志を果たして
パヴェル「うわーやべー死にそう……ガクッ」
ミカエル「パヴェル!」
ルカ「パヴェル、死んじゃやだよ!」
ノンナ「目を開けてよパヴェル!」
パヴェル(ああ……俺って意外と皆に慕われてr)
クラリス「パヴェルさん貴方が死んだら誰が薄い本の続編描くんですの!?」
シェリル「ミカエル君スク水ぬるぬる触手えっち本の新刊まだですか」
シャーロット「ごはん」
パヴェル「あっハイ……(蘇生)」
マグカップの中にコーヒーを注ぎ、キッチンから拝借した卵を割って卵黄をその中へ。続けてパヴェルがいつも愛飲しているウォッカのボトルを拝借してコーヒーの中に適量(うん適量)ぶちこんでから軽くかき混ぜ、暖かい湯気を立てるそれをトレイの上に乗せて1号車へと向かう。
みんなの寝室は1号車の2階に用意されている。一昔前に走っていた二階建ての新幹線よろしく、乗車口の近くに1階と2階へ続く階段が配置されていて、そこで上下に広がる居住区画を行き来する構造になっているのだ。
小さい頃2回くらい乗ったなぁ、と昔の事を思い出しながら1階へ。
本来1階にあった寝室を片っ端から潰してブリーフィングルームとした広間の手前、ぽつんと1つだけ残された寝室のドアをノックすると『ぅぃ』と少ししんどそうなヒグマの唸り声が聞こえてきて、けれども安心しながらドアを開けて中に入った。
パヴェルはまだ起きていた。寝てていいよ、とは言ってたんだが、本人は「もう少しでキリウなのに旅の終わりを眠って迎えるのはなんか嫌だ」と言っていたし、正直俺もここで眠られたらこんどこそ二度と目を覚まさないんじゃないかという漠然とした不安があって、眠って欲しくなかった。
そっとマグカップを彼の傍らに置くと、ウォッカの匂いを嗅ぎつけたパヴェルが早くもマグカップに手を伸ばした。
「卵黄とウォッカ入ってるよ」
「サンキュ」
ふー、と冷ましてから少し口へと含むパヴェル。普段は人相の悪い彼がやけに穏やかな顔をしているように見えるのは、きっと気のせいなどではないだろう。
「……世話をかけたな、ミカ」
「いいって。仲間だろ?」
「すまなかった……正直、ずっと罪悪感を感じてたんだ。お前たちをテンプル騎士団との戦いに、俺の個人的な戦争に巻き込んでしまった事に」
そうだろうか―――心の中で疑問が生じた。
遅かれ早かれ、俺たちはテンプル騎士団と激突していたかもしれない。パヴェルの導きがあろうとなかろうと、だ。今のこの世界にとって連中はそれほど危険な相手で、決して野放しになどできる存在ではない。
「だからさ、責任……取ろうとしてたのかもしれない」
「死んでか」
「……ああ、たぶん」
「……死んで取れる責任なんかあるもんかよ」
冗談やめてくれよ、と言外に言いながら椅子に腰を下ろすと、パヴェルは視線をこっちに向けながら少しだけ目を丸くし、口元に笑みを浮かべた。
「はははっ……”向こう”にいた妻にも同じこと言われたわ」
「向こうって……あの世?」
「たぶんな。酒場みたいなところだった……こう、ちょっと年季の入った酒場でさ。テーブル席がいくつかあって、そこに戦死した仲間たちが死んだ当時の姿のまま座ってて、酒を飲んだり飯を食ったり……変な話だろ? それでさ、戦友にも会ったんだ。みんな俺に気付くなり”帰れ”って感じで睨んできてさ」
それはそうなのだろう。
もし仮に、俺が戦死したとして……死者たちの魂が眠る場所にルカやノンナ、ギルドの大切な仲間たちが迷い込んできたならば、俺もきっと同じ反応をしたはずだ。還れ、お前の居るべき場所はここじゃない。そんな言葉を捲し立てて、追い返そうとしたはずだ。
結局のところ、死者が生者に望むのは生者の幸福で、自分たちの死に縛られる事無く自由に生きてほしい、成すべき事を成してからこっちに来てほしいという事なのだ。
「俺、まだ生きてて良かったんだなって」
「……当たり前だろ」
ぽん、とパヴェルの肩に手を置いた。
「死んでいい命なんか、あるものか」
存在を否定される事などあっていい筈がない。
「生きろ。俺の目の黒いうちは死なせない」
胸を張りながらそう言うが、一呼吸置いてから2秒くらいしてから、その……あれ、俺もしかしてすっげー恥ずかしいこと言ったのではないか、という思いが込み上げてきて恥ずかしくなった。
何が「俺の目の黒いうちは死なせない」だ。相手は特殊部隊の大佐で俺よりも経験豊富なベテラン中のベテラン。そんな相手にチョロいヒロインならコロッと落ちそうなセリフを吐いて何を考えてるんだ俺は。
こんなところでパヴェルさんルートに突入したところで腐女子とごく一部の層しか喜ばないと思うんだが……だよね、そうだよね? ね???
「―――ダッハッハッハッハッ!!」
ゲラゲラ笑いながら俺の頭の上にでっかい手を置くパヴェル。そのままわしわしと雑に撫でまわされ、ぐわんぐわんと頭が揺れる。まるで首から上だけ洗濯機にぶち込まれたようで、ちょ、ちょっと待って……吐く、吐きそう。ミカエル君虹吐きそう。
「ああ、そりゃあ頼もしい。ぜひそうしてもらおうか」
「お、おう」
「いずれにせよお前は命の恩人だ、ミカ」
ふらふらしながらも顔を上げると、パヴェルは今までに見せた事のない表情をしていた。
あんなにも人相が悪く、スーツ姿で上着のポケットに手を突っ込むだけで警備員が寄ってくるような危ない男。しかし彼の瞳には確かな光があって、そして憑き物が落ちたような笑みがあった。
「―――本当に、ありがとう」
彼の大きな手と握手を交わし、今度は反対の手で頭をわしわしと撫で回される。
おいばかやめろ吐いちゃうだろ、と思ったところでドアの方からガタンッ、と大きな音が聞こえ、一瞬で戦闘モードに入ったパヴェルと俺の視線がドアを睨む。
撫でられてぺたんと倒れていたケモミミもぴょこんと起き上がり、上着の袖の中に隠し持っていた投げナイフをいつでも投擲できるように構えると、ドアが開いて向こうからクラリスとシェリルとシャーロットの3人が部屋の中に倒れ込んできた。
「あ痛ぁー!」
「ちょっと同志シャーロット、押し過ぎでは」
「おやおや、覗き見がバレてしまったねェ」
メガネメガネ、とすっぽ抜けて飛んでいったメガネを探し回るクラリス。あれ、あなたそれ伊達メガネじゃありませんでしたっけ?
まあ、それはさておきだ。
「何してんだコラ」
「あっいえ、その……良好なBLが摂取できる気配がしてつい」
「どうぞ、私たちに構わず続けてください。何なら同志大佐の同志大佐でミカエル君をわからせちゃっても構いませんしむしろそういう展開の方が私としては願ったりです。眼前でエロ同人も真っ青になるようなエグいプレイが見られるのでしたら本望ですホントに」
「ん、そういう事しちゃうのかい? それならボクが作った近藤さん箱で置いていくけどもどうするねリガロフ君?」
コレどうしよ、とパヴェルと視線を交わし、彼の目配せで机の上にハリセンが置いてあることを把握、それを無言で拾い上げるや、すたすたとホムンクルス三馬鹿の方へと歩み寄る。
そのまま勢いを乗せ、ハリセンをフルスイングした。
「がいあ!?」
「おるてが!?」
「まっしゅ!?」
パパパンッ、と良い音がした。
まったくこのド変態共め……せっかくのムードが台無しだろムードが。空気を読めよまったく……。
「ご、ご主人様のハリセン……い、いい……ッ」
「何かに目覚めそうですねこれは」
「い、いいデータが得られそうだ……クックックッ」
なんだこいつら……叩かれて喜んでやがる。
「あの、テンプル騎士団ってこんな変態ばっかりなんです?」
「むしろド変態しかいないよ」
「マジで?」
「常識人が絶滅危惧種」
「やだそんな職場」
「だって俺の分隊もそんな奴らばっかりだったし」
「指揮執るの大変じゃん」
「そらそうよ、慎重に攻めろつってんのに機関銃とか火炎放射器抱えて突っ込む馬鹿しかいない」
「テンプル騎士団怖すぎでは?」
世紀末から来た軍隊とかじゃないんですかねテンプル騎士団?
パシャ、とシャッターを切る音が聞こえたので何事かと視線を下に向けてみると、いつの間にか匍匐前進で接近していたクラリスとシェリルがスマホで俺を下から見上げるアングルで盗撮しているところだった。
そんな全く凝りてない2人の顔面目掛けてハリセンを振り下ろすミカエル君、悶えるホムンクルス2人組に、ベッドの上でゲラゲラ笑うパヴェル。
カオスだけど、けれどもこれが俺たちの日常。
こんな日が一生続けばいいなと―――そう願わずにはいられない。
トンネルを抜けた。
雪の降り積もりつつある大地の向こう、キリウの象徴にもなっている巨大なグラスドームが見える。駅構内から空を見上げると、大空を背景にイライナの紋章が浮かび上がるという洒落たデザインのそれは、キリウの象徴であると同時に観光名所でもある。
唐突に、列車の中にあるスピーカーから懐かしいメロディーが流れ始める。
どこかで聞き覚えがあるなと思ったら、それはこの世界の音楽ではなく―――前世の世界、日本の民謡だった。
『ふるさと』である。
いったいいつの間に製作して収録していたのだろうか―――キリウに帰ってきた時に流すために用意していたのだとしたら、随分と良い趣味をしているものである。
俺にとって、キリウという街は―――そこにある屋敷は、父による束縛の象徴で嫌な思い出しかない場所だ。
けれども、そんな場所でも幼少期を過ごしたのは事実だし、こんな俺を支えてくれた母やクラリス、そして屋敷の外で出会ったいろんな人たちとの交流も、確かな思い出として脳裏に焼き付いている。
鮮明に思い出される過去の記憶。懐かしい、という感情が刺激されて、やっとここが俺の”ふるさと”なのだと、実に19年も経ってやっと認識した。
部屋で休んでいたクラリスと一緒に寝室を出て、客車にあるタラップを登ってハッチを開けた。戦車の砲塔みたいなハッチを解放して外に出ると、雪を含んだ冷たい風と雪に埋もれつつある郊外の雪原が俺たちを出迎えてくれた。
間もなく冬季封鎖が始まります―――そんな放送が、街の方から聞こえる。
「還ってきた―――俺たちの故郷、キリウに」
この街を出て、冒険者になって、幾多の困難を仲間と共に乗り越えながら成し遂げたイライナ、ベラシア、ノヴォシア3ヵ国の踏破。
その長旅の終着点は、もうすぐそこまで迫っていた。
胸に満ちるのは達成感と、ほんの少しの寂しさ。
クラリスの手を握りながら、俺は小さな声で口ずさんでいた。
かつての祖国、日本の民謡を。
志を 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
第三十三章『ふるさと』 完
第三十四章『新局面』へ続く




