4対1でも勝てる気がしないのは何の冗談だろうか
囚われミカエル君「……オイ誰だ人の部屋にフルーツ入った害獣捕獲用の罠仕掛けたの」
転生前―――空手を習っていた時、俺はよく試合でビビッていた。
どんな相手が出てくるんだろうとか、あの人強そうだなとか、ある意味で戦う前から怖気づいていたのである。
しかし空手を10年続け、黒帯を身に着ける事を許された身としては口が裂けてもそんな事は言えない。だから地区大会でも県大会でも、試合に臨む時はいつだって半ばヤケクソだった。もうどうにでもなれ、と思いながら戦いに臨み、結果を残してきた。
今、あの時と同じ感覚を味わっている。手と足の裏に感じるじんわりとした汗の感触。何とも不快な感覚に顔をしかめたくなるが、しかしそんな余裕はない。
相手は現行最強の転生者、セシリア―――パヴェルをして「俺が何人束になっても勝てない相手」と言わしめる、本当の意味での最強。
その実力は身を以て体験済みだ。以前戦った際、クラリスと2人がかりだったにもかかわらず全く勝負にならず、一方的に嬲られ殺されかけたのだ。
惨敗した記憶が蘇るが、しかし。
……今度はそうはいかない。
クラリスに目配せするや、彼女は小さく頷いた。
ジャキンッ、と巨大な武器を構えるクラリス―――その手の中にあるのは、バックパックと給弾ベルトで接続された重火器……M134ガトリング機関銃、通称『ミニガン』。
「―――参ります!」
凛とした声と共に、ミニガンの束ねられた銃身がモーターからの動力を得てスピンアップを開始。1秒後には訪れるであろう破滅的な弾幕は、これを向けられている相手にこれ以上ないほどの絶望を与えるものだが、しかしセシリアは全く意に介さない。
ヴヴヴ、とミニガンが吼えた。
本来ヘリや車両などに搭載されて使用されるミニガン(というかそれが本来の使い方であり、間違っても人間が携行する銃器ではない)―――それを涼しい顔で持つばかりか連射時の反動を完全に抑え込むクラリスの怪力には恐ろしさすら覚えるが、しかしそれすらもセシリア相手では霞んで見えてしまう。
セシリアが動いた。
列車の屋根を蹴るや、本差と脇差を縦横無尽に振るい、あろう事か毎分6000発の速度で放たれる弾丸を片っ端から弾きながらこっちに突っ込んでくる。
信じられない話だった―――弾丸を刀剣で弾く、という事すら並の人間には到底無理な話(しゃもじとか範三ならやりそうだ)ではあるが、それを毎分6000発で放たれるミニガンを前に平然とやってのけるなど……。
こうまで格の違いを見せつけてくるか、と思いつつシェリルとアイコンタクト。続けてシェリルが手にしたマリューク小銃を構え、弾幕をより一層濃密なものにする。
転生者との戦い方は、パヴェルから教わっている。
まず第一に、『一対一では戦うな』。
俺も転生者だが、しかし格上の相手と一対一で真っ向から戦うほど馬鹿ではない(真っ向からの戦いを強いられた場合は話は別だ)。単純な実力差は絶望的なほど開いていて、だからこそ仲間との連携と小細工が重要になってくる。
一発の5.56mm弾が、セシリアの頬を掠めた。
いくら彼女でも、ミニガンから放たれるスコールのような7.62×51mmNATO弾の弾雨を刀で弾くのに手いっぱいで、そこにマリューク小銃のフルオート射撃まで加わり対処可能な限界に達しつつあるのだろう。
俺もAKを構え、引き金を引いた。
第二に、『フルオート射撃を多用せよ』。
いくらチート能力を持つ転生者と言えど、向かってくる無数の弾丸から身を守るには限度がある。超絶な身体能力で弾く場合であっても対処可能な数には限りがあるし、圧倒的防御力を誇る場合でも、大人数で弾丸を叩き込むなり砲撃を要請するなりすればそれまでだ。
とにかく重要なのは手数で、飽和攻撃こそ対転生者戦闘において優位を得るための第一歩―――それがパヴェルから教わった、テンプル騎士団式の『対転生者戦闘ドクトリン』である。
俺たちが実践しようとしている事に気付いたパヴェルも、スリングで保持していたAK-15を構えて連射。セシリア相手にミニガンと3人分のアサルトライフルの銃口が向けられ、人体を容易く挽肉にしてしまう勢いで弾丸が放たれていく。
さすがにセシリアも捌き切れなくなったようだ。致命傷こそ避けているものの、頬や肩口を弾丸が擦過し、掠り傷がどんどん蓄積していく。
弾丸の奏でる音の中に、装甲で跳弾するかのような硬質な音が混じり始めた。
彼女の肩口を切り裂く筈だった弾丸が、しかし堅い装甲板でも打ち据えたかのようにひしゃげるや、不規則な回転をしながら明後日の方向へと飛んでいく。
完全回避を諦め、外殻による防御に頼り始めたらしい。
パヴェルならこの機を逃さない―――そう確信したその時、ぽん、と肩を大きな手が軽く叩いた。
パヴェルの手だ。
その左手がAK-15のハンドガード下部にマウントされているGP-46の発射スイッチに伸びたのを見るや、俺はシェリルとクラリスの肩を叩き衝撃に備えるよう促す。
ポンッ、と気の抜けた発射音。
何気なく、学生の頃の卒業式を思い出していた。卒業証書を収めておくあの筒、あれの蓋をよく勢いよく開けて遊んでいたものだが、グレネード弾の発射音はアレを思わせる。
懐かしいな、などと思いながら叫んだ。
「対ショック防御!!」
「!!」
40mmグレネード弾がセシリアの手前に落下するや、格納庫の屋根に命中し大きくバウンド。第二次世界大戦中、ドイツが開発した跳躍地雷『Sマイン』よろしく大きく跳ね上がるや、よりにもよってセシリアの目の前で起爆した。
時限信管タイプのグレネード弾だ。通常の着発信管ではなく、時間経過で起爆する方式のグレネード弾―――扱いは難しいが、こうやって遮蔽物や足元にバウンドさせるというテクニカルな使い方ができる。
爆ぜたのは通常のグレネード弾ではなく、閃光弾だった。
カッ、とマグネシウムの爆発的な燃焼に目を焼かれそうになる。俺たちですらこれなのだ、弾幕への対処でそれどころではなく、眼前で閃光弾を炸裂させられたセシリアは只では済まないだろう。
一気呵成に攻めるならば、今だ。
ミニガンを撃ち尽くしたクラリスがクッソ重いガトリングガンとバックパックを投げ捨て、腰の鞘から剣を2本引き抜くや、それの柄尻を連結させ回転させながら大きく跳躍。それに呼応するように、シェリルも大型マチェットを引き抜いて姿勢を低くし突っ込んだ。
閃光が晴れ、セシリアの状態が確認できた。
やはりそうだ―――先ほどのスタングレネード弾が効いたのだ、両目を閉じている。
彼女ほどの使い手であれば音や匂いで相手の動きを察知できるだろうが、しかしやはりどうあがいても人間は視覚情報を頼りに動く動物である。最大の情報量を提供してくれる器官が一時的に殺されたとあっては、さすがのセシリアも弱体化は免れない。
事前に示し合わせたわけでもないのにこの連携、これが阿吽の呼吸という奴か。それとも周囲が俺に合わせてくれているだけか―――たぶん後者だろう、素人に合わせてくれるほどの玄人に囲まれているのだ、足を引っ張らないよう努力しなければ。
これならば当たる―――そう確信を持って振り下ろされたクラリスの剣戟は、しかし切っ先がセシリアの首元を差し穿つよりも先に刀によって止められてしまう。
ワンテンポ遅れて時間差で突っ込んだシェリルの切り払いも同様だった。首を狙い振り払われた大型マチェットの一撃が、しかし横合いから伸びてきた小太刀によってがっちりと止められる。
「馬鹿な」
「今のに反応するとは……!」
「―――あまり私を侮るな」
ドン、と力を込め2人を押し返すセシリア。
金庫を素手でぶち抜くクラリスと、そんな彼女と互角に殴り合ったシェリルの2人がかりでも渡島明けるほどの力に、やはり格上の相手、遥か雲の上の存在なのだという事を認識させられる。
分かっている、前回戦った時は全く本気を出していなかったのだと。
そして今の彼女は、それなりに本気を出しているのだと。
だが―――こっちもそれを超えるために、血反吐を吐く勢いで努力を重ねてきたのだ。
めげずにセシリアの後方へと着地、背後からの奇襲を狙うクラリスと、押し返された状態から列車の屋根を蹴って再度突撃を敢行するシェリル。ホムンクルス兵2人の挟み撃ちに、しかしセシリアは動じない。
シェリルの攻撃は刀で受け止め、クラリスの怒涛の連撃は振り向きすらせず目を閉じた状態で淡々と小太刀で受け流す。
まるで子供と遊ぶ大人のようだ、と思う。
視覚を封じられてなおアレなのだ。本調子であればどうなっていたか。
見ていられない、と言わんばかりにパヴェルも突っ込んだ。AK-15をスリングを介し背中に背負いながら、両手で懐から取り出した投げナイフを立て続けに投擲。信じがたいことにセシリアはそれにすらも目を閉じたまま反応し、刀を流麗に捌いて投げナイフを弾き飛ばす。
ボンッ、とパヴェルの右腕が弾けた。中から露になるのは、先端部が紅く灼けた鉄のように染まり、螺旋状の溝が刻まれた特異な杭。
―――煉獄の鉄杭。
以前、触媒として用いていた慈悲の剣の素材になったものだ。パヴェルが秘蔵していた、賢者の石を素材に用いた一撃必殺の杭。全てはこの時、テンプル騎士団と敵対しいずれはセシリアとも激突するであろう事を見越して用意していた、彼の切り札。
そんな貴重なものを譲ってくれるほど俺は彼から信頼されていたのかと思うと同時に、哀しくもなった。
そんな殺意の塊みたいな武器を、最愛の伴侶へと向けるなど。
「ホムンクルス兵諸君、そこを退けぇッ!!」
パヴェルの叫びに、いち早くクラリスとシェリルが反応。
突っ込んでいくパヴェルに道を開けるや、パイルバンカー片手にセシリアへと突っ込んでいくパヴェル。
だが―――セシリアもそれを予測していたらしい。いち早くパヴェルの方へと振り向くや、ゆっくりと右目と白濁した左目を開け、口元に笑みを浮かべた。
ギャォウッ、と大気が悲鳴を上げる。
セシリアの振るった刀だ。振るう速度があまりにも速すぎ、信じがたいことに断熱圧縮を発生させているのだ。
月明かりの下、暗闇の中で彼女の持つ刀だけが朱色に妖しく光を放つ。
セシリアの放った斬撃を回避、右ストレートの要領で彼女へパイルバンカーを突き出すパヴェル。肘の辺りから露出したノズルからバックブラストが噴射され、今まさにパイルバンカーが放たれようとしたその時だった。
「―――」
ズッ、と彼の右腕に、朱く焼けた灼熱の刃が食い込んだ。
セシリアの刀だ。
さすがにあんなに隙の大きな一撃、タイミングを見越したカウンターが返ってきてもおかしくない。
無茶だ―――歯を食いしばりながら磁力魔術を発動、剣槍を飛ばして彼を援護するが、しかし左手に持った小太刀に剣槍の突撃をあっさりと跳ね除けられてしまう。
が、しかし。
パヴェルもここで、意地を見せた。
ガッ、とセシリアの頭を鷲掴みにするパヴェルの熊みたいな左手。切断され、落下しながらメタルイーターの作用で崩壊していく右腕に倣うように、今度は左腕の装甲が立て続けに弾け飛ぶ。
爆裂ボルトに点火し剥がれていく装甲やマニピュレーターたち。そこから露になったのは―――やはりというべきか、例のパイルバンカー……その発射機。
この命を引き換えにしてでもお前を殺す―――そんな鬼気迫る威圧感が、彼の背中からは感じられた。
さすがにセシリアも想定外だったらしい。すぐ間近まで迫った杭の先端部を見た闇色の瞳が、驚愕するように大きく見開かれて
ドッ、と肉を裂く音が、しかしはっきりと聞こえた。
まるで、一時的に蛇口を捻ったかのようだった。
ばちゃ、と列車の屋根に飛び散る真っ赤な血。冷えた金属に触れた傍から凍り付いていくそれはセシリアのものではない。
微かに機械油の混じったそれは、パヴェルの―――彼の腹から溢れ出たものだった。
「―――残念だったな、力也」
月明かりの下―――セシリアの足元に浮かぶ影。
そこから剣のように鋭く伸びた影の触手が、パヴェルの腹を背後から貫いていたのである。
「お前……こんなん、レギュレーション違反だろ」
食い縛った歯の隙間からオイル混じりの血を吐き出しつつ、どこか悔しそうに言うパヴェル。
触手が引き抜かれるや、彼のヒグマみたいに大きな身体はずるりと崩れ落ち、右目から血のように赤い光を放つセシリアと俺の目が合った。
ドパンッ、と空気が爆ぜる音。
圧縮された空気が解放されたかのような―――列車の屋根を大きく歪ませるほどの勢いで蹴り加速したセシリアが発した音。
目の前に、セシリアが迫っていた。
咄嗟に磁力魔術を展開、振り上げられた刀の一撃を受け流し、至近距離でAKを彼女に押し付け連射。ドカドカドカ、とAKの銃声が響くが、しかしキメラの外殻は5.56mm弾の貫通を許さない。
続けて振り下ろされた刀を、磁界の反発による助けも受けつつ呼び戻した剣槍で受け止めた。
至近距離で、セシリアと鍔迫り合う。
「―――お前だな、私の夫を誑かした害獣は」
「……言ってろ」
歯を食いしばり、彼女を睨んだ。
「そんな事より―――”窮鼠猫を嚙む”って言葉、知ってるか」
口元を釣り上げながら、足元をダンッ、と踏み締めた。
次の瞬間だった―――足元の屋根が大きくせり上がるや、無数の剣身となってセシリアを全方位から串刺しにしたのは。
「!?!?」
「ジャコウネコ竜を噛む、ってな」
血を吐きながら驚愕するセシリアに、至近距離で中指を立ててやった。
よーく噛み締めてろ、クソッタレ。




