タイムリミット
マカール「なんか俺とお前のBL本出回ってるんだけどコレ何」
ミカエル「なんて?」
まるで身体中を打ちのめされたようだ。
全身を包み込む鈍い痛みに呻きながら目を開けると、外は随分と静かになっていた。あれほどまで聞こえた銃声に爆音、そういったいわゆる"戦場の音"はもう、遥か彼方に遠ざかっている。
戦いは終わったのだろうか? 仲間たちは無事だろうか?
段々と解凍されていく意識が、記憶を呼び覚ましていく。そうだ、俺はシャーロットと戦っていて、水素ガスを利用した爆発でお互い巻き込まれて……。
比較的離れていたから、俺は軽傷で済んでいた(肋骨骨折と内臓損傷、それから複数箇所の打撲は「軽傷」と呼べるかについては議論の余地がありそうだ)。
エリクサーの容器を取り出し、中身の錠剤を口へと放り込んだ。風邪薬みたいな見た目の錠剤を飲み込むと、脇腹で存在を激しく主張していた激痛が嘘のように引いていき、腹の中で内臓にぶっ刺さっていた肋骨が元の場所に戻ろうともぞもぞと蠢く。
痛みが引いていくのはわかったが、しかし依然として身体はふらふらだった。
無理もない、相手はあのシャーロットである。手加減できる相手ではないのは明白で、少しでも気を抜けば即死級の一撃が飛んでくるのだ。彼女との拮抗状態は、いつ切れるかも判らぬ細糸の上でタップダンスを踊るかのような、極めて危ういバランスの上で成り立っていたのである。
《……ミカ、無事か》
「……ああ、生きてるよ」
《なら急いで離脱しろ。敵の母艦が砲撃体勢に入った》
事情がよく呑み込めないのだが、聞き返すような愚は犯さない。少し冷静になって考えれば判ることだ。
敵の母艦、と聞いて真っ先に思い至ったのはあの空中戦艦だ。セシリアと戦った際、彼女の背後に転移してきた推定500m級の化け物―――あれは記憶に新しい。
ガラッ、と瓦礫が崩れる音。
水素爆発で滅茶苦茶になった廃工場の中。瓦礫の山から這い出してきたのは、やはり傷だらけのホムンクルス兵だった。さすがに至近距離で水素爆発を浴びせられればただでは済まなかったようで、首から下の機械の身体はズタズタだった。
メタリックな光沢のあった装甲は縦横無尽に切り傷が走り、一部は剥離して内部の配線や人工筋肉、あるいは骨格や魔力モーターが露出してスパークを散らしている。血液の変わりに半透明の紅い人工血液とオイルが傷口から溢れ、混ざり合って、足元にどす黒い水溜まりを生み出すに至っていた。
背面にあったサブアームも全基破損、腰の後ろから伸びるケーブルのような尻尾も千切れていて、化け物じみた彼女のシルエットは今、どうしようもないほど人間そのものだった。
「……喜びたまえよ、対消滅榴弾がここを狙っている」
正気か、と思った。
ホムンクルス兵、特にクラリスのような初期型ではなくシャーロットやシェリルのような後期型には、テレパシーじみた特殊能力がある。
無線機などの通信機器を用いなくても、遠方の仲間との意志疎通を可能とする能力。ジャミングも傍受も出来ぬ、随分とレギュレーション違反スレスレな能力である。
おそらくシャーロットは、それで仲間から退避勧告でも受けたのだろう。彼女は人工賢者の石製造の責任者で、今のテンプル騎士団の技術を支える重要人物だ。彼らからしたら最優先で保護したいのだろう(それゆえ彼女が前線で戦闘に参加するのがどれだけリスキーな事か)。
だが、シャーロットの顔からは未だに闘争心は消えていない。
最期の瞬間まで、己の肉体が、血の一滴が、細胞の一片が完全消滅するその瞬間まで戦い抜いてやろう、という強い意志を感じる。
なるほど、「ラブレターを寄越しておいて途中退席は許さない」ってか。なんともまあ怖いことだが、その通りだろう。
俺も筋の通らない真似は好かない。
「……悪い、パヴェル。俺まだ帰れそうにねえわ」
《……》
《ご主人様! 危険です、すぐ退避を!》
クラリスの声だ。
「コイツばかりは……この因縁だけはここで終わらせたい。分かってくれ」
これで三度目だ。
いい加減、決着を付けてもいい頃だとは思わないか?
《……ご主人様》
「なんだい」
《……明日のおやつはご主人様の好きなフルーツタルトだそうです》
「……そりゃあ楽しみだ」
じゃあ、シャーロットをきっちり倒して帰らなきゃな。勝って食うフルーツタルトはさぞ美味かろうて。
通信を終えると、シャーロットは穏やかな表情でこちらを見ていた。気のせいか、虚ろな紅色の瞳にも確かな光が宿っているように見える。
「すまない、待たせたな」
「いいさ」
親しい友人に話すように言うと、彼女も似たような感じで応じた。
もちろん、俺は彼女を……シャーロットを赦すつもりはない。彼女がいる限りテンプル騎士団の技術は向上し続けるし、人工賢者の石の製造も続くだろう。犠牲者の数は増える一方で、何も得はない。
彼女も同じはずだ。散々尊厳を破壊した俺を赦すつもりなど微塵もないのだろう。
お互いがお互いを憎しみ合う相手だというのに、なぜ俺たちはこんなにも穏やかな顔をしていられるのか?
彼女は分かる。戦いを楽しんでいる節があったからな。だが俺はどうして……?
戦いを楽しむような感性は持ち合わせていないつもりだ。殺し合いなんて野蛮なことは極力回避したいのが俺の本音である。
「―――"タンプル砲"の使用が承認された」
「なんて?」
タンプル砲……?
聞き覚えのない兵器の名に困惑するが、それが破滅的な威力を持つ兵器であることはパヴェルやクラリスからの通信でなんとなく察した。
「発射までの猶予は10分といったところか」
「逃げなくていいのかい」
問うと、シャーロットは「なんでそんなことを言うんだい?」とでも言いたげな顔で目を丸くした。
「どうせヤバい攻撃なんだろ? 退避勧告も出てるなら―――」
「―――10分、楽しめる」
狂ってやがる。
さらりとそんな事を言ったシャーロットの目は、至って真面目だった。
タンプル砲発射までの10分間、殺し合いをして過ごそうという常軌を逸した提案に、しかし異論はなかった。
たぶんこれを逃したら、二度と決着をつける機会が巡ってこないような、そんな気がしたからだ。
「人生最高の10分間にしよう」
「……ああ」
付き合おう―――地獄の果てまで。
スリングで下げたAK-308に手を掛けて構えるや、シャーロットも腰のホルスターからスチェッキンを引き抜いた。通常のマガジンではなく、ドラムマガジン付きのそれにホルスターを兼ねるベークライト製ストックを装着するなり、彼女もまた戦闘態勢に入る。
無音の3秒が過ぎ……俺とシャーロットは同時に銃を構えた。
肩に感じる重い反動。ずっしりと殴り付けてくるような、フルサイズライフル弾のそれを感じながら左へと走る。
対するシャーロットのスチェッキンからも土砂降りの如く9mmマカロフ弾が吐き出され、スライドが激しく前後を繰り返した。
ふらつく身体に鞭を打ち、磁力防壁を前面に限定展開。全周展開する余力が無いがゆえの苦肉の策だったが、しかし疲弊しているのは俺だけではないようだった。
AK-308から放たれた7.62×51mmNATO弾が、シャーロットの左の肩口を強かに殴り付けたらしい。機械の身体の表面で着弾の火花が散り、俺は目を見開いた。
―――例の力場が機能していない。
消耗したか、それとも肉体の損傷が原因で使えなくなったか―――理由がどうであれ、これでやり易くなった。
しかし喜んでいる場合ではない。限界を迎えつつあるのはこちらも同じだ。
つー、と垂れ落ちてくる鼻血。熱と備考に充満する鉄の臭いでわかった。
魔力欠乏症の初期症状だ―――このままのペースで魔術を使っていると、いずれ魔力の枯渇で死ぬぞという肉体からのメッセージ。
ここから先、始まるのはノーガードでの殴り合いだ。
その方が判りやすくて良い。
スマホからの執筆につき今回短めです。




