キミに届け、この想い ~想いと書いて「殺意」と読む~
リーファ「今夜はワタシご飯作ったヨ!」
ミカエル「おー!」
クラリス「うひょぉぉぉぉぉぉぉぉ本格中華ですわァァァァァァァ!!」
ミカエル「ん、この肉美味しいなコレ。何の肉だろ」
リーファ「”果子狸”ネ。皇帝にも献上されル事あるヨ」
ミカエル「へぇ~……馴染みのない名前の動物だなぁ”果子狸”って」
リーファ「ええト、イライナ語で言うと……あっ」
リーファ「”ハクビシン”ネ!!」
ミカエル「」
ナレーター「2025年年明け早々、ミカ虐ここに極まれり」
その瞬間、セシリアは本能的に恐怖した。
殺したはずの相手が立ち上がり、反撃してくる―――そんな局面には何度も遭遇したし、今に至るまでに何度も死に物狂いの相手を退けてきた。
だが、この男は―――ウェーダンの悪魔の異名を欲しいがままにし、かつて自らの腹心として傍らに置いていた男は、違う。何かが違う。
極限の恐怖が、本能を苛む原始的な恐怖が見せた幻だろうか。
ボロボロの身体で、左腕のパイルバンカーを構え死に物狂いで突っ込んでくる力也の背後。彼の纏う血のように赤黒いオーラが、翼を広げる悪魔のような姿になったような―――恐怖の具現とも言えるその姿に、セシリアの顔には珍しく脂汗が浮かんだ。
あれだけ相手を睥睨し、冷静さを崩さず、常に退屈そうな表情を浮かべては圧倒的な力で敵対者を屠ってきたセシリア。
戦いの中にあっても退屈していた彼女は、その日久しく恐怖した。
対峙している相手に。
パヴェルという男に。
咄嗟に脇差を投擲、両手で刀の柄を握り力也に止めを刺しにかかるセシリア。彼の眉間を狙って投げ放った小太刀は、しかし不意にその切っ先を大きく逸らしたかと思いきや、力也の遥か手前で不可視の壁の輪郭をなぞるかのようにぐにゃりと進路を変更、そのまま夜風の中へと消えていった。
一瞬だけ、今度こそ確実に見えた。
迫りくる力也の眼前、小さな両手を広げ父を守らんとする幼い少女の幻影が。
それは僅か5年の短い人生で、儚い命を燃やした彼の愛娘なのだろう―――顔の輪郭は丸く、幼く、されどその紅い瞳に宿す意志の強さは両親譲りのそれだ。どんな逆境を前にしようと、決して屈しないと言わんばかりの意思が溢れ出ている。
死者にまで護られた力也は、もう止まらない。
歯を食いしばり、刀を両手で振り下ろそうとするセシリア。
もう、相手が力也だろうと―――夫だろうと関係なかった。
全ては計画のため―――クレイデリアという国を、再び世界最強の軍事大国へ返り咲かせるため。
その障害となるならば、相手が愛を誓い合った伴侶であろうと……お互いの間に子をもうけた相手であろうと、もう関係ない。
ハヤカワ家100年の理想のため、障害は全て排除する。
心を鬼にしたセシリアだったが、しかし彼の脳天を叩き割るつもりで振り下ろしたマッハ8の斬撃は、多大な衝撃波と熱を纏いつつも、唐突にその進路を変えた。
左足から、力が抜ける。
がくん、と身体が揺れる。
「―――」
視線を向けるまでもなく、何が起きたのかを理解した。
撃たれたのだ―――左足のアキレス腱を、拳銃弾で。
いつの間にかセシリアの傍ら、手を伸ばせば届くほどの距離に1機の小型ドローンが滞空しており、その小型ドローンに搭載されたマカロフ拳銃の銃口からは、発砲した証である硝煙がたなびいている。
血盟旅団で採用されている小型サポートドローン『コマドリ』。
羽虫の如き小さな存在が、文字通りの最強に一矢報いた瞬間だった。
「同志団長、これはボクから貴女に贈る教訓だ」
3つのウィンドウを画面に展開、空中戦艦の制御システムのハッキング、PC内の薄い本の原稿の閲覧と並行し、その片手間で血盟旅団の列車にあるドローンステーションをハッキングしたシャーロットは、クラリスと比較すると虚ろに見える紅い瞳に画面の発する青白い光を反射させながら、しかし何かと決別する事を決めた固い意思を宿して呟いた。
電子戦はシャーロットの得意分野である。兵器の開発や設計ばかりに目が行きがちであるが、彼女にPCを与えれば怖いものはもう何もなくなる。どんなファイアーウォールだろうと、どれだけ高度に暗号化された情報だろうと丸裸同然となるからだ。
つまるところ電子の海は、シャーロットの庭も同然なのである。
ハッキングしたドローンステーションの制御用端末を踏み台にして、無断出撃させたサポートドローンを遠隔操作。右手でマウスをクリックしながら左手ひとつでキーボードを縦横無尽に叩き、その片手間に安いスナック菓子を口へと運ぶ。
もっとも真新しいウィンドウに武器システムがアクティブになった旨が表示されるや、レティクルがセシリアの左足、その無防備なアキレス腱へと向けられていた。
ボリボリと安物のスナック菓子を噛み砕き、エンターキーを押した。
「―――”捨てられた人間は、捨てた者への恨みを忘れない”」
ドン、とサポートドローン『コマドリ』に搭載されたマカロフ拳銃が火を吹いた。9×18mmマカロフ弾、拳銃の中でも控えめな威力を持つその一撃は、しかしこの局面に限ってはセシリアにとって致命的な一撃となり得た。
死を覚悟し、血反吐を吐きながら再び立ち上がった速河力也。ウェーダンの悪魔の名に恥じぬ鬼気迫るその突撃に、セシリアの意識は完全に釘付けになっていたのである。
ゆえに彼以外の存在は完全に蚊帳の外であり、そんな状態で小型ドローンが接近し拳銃を発砲しようとも、セシリアには認識する術がないのだ。
とはいえ頭を狙い致命傷を与えようとしたところで、そこは何度も命を狙われ己の力で潜り抜けてきた女傑だ。あと一歩のところで察知される―――ならば命に別条のない部位で、されど勝敗を決しかねない決定的な結果に繋がるであろう部位を、相手が最も嫌がるであろうタイミングで攻撃し無力化してやるのであれば、いかにセシリアであろうとも察知することは難しいに違いない。
その予測は正しかった。
セシリアは、サポートドローン『コマドリ』の物言わぬ接近と奇襲攻撃に、放たれた9×18mmマカロフ弾がアキレス腱を食い破るその瞬間まで気付かなかったのだから。
力也の脳天を叩き割る筈だった一撃が、しかし大きく左へと逸れた。
ギュォッ、と大気を裂いた驚異的な一撃(推定速度は破格のマッハ8相当)が、先ほどまで力也の右腕があった空間を引き裂いた。纏う熱と衝撃波がパイルバンカーの一撃を狙い肉薄する力也を至近距離で打ちのめすが、しかし斬撃の直撃よりははるかにマシだ。熱風に、衝撃波に、そして刀身から剥離した微細な破片に顔の皮膚を、右半身を嬲られようと、一度殺すと決めた本当の悪魔は目的を果たすまで止まらない。
シャーロットは満足していた。
幼い頃、プロパガンダ放送で何度も目にしたウェーダンの悪魔―――速河力也という男の姿。
敵はそれを畏れ、味方は英雄として見たその雄姿を、PC越しとはいえ実際にその眼に焼き付ける事が出来たのだから。
衝撃波の余波を浴びたコマドリが大破したらしく、画面には『Зникнення сигналу(信号途絶)』という文字が表示される。
それでもその寸前、予想外の横槍にこれ以上ないほど憎たらしそうな表情を浮かべるセシリアの顔が見えて、シャーロットの顔には満足げな笑みが浮かんだ。
本当なら、同志ボグダンの仇を討ちたいところである。
が、彼女を討っていいのは自分ではない―――それはよく理解している。
だからほんの少し、ちょっとだけでいい。
一矢報いる程度でいいから仕返しできたのであれば、それはシャーロットに―――シェリルに、そしてボグダンにとっての勝利と言えた。
ここまでやればいい。あとは、最適な役者が全てを終わらせてくれる。
ふ、と小さく笑みをこぼし、シャーロットはウィンドウを閉じるや再び電子の海へと意識を向けるのだった。
『飼い犬に手を噛まれる』という言葉がある。
セシリアにとって、シャーロットやシェリルがそうなのだろう。立場としても実力から見ても、”飼い犬”と断じて良い筈だ。
しかしシャーロットのささやかな復讐は、「手を噛む」程度では済まなかった。
アキレス腱を撃たれ、体勢を崩されて、必殺を期した一撃を外すという大失態を犯してしまうセシリア。その結果、力也の脳天から股下までもを一撃で断つ筈だった正真正銘の本気の一撃は、先ほどまで彼の右腕のあった空間を突き抜けて列車の格納庫の屋根の一角を粉砕するや、破片を盛大に巻き上げるだけに終わった。
飼い犬に手を噛まれたどころか、飼い犬に手を食いちぎられた挙句、断崖絶壁から突き落とされるかの如き仕打ちに、彼女の怒りは頂点に達した。闇色の瞳は血走り、端正な顔には血管が浮き上がって、その内面では純粋な怒りが荒れ狂う。
しかしそれを、張本人であるシャーロットに叩きつけている猶予などない。
己の死を覚悟し、それと引き換えにセシリアの首を討ち取らんと、すぐそこまで力也が迫っているのだ。
仲間たちの助力に見送られ、されど地獄へと続く花道を脇目も振らずに突っ込んでくる力也。いずれにせよこの男を止めなければ―――この一撃をやり過ごさなければ、セシリアに未来はない。
そしてそんな物の怪に、最愛の妻の顔をした”何か”に与える未来などない―――そう断じながら、力也は一歩を踏み出した。ダンッ、と義足が耐圧警報を発するほど強く一歩を踏み出して、左手のパイルバンカーを突き出す。
煉獄の鉄杭。
命中さえ、命中さえすればいい。そうすればたちまち肉体が灰と化し崩壊、相手が再生能力を備えていようと不老不死だろうと、チート能力を持っていようとそういった要素の一切合切を無視。問答無用で一撃死へと招く彼の切り札。
撃針が雷管を殴りつけ、装薬が目を覚ます。
ライフリングを押し切る勢いで解き放たれる螺旋状の杭。それと同時に肘から露出したノズルが火を吹いた―――バックブラストだ。反動を相殺する目的で、無反動砲や対戦車兵器などに搭載される事のある機構である。
しかし設計強度を遥かに上回る前後からの高負荷に、パイルバンカーの発射機そのものが耐えられなくなる。
設計時点で無理があったのだ―――単なる杭の一撃に、戦車の装甲を貫通しうる貫通力を持たせるという設計要求が。
結果、僅か一撃で発射機―――つまるところそれを内蔵した義手を一本丸々使い捨てにする、諸刃の剣と化してしまったのである。
リスキー極まりない一撃、されどそれが命中した時点で勝敗は決する。
体勢を崩していたセシリアに、回避する術はなかった―――いくら彼女が再生能力を有していようと、常軌を逸した身体能力を有していようとも、関係ない。
刀を盾代わりにするセシリアだったが、どれが延命措置にすらならないのは既に実証済みだった。あっさりと黒い刀の刀身がパイルバンカーの一撃に屈し、今度は根元から叩き折られた刀の残骸が宙を舞う。
ドッ、と影で形成された刀身が、力也の腹を、胸を、首筋を射抜いた。
身体中から”命”が抜けていく感覚―――嗤う死神の鎌が、首筋へと振り下ろされてくるのを、力也は確かに感じていた。
だがしかし恐怖はない。死んだなら死んだで、胸を張って妻と愛娘の元へ逝けばよい。
それでも、そのままでは死ねない。
黄泉への旅路には、物の怪の首級を。
妻の名を穢した物の怪に天誅を。
オイル交じりの血を吐きながら、されど歯を食いしばり一歩前に出た。
腹が裂ける―――内臓と一緒に、機械化された微細なパーツも悲鳴を上げた。血飛沫と火花、スパークが乱舞して、その向こうでセシリアが、彼女の姿をした物の怪が怯えたような表情を浮かべる。
―――ただただ、異常だった。
殺している筈なのに、死なない。
殺されても、死なない。
再生能力があるわけでもない。
アニメや漫画のような主人公補正があるわけでもない。
ただの人間だ。
身体の一部が機械に置き換えられただけの、他より少し強いだけの人間である筈だ。
ほんの一撃で脆くも砕け散ってしまうちっぽけな存在が、羽虫の如き有象無象の一つが、どうして最強の転生者たるセシリアを追い詰めるというのだろうか。
その理由を、セシリアは―――物の怪は、理解できなかった。
突き出される煉獄の鉄杭の穂先。このまま突き進めばセシリアの顔面を―――先ほどのように本体から切り離して隔離、死をやり過ごすという芸当も難しい心臓部を刺し穿ち、爆砕するであろうそれ。
背に腹は代えられなかった。
ガッ、と煉獄の鉄杭の穂先を、黒い外殻で覆われたセシリアの両手が掴む。
「!!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ガリガリと、運動エネルギーの塊と化した煉獄の鉄杭がセシリアの手を抉っていく。砕けた外殻と指の破片、ミンチと化した肉片が周囲を飛び散っては、灰になって消えていった。
呪術を受けたセシリアの腕も同様だった。黒い外殻がまるで石灰石のように白く染まるや、ボロボロと崩れ始める。
だが、まだ肉体でも末端の部位だ―――浸食される前に斬り落とせば、あとは何とでもなる。
死に物狂いで煉獄の鉄杭を止めんとするセシリア。その最期の力の前に、必殺を期した煉獄の鉄杭はその持ちうる運動エネルギーを全て使い果たしてしまい―――。
杭が、止まった。
(勝ったッ!)
もはや己の血肉か、それとも力也の血肉か見分けがつかないほど真っ赤に塗れた顔で、セシリアは勝利を確信した。
煉獄の鉄杭は一撃を放つと発射システムが自壊してしまい、予備の腕を装着しない限りは只の壊れた鉄屑でしかない。
そして今の力也は、右腕を切断された挙句左腕の煉獄の鉄杭も不発に終わり、両腕がない状態―――予備の義手はまだ残っているが、果たして余力を残すセシリアの前で換装する余裕があるか、と問われれば疑問符が付く。
他の有象無象は、この最大の脅威を排除した後にゆっくりと始末すればいい。
結局、弱者がどれだけ徒党を組んでも力の差は埋まらないのである。
理不尽だが、これが現実なn
ぐんっ、と運動エネルギーを使い果たしたはずの煉獄の鉄杭が、勢いよく前へと動いた。
「!?」
それは、物の怪を討ち取らんとする執念が見せた一押しだった。
両腕を失い、身体中をセシリアの影に穿たれた力也―――あろうことか、彼はセシリアに止められた杭を口に咥えるや、そのまま首の力だけで彼女目掛けて押し出そうとしていたのである。
その執念には驚かされたが、しかし所詮は死にかけの人間が見せた最期の悪足掻き。常人の域を出ない彼の一押しなど、セシリアの力であれば容易に押し留められる。
が―――唐突にその勢いが、増す。
先ほど使い果たしたはずの運動エネルギーが蘇ったかのようだった。崩壊しかけの両腕を盾にして防ごうとするも、もはや肘まで崩壊したセシリアの両腕では煉獄の鉄杭の進撃を止められない。
ふわり、と白い何かが宙を舞う。
それはきっと、月の光の見間違いだったのだろう―――しかしその瞬間に限っては、セシリアにも力也にも、そしてその場に居合わせた全ての仲間たちにも、雲の切れ目から顔を出した三日月の光が舞い散る天使の羽に見えたのだ。
そこでやっと、気付く。
力也の後ろに控える、ミカエルの存在に。
持てる魔力を総動員したのだろう―――鼻からも両目からも、そして両耳からも赤々とした血を垂れ流し、魔力欠乏症の症状を発症しながらも雷属性の魔力を全力放出、磁界を全力で展開し、その反発で煉獄の鉄杭をセシリア目掛けてぐいぐいと押し込んでいるのである。
「害獣―――」
弱いくせに。
小さいくせに。
取るに足らない有象無象のくせに。
なのにどうしてそこまで足掻くのか、セシリアには分からなかった。
しかし力也には、そしてその背中を押すミカエルには、全てわかっていた。
セシリアと力也、2人の勝負の結果を決めた要素が何なのか。
―――結局、力也は1人で戦っていたわけではなかったのだ。
共に旅をし、信頼関係を築き、苦楽を共にしたかけがえのない仲間たち。彼らと共に戦いに臨んでいたからこそ、こうして背中を支えてもらい死力を尽くして戦えたのである。
不要なものを全て切り捨て、捨て去り、削ぎ落して戦い続けたセシリアとは対照的だった。
「パヴェル、ここまでお膳立てしてやったんだ―――ぶちかませ、全力で!!!」
魔力欠乏症でふらふらになりながらも叫び、にっ、と口元に笑みを浮かべて送り出すミカエル。
大天使の笑みに背中を押され、血塗れの悪魔は足を振り上げた。
ミカエルの磁力により押し出され、されどセシリアがギリギリで押し留めている煉獄の鉄杭。その後端、装薬のガスによる焦げ目がこれ見よがしに刻まれた柄尻へと、義足を破壊しかけないほどの回し蹴りを叩きつけたのである。
そのダメ押しの一撃は杭を受け止め続けていたセシリアの両腕を、完膚なきまでに破壊した。
ドッ、と杭の穂先が、壊死し真っ白に濁ったセシリアの左目を刺し穿つ。
血まみれの穂先が後頭部から顔を覗かせるや、セシリアの右目―――闇色の瞳から、光が消えた。
ぎょろり、と最期の足掻きと言わんばかりに、死者のような目が力也を睨む。
だがしかし、呪詛の言葉を遺す暇すらもありはしない。
不死殺しの杭に穿たれたセシリアの肉体は瞬時に崩壊するや、灰と化し、マズコフ・ラ・ドヌーの夜風に攫われていった。
ガタゴトと、全力で走行する列車のジョイント音だけが響いた。
前書きにちょくちょく出てるナレーター誰だよってそろそろ思ってる人もいると思いますが、作者の私も分かりません。誰ですかあの人。




