不死殺しの杭
セシリア「どうした力也、本気を出せ」
パヴェル「だったらお望み通り……見せてやるよ、”切り札”を!」
セシリア「面白い!」
パヴェル「 も う お 前 の 好 物 の 稲 荷 寿 司 作 っ て や ん ね ー か ら な ! 」
セシリア「」
セシリア「え……あっ、ちょ、待って……やだやだそんなのやだ!」
パヴェル「じゃあ武器捨てろ!」
セシリア「うん!」ポイ
パヴェル「撤退しろ」
セシリア「うん帰る!」
パヴェル「 勝 ち 申 し た 」
シェリル「やはり胃袋を握っていると強いですね」
シャーロット「ホントだねェ」
ミカエル(餌付けされてる奴らが何か言ってらァ)
対転生者戦闘を研究していたテンプル騎士団は、最終的にウラル・ブリスカヴィカ上級大将と速河力也大佐の手により対転生者戦闘ドクトリンを確立、兵卒でも転生者を撃破する事例が多発するに至り、二度に渡る世界大戦では大きな戦果を挙げた。
しかしそれ以前にも、この手の研究は盛んに行われていた。
【チート能力を持つ転生者を相手に、如何にして常人が勝利を収めるか】?
フィオナ博士、ステラ博士といったテンプル騎士団の頭脳と軍事部門の専門家が結集し、試行錯誤を繰り返したのである。
実現可能なものから机上の空論、あるいは倫理的な問題で白紙化に至った非人道的な案に至るまで様々なプランが試されたが、その中の一つにこういったものがあった。
曰く『常人を転生者にすればいい』。
何の変哲もない兵卒に、後天的に転生者の能力を付与することで圧倒的戦闘力を誇る転生者に並び立つ『人造転生者』を作り上げよう、というものだ。
最終的にチート能力の再現や付与が技術的問題からクリアできず廃案となったが、しかしフィオナ博士だけは細々と研究を続けていた。
そうして誕生した妥協の産物が、『キマイラバースト』と呼ばれるものである。
通常、常人には決して適合する事のないキメラの細胞。
それを再現したナノマシンを核となる人工心臓に充填、通常時は不活化させておき使用時のみ活性化させ、使用者の戦闘力を何乗にも増加させるという代物である。
夢のようなシステムであったが、しかし欠点もあった。
常人の肉体では決して適合しないキメラ細胞―――それを模したナノマシンの限界稼働は、使用者の肉体に深刻な負荷を常時与え続けるのだ。
その結果、使用者は発動中常に”寿命を削る”事になり、下手をすればそのまま死に至る可能性も孕んだ諸刃の剣となった。
数名の兵士が実験的にこれを使用、多大な戦果を挙げたが、二度の世界大戦を生きて生還した兵士は1人もいなかったという。
【死を約束された兵士たち】。
その中でも怒りのままに力を振るい、そして大きな爪痕を残した兵士の1人こそが―――ウェーダンの悪魔こと、速河力也であった。
キマイラバースト―――フィオナ博士が遺した、負の遺産の一つ。
フィオナ、という名を思い出す度に、セシリアの口の中には苦い感触が広がる。彼女は最終的に組織を離反、多大な犠牲を払いつつもセシリアが自ら手を下し、その存在を抹消した事は記憶に新しい。
結局のところ、皆が利用されていたのだ―――セシリアも、組織も、そして力也も。
ドン、と大気が弾けた。肌で微かに熱風を感じたかと思いきや、次の瞬間には目の前に力也が迫っていて、セシリアはぎょっとしながら後方へと飛び退いた。
首の高さを通過していくカランビットナイフ【初月】の一撃。賢者の石を素材として用いた、切れ味と耐久性を両立した逸品。数多の転生者の喉を切り裂いてきた呪いの刃でもあるそれの切れ味は、先ほど身を以て体験したばかりだ。
客車の屋根を蹴り、前に出る。
フェンシングの選手の如く、踏み込む勢いを乗せた鋭い刺突。切っ先が大気を切り裂き、推定マッハ6にも達した切っ先が衝撃波を形成、不可視の渦輪を描きながら撃ち出される。
が、しかし。
「―――」
手応えが、軽い。
確実に力也の喉仏を一突きにするコースだった筈だ―――だがしかし、目の前にはもう既に、あのヒグマのような体格の巨漢の姿は影も形もない。
三日月を頂く星空―――その白銀の月明かりが、唐突に遮られる。
上だ、と今の一撃を躱された事を悟って顔を上げた頃には、既にそこに赤い悪魔がいた。
逆立った髪は血で染め上げたかのような、あるいは地獄で罪人を焼き尽くす業火の具現。背後で揺らめくケーブル状の尻尾はまるで、地上に姿を現した悪魔のそれだ。
ウェーダンの悪魔―――これまでは彼を使役しその戦果に満足するばかりだったセシリアだが、しかしいざそれを敵に回すとこうも強烈な威圧感を発するものか、と予想外の圧力に圧倒されていた。
背筋に走る冷たい感覚。それを感じたのはいつぶりか。本能的に死を予感してしまうのは本当にいつぶりの事か。
だがしかし―――そんな逆境にあって、セシリアの闘志にも火がついていた。
彼女の一族、ハヤカワ家の栄達は常に戦と共にあった。平和な時代でも自ら戦いを求めて戦地に赴き、銃声と爆音が子守歌同然だった―――そんな戦闘一族、その末裔がセシリアである。
眼前に迫る死の恐怖など―――死神の鎌など、もはや隣人同然なのだ。
突き出した状態の刀を翻し、自らを中心に半円を描くかの如く刀を振るうセシリア。縦に一閃した刀の一撃は、しかし最後まで振り払われる事はない。
「!?」
ガギッ、と何かが噛み込むような不快な音。まさかと見上げてみると頭上にまで迫った力也が―――今は”パヴェル”と偽名を名乗っている男が、あろうことかセシリアの一撃を歯で咥えて止めていたのである。
そんな馬鹿な事があってたまるか、と目を見開くセシリアを睥睨しながら、力也はニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
「―――ふははえは(つかまえた)」
ボボンッ、と彼の左腕―――機械の義手、その表面を覆っていた防弾装甲が弾け飛ぶ。
義手に仕込まれていた爆裂ボルトが点火したのだ。
腕や手の甲、指を模した5本のマニピュレータに至るまでが爆裂ボルトの点火によって排除される。傍から見ればダメージに耐え兼ねて自壊したようにも見えるが、違う。
爆風と、剥がれ落ちていく機械部品―――その中から姿を現したのは、異形の【杭】だった。
中心部から先端に掛けて螺旋状の溝が掘られており、傍から見ればドリルのよう。艶すらない漆黒のそれは、先端部付近が焼けた鉄のように赤く染まっており、まるで窯の中から取り出したばかりの鉄のようだ。
その正体を、セシリアは知っている。
やはりそうだ―――自分に勝つつもりであるならば、力也は必ず”これ”を持ち込んでくるだろうと踏んでいた。
最悪の予想が、最悪のタイミングで現実となったのである。
「”煉獄の鉄杭”―――」
煉獄の鉄杭―――それこそが、今のセシリアが最も恐れる武器の名だ。
賢者の石を素材として用いたそれは、専用の発射機とセットで運用される一種の”パイルバンカー”である。
射程距離はごく短く、発射時に使用する装薬の威力が発射機の耐久度を超過するうえ、ライフリングを潰しながら発射されるため弾数は一発のみ、再装填は想定されていない。
リスクは非常に大きく、これを使いこなしたテンプル騎士団の兵士は数えるほどしか存在しないが―――最も恐るべきは、その破滅的な破壊力である。
杭に対して施された呪術的処置と賢者の石の相乗効果により、命中した対象を【再生能力・不老不死などの特性の一切合切を無視し一撃で死に至らしめる】というものだ。
つまり相手が無限の再生能力を持っていようと、不老不死だろうと関係なく―――命中すれば賢者の石が瞬時に対象の肉体を浸食、再生能力や不死などの特殊性を上書きし強引に死に至らしめるという、まさに『不死殺しの一撃』と呼ぶにふさわしい代物である。
元々は対戦車兵器の1つとして開発されていたが、戦車を相手に肉薄しなければ効果がなく、使用者が危険に晒されるという理由で開発を中止されていたものを、フィオナ博士が自費を投じて改良、対転生者兵器として実戦配備まで漕ぎ着けた代物だ。
そして在りし日の力也はこれを携え、攻撃を受けて大破した義手から露出したこれを口に咥え、満身創痍で帝国軍を相手に立ち向かっていった―――彼の最期の記録では、そういう事になっている。
目を見開くセシリアを見下ろしながら、一方の力也も胸の中に苦いものを感じていた。
―――これは、彼から妹と娘を奪った”勇者”を殺すための一撃だった筈だ。
チート能力により不死に近い身体を得ていた勇者。それを一撃で殺すための最終兵器が、しかし今は最愛の妻と同じ顔の”何か”に向けられている。
冗談でも……嘘でもそんな事はしたくなかった。
妻に、最愛の女に刃を向けるなど。
(この俺にこんな気分を味わわせるとはな……!)
全てはこの物の怪のせいだ。
殺し、化けの皮を剥ぐだけでは足りぬ―――正体を晒したその首級を、亡き妻の1人であるサクヤの墓前に供えなければこの怒りは収まらない。
だから、殺す。
躊躇もなければ妥協もない。
―――惨殺あるのみ。
彼の義眼が一際紅い光を放つと同時に―――発射機から、杭が解き放たれる。
撃針が雷管を殴打するや、発射機内部に封入されていた装薬が目を覚ます。バオンッ、と砲声にも似た音を響かせるや、発射機の限界を遥かに超えた装薬が発射機内部で起爆、刻まれたライフリングを挽き潰さんばかりの勢いで杭を押し出す。
それと同時に肘の部分から露出したラッパ状のノズルから反動相殺用のバックブラストが噴射、肩口から千切れ飛ばんばかりの強烈極まりない反動をほぼ完全に相殺するが、しかし前後から強烈な運動エネルギーの板挟みに遭う使用者と発射機本体はたまったものではない。
発射機はたちまち崩壊、融解した金属片を周囲にぶちまけ、発射機としての機能を完全に終えた。
螺旋状に回転しながら突き出された杭は地獄の業火の如く赤々と燃え上がりながら、前方へと撃ち出される。
至近距離、それも片方の得物を相手に咥えて止められた状態ではどうしようもない。咄嗟に左手の刀で防御を試みるセシリアだったが、もし仮に彼女が冷静な思考を維持していたのであれば、”右手に持った刀を手放し後方へ飛び退く”という真っ当な選択肢も選べただろう。
しかし最後まで刀を手にし続けることにこだわってしまったのは、力也の放つプレッシャー……すなわち、セシリアだろうと一撃で屠る切り札があるのだ、という無言の圧力によるものであろう。
刀で打ち払おうとしたセシリアであったが―――しかし鉄杭の進軍は、止まらない。
パキン、と乾いた音が響いた。
「―――」
煉獄の鉄杭を真っ向から受けた刀身が、あっさりとへし折れたのである。
黒い破片を撒き散らし、くるくると回転しながら遥か後方へ飛んでいくセシリアの刀。
彼女はそれの破壊力を見誤っていた―――対転生者用兵器、賢者の石と呪術的処置による相乗効果、その結果として得られる一撃必殺の特異性と脅威ばかりが頭にあり、初歩的な事を失念していたのだ。
設計変更と妥協を重ねたとはいえ―――元はと言えば、このパイルバンカーは対戦車兵器の成れの果てである。
一撃必殺の特殊効果を抜きにして考えても、その破壊力と運動エネルギーは105mmライフル砲、あるいは120mm滑腔砲から発射されるAPFSDSのそれにも匹敵する破壊力なのである。
口径13mm―――口径のサイズも、そしてそのネーミングに至るまでもが冒涜的な一撃が、ついにセシリアの右腕を捉えた。
咄嗟に外殻を展開するも、回転しながら突き出された鉄杭の穂先はそれすらも撃ち抜いた。ガッ、と嫌な音と共に外殻の破片が血飛沫と共に舞い、巨大な作業機械に腕を縫い付けられるような激痛が脳まで一気に駆け上がってくる。
それからの変化は爆発的だった。
ぼろり、と右腕が灰のように変質し、崩れ始めたのである。
それは次々に彼女の腕を浸食、ついには肩口にまで達しようとして―――しかしそこから先へは、進まなかった。
折れた刀を投げ捨て、電光石火の如き速度で脇差を引き抜くセシリア。小太刀を右の脇の下へ差し込むや、歯が砕けるほどの力で食い縛り、自分の右腕を肩口からバッサリと斬り落としたのである。
「!」
「がぁぁぁぁ!」
刀を咥えて止めている力也を力任せに振り払ったセシリアは、呼吸を整えながら彼を睨んだ。
ぼたぼたと溢れる鮮血―――しかしそれもすぐに止まったかと思うと、斬り落とされた肩口の断面から骨や筋肉が生え、瞬く間に腕の形へと再生していく。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「―――チッ、殺し損ねたか」
呪術による浸食が始まるよりも先に、右腕を身体から切り離して事なきを得た―――といったところだろうか。
辛うじて死を免れたセシリア。再生したばかりの腕の感触を確かめ、健在な刀を右手に、左手には脇差である小太刀を握らせ力也を睨む。
これで切り札は不発……そう思っていたセシリアの眼に、しかし悪辣な現実が突きつけられる。
ボン、と爆裂ボルトに点火したかと思いきや、肘から先が消失した左腕が肩口から切除。力也の腰から伸びた機械の尻尾、その先端部から伸びる3本の簡易マニピュレータが背面にある何かを掴んだかと思いきや、それを彼の左の肩口から露出したプラグにしっかりと接続する。
―――予備の義手だ。
義手の内部に煉獄の鉄杭とその発射機を仕込んだ義手の予備……その数、左右合わせて4発分。
当然、未だ健在な右腕にも仕込んでいるからあと5発分の煉獄の鉄杭が残っている、というわけだ。
「パヴェル!」
列車の屋根に響く、少女のような―――あるいは、女性の声優が演じる少年のような声。
振り向くまでもない―――パヴェルにとって最も頼もしく、そしてセシリアにとってはパヴェルに匹敵するほどの脅威である存在が、仲間を引き連れて加勢にやってきたのだ。
銃座のハッチから身を乗り出したミカエル、クラリス。その後には武装したシェリルも続く。
テンプル騎士団最強の兵士、英雄の末裔、そして最強クラスのホムンクルス兵に対転生者戦闘訓練の次席という、豪華極まりない布陣。
「パヴェル、なんだその姿?」
セシリアにAK-19を向けながらミカエルが問いを投げるが、パヴェルはいつも通りの笑みを浮かべるなり、再び険しい表情になった。
「あとで酒でも飲みながら教えてやる―――それよりあの化け物だ」
「……ああ」
セシリアにドットサイトのレティクルを向けながら、ミカエルは目を細める。
おそらく合流前まで、ここで一進一退の攻防を繰り広げていたのだろう。
以前は瞬殺され、まるで相手にならなかったが今回は違う―――今のミカエルには研ぎ澄ました力があるし、仲間もいる。
前回のようにはいかない。
煉獄の鉄杭
口径13mmのパイルバンカー。本体となる杭と発射機で構成されており、杭には賢者の石が素材として用いられている。螺旋状の溝が掘られているがこれは呪術的処置によるものであり、装薬の点火と共に賢者の石が活性化、それが呪術発動のトリガーとなり、命中した対象の肉体を瞬時に浸食し死に至らしめる。
この呪術的処置には『再生能力や不死などの特異性を上書きする』という特殊な効果が付与されており、被弾した対象は再生能力、不老不死と言った死を免除する能力が無効化される。これにより不死の対象を強引に一撃死へ追いやるのが、この兵器の真髄である。
しかしリスクは大きく、射程距離は1m未満、弾数は1発のみで再装填不可、発射機も射出時の負荷でライフリングが焼き切れる上にバックブラストとの板挟みに遭い破損するため、再利用は不可能という極めてリスキーな代物であり、これを使いこなした兵士はごく少数に留まる(中でも有名なのが速河力也大佐である)。
加えて素材となる賢者の石が(人工的に生成しない限り)効果である事、そして近接兵器であるため標的に肉薄しなければ意味を成さない事が疑問視され、リスクも大きかったことから、これを装備し戦いに身を投じた多くのテンプル騎士団兵士が帰らぬ人となっている。
なお、元々は対戦車兵器の一つとして研究開発が行われていたが、対戦車ライフルや対戦車ミサイルといった兵器の方が遥かにリスクが低くシステムもコンパクトで運用に支障がないという至極真っ当な理由で計画は白紙化されており、これをフィオナ博士が自費を投じて開発を続行、妥協と設計変更の果てにこのパイルバンカーシステムが完成したという経緯がある。
パヴェルがセシリア戦に投入した煉獄の鉄杭は義手の中に発射機を仕込んだ初期モデルであり、使用の際には爆裂ボルトに点火、義手の外装を全て排除するというプロセスを踏む必要がある。




