明かされる計画
1889年 10月14日
ボロシビルスク駅
《Скоро отправится поезд из Волосибирска в Киров. Всем, кто нас провожает, просьба оставаться за белыми линиями, это опасно. Спасибо за внимание(間もなくボロシビルスク発、キリウ行きの列車が発車します。お見送りの皆様、危険ですので白線の内側までお下がりください。ご清聴ありがとうございました)》
駅構内に放送が響き渡った後、ノヴォシアの流行歌をアレンジした発車チャイムが、レンタルホームに響き渡った。
お見送りの皆様、とは言ったものの、レンタルホームは閑散としていて休憩用のベンチと外部連絡用の電話ボックス以外には何も設置されていない。
それもそのはず、レンタルホームは冒険者向けに解放されている設備であって、列車を停車させる事さえできればそれでいいのだ。利用者も冒険者だけなので、最悪の場合外部と連絡を取るための電話ボックスさえ置いておけばそれでいい。
よほど有名なギルドの出発でもない限り見送りなど居る筈もない。血盟旅団は今や知名度も高い、一気に上位陣へと食い込んだ新興ギルドではあるが、見送りや野次馬が居ないのは時間のせいもあるのだろう。
今は平日の午前10時―――帝国魔術学園は今頃3限目だろうか。授業真っ只中という事もあって、クラスメイトが見送りに来てくれるなんて事もなく、数名の野次馬が在来線のホームからこっちに向かって手を振っている程度だった。
ファンサも大事なので手を振り返しているうちに、列車がゆっくりと動き始める。
銃座から顔を引っ込め、客車からこっちに顔を向けている2両目の機関車へ。移動用のキャットウォークを歩いている間にも列車はぐんぐん加速を始めていて、横目で見るともう既にホームの光景は遥か後方へと去っていた。
雪がちらつく街が段々と後ろへ流れていく。
さらば、学術都市。
友達も出来た―――新しい学びもあった。
クソのような出来事も多々あったが、それでもここに来た意味はあった。
そして、使命も果たした―――後は胸を張り、堂々と祖国へ帰るのみ。
連結部を飛び越えて運転席のドアを開けると、中にはツナギの上にコートを羽織りウシャンカをかぶったノンナとルカがいた。ノンナが運転席に座り、ルカが隣で対消滅エンジンの面倒を見ているようだ。
アメリカのディーゼル機関車『AC6000CW』をベースに、パヴェルがイライナ/ノヴォシア鉄道の規格に合わせて車体を大型化したこの機関車は、対消滅エネルギーを燃料として用いた対消滅エンジンで稼働している。
ノヴォシア由来の超エネルギーである対消滅エネルギーは、触れた物体の性質や特性に関係なく反応し消滅させるという恐ろしい性質を持っている。対象が気体だろうが液体だろうが固体だろうが関係なく、ダイヤモンドだろうとオリハルコンだろうと一切合切の容赦なしに消滅させてしまうため、恐るべき兵器として昔のノヴォシアはそれを軍事転用してきた。
その圧倒的威力がテンプル騎士団を呼び寄せる引き金になるとは、誰も予想もしなかっただろう。
それはさておき、対消滅エネルギーは物質と反応した際に超高熱を発するという特徴がある。パヴェルはそれを利用し、対消滅エネルギーを意図的に大気と反応させて熱を出させることで、それで蒸気を作ってタービンを回す事で列車の動力源となる電気を生み出すエンジンを作り上げてしまった。
結局タービンかい、という発言はナシだ。結局発電はタービンなのだ。人類誰しもタービンの束縛からは逃れられない悲しき運命なのである。
なお、対消滅エネルギーは【真空に晒すと際限なく増殖する】という特徴を持つため、反応させるための大気と真空、それからタービンを回すための蒸気用の水さえ確保できれば半永久的に稼働させることが可能という、クリーンで理想的なエネルギーと言えるだろう(調整ミスったら全員消滅するので危険度は原子力以上なのだが)。
まあこれなら環境保護団体も笑顔になる筈だ。きっとそうだ、そうに違いない。
血盟旅団は環境に優しい活動を心がけています。
「調子はどうだ」
「エンジンは安定中……今のところ異常は何も」
整備は万全か。さすがルカとパヴェル。
「イライナまで戻れればこっちのもんだ。あと少し―――頼んだぞ」
「任せてよ」
前まではキョドっていたルカも成長したものである。「任せてよ」か……今までは頼りない、守ってあげなきゃならない弟分だったルカだが、今ではもう一人前の戦士だ。これなら安心して実戦に送り出せるというものである。
機関車を後にして客車に戻る。
外は雪が降り始めていた。まだ積もってこそいないものの―――冬季封鎖が始まるのは時間の問題だろう。
既にボロシビルスクで十分な量の食料と水、その他物資は積み込んだ。ここから先はほぼノンストップでの強行軍となる。
降雪量や積雪量によっては冬季封鎖が前倒しになる事もあるため、急がなければならない。
故郷へ―――みんなの待つイライナへ。
立体映像投影装置が起動し、空中に血盟旅団のエンブレムが映し出される。
剣を口に咥えた竜が、目を見開きながら翼を広げるアニメーションが再生されるや、霧散した光の粒子が今度は紅い映像を作り始めた。
血のように紅い旗を背景に、黄金でできた金槌と鎌が交差、その周囲に黄金の星を散りばめたエンブレム―――ソ連と中国という、共産主義国家の盟主2ヵ国の国旗を足したようなデザインのエンブレムは、紛れもなくテンプル騎士団のものだった。
パヴェルから立体映像投影装置の制御を借りたシャーロットは、てきぱきと手元のコンソールを操作してフォルダを開き、画像ファイルを次々に展開していった。曰く『少し型が古いがテンプル騎士団が採用しているものと同じ』なのだそうだ。パヴェルの技術はテンプル騎士団由来のものなので、やはり同じテンプル騎士団出身者には馴染みのあるものなのだろう。
投影された画像は、いずれもテンプル騎士団が保管していたものと思われる物ばかりだった。部隊の展開状況を意味する図や空中戦艦の航路データ、部隊との通信記録など様々な記録が保管されているフォルダのようだ。
先日のテンプル騎士団セーフハウス襲撃の際、サーバーからシャーロットが元職場への報復ついでにぶっこ抜いてきた機密データの数々。その解凍作業がようやく終わり、こうしてお披露目と相成ったわけである。
これで連中の目的も分かるだろう。
「……ねえシャーロット?」
「なんだいモニカ君?」
「あなたたち、あのセシリアとかいう女に監視されてるんじゃないの? こんなの見せて大丈夫なわけ?」
「それに関しては問題ありません」
まるで秘書のようにシャーロットの隣に控えていたシェリルが、冷淡な口調で応じた(性癖を高速詠唱で開示したやべえ女と同一人物とは思えないなんて口が裂けても言えないので墓場まで持って行こう……あ、睨まれた)。
「既に同志大佐の協力により、同志団長からの監視や精神干渉を受けないよう”ジャミングデバイス”を脳に埋め込んでいます」
「ジャミング……デバイス?」
「精神干渉、つまるところ最上位固体である同志セシリアからの魔力通信は強力でね。我々ホムンクルス兵同士の個体間ネットワークであれば意思の疎通だけが限界だが、同志団長の場合は最上位固体の権限で五感の共有から意識の憑依による一時的な肉体の操作まで可能な代物で、この関係は常に一方的だ。これを可能とするのがホムンクルス兵とそのオリジナル直系の子孫となる同志セシリアの遺伝子、及び近しい魔力組成によるもので、これを同調させることで魔力通信という魔法のような長距離リアルタイム通信が可能となっているわけだ。同志大佐の設計したジャミングデバイスは、この通信を行う際に生じる魔力とは真逆の位相となる魔力を生成、それを展開し魔力通信時に生じる魔力と真っ向からぶつける事で相殺するというものだよ。要するに……そうだな、キミのようにこの手の技術に疎い子に分かりやすく伝えると、真逆の性質の魔力をぶつけて相殺する事で魔力通信を封じる、と簡潔に説明するべきだったかな? この辺はすまない、どうしても説明が長くなってしまってね。専門外の人にこういったメカニズムを説明するのもなかなか難しいのだ。ご理解いただけたかねモニカ君?」
「???」
「ごめんシャーロット、モニカから湯気出てる」
「おやおや、ちょっと高度過ぎたかな」
要するに【魔力通信に使う魔力と真逆の魔力をデバイスで生成させることで通信を相殺、無効化する】というものなのだろう。それを脳に埋め込まなければならないというのは理解しがたいが、そうでもしなければ完全な相殺とはならないというのであれば仕方のない処置ともいえる。
ともあれ、これで2人の五感を通じて機密情報がテンプル騎士団側に漏れる心配もなくなった。
「……本題に入ろう。テンプル騎士団が、この世界で何を企んでいるのかについて」
腕を組んでいたパヴェルの目が鋭くなった。
どうも以前から、パヴェルはこの事を知っていた節がある。
テンプル騎士団が探し求めている、旧人類を滅亡へと追いやった超兵器『イコライザー』……それも含めて、未だに謎が多い。
「我々の世界では二度も大規模な戦争が起こった。世界規模の大戦……”世界大戦”が」
世界規模の戦争、という言葉で、前世の知識がある俺とパヴェルはともかく、他の全員が息を呑んだのがはっきりと分かった。
こっちの世界ではせいぜいが大国同士の殴り合い、あるいは小競り合い程度。マスケットを抱えた戦列歩兵が、太鼓の音に合わせて前進し銃を撃ち合う古めかしい会戦―――それが機関銃と塹壕、その他装備の発達で在り様が変わったのだから、戦場はさぞ地獄と化したであろう。
「我々テンプル騎士団を擁する祖国”クレイデリア連邦”は二度に渡る世界大戦にことごとく勝利。しかし国内は度重なる戦争で繁栄しつつも疲弊し、そこにフィオナ博士の叛逆も加わって、テンプル騎士団の力は大きく削がれた。博士の反乱でテンプル騎士団は全戦力の実に83%を喪失……同志セシリアと、そこにいる同志大佐の間に生まれたテンプル騎士団九代目団長『リキヤ・ハヤカワ2世』は軍拡路線を放棄。残った17%の戦力から軍拡はせず、軍縮と軍備の最適化、融和路線に舵を切った」
唐突に始まった、テンプル騎士団の歴史。
二度に渡る世界大戦を戦勝国として終え、おそらくはその後の冷戦にまで至ったであろう彼女たちの世界の歴史。
それとこれとはどういう関係が、とは誰も言わなかった。
誰もが圧倒されていた―――世界規模の大戦争、という未曽有の戦災に。
そしてこの世界にもやがては訪れるであろう大破壊に。
「しかしテンプル騎士団は、破壊と殺戮で栄達を重ねてきた組織。今更平和路線に舵を切ったところで、暴力が当たり前だった時代を生きてきた古参の団員は従わない。中には同志ボグダンのように反旗を翻し、叛乱軍と化す部隊もあった」
「じゃあ……シャーロットたちは叛乱軍で、本当のテンプル騎士団は別にいるって事か」
「そういう事になります」
今のテンプル騎士団は、この説明を信じる限りでは随分と穏健派になったようだ。願わくばそのままでいてほしいものだが……。
「叛乱軍を率いていた同志ボグダンと、同志セシリアの目的はただ一つ―――」
映像が切り替わった。
そこに映っているのは、巨大なミサイル―――ロシア製の大陸間弾道ミサイル、『トーポリM』と思われるミサイルと、それに搭載されていく弾頭部だった。
「―――かつて旧人類を絶滅に追いやった民族浄化兵器、『イコライザー』を回収し、今や穏健派となったクレイデリアを恫喝……再び軍国主義へと回帰させる事。それが我々の計画でした」
民族浄化兵器、という響きに背筋が冷たくなった。
特定の民族の存在だけでなく、文化や存在した痕跡、言語までもを完全に拭い去る、この世界で最も唾棄すべき行為―――民族浄化。
イコライザーとは、それを可能とする兵器だという。
「じゃ、じゃあ……そのイコライザーはこの世界に使うんじゃなくて……」
「その通り。旧人類滅亡の際、1発だけこの世界に残った不発弾を回収し整備、いつでも発射可能な状態にする事でクレイデリア政府とテンプル騎士団本部を恫喝する。そしてもし交渉決裂と相成ればその時は……というのが、同志ボグダンから聞かされた計画だった」
テンプル騎士団は、そもそもこの世界や獣人たちなど眼中になかったのだろう。
大昔、自分たちの祖先が使い旧人類を滅亡に追いやった超兵器。タクヤ・ハヤカワ時代の忘れ形見たる最期の不発弾を回収して再整備、恫喝の材料にする……その矛先は獣人たちやこの世界には向いておらず、最初から融和路線を選択した自分たちの祖国に向いていた、というおぞましい話である。
「……そもそも、イコライザーって何?」
話を聞いていたカーチャが口を開いた。
「民族浄化とか旧人類滅亡とか、そういう兵器だというのは分かるんだけど……いったいどんなメカニズムがそれを可能に―――」
「―――遺伝子選択による、”制御された大量殺戮”」
「……え?」
おぞましい言葉を注げたのは、シャーロットだった。
「対象となる敵国の人種、言語、文化……肌の色から瞳の色、髪の色、殺戮する規模に至るまで、さまざまな条件を細かく指定し、【選んだ人間のグループだけを死滅させる事が可能な大量破壊兵器】、それがイコライザーだ」
いったいどこの誰だろうか、そんな兵器を思いついたのは。
―――じゃあ、旧人類が滅亡し獣人たちばかりが生き延びたのは、テンプル騎士団が『獣人は生かし人間を殺す』ようにイコライザーを設定して投入したからだとでもいうのだろうか。
そしてそれの不発弾を回収して再装備し恫喝、自分たちの要求が受け入れられないようであればそれを自国に対し使用するという暴挙。
なんとおぞましいのだろうか。
それでは―――テロリストと何も変わらない。
崇高な理想も何もかも、全部がまやかしだ。
対消滅エネルギー
ノヴォシア由来の超エネルギー。白く発光する泡のような見た目をしており、【触れた物体を性質に関係なく消滅させる】という恐ろしい特性を持っている。そのため古くから兵器として転用されており、テンプル騎士団襲来のきっかけともなってしまった。
気体、液体、個体とも異なる性質を持ち、【真空に晒すと際限なく増殖する】、【物体と反応し対消滅が起こると激しい熱を発する】という特徴がある事から、これを接収したテンプル騎士団では兵器転用以外にも動力機関の研究開発を行っていた。
なお、対消滅と呼ばれているがいわゆる反物質ではない模様。
対消滅エンジン
ノヴォシア由来の超エネルギー『対消滅エネルギー』を用いた動力機関。テンプル騎士団が研究開発し実用化したほか、パヴェルが自力で研究し実用化に漕ぎ着けた(血盟旅団のものは後者)。
対消滅エネルギーは物体と反応し対消滅すると激しい熱を発するという特性を利用し、その熱でお湯を沸かして蒸気を作り、タービンを回す事で列車の動力源としている。なお対消滅エネルギーは【真空に晒すと際限なく増殖する】という特徴があるため、意図的に真空を作ってエネルギーを調整する事で理論上は半永久的に稼働させることが可能(当たり前だが蒸気用の水は別に用意しなければならない)。
そのパワーは凄まじく、重装備の装甲列車を130㎞/hオーバーで走らせることができるほど。
イコライザー
本編開始の130年前、初代団長タクヤ・ハヤカワの命令によりノヴォシア鎮圧に投入された大量破壊兵器。加害する対象を細かく指定することが可能であり、条件次第に当てはまる人間だけを区別して殺傷する事が可能という、まさに民族浄化のための兵器と言える存在。
ICBMに弾頭として搭載する事で使用するようだが、現時点では詳細は不明。この世界には少なくとも1発の不発弾が残っており、セシリア率いるテンプル騎士団叛乱軍の目的はこれを回収、再整備し、融和路線を選んだ祖国クレイデリアを恫喝する事である、という事がシャーロットの口から語られた。
なお、このイコライザーも【別の異世界から奪取してきた未知の技術で製造された兵器】である可能性が極めて高い。




