬を飲ませたよ」
クラリス「!?」
ミカエル「クラリス好き、愛してる。結婚して♪」
シャーロット「どうだい、大好きなご主人様に好き好き言われてキミも嬉―――」
クラリス「 な ん か 違 う ッ ! ! 」
シャーロット「!?」
クラリス「クラリスは……クラリスはッ!」
クラリス「ご主人様がクラリスにドン引きしながらも、段々とクラリスに染まっていくその過程とそれを経た結果に性的興奮を見出しているのであって、薬でそれを全部スキップしたところでクソほどの魅力も感じませんわッ!」
クラリス「早急に戻してくださいまし」
シャーロット「は、ハイ……」
シェリル(なるほど深い、これもまた愛)←メモ中
全てが、遠い夢のように思えた。
生まれた日、成長、そして破滅。
火炙りにされて殺された父の無残な姿。
目の前で皆殺しにされた家族たち。
復讐を誓ったあの日。
初陣、初めての血の味。
力也との出会い。
戦の中で掴んだ幸せ。
力也の死、息子の誕生。
戦争の終結。
そしてこの世界での、力也たちとの戦い。
永い、永い眠りの果て―――夢か現か見分けもつかぬ微睡の中、垣間見た一連の光景には現実味がなく、どこか他人の記憶を覗き見しているようで、しかし確かに自分のものとして頭に焼き付いた記憶。
これは何だろう?
私はいったい誰なのだろう?
それはまるで、これから生まれ出ずる子供たちを見守る母の慈愛にも似ていた。
シリコン製の人工皮膚が形作る表情は柔和で慈愛に満ちた笑み。大きく紅い義眼は新たな生命の誕生を喜ぶかのようで、口元には今にも祝福の言葉を紡ごうとしているかのように開きかけだ。
我が子の誕生を喜ばない母親などいないだろう―――しかしそれは、その広間に鎮座する巨大な物体は、果たして慈愛に満ちた母、と表現してよいものか。
それを母と呼ぶには、あまりにも冒涜が過ぎた。
頭だけで大きさは3m―――無数のケーブルの中に沈む臍から下を無いものと考えても、その全高は目測で10mに及ぶ。全体が精巧な、しかし間近で見れば生身の人間のそれとは大きく異なる質感のシリコン製人工皮膚で覆われていて、見る者の目を引く大きな胸は左右から伸びた無数のケーブルの塊に覆われている。
両腕を左右のケーブルの塊に取り込まれたそれは、全高10mにも達する巨大な人間の女性の上半身を象った”何か”だった。
頭髪は燃える炎のようにも、あるいは血のように赤く、前髪の下から覗く爬虫類のような瞳もまた紅い。両腕が左右から展開するケーブルの塊に取り込まれ、半ば一体化しているそれは確かに表情だけを見れば慈愛に満ちた母、我が子の生誕を見守る母親のそれにも見えるが―――同時に、磔にされているかのような歪な不気味さも同居していて、純粋な母性だけを見出し全てを委ねる事の決してできない禍々しさを纏っていた。
首元に首輪のように装着された結晶のリングには【L.A.U.R.A】の刻印がある。
「―――で、首尾は」
腰に剣を提げたミリセントの問いに、ホムンクルス製造担当のブリジットは手元のタブレットを何度かタップしながら説明した。
「複製率は100%。遺伝子的相違点ナシ、精神的相違点ナシ、記憶処置も完璧です。ただ……」
「ただ、なんだ」
「いえ、その……数値とデータの上では、あそこにいる子は”完璧に複製されたセシリア・ハヤカワ”、もう1人の本物と言って差し支えない存在です。ですが時折、どうしても記憶にノイズが入る」
「……」
目を細めながら、ミリセントはL.A.U.R.Aのちょうど臍の前に安置された製造装置の中に収まっているホムンクルス―――セシリアの複製を見つめた。
左目から頬にまで達する古傷も、壊死した左目も全てが彼女のものだ。ああやって胎児のように培養液の羊水の中で身体を丸め、機械の臍の緒で接続されてこそいるものの、数分後には彼女が次のセシリアになる。
「原因は」
「分かりません。何度も原因の洗い出しを図っているのですが……記憶の追体験の段階で、その……同志大佐が登場し始めた辺りからノイズが生じるように」
「……」
果たしてそれはセシリア・ハヤカワという人間の遺伝子に宿る本能なのか。
それとも彼女の魂によるものか。
(馬鹿馬鹿しい)
吐き捨てるように内心に思い、ミリセントは拳をぎゅっと握った。
所詮は代用品―――テンプル騎士団叛乱軍の旗印にして烏合の衆同然の彼女たちをまとめ上げるカリスマであることが、あのセシリアの複製達には求められている。
だから黙ってその役目を果たしていればいいのだ。
ミリセントにとって、真に”同志団長”と呼べるのは本物のセシリア・ハヤカワただ1人。いくら彼女を精巧に再現した複製品が製造されたところで、建前上は”同志団長”とは呼ぶが、しかし粗悪な複製品に過ぎない。
「元々、設計に無理があったので仕方がないとは思います。そもそもこの”スペア計画”は―――」
「そんな事は百も承知だ。とにかく極力安定させろ。作戦行動中に錯乱されては困る」
「了解です」
スペア計画―――全盛期のテンプル騎士団内部で計画されていた、セシリア・ハヤカワの代替計画。
これはその産物だ。計画だけで実行に移される事のなかった、埃に塗れた計画と図面を持ち出し、この異世界の地で再現しただけに過ぎない。
「それにしても、こんな贅沢……同志団長でなければ許されませんね」
L.A.U.R.Aの前に安置された製造装置を見つめながら、ブリジットが感想を述べる。
そこに設置されたホムンクルスの製造装置は通常の製造装置と比較すると、付属する設備の規模が違う。通常の製造装置以外にも無数のケーブルやモニター、オシロスコープのようなものが増設された非常に大掛かりなものとなっていて、もしそこに白衣を身に纏った科学者でもいればマッドサイエンティストの研究室にも見えたかもしれない。
設備が大掛かりになってしまうのは仕方のないことだ。
そこで製造されるホムンクルス兵は紛れもない特注品、”特別仕様”なのだから。
通常のホムンクルス兵は肉片の状態から培養され、そこから胎児に、赤子にという形態変化を経て生まれてくる。遺伝子操作こそすれど記憶操作や精神操作までは行わず、内面的な成長は本人とその周囲の人々に委ねられる形となる。
しかしこの製造装置は違う。
細胞の培養から製造装置内部の経過時間を倍加させる事でホムンクルスをあっという間に肉片から成人女性の姿へと急成長させ、それと並行してデータ上の記憶と精神で内面を上書きする―――万が一セシリア・ハヤカワが暗殺され、志半ばで斃れる事を危惧した当時の組織上層部が設計を計画した、本物のセシリア・ハヤカワを複製する代替計画。
幸い、セシリアの死はごく一部の関係者にのみ知らされ、葬儀も近親者のみで粛々と行われた。それが功を奏し、今のテンプル騎士団の中にはセシリア・ハヤカワというクレイデリアの力の象徴がどういう最期を遂げたのか、そもそも彼女が死んだのか生きているのかすら把握している者は少ない。
だから叛乱軍に参加した多くの兵士は、あっさりと騙せた。
が、どうしても本物との差異は生まれてしまう。
ボグダンの一件もそうだ。本物であれば、仲間もろとも敵を撃つような決断は決して下さない筈である。結果としてそれが綻びを生むことになり、空中戦艦1隻の喪失と優秀な指揮官の戦死、部下2名の離反という最悪な結果を招いたのだから笑えない。
今度はもう少しマシな個体が生まれてくる事を祈っていると、製造装置の培養液がポンプで排水され始めた。培養液の抜かれたガラスカバーが解放され、中からケーブルに繋がれたセシリアがゆっくりと出てくる。
ブリジットがすぐさま駆け寄り、工具を使って機械の臍の緒を排除。衣服を一切纏わぬ彼女に服を着せ、タブレット片手にデータチェック。問題ないことを確認すると、ミリセントに前を譲った。
「―――おはようございます、同志団長」
その一言で、ぴくり、とセシリアが反応した。
虚ろな闇色の瞳に光が燈る。
「どうです、ゆっくりお休みになれましたか?」
「ん……ぁ…………あ、ああ、お前かミリセント」
おはようございます―――その何気ない挨拶が、複製されたばかりのセシリアの自我をONに切り替えた。
「計画はどうだ、どこまで進んでいる」
「ええ、優秀な同志たちのおかげでイコライザーの採掘は最終段階に入りました」
「そうか……計画成就も目前だな」
「はい。もっとも、130年も使用されずに放置されていた兵器です。再整備には時間を有する事となりますが……」
「構わんさ」
差し出された刀を受け取り、腰に下げながらセシリアは自信満々に言った。
「既に計画は成功したも同然だ。これで祖国の腑抜け共も少しは目を覚ますだろうさ」
胸を張るセシリアの視界の外で、ミリセントは冷たい目を彼女へと向けていた。
―――所詮は複製、こいつはセシリアじゃあない。
姿を借り、記憶を借りただけの赤の他人、遺伝子が一致しているだけの別人でしかないのだ。
そんな彼女に、嫌悪感を覚える。
そして、そのような彼女に頼らなければ計画を進められない自分たちにも。
同時刻
ミカエルたちの世界とは別の異世界、次元の壁の遥か彼方
クレイデリア連邦
首都アルカディウス郊外
テンプル騎士団本部『タンプル塔』
大地から伸びるのは無数の要塞砲だ。
周囲から伸びる6門の巨大な要塞砲は口径36㎝―――超弩級戦艦の主砲にも匹敵するサイズの大型兵器だが、しかしその要塞からすればそれすらも副砲に過ぎない。
本命の主砲は、その中心に聳え立つ遥か巨大な要塞砲だ。
天を向いたまま待機するそれらが、まるで巨大な塔の群れのように見える事から、その要塞はこう呼ばれる。
―――【タンプル塔】と。
要塞砲が発する衝撃波は絶大であるがゆえに、その要塞の主要設備の大半は分厚い天然の岩盤と装甲板に隔てられた遥か地下にある。
冷たく暗い地下の要塞―――その一角に備えられた会議室の中は暗く、立体映像投影装置が発する青白い光だけが唯一の光源だ。
ぼんやりとした光に照らされる人の顔がまるで幽霊のようで、更に暗闇の中に流れるショパンのノクターンOp.9-2、それもレコード特有のブツブツというノイズを伴ったそれが不気味さに拍車をかける。
耳にした者を癒す儚い旋律も、しかし立体映像を凝視する彼らの焦燥感を癒すには至らない。
「―――もはや一刻の猶予もないですな」
暗い部屋の中、立体映像を見上げていた高官の1人が断言するように言った。
今回の一件は、テンプル騎士団本部も非常に重く受け止めている。
一部の叛乱軍による現政権転覆計画―――あろうことか当代団長の母、セシリア・ハヤカワという女の複製を用いて多くの造反者を伴い、異世界で使用され悲惨な結果を招いた民族浄化兵器『イコライザー』の不発弾を回収、本部にその矛先を向けるなど、テンプル騎士団の歴史の中で前代未聞の大事件である。
高官たちの視線を向けられながら、今のテンプル騎士団を統括する団長―――『リキヤ・ハヤカワ二世』は父親譲りの紅い目を細めた。
怨念が服を着て歩いているような風貌で人相の悪かった父と打って変わって、普段は温厚で人当たりも良い好青年で知られている彼も、しかし今ばかりは険しい表情を浮かべている。
これまで叛乱軍に何度も呼びかけを行ってきた。速やかに原隊に戻る事、今ならば恩赦を与える事―――飴と鞭を使い分けながらも対話での解決のため最善を尽くしてきたつもりであるが、しかし成果はご覧の有様である。
それどころかイコライザーの再配備は目前で、もはや叛乱軍は一線を越えた、と断じて良い段階にまで入っているのだ。
クレイデリアに住む26億人の人民の命がかかっている。ここで手を打たねば―――かつて父と母が命を賭して守り抜いたこの世界が、終焉を迎える事になるであろう。
遥か過去に取り残された、1発の負の遺産によって。
「―――もう、我々も我慢の限界だ」
口から漏れ出たその言葉は、これまでの融和路線では問題の根本的解決が不可能である事を認めるものであった。
そして、実力行使を容認するという意味も含んでいたのは言うまでもない。
手をかざすと同時に、リキヤ・ハヤカワ団長の前に紅い立体映像のウィンドウが表示される。
そこにはクレイデリア語で【Дё Ёers au delsam doghec vam tёmple chef oudёr-4581(テンプル騎士団団長令第4581号)】の記載があった。
「叛乱軍の武力を用いた横暴な振る舞いと恫喝に、我々は決して屈するわけにはいかない。だがしかし、これまでの平和的解決手段でも効果がなかった以上、実力行使もやむを得ないと判断する」
険しい顔のまま、リキヤ・ハヤカワ団長は告げる。
奇しくも眉間に皺を寄せたその表情は―――父親の生き写しと言っていいほどそっくりだった。
「テンプル騎士団九代目団長、リキヤ・ハヤカワ二世の名に於いて―――ここにテンプル騎士団特殊作戦軍【スペツナズ】による斬首作戦の発動を宣言する」
イライナの独立と、迫る帝国の崩壊。
それとは別の火種が、次元の壁を跨いで生じた瞬間であった。
スペア計画
全盛期のテンプル騎士団において立案された計画の1つ。組織の指導者であったセシリアが、万が一志半ばで斃れるような事があっては大打撃を被る事となるため、それを恐れた当時の上層部はセシリアの複製を製造、彼女の影武者や予備として用いる事を計画していた。
しかしセシリアの遺伝子が極めて不完全であり、ほんの少しの遺伝子操作さえも受け付けず、強行すれば簡単に遺伝子のバランスを崩してしまう恐れがあった上に製造コストも極めて高い”高級品”であり、更に本物のセシリアが異常なまでの強さを誇ったためにそもそも暗殺される心配がないという本末転倒な事となったため計画は白紙化、そのまま凍結された。




