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プチ報復

クラリス「今日はパヴェルさんが酔い潰れて眠ってしまったので代わりにクラリスがお料理しましたわ」


シャーロット「㏗1……何の冗談だいこれは?(白目)」

シェリル「こんな事もあろうかと遺書書いてきました(真顔)」

ガイガーカウンター「カリカリカリカリ」

ミカエル「オイなんかオムレツにガイガーカウンター反応してないかコレ」


 パパン、パパパン、と銃声が弾ける。


 隠れていた壁の縁を5.45×39mm弾が擦過する―――こういう瞬間は戦場においてそれなりに多く、そして多くの兵士がきっと死を予感する瞬間だろう。実際俺もそうだ、もし今の弾丸が壁を抜いていて、尚且つ数センチこっちにずれていたらと思うと、幸運の女神に感謝を捧げずにはいられない。


 今のでそろそろ25発を超えた……そろそろか、と思ったところで銃撃が沈黙し、反転攻勢に転じる千載一遇のチャンスが転がり込んでくる。


《―――さあ、遊んであげたまえ》


 無線機から聞こえるシャーロットの声。


 あの野郎、銃撃戦を演奏会か何かと履き違えているのではあるまいか―――そんな彼女の短い言葉と共に無線機越しに再生されたのは、前世の世界のクラシック音楽『ラデツキー行進曲』。この曲で元気を出せとでも言いたいのだろうが、こちとらそんな余裕はない。


 遮蔽物から飛び出すや、手にしたアサルトライフル―――ルーマニア製のAKクローンの1つ、『AIMS-74』を構え、フォアグリップを握り込みながらセミオート射撃で敵戦闘員の眉間を一撃。AKを腰だめで構えていた敵戦闘員は傷口から安っぽい塗料にも似た質感の血を流しながら断末魔もなく崩れ落ち、動かなくなった。


 呼吸を整えつつ敵戦闘員の傍らに赴き、AIMS-74を向けた。


 心臓に2発、頭に追加でもう1発撃ち込んでから、死体から流れ出る血を確認する。


 それは芳醇な赤ワインを思わせる人間の血などではなく、安っぽい塗料のような質感の、半透明の液体だった。人間の血のようにも見えるが、間近で見ると明らかにそれは人間の身体の内を巡る熱い血とは異なるものだと分かる。


 テンプル騎士団が運用する機械人間―――擬態型戦闘人形の内部を流れる人工血液だ。


 人間の血液に限りなく似せたそれは、本物の人間と擬態型戦闘人形を見分けるポイントの一つである。擬態された人間は自分が戦闘人形オートマタであるという自覚は無く、自分こそが正真正銘の自分であると思い込んでいる事から、その擬態を見分けるのは困難を極めるのだ。


 なるほど、擬態させた人間を使ってテンプル騎士団の連中はこんなところにセーフハウスを作っていたというわけか。


 傍から見れば雑誌の編集部……表向きはそうなのだろうが、実態はテンプル騎士団の情報収集拠点であり、シャーロットが情報を保存していたサーバーのある場所であるという。


 彼女らの母艦、パンゲア級空中戦艦『レムリア』が艦長のボグダンと共に消滅した今、シャーロットの研究成果に関するデータはこちらのサーバーにバックアップされている。それがそのままテンプル騎士団の手中に収まったままとなると、色々と厄介なことになる。


 そして何より、『自分の努力の結晶を、自分たちを裏切った組織に好き勝手されるのが我慢ならないから取ってきてほしい』というのが、クライアントたるシャーロットの想いであった。


 無線機越しに聞こえてくるラデツキー行進曲が優雅な曲調から佳境に転じたところで、編集室の本棚の裏にスイッチを見つけた。


 これかな、と思いつつスイッチを弾くと、本棚ごと壁が横にスライドして、隠し部屋の入り口が出現する。


《ああ、これだ。間違いない》


 薄暗い隠し部屋―――畳3、4畳くらいのクッソ狭いスペースでは、ファンの発する冷風を浴びせられながら、大きめの段ボールくらいのサイズのサーバーが駆動音を響かせて稼働しているところだった。スリットからは紅い光が漏れており、おそらく賢者の石が活性化した際に発する光だと思われるのだが、連中はこんなサーバーにも賢者の石をふんだんに使っているというのだろうか。


「光ってるぞコレ」


《ああ、リガロフ君は知らないだろうが賢者の石は基盤とか電子回路の材料としても有用なのだよ。それこそ”全ての半導体を過去のものとした”レベルのね》


 なんだそのチート物質は。


 全ての半導体を過去のものとした、か。なるほど……テンプル騎士団が人間を材料に賢者の石の製造を推し進めるわけだ。半導体はあらゆる兵器になくてはならない存在、ハイテク兵器にとっての大動脈だ。これなしに現代戦は有り得ない。


《渡した端末を接続してくれたまえ。データのダウンロードとバックアップの削除はボクがやる》


「了解」


《警告。”お友達”です、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ》


 シャーロットから渡された端末のカバーを開いてケーブルを伸ばし、サーバーに接続してから自分のスマホを開いた。ドローンを飛ばしているシェリルからの映像には、こっちに向かっているSUVが3両ほど映っている。


 黒塗りで大型のグリルガードと、ルーフにオフロードカーみたいなゴツいライトとルーフラックを備えた、いかついSUVの威圧的な車列。到着まで2分もかからないか。


 スマホを見た。ダウンロード率を示す画面には、緑色のバーがやっと見え始めた段階であり、まだ2%程度しかダウンロードが済んでいない。画面の左下では二頭身にデフォルメされたシャーロットと思われる萌え袖のキャラが可愛らしいダンスを踊るアニメーションがループ再生されているが、これで心を癒している場合でもないだろう。


 念のためにマガジンを交換しておく。マガジンをくるりと回し、ビニールテープで連結されていた未使用の方のマガジンを装着。このようにマガジンを連結し素早い再装填リロードを可能とする、いわゆる『ジャングルスタイル』はお手軽な現地改造と言えるが、常にマガジンの給弾部が剥き出しで異物がマガジン内に入って動作不良を招いたり、戦闘中に激しく周囲の遮蔽物に激突してマガジン給弾部を変形や破損させてしまう恐れがあったりとデメリットも多い事から、血盟旅団ではあまり推奨していない類のカスタムである。


 実際、パヴェルも「これやるなら汚れない環境でやれ」、「ジャングルスタイルやるならマガジンはレディーを扱うように慎重に扱う事」、「野戦ではやめろ、死ぬから」と発言しており、実際その通りだと思う。


 ドアの蹴破られる音と共に、分厚いコート姿の男性たちが部屋の中に踏み込んできた。


 手にはAK-47がある。


 AIMS-74にマウントしたソ連製ドットサイト『OKP-7』を覗き込み、レティクルが男性の頭に合うと同時に発砲した。5.45×39mm弾、ソ連が生んだ小口径ライフル弾が敵兵を見事にヘッドショット、擬態型戦闘人形の制御ユニットを撃ち抜いたようで、安っぽい塗料をぶちまけながら被弾した戦闘員は動かなくなってしまう。


 続けてもう1人が踏み込んできたが、相手のAKが火を吹くよりも先に5.45mm弾のキスを眉間に受け、瞬く間に2人分の死体が積み上がる。


 このままでは埒が明かないと思ったのだろう、ごろんと堅い何かが床に転がる音がした。反射的にそれが破片手榴弾(フラググレネード)だと理解するや、イリヤーの時計を用いて時間停止を発動。爆発する前のグレネードに向けて発砲し入口の方へと弾き飛ばす。


 時間停止が終了すると同時に床に伏せた。


 同時に重々しい爆音が響き、ご丁寧に突入部隊の目の前に押し戻されたグレネード弾が盛大に爆発。こんなところに単独で侵入したメスガキ男の娘をどうする事も出来ず、良いようにされているざこざこ戦闘員の皆さんが一気に吹き飛ぶ。


 スマホを見た。ちょうどダウンロードが終わったところで、今度はサーバー内の情報を片っ端から消去するためのウイルスがサーバー……どころかテンプル騎士団のクラウドサーバーにまでアップロードされているところで、お前そこまでするんかとちょっと引く。


「シャーロットお前マジか」


《こう見えても元セキュリティ担当だよ?》


「……セシリアさんヤバい人敵に回したんじゃ」


《はっきり言って私とシャーロットを切り捨てたのは愚策でしたね》


 きっぱりと断言するシェリルの声。きっと今頃、無線機の向こうで小さい胸を張っている事だろう。


《ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、今失礼な事を考えませんでしたか?》


「考えてないデス」


《言っておきますが胸なんて大きくたっていい事なんかありません。装備品が装着しづらくなりますし、狭いところに入れなくなってしまいます。第一胸なんて脂肪の塊、あんなもの不要ですよ。なのに何ですかクラリスのあの胸は。あんな大きくてたぷたぷのおっぱいを事ある毎にぶるんぶるん揺らして狙ってるんですか? 誘ってるんですか? なんですかあのサイズ、昨日なんか胸の谷間から拳銃のマガジン取り出してましたよアレ。拳銃用の拡張マガジンを丸ごと包み込んでしまうバストサイズってなんですかアレ。どうせミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフをその無駄に大きな乳で誘惑して毎晩毎晩むふふなプレイをしてるんでしょう、そうに決まっています。牛柄のパジャマを着てホルスタインプレイとか絶対やってます。クラリス攻めミカエル受けという流れが私にはもう見えているんです。というかミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフが逆転するビジョンがどう頑張っても私には見えません。残念ながらミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフは身長も年齢も上なお姉さんに食べられてしまう運命なのです。そういう星の元に生まれているのだからもう観念してください。というか同志大佐クラ×ミカおねショタ本の新刊まだですか言い値で買います旧作とセットでください》


《今精鋭製作中ですパヴェル先生の新作にご期待ください》


《やったぜ》


「」


《ああ、気にしないでくれたまえ。彼女は同人文化に触れて脳を焼かれたんだ》


「……ねえシャーロット」


《なんだい》


「……クラリスといいウチの姉上といい、俺の味方になった人が次々に残念になっていくこの現象マジで何なのさ」


《みんなリミッターが外れてるだけで元から残念だった説を推したいねェ》


「救いのねえ結末やめてもろて」


 シェリルの奴なぁ……なんだろ、最初はいかにもラノベとかアニメに出てくる無表情クール系の冷酷な敵キャラって感じのポジションだったのに、今ではもうアレだ。パヴェルの描いた薄い本を読み漁ったりついには自分でイラストを描き始めたりして、口調とかは全く変わらないのにものすごく残念な人になってる。


 昨日なんか彼女とシャーロットの部屋からシェリル作と思われる俺と範三のBL本の原稿らしきものが出てきて死にたくなった。シェリルの野郎腐ってやがる。


《さて、ともあれこれで作戦は完了だ》


「そうかい」


《ああ》


 無線機越しに聞こえるシャーロットの声は、随分と上機嫌だった。


 それもそうだろう―――今まで奉仕してきたというのに、そんな自分たちをあっさりと裏切った組織に一発喰らわせて復讐を果たしたのである。きっと彼女の心は晴れ晴れとしているに違いない。


 自分の研究データをすべて回収、ついでにテンプル騎士団側のバックアップも消去したし、他の情報も無差別に食い荒らすウイルスをテンプル騎士団のクラウドサーバーにアップロードまでしたのだ。今頃大慌てでサイバーセキュリティ対策部隊が動いているだろうが、ウイルスを何とかした頃にはデータベースが悲惨な事になっているのは間違いない。


 血盟旅団の大勝利である。


 窓から外に出て壁をよじ登り、天井に出た。


 そりゃあサプレッサーも無しのアサルトライフルをガンガンと撃ち合い、手榴弾まで爆発させたのだから野次馬も集まってくるだろう。遠くからパトカーのサイレンの音も迫っていたので、俺はポーチから取り出した火炎瓶に火をつけ、窓の中に投げ込んでからその場を離れた。


 編集部だった建物から火の手が上がる。


 消防隊が慌てて消火する頃には、サーバーもすっかり消失している事だろう。ノヴォシア側にテンプル騎士団の技術が渡るという事もない。


 お得意のパルクールでその場を離れた。


 久しぶりの、後味の良いすっきりとした勝利だった。
















「―――それが、お前たちの意思なんだな」


 テンプル騎士団の制服姿のシェリルとシャーロットを見つめながら、俺は言った。


 テンプル騎士団の尖兵だった2人。その制服の上着、肩口にあったテンプル騎士団のエンブレムが描かれたワッペンは毟り取られていて、灰皿の上に敷き詰められたシケモクの上で燃えている。


 かつて理想に共感し、脇目も振らずに奉仕してきた組織の裏切り。


 2人が抱いていた忠誠心に小波を立てるには、余りにも十分すぎるきっかけだった。


 そしてそんな2人を守るべく、敬愛していた上官が戦死したともなれば猶更だろう。


 かつて、テンプル騎士団のワッペンが縫い付けられていた2人の制服の肩口。


 そこには、パヴェルがデザインした血盟旅団のエンブレムを再現した真新しいワッペンが収まっている。


「後悔はないさ」


「同志ボグダンも、生きていたらきっとこうするはずです」


 2人の目には、曇りはない。


 腹を括った戦士の真っ直ぐな目―――自分の選択を疑わない、決して曲がる事のない決心がそこには宿っている。


 ならばそれ以上、口にする事はなかった。


 ありのままの覚悟を、そのまま受け入れるだけでいい。







「―――ようこそ、血盟旅団へ。歓迎するよ」






AIMS-74(ミカエル仕様)


・使用弾薬5.45×39mm弾

・ソ連製ドットサイト『OKP-7』装備

・木製フォアグリップ装備

・ストックをAKS-74Uの折り畳みストックに変更

・マガジンはジャングルスタイル


 数多いAKクローンの中の1つ、ルーマニア製。本家AKと比較すると折り畳みストックとなっている点と、射撃時の反動制御を考慮しフォアグリップが標準装備されている点が特徴。これにより反動を抑え込む事が容易となり射撃のしやすさは向上したが、グレネードランチャーを使用する際にハンドガードを丸ごと換装しなければならない汎用性の問題などが指摘されており、現場でも使いづらいという声があったためか、その後のモデルにはフォアグリップの無い通常のハンドガードを備えたものも存在する。

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― 新着の感想 ―
ラデツキー行進曲ってグロデーズ行進曲だったのね(クラシックそんな聴かん人)
オムライスごときでガイガーカウンターがカリカリカリカリ言って針が振り切れてる…あれ、どこからかUranium Feverが流れ始めたぞ…クラリスさん、まさかオムライスにウラン入れてないよね????いれ…
旅団入りルートだあああああ!!!!! やったあああああああ!!!!、、、!
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