獣竜激突
モニカ「で、結局アンタらホムンクルスの元になった”キメラ”ってどんな種族よ?」
シャーロット「よくぞ聞いてくれた! キメラとは人間と魔物の遺伝子を併せ持つ混血の種族、と言ったところだねェ。ボクらホムンクルス兵の原型となったタクヤ・ハヤカワは人間とサラマンダーの遺伝子を併せ持つキメラであったと言われているよ」
シェリル「あなた方獣人が動物と人間の遺伝子を併せ持つように、キメラは”人間と魔物の遺伝子を併せ持つ”種族と言う事です」
モニカ「じゃあゴブリンのキメラとか、ラミアのキメラとかもいるって事?」
シャーロット「探せばいるんじゃないかなぁ?」
シェリル「アラクネのキメラは聞いた事ありますけどねもふもふ」
ミカエル「ァ゜~!」
クラリス「シェリルさん!? それクラリスのご主人様ですわ!!!」
5.56mm弾が、丼を逆さまにしたような姿の無人機―――『スカラベ』の正面装甲を撃ち抜いた。光沢のない黒い装甲があっさりと弾丸の貫通を許すや、風穴からどろりと赤黒い血のような物を溢れさせ、撃ち抜かれたスカラベが動きを止める。
機械というよりは生物じみた挙動に、モニカは背筋に悪寒が走るほどの嫌悪感を覚えていた。
あれは確かに、見た目は機械だ。そこに魂など欠片も宿らぬ、精密機械の塊だ。あらかじめプログラムされた命令通りに淡々と敵を排除するだけの魂なき殺戮機械でしかない。
しかし、被弾すると流れる血のせいなのか、それとも被弾した際に見せる痛みを感じているような挙動のせいなのか、機械というよりは生き物を相手にしているように思えてならない。
実際に叫び声を上げたり、呻き声を発したり、傷口を押さえながらじたばたするわけでもない。被弾した際に走る電気信号の誤動作ゆえか、それとも痛覚だけは生きているのか―――生体部品を用いている脚部を痙攣させたりといった生物的な挙動が垣間見え、それが得体の知れない不気味さを醸し出しているのだ。
それが設計上の仕方のない特徴であればそうなのだろうが、仮にもし敵対する兵士たちへの心理的影響を意図したものであったのであれば、設計者の性格の悪さが窺い知れるというものだ。
いずれにせよ、この気色の悪い敵をどうにかしなければならない。
RPK-201が曳光弾を放った直後に沈黙、モニカは弾切れを悟った。
血盟旅団では作戦にもよるが、原則として”マガジンの最後の一発は曳光弾を装填する事”としている。こうする事で射撃の最中に弾切れを素早く悟る事ができ、より隙のない再装填に入る事が出来るというものだ。
これは実際、テンプル騎士団時代にパヴェルが教育された事でもある。
舌打ちをしながら100発入りのドラムマガジンを取り外し、ポーチから60発入りのマガジンを引っ張り出そうとする。
しかし、遮蔽物として使っていた格納庫天井のハッチに立て続けに5.45mm弾が命中、更に弾切れを察知したらしい敵機が距離を詰めてきたものだから、悠長に再装填している暇もない。
「ああ、もうっ!!」
左手を腰のホルスターへと突っ込んだ。
中から出てきたのはグロック18C―――フルオート射撃に対応したマシンピストルタイプのモデルだが、しかしモニカがサイドアームとして持ち歩いているそれは、血盟旅団の他のメンバーのものと比較するとあまりにも異様であり過ぎた。
グリップ底部後端から伸びる折り畳み式のストックに、グリップ底面から大きく突き出た、でっぷりと丸いドラムマガジン。100発もの9×19mmパラベラム弾を詰め込んだ挙句、ストックまで用意したそれはマシンピストルと呼べる代物ではなく―――もはやSMG、あるいはPDWに分類してもおかしくないような攻撃的な代物であった。
ダラララララッ、とコンペンセイター付きの銃口から激しいマズルフラッシュが迸り、スライドが激しく前後する。片手をドラムマガジンに添えながらの射撃でもその凄まじい反動を完全に制するには至らず、弾丸を文字通り”ばら撒く”形となったわけだが、精密な狙いを必要としない程の至近距離であった事が功を奏した。
至近距離での予想外の反撃を受け、9×19mm弾をダース単位で浴びたスカラベが血を吹き出しながら擱座する。びくびくと脚を痙攣させながら機能を停止するや、活性化したメタルイーターの作用で瞬く間に錆びた金属粉へと姿を変え、そのまま夜風に攫われて闇へと消えていった。
この隙にRPK-201にマガジンを装着、コッキングレバーを引いて射撃を再開するモニカ。
血盟旅団において機関銃手を担当するモニカは、とにかく弾丸をばら撒くような装備を選択することが多い。常に大量の弾薬を持ち歩き、敵に対してそれをばら撒いて制圧するような戦法を好むのだ。
それは一対多の状況に噛み合っており、息を吹き返した彼女の弾幕で、スカラベの群れが面白いほど薙ぎ払われていった。
60発入りマガジンが空になり、用済みになったそれをダンプポーチへと収める。マグポーチから新しい60発入りマガジンを引っ張り出して前方から傾けながら装着、機関部右側面から突き出たコッキングレバーを引いて初弾を装填。
その時だった―――脳裏に冷たい感触が走ったのは。
まるで氷でできた手が、心臓を鷲掴みにしているような―――そんな感覚。
「……!?」
いつの間にか、息が上がっていた。
身体中から汗が噴き出しているような、そんな錯覚すら覚えた。
心臓の鼓動が速くなる―――バクバクと、己の内側の音が克明に聞こえる。
迫りくる威圧感―――圧倒的強者を前にした絶望が、あらゆる感覚をバグらせていた。不必要なほど汗が吹き出し、息が上がり、脈拍数が乱れに乱れる。
それらが全て、この夜空のどこかから舞い降りんとしている一人の女によるものだと―――まだ戦ってすらいない相手によるものだと、一体誰が考えるだろうか。
ふわり、と音もなく”何か”が格納庫の屋根の上に舞い降りたのを、モニカははっきりと見た。
彼女の猛烈な弾幕に蹴散らされ、大破し擱座したスカラベたちの死骸……その先頭に降り立ったのは、真っ黒な軍服を見に纏い、大きな軍帽をかぶり、マントの代わりに羽織ったボロボロのロングコートを羽織った黒髪の女。
月明かりを背に、その隻眼には闇色の鋭い光が宿る。
息が詰まりそうになった。
(コイツが……コイツがセシリア……テンプル騎士団の、親玉……!)
声が出ない―――それどころか身体も動かない。
じろり、とセシリアの右目がモニカを睨んだ。
(ああ、あたし死んだ……)
己の死を覚悟せずにはいられない、そんな絶望的な実力差。
だが、絶望に打ちのめされている場合ではない。今は少しでも時間を稼がなければならないのだ。ここで運命を受け入れ、道を譲ってしまっては仲間たちに申し訳が立たないし、何よりモニカも―――本名『クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ』という少女にも意地がある。
やってやる。たとえ数秒の時間稼ぎでも、猛獣の前に立ち塞がる羽虫に過ぎないとしても。そんな悲壮な覚悟を決め、腹を括り、戦士の目に戻ったモニカ。蒼い目がドットサイト越しにセシリアを睨む。
が―――次の瞬間、セシリアがゆっくりと後ろを振り向いた。
モニカを脅威と認識しなかったわけでも、あるいは笑えるほどの逆境を前に奮い立ったモニカに恐れをなしたわけでもない。
興味を引かれる存在が、彼女の後ろに現れた……それだけの事だった。
「―――セシリア・ハヤカワ殿とお見受けする」
低い声―――範三の声だ。
振り向きながらそっと腰の刀に手をかけるセシリア。
その視線の先には、装甲諸共内部をバッサリと両断され、徐々に錆びて崩壊しつつあるスカラベたちの”死骸”が無数に転がっていた。
そしてその向こうに佇むのは、防寒用のコートとウシャンカを身に着け、大太刀を手にセシリアを睨む秋田犬の第一世代型獣人、範三。
コートやウシャンカは真っ赤な血でべっとりと濡れており、手にした大太刀『宵鴉』もまた同じように返り血に塗れ、死神の鎌を思わせる銀の月の光を浴びて妖刀じみた光を放っている。
冷たい夜の中、しかし範三の刀だけがゆらりと白い湯気を発していた。
いったいいつの間にここまでやってきたのか、モニカにもセシリアにも分からない。しかしこのごくわずかの短い間に、セシリアの背後を埋め尽くしていたスカラベの一群をたった一本の刀だけで斬り伏せ、ここまでやってきたとでも言うのだろうか。
ぴくり、とセシリアの眉が動く。
見覚えのある男だ―――以前に一度手合わせをし、されどセシリアの足元にも及ばず敗北を喫した倭国のサムライ。いつの日かまた強くなってセシリアの目の前に姿を現すだろうと期待し息の根までは止めなかったが、その読みは正しかったらしい。
悔しかったのだろう―――努力しどん底から這い上がってきたであろう事は、セシリアにもよく分かった。
目を合わせるだけで、判る。
「いかにも。貴殿はあの時のサムライか」
「市村範三―――某の名、冥途の土産に持って行け」
「面白い」
刀を抜いた。
左右の手に1本ずつ、刀身の半ばほどから両刃の剣のような形状となった特徴的な刀(切先諸刃造という、日本刀の中でも特に古い形状である)を握り、静かに腰を落とすセシリア。
それを見た範三も刀に付着したスカラベたちの返り血を振り払い、ミカエルの身の丈ほどもある大太刀を上段に構えた。
手出し無用―――ほんの一瞬だけモニカへと向けられた範三の視線が、そう告げていた。
これは剣士の誇りを懸けた真剣勝負、一切の手出しは許されない。
その馬鹿正直さに少し呆れながらも、しかしモニカは首を縦に振った。
それを見て安堵したのだろう、一瞬だけ範三の口元に笑みが浮かんだ。
その直後だった―――列車の屋根の上で、2人の剣士が最初の剣戟をぶつけ合ったのは。
パラララッ、と軽快な銃声と共に飛来した9×18mmマカロフ弾が、なんというかこの……丼をひっくり返したような無人機を穿った。
新たな脅威の出現に敵機の機銃がそちらを旋回するが、目の前でAKを構えているキュートなミカエル君をガン無視して余所見とは随分と余裕のある奴らである。その代償はもちろん支払ってもらう事となった。
セミオートに切り替えたAK-19の連続射撃。ガンガンと5.56mm弾に穿たれて、火砲車に侵入した2機の無人機が動かなくなる。
無駄だと知りつつ火砲車内の砲塔へ続く戦闘室内に手榴弾を2つまとめて投げ込み、ドアを閉めてロックをかけた。バムンッ、と重々しい衝撃と共に防爆性のハッチがびりびりと振動する。
戦車のハッチを溶断したレーザーを持ってるような相手である。この程度の防爆扉などすぐに突破されてしまうだろうが、少なくとも時間稼ぎにはなる筈だ。
「―――やあやあ、無事なようで何よりだよリガロフ君」
「生きてたか、シャーロット」
マカロフ弾の弾雨で助太刀してくれたのは、ストックを装着したスチェッキン・マシンピストルを手にしたシャーロットだった。いっぱい撃ちたいからなのか、通常のマガジンではなく特注のドラムマガジンを装着しており、ただでさえ得意な形状の銃が更に異形と化していて草生える。
「このボクを3度も撃ち破った相手だ、簡単に死なれては困るよ」
「よく言う……しかし、何なんだコイツらは」
「スカラベだよ」
「スカラベ?」
「無人兵器の一種さ。こっちにやってきたテンプル騎士団叛乱軍が現地製作した対人殲滅兵器。サイズの異なる3つのタイプがあって―――」
「待て待て、説明が長くなるやつだろそれ」
「ん、長話の時間はないか。まあいい、コイツらは歩兵の小火器でも対処可能だが数が多い。EMPとか、ウイルスの類で無力化するのが一番だね」
「詳しいな」
「当然さ」
まだ息があったのだろう、シャーロットの足元で痙攣しながらも起き上がろうとする1機のスカラベが銃口を彼女へと向けた。
そんな死にかけのスカラベに一瞥すらくれず、左手で懐から取り出したマカロフ拳銃を撃ち込んで止めを刺すシャーロット。相変わらず虚ろでイカれたやべえ顔に返り血が付着して、ヤンデレ好きにはウケそうな顔になった。
「―――このスカラベはボクが設計した発明品だからねェ」
「……はい?」
「作者、ボク」
「……なんて?」
「ボクが作りました」
「……マジ?」
「マジ」
「こんなキモいのを?」
「失礼な、機能性を突き詰めつつ趣味に走った結果さ」
「おめーのセンスじゃねーか!!」
「でもいいだろう? 生体部品の利用によって駆動系を丸ごとオミットし軽量化しつつ生物由来の柔軟な動きを取り入れることに成功し、兵器設計の新たな可能性を切り開い―――」
「分かった分かった俺が悪かった、センスいいよお前最高だ大好き愛してる」
「愛してる? じゃあえっちしようか」
「段階を踏め馬鹿」
「ちょっと傷ついた」
「ごめんね」
「いいよ」
なんだこのノリ。
あっはっは、と2人で変な笑いを浮かべながら、同時に振り向きグロックとマカロフを同時に発砲。どこからか車内に入り込んだスカラベに9mmパラベラム弾と9mmマカロフ弾を同時に叩き込んで大破させる。
「それはそうと、高度な電子機器が置いてある部屋を知らないかい?」
「どうする気だ?」
「さっきも言っただろう? 開発者はこのボクだと」
にい、とシャーロットは不敵な笑みを浮かべた。
「作り方を知っているという事は、壊し方も知っているという事さ」
まあ任せたまえよ、と萌え袖をひらひらさせながら得意気に言うシャーロット。コイツの場合、倫理観はともかく技術に関しては真面目に信用していいと思う。
「……パヴェルの部屋に作戦指揮用のPCがある」
「案内してくれたまえ」
「ただし条件が」
「なんだい」
「……画像フォルダは絶対見るな」
「え? ……あっ」
発言の意味を察したシャーロットが、変な笑み(まるでエロ本を読んでいる息子を見てしまった母親のような変な笑みだ)を浮かべながら首を縦に振った。
俺だって見られたくねーよ……本人の許諾も無しに勝手に製作された薄い本の原稿データが眠ってる画像フォルダなんて。
※『マガジンの最後の一発は曳光弾を装填する事で弾切れを察知する』というテクニックはロシア軍で実際に行われているらしいです。
※モニカの本名は『クリスチーナ・ペカルスカヤ・レオノヴァ』。モニカは偽名。




