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敵艦直上


《転移完了。機関部、船体各所に異常なし》


《対消滅機関、安定稼働中》


 転移明けの感覚は実に奇妙なものである、とセシリアは思う。


 感じ方には個人差があるが、転移が終わると胸元には車酔いにも似た不快感がじんわりと滲んでいるものだ。それはすぐに消えてしまうが、しかしこの感覚を嫌い転移を苦手とする将兵も多いと聞いている(中には転移が終わると同時に嘔吐してしまう兵士もいるのだそうだ)。


 ふう、と息を吐きながらアームレストに頬杖を突くや、目の前に表示された紅いウィンドウに、艦の真下を走行する列車の姿が表示される。船外カメラが捉えた映像で、それには確かに夜の線路を140㎞/hで全力疾走する重装備の装甲列車の威容が映っていた。


 大方、戦闘態勢のまま待機していたのだろう。パンゲア級空中戦艦『アトランティス』が転移してくると見るや、火砲車の戦車砲や客車の屋根にある銃座が旋回、このアトランティスへと照準を合わせてくる。


 だがしかし、いきなり真上にこのレベルの大型艦が転移してくるなど想像もしていなかったのだろう。モニター越しではあるが、血盟旅団側の混乱が見て取れた。


《敵、発砲》


 火砲車の戦車砲が火を吹いた。125mm滑腔砲……いや、砲塔後部に弾薬庫がある事から120mm滑腔砲を搭載しているのだろう。現代の主力戦車(MBT)相手には十分な火力だが、しかし全長500mの空中戦艦相手には豆鉄砲も同然だ。


 迎撃を命じるまでもない。砲塔から放たれたAPFSDSが矢継ぎ早にアトランティスの腹を殴りつけるが、サイズが巨大ということはそれ相応の質量を持っているという事であり、質量が大きいという事は圧倒的防御力の証とも言える。


 それに加え、パンゲア級空中戦艦の装甲は賢者の石を用いた複合装甲だ。単分子構造の特殊金属と賢者の石の層を幾重にも重ね合わせた分厚い装甲はそれだけでも艦砲射撃の直撃に耐えるだけの防御力を誇るし、更にその表面には魔術による攻撃を想定して対魔力コーティングを分厚く施してある。魔力由来の攻撃はこれに阻害され、実に威力の9割を殺されてしまうというテンプル騎士団の魔術科学、その真骨頂と言っていい。


 血盟旅団側からの攻撃を意に介さず、セシリアは1人しかいない艦橋の中で口元に笑みを浮かべた。


 椅子から立ち上がり、艦橋を後にする。


 ”スポンサー”からは連中の確実な排除を依頼されている。このまま対消滅爆弾を投下してもいいが、確実に始末するのであれば自分が手を下し、遺体確認まで行う事が望ましい。


 艦の最下層にある空挺降下デッキへ降りるや、既にそこでは無人兵器たちが降下の準備を始めているところだった。艦底部のハッチが解放されるや、簡易カタパルトが展開し、装填された無人機たちが次々に真下へと撃ち出されていく。


 セシリアもウェポンラックからAK-15(在りし日の夫が使っていたモデルだ)を手に取るや、マガジンをいくつかポーチに収め、虚空に手をかざした。


 展開したウィンドウから再生する楽曲を選択。解放されたハッチから流れてくる風の音すらも音楽の一部と認識しながら、再生と同時に呟いた。


「ふん―――遊んでやろう」


 ラデツキー行進曲が再生されると共に、無数の無人兵器たちが投下されていった。

















 ガガガガガ、と連装で搭載されたブローニングM2重機関銃が火を吹いた。曳光弾を含んだ12.7mmの弾雨が頭上の空中戦艦の腹へと容赦なく突き刺さっていくが、しかし手応えは全く感じられずにいる。


 それもそのはず、相手は全長500mにも達する超大型の空中戦艦である。そんな質量の相手を、たかが12.7mmの重機関銃で撃ち落とすなど到底無理な話だ。


 火砲車に搭載された120mm滑腔砲―――ヤタハーン砲塔が最大仰角で砲撃を叩き込んでいるが、宙を舞うクジラさながらの威容を誇るテンプル騎士団の空中戦艦は、矢継ぎ早に撃ちこまれる戦車砲を意に介さない。まるで羽虫に刺されても動じぬ恐竜のように、あるいは小魚に噛み付かれても意に介さぬリヴァイアサンの如く、悠然と夜の中を泳いでいる。


 こんな相手に勝てるのか―――じわり、とイルゼの思考回路に絶望が滲んだ。こんな怪物じみた相手に勝てるのか。技術力も兵力も明らかに数段上の相手に、太刀打ちできるのか。


 押金を押し込む親指に痺れが走った次の瞬間、イルゼは確かに見た。


 敵艦から―――何かが落下してくるのを。


「……!?」


 被弾した際に生じた破片かと思った。


 通用していないように思えても、こちらの攻撃は実はしっかりとダメージが蓄積しているのではないか―――そんな希望的な憶測が絶望を照らすが、しかしすぐにそれ以上の絶望が思考の全てを呑み込んだ。


 それはどんぶりを逆さまにしたような、奇妙な姿をしていた。敵艦から投下された爆弾か何かか―――そう判断するや、イルゼは無線に向かって「敵艦が何かを投下!」と悲鳴じみた報告を上げた。


 ドガガガガ、と果敢に弾幕を張って応戦する銃座に、イルゼも挫けかけた士気を蹴り上げられる。1号車の銃座にモニカが、3号車の銃座にシェリルが付き、ブローニングM2(50口径)の対空射撃で爆弾らしき何かのうちのいくつかを迎撃、撃墜に成功している。


 負けじとイルゼも押金を押し込んだ。仰角を目一杯つけ、対空照準器ではなく曳光弾の光を頼りに敵の爆弾らしき物体を迎撃する。さすがにこちらは空中戦艦ほどの防御力はないようで、12.7mm弾に胴体を大きく捥ぎ取られるや次々に爆散、夜空に炎の華を咲かせた。


 しかし投下される物体は10機や20機ではない。50、60―――やがて考えも億劫になる程の物量で、イルゼは焦燥感に駆られる。


 もしあれが爆弾なのであれば―――着弾を許せば、列車が吹き飛んでしまうかもしれない。


 それにパヴェルからの情報では、テンプル騎士団も対消滅爆弾を保有している(転生者殺しの首領、土屋を抹殺した際に証拠隠滅に使用した兵器がそれである可能性が高い)。万一あれが対消滅爆弾のような兵器であったならば、その時点で血盟旅団の全滅は確定だ。


 だから一発も被弾は許されない―――だがしかし、賢明な迎撃も数の暴力に押し切られそうになっている。


 迎撃され爆発する物体の閃光。その爆炎が段々と列車に迫ってきて……ついに、タッチダウンを許してしまう。


 ごしゃあっ、とイルゼの銃座のすぐ近くに、どんぶりを思わせる黒塗りの物体が直撃したのだ。2号車―――食堂車の天井の一部がひしゃげ、物体が軽くめり込む。


 慌てて防盾の影に身を隠すイルゼ。対消滅爆弾であれば無駄な抵抗だが、通常の爆弾であれば爆風と破片から身を守る事は出来る。今できる最善の手段で身を守ろうとしたイルゼであったが、しかし一向に起爆する様子が無い事に疑問を感じ、ちらりと顔を覗かせた。


 落下した物体に、変化が生じていた。


 にょき、と丼のような胴体から4本の脚が生え―――機体各所に穿たれたスリットから紅い光を漏らしつつ、ゆっくりと立ち上がったのである。


 更に胴体から機関銃のものと思われる肉厚の銃身が伸び―――それがゆっくりと、イルゼの方を旋回した。


「きゃあああああああっ!!」


 防盾に隠れるや、ガガガガガガ、と銃弾が防盾を立て続けに殴りつける音が響いた。


 あれは爆弾などではない―――機銃を搭載した、対人殲滅用の無人兵器なのだ。


 ごしゃあっ、ごしゃあっ、と次々に列車の天井にタッチダウンしてくる無人兵器たち。それらも同じように脚を展開するや、光を漏らしながらゆっくりと起き上がり、標的を求めて天井の上を這い回る。


 今までに感じた事のない恐怖―――過去に経験した悪魔との戦いが遊びに想えてしまうほどの恐怖に駆られながら、シスター・イルゼはぶるぶると震える手をホルスターへと伸ばした。プラスチック製ホルスターからマズルガード付きのグロック17を引き抜くや、ブレースを収納したまま防盾の影から突き出して引き金を何度も引き絞る。


 幸い、無人兵器の防御力はそこまででもないらしい。ガギュゥ、と装甲を穿たれる音を響かせるや、光沢を放つスカラベのような無人兵器は傷口から紅い血のようなものを流しながら沈黙、急激に錆び付き崩れていった。


 これならば、と他の無人兵器を同様に狙撃するイルゼだったが、しかし列車の屋根の上を見て絶句した。


「……っ!」


 屋根の上が、無人兵器で覆われているのである。


 まるで受益に群がる昆虫の一群のようにも思え、何とも言えぬグロテスクさに背筋が冷たくなった。


「パヴェルさん、無人機に取り付かれました!」


《迎撃しろ、1機も車内に入れるな!》


「了解!」


《ルカ、ノンナを連れて部屋に隠れてろ!》


 そう、ノンナだけは是が非でも守らなければ。


 あの子がいなければイライナは、独立の未来を永遠に閉ざされてしまう。


 スリングに手を伸ばし、APC556を手に取るイルゼ。安全装置セーフティを解除、セミオートに入れたそれの引き金を引き、果敢に無人機を撃ち抜いていく。


 背水の陣、とはまさにこの事だった。


















「くそ、何なんだよコイツらは!?」


 砲塔から身を乗り出し、砲手用に用意されていたブローニングM2重機関銃で無人機たちを撃ち抜きながら悪態をついた。


 見覚えがある連中だ。アレは確か、ベラシア地方のウガンスカヤ山脈を調べていた時の事である。旧人類の時代の地層から出土した兵器を調査していた最中にこいつらに似た兵器が姿を現して、俺たちに襲い掛かってきたのだ。


 俺の記憶の中にあるあの無人兵器とは細部の形状が異なるのを見るに、改良型か何かなのだろうがそんな事はどうでもいい。


 上空では、列車に有線接続されていたUF-01レイヴンがケーブルを切断、自立制御に切り替えるや、降下してくる無人兵器を機銃で果敢に迎撃しつつ、上空の空中戦艦目掛けてパイロンに搭載された空対空ミサイルを斉射しているところだった。


 いいぞやっちまえ、と銃声の中で思わず叫んだが、しかし結果は予想通りのものとなった。


 空中戦艦の下部から展開したCIWSと思われる高性能対空機関砲がミサイルを片っ端から迎撃、上空に炎の華を咲かせるや、次にその牙をUF-01レイヴンへと向けたのである。レーダー照射を検知したUF-01レイヴンはすぐに急旋回に入るが、敵艦の機関砲は無慈悲なほど正確だった。


 炸裂弾に囲まれ、UF-01レイヴンの主翼があっさりと捥げる。そこから先は無残そのもので、まるで太陽に近付き過ぎて燃え、墜落死したイカロスのように炎上したUF-01レイヴンは、そのままどこかへと墜落していった。


 決定打すら与えられない。


「!」


 唐突に、ブローニングが沈黙した。


 弾丸はまだ残っている―――弾詰まり(ジャム)だろうか。装填不良を起こした弾丸を除去する時間はなく、止むを得ずAK-19を手に無人機目掛けて5.56mm弾を射かけた。


 ガガッ、と立て続けに被弾した敵機が擱座。5.56mm弾に撃ち抜かれた傷口から生々しい血を流しながら動かなくなるや、やがてその表面装甲を急激に錆びさせ、そのままボロボロと崩れていった。


 気持ち悪い兵器だ。


 無人兵器を次々に撃ち抜きながらそう思う。機械のくせに、なぜ血を流しているのか。その紅い血は機械のものではなく、生身の身体を持つ生き物の特権だろうに。


 30発入りマガジンが空になる。マガジンを交換しようとするが、空中戦艦からは依然として続々と無人兵器が投下され続けていて、ヤタハーン砲塔の周囲にも1ダースほどまとめてタッチダウンするという笑えない状況に陥った。


 グロック17Lに持ち替え、1機を撃ち抜き撃破するがもう遅い。これ以上は無理だ、と判断した俺は砲塔のハッチを閉めて砲塔内に引っ込み内側からロックをかけた。


 見たところ武装は胴体に搭載された機銃くらいのものらしい。あの程度の武装で戦車のハッチは打ち破れまい―――そう高をくくっていた。


 事実、ハッチ越しにはガチャガチャと鉄板の表面を同じく堅い金属の何かが這い回るような音が聞こえてくるばかりで、これならば少しは時間を稼げると思っていたのだが―――現実はそんなに甘くない。


 唐突に漂う異臭。まるで金属が溶けているような、そんな異臭だ。


 見上げてみると、戦車のハッチが段々と熱を持っていた。やがてそのハッチが赤熱化し、溶鉱炉の中に放り込まれた鉄板よろしく赤々とした光を放つようになって―――。


 なんかヤバい、と砲塔の中から退避、火砲車の中へとタラップを滑り降りた直後だった。


 ズビュウ、とSF映画に出てきそうな音を発しながら高出力のレーザーが戦車砲塔のハッチをついに貫通。その真下にあった砲手の座席を易々と融解させ、俺のいた第一砲塔を瞬く間に灼熱地獄に変えたのである。


 迫る熱風から頭を守りつつ、AKのマガジンを交換して銃口を上へと向けた。


 真っ赤に灼けた風穴の向こう―――無機質な捕食者たちの紅い光が、ギラギラと輝いていた。





 

 

無人兵器 スカラベ


 テンプル騎士団叛乱軍が現地で開発した無人殲滅兵器。逆さまにしたどんぶりに4本の脚を生やしたような姿をしており、大きさも人間の腰ほどの大きさのものから膝ほどの高さのものまで、大きく分けて3種類確認されており武装も異なる。

 『テンプル騎士団のデータベースに登録されていない人間を抹殺する』事が目的の兵器であり、戦闘員・非戦闘員を識別しない。また高度なスキャンシステムや個体間ネットワークによるデータリンクができ、集団で標的を追い詰める。

 機体下部には高出力レーザーを搭載しており、【5秒の照射でエイブラムスの砲塔上面装甲を融解させる】ほどの威力を持つ。これで遮蔽物を排除し突破口を構築したり、遮蔽物に隠れている人間を諸共に焼き殺したりする。


 バリエーション


・タイプA

 大型モデル。7.62mm対物機銃を搭載。武装の代わりに後述のタイプCを複数搭載したキャリアー型も存在する模様。


・タイプB

 中型モデル。5.45mm対人機銃を搭載。機銃の代わりに自爆装置を搭載した特攻型も存在する模様。


・タイプC

 小型モデル。9×19mm近接機銃を搭載。小さな隙間にも入り込むことができ、獲物を逃がさない。



 なおどのモデルも脚部や機体の一部に【ゴブリンの細胞から培養して製造した生体筋肉】を生体部品として使用しており、駆動系パーツの省略による軽量化や生物的な柔軟な動きを可能としている。

 そのため被弾すると生き物のように血を流す事がある。

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― 新着の感想 ―
ラデツキー行進曲やスカラベの物量もあってか、いよいよゴルバやグロテーズを相手にしてるような気分になってきますね。あのサイズだから艦載機も搭載してるだろうと思ってましたが、想像以上にやばいものがやばい物…
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