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ウェーダンの悪魔は物の怪と躍る

皇帝カリーナ「ひー、ひー、ふー!」

ラスプーチン「頑張ってください陛下、もう少しですよ!」


レーニン「Ураааа‼ Ураааа‼」


ラスプーチン「おめでとうございます陛下! 元 気 な ア カ ち ゃ ん で す よ ! ! 」




ミカエル「ねえねえあの人たち何してるのー?」

クラリス「見ちゃいけませんわ」



 



『俺がこの世で最も恐れているのは、妻たちとの夫婦喧嘩と妻の手料理だ』


『やだ、俺まだ死にたくない』




 ウェーダンの悪魔、速河力也大佐の日誌より


















 遺書を書き残してこなかった事を今日ほど後悔する日は、きっと後にも先にも無いだろう。


 セシリアに銃撃を加え、案の定そのことごとくを躱され、あるいは刀で弾きながら急迫してくる彼女を睨みながらそう思う。


 振るう刀は断熱圧縮熱に晒された事でうっすらと朱色に熱を帯び、肩に羽織ったボロボロのロングコートはお伽噺に登場する魔王の翼のように後方で広がって、腰の後ろから伸びた9本の竜の尾が闇色のオーラを纏いながら揺らめく。


 傍から見ればラスボスの風格だ。明らかに、こんな道半ばの戦闘でホイホイ出てきていい相手じゃあない。


 だが人生に負けイベなど存在しない―――負けたら死ぬだけ、シンプルなルールしか現実には存在しないからである。


 後方へとバックジャンプ、些細な延命措置を実行に移しながら息を呑む。


 昔、俺は”セシリアの腹心”だの”魔王の右腕”だのと呼ばれていたこともあった。セシリアからの命令には忠実で、与えられた任務は必ず期待以上の成果を叩き出し、彼女からテンプル騎士団最高の栄誉と言われている『赤星英雄勲章』を幾度となく受賞している。


 まあそりゃあ、周りから言わせれば”優秀な兵士”という事なのだろう。シャーロットから聞いた話では、俺の死後に行われた分析では【第二次世界大戦においてナチス・ヴァルツ帝国軍に与えた損害の2%は俺単独での戦果】というとんでもない結果まで出たのだそうだ。


 確かに数多の転生者を手に掛けたし、その撃破数のスコアも他の兵士と比較すると抜きんでていたという自負はある。何なら戦績の振るわない他の部隊の若手に戦果を譲ったり、表彰者に推薦してやったりした事もあったから実際はもっと伸びるのかもしれないが。


 さて、そんな俺でもガチでヤバい相手だと認識している女の1人が彼女、セシリアである。


 彼女は紛れもなく”現行最強の転生者”だ。正確に言えば転生者の家系の子孫にあたる存在なのだが、それでも転生者の能力は祖先からしっかりと引き継いでいるし、それに加えて本人の身体能力と実戦で鍛えられた戦闘力は他の追随を許さない。


 はっきり言おう―――俺なんか、彼女の足元にも及ばない。


 もし仮に俺が100人いたとしても、全員戦死してセシリアの持つ魂の残量を半分まで削れるかどうか……俺と彼女との間には、それほどまでに絶望的な戦力差がある。


 だが。


 ―――決して、勝てない相手ではない。


 この日のために用意していた切り札が、俺にはある。コイツが命中さえすれば……。


 身体を後ろに大きく逸らした。彼女の薙ぎ払った剣戟はまだ、俺に刃が届くほどの距離ではない。だがこのままでは拙い、という嫌な予感に素直に従った結果、最悪の結果は回避できたようだ。


 ギュォッ、と一瞬前まで俺の首があった場所を突き抜けていく斬撃。魔力を放出しながら放った斬撃なのか、それとも刀を振るった際に生じる衝撃波をそのまま放ったものなのか、それは俺には分からない。


 しかし首の高さであの一撃―――マジで殺しに来てるんだな、と思うと背筋に冷たい感触が走った。


 負けじとAK-15をフルオートで連射。ドガガガ、とロングバレルのAK-15から、十分すぎる運動エネルギーを受け取った7.62×39mm弾が次々に放たれていく。


 俺のAKはボルトをより軽量タイプのものと交換しているので、通常の個体よりも連射速度が若干上がっている。より弾幕を張り、転生者相手の戦闘を有利に進めるためのカスタマイズのつもりだが、しかしセシリア相手にそんな小細工は通用しない。


 刀を振るい、衝撃波を盾として用いながら距離を詰めてくるセシリア。


 対転生者戦闘において最も理想的な対抗策は『転生者には転生者をぶつける』事だが、しかし転生者はそう簡単に用意できる戦力ではなく、万一戦闘で喪失したら替えが利かない存在だ。フィクションの戦力としては見栄えが良いが、軍事的に考えると何とも扱いづらい存在なのである。


 そこで強力な転生者を相手に、一般歩兵でも優位に立てるよう考案されたのが『対転生者戦闘ドクトリン』だ。


 提唱し体系化したのは、現役だった頃の俺と上官の『ウラル・ブリスカヴィカ』上級大将殿。


 転生者のようなチート能力がなくとも、ある程度戦いに慣れた若手の兵士が転生者を討ち取れればそれこそ大金星である。


 対転生者戦闘の基本はまず第一に『一対一では戦わず、必ず一個分隊、最低でも3名の兵士で転生者と戦う事』。一対一では火力に限界があるし、どうしても転生者の身体能力にはついていけない。だから一個分隊が理想だが、無理でも3名の兵士で転生者と戦う事で火力と戦力差を補う、これが第一だ。


 そして第二に『射撃はフルオートを基本とし、常に弾幕を張る事』。いくら転生者でも対処可能な攻撃には限界があるので、複数名でひたすら弾丸を叩き込んでいれば人肉ハンバーグの出来上がりというわけである。このドクトリンを前提としているため、テンプル騎士団の兵卒に支給されるAKはフルオート射撃の多用を想定しヘビーバレルが標準装備されていた。


 もちろん俺のAKもそれに倣っている(おかげで分隊支援火器並みの重さだよクソッタレ)。一対一はやっちゃダメという、教本のド頭に書いてある注意書きには見事に違反してしまっているが、それでもドクトリン通りにフルオート射撃で弾幕を張ってセシリアの接近を少しでも遅らせようと足掻く。


 連結部を飛び越え、客車の上へ。


 次の瞬間、セシリアが跳躍した。


「!!」


 空中で刀を逆手持ちにし―――そのまま、獲物を見つけた猛禽類さながらに急降下。闇色の魔力を纏った刃を、上空から突き立ててくる。


 あんなものをもろに受けたらどうなるかは言うまでもない。後方に飛び退いて直撃を回避するが、しかしその余波をもろに受ける羽目になった。


 ドン、と弾ける闇属性魔力の爆発。客車(射撃訓練場のある3号車だ)の屋根の一角がアルミホイルさながらに爆発でめくれ、内部にある射撃訓練場のレーンが露出する。


 その余波に体勢を崩されそうになりながらもなんとか堪えたが、次の瞬間には爆風を突き破り、右目から紅い光の尾を曳くセシリアとその刃がすぐそこまで迫っていた。


「―――」


 ―――死ぬ。


 首を深々と斬り上げられる―――その一瞬先の運命に、全力で抗う。


 左手をAKに装着しているGP-46から離し、咄嗟に放つ左のパンチ。振り上げられる刀の横っ腹を殴りつけるや、刀の軌道が盛大にブレた。首を狩る筈だったその一撃は大きく上に逸れ、切先の末端が微かに薄く、俺の眉間を浅く切り裂くのみに留まった。


 拳を用いた即席のパリィ。さすがにセシリアもこれは想定外だったようで、確実に仕留めるつもりで放った一撃が外れた事に目を丸くしていた。


 そのまま左肩でセシリア相手にぶち当たる。


 いくら彼女が現行最強の転生者で、ホムンクルス兵の原型となったキメラと言っても、その体格と身長は女性の範疇を出ない。確かに筋力では大きく負けているものの、攻撃直後という条件付きで考えるのであれば、身長も体重も質量もある俺の方が有利になる。


 至近距離からのタックルを受け、セシリアは体勢を崩した。さすがに尻餅をつくほどではないが、それでも次の攻撃に繋げる隙は確保できた。


 AKの保持をスリングに任せ、右手をカランビットナイフの鞘へと伸ばす。引き抜かれたのは黒く、しかし刃先に行くにつれて段々と紅く染まっている異形のカランビットナイフだった。


 こいつでいったい、何人の転生者の首筋を引き裂いてきたか。


 そしてよもやそれが、俺の妻の喉笛まで裂く事になろうとは一体誰が想像しただろうか。


 ヒュン、と刃渡り30cmにも及ぶそれを、余計な力を抜いた状態で振るった。空振りしたのではないか、と空気を裂くほどの軽い手応えに不安になったが、しかしセシリアの喉元には紅く湿った線がくっきりと刻まれていて、じわりと傷口から玉のような血が溢れ出た直後、ポンプに押し出されたかのような勢いで鮮血が溢れ出た。


 ごぼ、と口の奥から溺れるような音を発し、両手で喉元を押さえるセシリア。口から血を迸らせながらそのまま崩れ落ちていくが、しかしすぐに起き上がろうと手に力を込め始める。


 そんな彼女に、容赦なくAKを叩き込んだ。


 ガガガガガン、と対戦車ライフルみたいにごついマズルブレーキのついた銃口から7.62×39mm強装徹甲弾が立て続けに飛び出し、セシリアの頭を、肩を、胸を、和紙みたいに引き裂いていった。弾丸が柔らかい肉にめり込む音、肉がごっそりと抉れる音、内臓が千切れる音、骨が砕ける音。


 戦場で何度も聴いた、無残な音。


 人間の死ぬ音。


 あれだけ見て、嫌というほど目に入って、けれども心は全く動かなかった。


 生まれてくる人間もいれば、死んでいく人間もいる。それが自然死か人為的な死なのかはさておき、死滅と誕生のサイクルは人間も例外ではない。だからこれは自然の摂理の範疇であり、当たり前の事なのだ―――自分でそう解釈して納得していたつもりではあったが、しかし。


 相手が自分の妻の姿で、自分の妻の声で喋り、自分の妻のように強い―――セシリアの姿をしているというだけで、相手を撃ち殺す行為がここまで後味が悪くなるとは思わなかった。


 胸の奥にへばりつく嫌な感触。コイツはセシリアじゃあない、物の怪だ―――自分の心に何度も何度も言い聞かせ、GP-46の発射スイッチを引いた。


 ポンッ、と放たれた40mmグレネード弾。至近距離での砲撃も想定し、敢えて安全装置を外していたそれが再生中のセシリアに命中して爆発。辺り一面にボロ布と、ピンク色の肉片が飛び散る。


 だがこれでも、彼女は死なない。


 濛々と吹き上がる爆炎の中、ゆらり、と黒い影が立ち上がったのを俺は確かに見た。


 今のうちにグレネード弾を再装填リロード、マガジンも新しいマガジンに交換しコッキングレバーを引く。


 やがて、爆炎の中から何食わぬ顔でセシリアが姿を現した。


 肉体も、服も再生してある―――まだ再生途中の顔からはグロテスクな中身が覗いていたが、しかしそれもごく短時間で元通りになっていった。剥き出しだった脳味噌が頭蓋骨に埋まり、表面に筋肉やら毛細血管やらが広がって、それを白い柔肌が包み込んでいく。


 軽く頭を振りながら、足元の刀を拾い上げるセシリア。ゆっくりと見開かれた闇色の瞳がこちらの目と合うや、ニッ、と快活な笑みを浮かべた。


「いやぁ、お前といいさっきのサムライといい強い奴が多いな。私を二度も殺す者などそう居ない」


「お褒めに預かり光栄の至りだ」


 さて、どうしたものか。


 先ほどセシリアを一度殺せたのも、彼女の戦い方のクセをよく知っていたためだ―――何度も愛し合い、身体を重ね合った女である。考えている事も身体の事も、そして戦い方のクセも把握している。


 ちなみにセシリアのホクロは左の胸にある。マジだ。だってお風呂とかベッドの上とかで散々見たからねパヴェルさんは。


 って、プチ尊厳破壊してる場合か。そういうのはミカにやらないと。


 どこかでくしゃみが聞こえたが気にしない。


 それはいいとして、さっきみたいな戦い方が通用するのもこの1回だけだ―――セシリアは必ず、対策した上で白兵戦を挑んでくる。


 長期戦になれば身体能力で劣るこちらが不利……もちろん数千万回殺して再生能力を完全に削ぐ、というのも論外である。


 どこかで隙を見つけて”切り札”をぶち込むしかない―――彼女を打ち倒す方法は、その一点に尽きる。




 

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― 新着の感想 ―
も う 終 わ り だ よ こ の 帝 国(ボリシェヴィキ並感) 今回は本編、シリアス一辺倒ですね。あのカランビットナイフ…初月ですか、彼女(?)もこの世界にパヴェルと一緒にやってきていたんですね。…
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