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パヴェル、還らず

ミカエル「え、女装した俺にストッキング越しに踏みつけられながら罵倒されるASMRを作ってほしい?」

クラリス「はい、たまにはご褒美が欲しいのです」

ミカエル「なんでや、本人いるやろ」

シェリル「だってあなた嫌がるじゃないですか」

ミカエル「それはそうですけども」

シャーロット「それにリガロフ君、身体は一つだけだろう? 生ASMRなんて一名様限定、取り合いになるに決まっている。ならいっそ音声作品にして平等に分配するべきでは?」

ミカエル「いやあの俺の尊厳」


パヴェル「収録やってくれたらギャラ250万ライブル、売り上げに応じてさらに追加するがどうする?」


ミカエル「おっけ俺ちょっと尊厳売ってくる」



ナレーター「やはり羽毛の如き尊厳、札束の暴力には勝てないのであった」




 なんかこう、ちゃぶ台がある。


 背景担当の人手を抜いたんだろうか、と思ってしまうほど何もない真っ白な空間の中、ポツンと置かれたちゃぶ台。ラーメンのスープとか何かこぼしたのだろう、染み付いた模様がいくつか浮かんでいて、随分と年季が入っていることが分かる。


 そのちゃぶ台のはるか向こうに、なんかその……変な生物がいた。


 二頭身くらいの、随分とデフォルメされた小さなボディにやけに大きな頭。ケモミミと長い尻尾、それから黒髪に真っ白な前髪と身体的特徴はそれだが、デフォルメされた影響で輪郭は更に丸くなっており、全体的に愛嬌がある姿となっている。


 ああいうキャラグッズあったら売れるよな、などと今度作るミカの同人グッズのアイデアとして頭の片隅に置いておきながら、困惑しつつそいつらの方へと足を運んだ。


 神社の神主みたいな恰好をした二頭身ミカエル君ズ。『ミカ~』『ミカミカ~』などとロリボで変な鳴き声を発しながら深々とお辞儀する彼女たちの向こうには真っ赤な鳥居があって、その向こうにはその……いやあの、俺疲れてるのかなコレ。


 鳥居の向こうには祭壇と、その奥で身体を丸めてこっちをじっと見ているでっかいハクビシンの姿があった。


 お供え物なのだろうか、祭壇にはカットされたマンゴーやパイナップルといった糖度の高い果物ばかりがずらりと並んでいて、ご神体と思われるでっかいハクビシンは眠そうにあくびをしながら尻尾を振っている。


 地面の上に寝そべっているハクビシンだが、随分とサイズが大きい事が分かる。地面に寝た状態でも2、3mくらいはあるだろうか。立ち上がったらもっと大きくなるだろう。それこそ北海道やロシアのヒグマみたいに。


 傍らには木製の看板があり、そこには『ハクビ神』って書いてある。


 ハクビシンってか。ダジャレ?


『ぴぎ』


 俺とそのハクビ神の目が合った。

 

 さっきまでリラックスしてケモミミをぺたんと倒していたハクビ神。まるで虎とか狼のような捕食者と目が合ってしまったかのようにケモミミを立てるや、眠そうだった目をカッと見開き、ビー玉のような目でこっちを直視しながら唸り声を発し始める。


『え、ええと?』


『ぴえー!!!』


 甲高い咆哮。


 何事かと思いきや、それが合図だったかのように周囲にわらわらと大量の神主二頭身ミカエル君ズが集まり始めた。


『ミカー!』


『ミカミカー!』


『ミーカ、ミーカ』


『うおなんだお前ら!? ちょっ、放せオイ!』


 あっという間に胴上げされるや、そのままえっさほいさとハクビ神の前から放逐されてしまう俺。


 え、なにこれ夢? 現実?


 俺どうなるのさコレ……?

















 心電図の音が聞こえてくる。


 シャーロットが持ってきた医療機器に繋がれたパヴェルの心拍数は、段々と低下しているところだった。既に傷口は塞がっていたが、内部で破損した機械部品が悪さをしているのではないか、と判断したシャーロットがメスを片手にパヴェルの腹を切り開き、”中身”を弄り回している。


 彼の”中身”を見て、絶句した。


 ほとんどが機械だったのだ。肋骨とか一部の臓器とか、確かに人間の内側に存在するものも埋め込まれている。けれどもその大半に機械の部品やら配線がくっついていて、あるいは臓器と完全に一体化していて、高度な技術で成り立っているそれはおぞましいものに思えた。


 本来滅びる筈だった命を、機械の能力で生き永らえさせる―――機能を停止した人体のパーツを、ロボットを改造するかのように機械と入れ替えて。


 まるでどこかのマッドサイエンティストが、着せ替え人形で遊ぶかのように人体のパーツを弄り回す生命への冒涜。そんな哲学的な思考が頭を過るや、出会ったばかりの頃のパヴェルの言葉が思い起こされる。


『こんな身体の俺でも、人間って呼んでくれるのかい』


 出会って間もない頃、彼が言っていた言葉だ。両手両足だけじゃない―――脳の大半や心臓の大半、肺の半分に胃の半分、骨や血管の一部に至るまでが機械に置き換えられ、実に肉体の8割が機械でできていたパヴェル。人間のような姿でありながら中身はSF映画のアンドロイドやサイボーグのような有様で、俺たちを見据えるあの両目でさえも義眼なのだそうだ。


 そんな有様の肉体を、”人間のもの”と呼べるのか。自分は果たして人間を名乗ってよいものか。


 傷つき、機械で補われたその肉体は彼の経験した激戦を証明するもので、同時に彼自身の在り方に影を落とす一種のコンプレックスのようなものだったらしい。


 今思えば、パヴェルは怖かったのだろう。


 自らの肉体を、機械が大量に埋め込まれたおぞましい肉体を理由に、人間である事を否定されるのが。


 ウェーダンの悪魔とまで呼ばれ、復讐のために全てを捨てて戦ったという彼が最後まで縋っていたよすがは、意外にも”人間らしさ”だったのだろう。


 だから俺は答えた。


 『身体がどれだけ機械でも、そこに魂が宿っている限りは人間だ。だからあんたも人間だよ』と。


 あの時パヴェルが見せた表情は、確か安堵だった。


 破損したパーツを摘出し、破断した回路を繋ぎ直していくシャーロット。額に汗をびっしりと浮かべながらも作業を終えた彼女に代わって、シスター・イルゼが治療魔術を発動。切り開かれた腹を治癒し繋ぎ合わせていく。


 しかしそれでも、心拍数は安定しない。


 半端に開かれたパヴェルの目は虚ろだった。開いているが、しかし光がない。そこに宿る意思が、自我が感じられない。


「血が足りないんだ」


 機械整備用のキットを作業台の方に押しやりながら、シャーロットが言った。


「すぐに輸血の準備を」


「誰か、この中で血液型がA型の人は?」


「俺が」


 輸血用の機械を取りに行ったイルゼを一瞥し問いかけるシャーロットに、俺は名乗りながら一歩前に出た。


 俺もパヴェルと同じく血液型はA型―――事前にイルゼが行ってくれた検査で、俺の血をパヴェルに入れても異常が起こらない事は確認されている(ただし彼の血液中にはナノマシンがあるそうなので、逆にパヴェルが俺に輸血するのは無理という一方的な関係になっている)。


「あたしも」


「某もA型にござる」


 モニカと範三も名乗りを挙げるや、輸血に備えて右腕の袖を捲り上げた。


 今のパヴェルの肉体は、致死量ギリギリの量の血液で何とか賄っている状態だ。死の縁でギリギリ踏み止まっているのは、シャーロット曰く「体内に埋め込まれたフィオナ博士のナノマシンによるもの」らしい。


 しかしその命の灯火も、いつ消えるか分からない。


 イルゼが持ってきた輸血用器具を装着、イルゼに右腕の肘の辺りをアルコール消毒してもらい、ゆっくりと輸血用の注射針を突き刺していく。


 ずきん、と身体に針がぶっ刺さる痛みに、懐かしさを感じつつも唇を噛み締めた。


 昔―――転生前のミカエル君が子供の頃、多分平成初期生まれの人は経験があると思うが、当時の注射針は今の注射針よりも太くて静かに突き刺さらず、随分と痛いものだった。だから健康診断とかワクチンの予防接種の時はいつも憂鬱で、泣かずに注射を終えた俺を母さんは褒めてくれた。頑張ったご褒美に、とゲームを買ってくれたこともあった。


 そんな事もあったな、向こうの母さんは元気だろうか……遥か次元の壁を越えた先にいるであろう家族に想いを馳せながら、死の淵を彷徨うパヴェルの顔を見下ろす。


 チューブの中を真っ赤な液体が通り、パヴェルの身体へと注がれていった。


「パヴェル……死ぬな、生きろ」


 もう既に、列車はイライナ領に入っている。


 これ以上追撃される事はまずない―――このペースで走り続ければあと3時間でキリウに到着するはずだ。


 旅の終点が間近に迫っているというのに、こんなところで途中下車なんて絶対許さないからな、俺は。
















 

 錆び付いた扉の向こうにある酒場には、見知った顔の連中がいた。


 テンプル騎士団時代、各地の戦場を共に戦った副官のジェイコブ。


 スペツナズの指揮を執っていた時、俺から全ての技術を受け継ぎ、きっと悪魔の再来だとかなんだとか呼ばれるんだろうなと期待していた部下のキール。


 共に”特殊作戦軍”という組織を作り上げ、テンプル騎士団をより強大な軍事組織へと成長させていった上官のウラル・ブリスカヴィカ上級大将殿。


 どいつもこいつも、死人だった。


 なんで死人だと分かったかというと、その酒場で酒を飲んだりポーカーに興じているクソッタレ共は皆、死んだ当時の姿のままそこにいるからだ。


 ジェイコブは首筋に何かで殴られたような痕があって、口元には吐血したと思わしき血痕がある。


 そんな彼と談笑するキールは右腕の肘から先は無く、顔の右半分には手榴弾のものと思われる破片がいくつも突き刺さっていて、両脚は重い何かに潰されたようにぐにゃりと曲がっていた。


 ウラルも髪がすっかり抜け落ち、肌の表面は焼け爛れて、さながらゾンビのような無残な姿となっている。シャーロットの話では彼は原子炉に入り、放射能漏れを防ぐために命を懸けて帰って来なかったと聞いているから、あんな姿になったのは強烈な放射線を浴びたからなのだろう。


 他にも死んだ連中が、懐かしい連中がわんさかいた。


 塹壕で眠っていたと思ったら下あごから下が吹っ飛ばされて死んでた奴、ギターが得意でみんなの癒しだったが朝起きたら首から上を吹っ飛ばされて冷たくなってた奴、攻勢の際に敵の銃弾に倒れて真っ先に死んだ奴……。


 みんな、戦死した奴がそこにいた。


 いたるところに染みが浮かび、扉も錆び付いて年季の入った酒場で、死んだ瞬間の姿のまま談笑している。


 ああ、そうか。


 死者たちの活気に触れて、理解した。


 ―――俺も死んだのだ。


 自分の身体を見下ろす。


 俺もまあ、他人の事を言えるような状態ではなかった。身体中には鋭い何かで刺し貫かれたような痕があり、両腕の義手は肩口から吹き飛んで、いたるところに細かい破片が突き刺さっている。


 そんな新しい死者の登場に、奥の方のテーブルでジョッキを片手にフライドチキンを頬張っていたジェイコブが気付いた。


 戦友を迎え入れる―――そんな空気は、微塵もない。


 声は聞こえなかったが、唐突に浮かんだ真顔に彼が何を想っているかはすぐに理解できた。


 ―――なんでお前まで。


 その表情が、仕草が、彼の心中を雄弁に物語る。


 こっちを見たキールとウラルも、悲しそうな、あるいは憤るような顔をした。


 来るな、帰れ、こっちに来るな。そう言っているような気がした。


 けれどもこうしてここに来てしまったという事は、そういう事なのだろう。俺はセシリアと戦い、辛くも勝利して、けれども肉体は限界を超えた。


 いつかこうなるだろうと、心のどこかで覚悟は決めていた。テンプル騎士団を止める―――最強の軍隊を、それも最強の転生者を頂く軍隊に真っ向から戦いを挑み、生きて帰れる保証などどこにもない。だから戦うからには命を懸ける事になる。


 そう思っていたからこそ、血盟旅団の仲間たちにはあらゆる事を教えた。


 ミカやルカには戦い方を。


 ノンナには料理や家事を。


 カーチャには偵察と諜報を。


 もう、あのギルドに俺の居場所はない。


 俺がいなくても―――仮に志半ばで倒れても上手くやっていけるように、準備はしておいたのだ。


 悔いがない、と言ったら嘘になる。確かにミカの旅路の果てを、その終着点を見てみたかったし、アイツの選択が未来をどう変えるのか、それも見届けたかった。


 それに仲間たちと一緒に旅をするというのも、まあ悪くはなかった。できる事ならばみんなとああやってバカをやりながら旅をするような時間がいつまでも続いてくれたらな、とすら思う事もあった。


 けれどももう、それもおしまい。


 俺は死んだのだ。やる事をやって、仲間たちに意思を受け継いでもらった。もうあの世界に俺の居場所なんて残っていないし、戻ってはいけないのだろう。


『なんだ、何だよお前ら。俺抜きで楽しみやがって』


 真顔でこっちを見つめるジェイコブたちに昔と変わらぬ口調でそう告げながら、空いている椅子を引っ張ってテーブルについた。


 もう、いいのだ。


 戦いは終わった―――復讐を果たし、燃え尽きたカスのような魂も、しかし最後に面白い経験をさせてもらえた。速河力也という男の魂は、もう完全に燃え尽きたのだ。


 俺抜きでも、アイツらなら上手くやっていけるさ。







 じゃあな、ミカ。






 どうか、元気で。

















 ピー、という長い電子音が、残酷な現実を告げる。















 パヴェルの心臓が―――止まった。












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― 新着の感想 ―
ジェイコブにキールさんにウラルさん、そして酒場の皆さん、悪いことは言わない、今すぐそのヒグマみたいな人を投げてもいいし蹴飛ばしてもいい、なんなら砲に詰めて打ち出してくれてもいいから追い出してくれ…! …
パヴェルさんが…死んだ…? サクヤさんが扉の向こうから飛び蹴りかまして送り返してきそう() こう言う時はあれだ、誰かー!!BFの衛生兵連れてきてー!! BFの衛生兵なら心停止くらいいけるいける
そりゃあ先に戦死した戦友、上官たちはパヴェルにおらっ帰れと言いたいでしょうね…というか第三部で読んだとは言え、全員の戦死状況が凄惨ですね。ここに如月艦長が出てこないあたり、あの人はあるいは? タイト…
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