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報復の連鎖


 レコードから流れてくるベートーヴェンの月光を聴きながら、ボグダンは自分に外に誰も人間がいない空中戦艦『レムリア』の艦橋で深く考え込んでいた。


 戦況は当初、こちらが優位に推移していた筈だ……シャーロットが持つ物理相殺装甲とシェリル率いる黒騎士部隊の奇襲攻撃で、血盟旅団は待ち構えていたとはいえそれに圧倒された。


 しかし今はどうか。奇襲効果は薄れ、物量で押し込んでいるものの血盟旅団の足並みは揃いつつあり、段々と押し返され始めている。シェリルもクラリスに抑え込まれ、シャーロットの物理相殺装甲も弱点が露見してしまった以上、これ以上の盛り返しは期待できない。


 ドローンも出撃させたそばからパヴェルが操縦する遠隔操作のUF-36スカイゴーストに撃墜されてしまい、地上部隊の円滑な支援も阻まれている状況。おまけに血盟旅団は重装備の新型機甲鎧も投入、火力支援を行い巻き返しを図っている。


 このまま戦闘が長期化すれば、テンプル騎士団側が不利になるのは明白だった。


 かといって、敵前にこの空中戦艦レムリアを晒すのは愚策である。


 確かに空中戦艦の持つ絶大な威力の火砲で支援してもいいだろう。だがそれはあまりにも強大に過ぎ、支援を始めれば憲兵隊などの当局の注目を集めてしまうのは必定だ。憲兵隊に横槍を入れられてしまうとなれば、面倒なことになるのは想像に難くない。


 切り札である”同志団長”はノヴォシアの遥か彼方、アラル山脈方面で作戦行動中だ。血盟旅団排除のために呼びつけるような事があってはならないし、ボグダンが預かる部隊で対処可能と判断されたからこそ彼が差し向けられたのである。


 だがこのままでは―――母艦の指揮をAIに委ね、自分も前線に赴くべきかと決断しかけたボグダンの頭にセシリアの声が響いたのは、その直後だった。


【―――作戦は上手く進んでいないようだな、同志ボグダン?】


(……お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、同志団長)


 全てのホムンクルス兵にとって、そのオリジナルの直系の子孫であるセシリアは”最上位固体”ともいえる存在だ。思考を読み取り、五感を共有することができるだけでなく、然るべき設備さえあればその意識をホムンクルス兵に憑依させる事もできる。


 だからホムンクルス兵たちのプライバシーは(一応配慮されているが)ほぼ無いものと考えていいだろう。そして無論、その逆は有り得ない。


 しばしの間は、おそらくセシリアが五感を共有して作戦状況を把握している時間なのだろうな、とボグダンは思った。そして自分の今の思考も全て、彼女に筒抜けである事もよく理解している。


【ボグダン、敵は随分と密集しているようだ】


(……まさか)


 じわり、と脂汗が浮かんだ。












【この状況―――”タンプル砲”の使用による殲滅の好機ではないか】












 


 正気ですか、とは言わなかった。


 セシリアの言葉に迷いはなく、ホムンクルス兵たちにとっては紛れもない最上位固体からの直接命令とあっては逆らうわけにもいかない。


 殲滅兵器『タンプル砲』を用いて、敵部隊を排除せよ―――その命令に従うしか、ボグダンに道はない。


 決断を急かすように、彼の目の前に表示されたウインドウには『Au Дulacha dё als Tamplё Conon(タンプル砲発射の許可が下りました)』という通知が浮かぶ。


 唇を震わせてから、ボグダンは思考を発した。


(……同志たちに退避勧告を出します。こちらとしては部下の安全が第一です、諸共撃てという命令であれば……)


【よい、その匙加減は貴様に任せる】


(はっ。必ずや勝利を)


【吉報を待つ】


 交信を終え、唇を噛み締めるボグダン。


 目の前に表示されたウインドウをタッチしてタンプル砲の使用を承認するなり、彼はシャーロットとシェリルとの交信を試みた。


(お前たち、直ちにその場から退避しろ……”タンプル砲”の使用許可が下りた)


















「着弾……確認……!」


 成長期を迎えた身体には狭いコクピットの中で、俺は先ほどの迫撃砲の砲撃に一定の効果があった事を確認していた。


 ドローンからの観測情報では、複数の黒騎士の排除に成功したという。そんな事よりクラリスは無事なのか、諸共に撃ってしまったクラリスは……と不安になったけれど、モニターの端に表示されたサブウィンドウの中で敵のホムンクルス兵と元気に殴り合い、蹴り合っているクラリスの姿を見て、俺はちょっと引いてしまう。


 120mm迫撃砲の砲撃の中、ずっと殴り合っていたというのか。


 とてもじゃあないけど、いつもミカ姉の傍らに控えてるメイドさんと同一人物とは思えない。闘争本能を剥き出しにし、何よりも相手との戦いを純粋に楽しむその凶暴性にはちょっと引くが、彼女が敵でなかった事は喜ぶべきなのかもしれない。


「迫撃砲、残弾ナシ。これより支援フェイズ2へ移行する」


 コクピット上面にあるスイッチを弾き、バックパックにマウントしていた8連装120mm迫撃砲をパージ。ハードポイントに搭載されていた爆裂ボルトが点火、切り離された迫撃砲の砲身がメタルイーターに瞬く間に侵食されて錆び、崩壊していった。


 機体が軽くなると同時に脚部のバランサーが重量配分を瞬時に再設定。機体の歩行を安定させるなり、俺はコクピット内にあるグローブ型コントローラーに手を通す。座席後方からフレキシブルアームを介して接続されているそれを使う事で、両腕の動きは操縦者の腕の動きをトレースする形になるのだ。


 指の動きを確認してから、両腕でマウントしている重火器―――ブッシュマスターの30mm機関砲をスタンバイ。機甲鎧パワードメイル用に改造されたそれを腰だめに構えつつ、機体を支援位置へと前進させる。


 それと同時にバックパックにマウントされているサブアームも起動。バックパックにあるウェポンラックに搭載していたMINIMIとバリスティックシールドを握らせ、黒騎士の近接攻撃に備える。


 あとは腰のアーマーのところに1発ずつ、対戦車ミサイルのTOWが搭載してある。これでどれだけ支援できるかは分からないけれど、少なくとも戦車を相手にできる火力はある。


 移動を始めてどれくらい経ったか―――もう少しで次の移動地点が見えてくるというところで、唐突にコクピット内に電子音が響いた。


 メインモニターに表示される警告メッセージ。何事かと機体のメインカメラを頭上へと向けると、そこには人知を超えた光景が広がっていた。


「―――は?」


 そこには何もない、何の障害物もない澄んだ星空が広がっていた筈だった。オリオン座も良く見えるほど、霞もかからず澄み渡った美しい星空。


 しかし今は―――美しいその光景は、唐突に姿を現した暗黒の巨影に遮られている。


 葉巻型の巨大な船体は、目測ではあるけれど400mを優に超え、500mに達しているのではないだろうか。漆黒の装甲で覆われた闇色の巨体には細かいスリットが刻まれているようで、そこから紅い光が漏れるさまはまるで血管を、あるいは無機物として解釈するのであれば電子回路を思わせる。


 鋭角的な艦首の下方前部には複眼のように紅色に発光する部位があって、巨大昆虫の目、あるいは深海の未知の生物にも思えた。


 船体側面には、”金槌と鎌を交差させ、周囲に星を散りばめたエンブレム”がある。


「テンプル騎士団の……空中戦艦……?」


 空を征くクジラのような巨大なそれが、優雅に戦場の上空を通過していく。そのまま星空の中へ姿を消すかと思いきや、船体側面後部にあるスラスターらしきものをいくつか噴射させ、500m級の巨体とは思えぬほど滑らかな動きでゆっくりと回頭。鋭角的な舳先を戦場へと向けた。


 あんな巨大な質量を持つ物体がどうやって空に浮かんでいるのか―――数世紀にもわたる技術格差を痛感させられている俺の目の前で、更に信じられない事が起こる。


 テンプル騎士団の空中戦艦が―――変形し始めたのだ。


 それはまるで、深海に潜む巨大な捕食者が獲物を喰らうが如き光景だった。


 鋭角的な艦首が、何の前触れもなく上下にぱかりと割れたのである。クジラがイワシの大群を呑み込もうとしているようにも思えた。


 続けてその無機質な、紅色の光を漏らす口腔の奥から、巨大な筒状の物体がせり出してくる。螺旋状にぐるぐると反時計回りに回転しながら正面へせり出してきたそれは―――口径にして200㎝はくだらない、巨大な大砲の砲身だったのである。


 続けて空中戦艦の船体側面から薬室のような、乾電池を思わせる筒状の物体が等間隔に、斜め後方を向いた状態で続々と展開。紅色の光を発する複眼のような部位が光を更に増し、砲撃準備を終えた事を告げる。


 あんな巨大な砲で撃たれたら……!


「ミカ姉、みんな! 逃げてぇッ!!」


 無線機に向かって叫んだ。


 勝てるわけがない。


 あんな、あんな空の怪物に。

















「アイツら……マジなのか」


 ドローンからの映像を見て、俺は歯を食いしばる。


 そこまでしてミカを消したいのか、ボグダン。


 間違いない―――あの空中戦艦に搭載されているあれは紛れもない、テンプル騎士団の最終兵器だ。


 ―――タンプル砲。


 口径にして実に200㎝、戦艦ヤマトの主砲やドイツの巨大列車砲が赤子に想えるほどのサイズのそれは、更に合計33基の薬室による連鎖的な爆発によって砲弾を急加速、大陸を跨いだ砲撃を可能とする戦略レベルの『多薬室砲』である。


 映像を見る限りでは、空中戦艦への搭載のため薬室の数は減らされているようだが、それでもその砲撃が敵に対して破滅的な結果をもたらすであろう事は容易に想像できる。


 まさかそんなものを、空中戦艦に搭載し運用するとは―――なんともトチ狂った発想だ。あれの設計者はウォッカでもキメていたというのだろうか。


 アレの発射を許せば、間違いなくゴーストタウン一帯は吹き飛ぶだろう―――テンプル騎士団の連中が今までやってきた事を考慮すれば、更にアレに搭載されている砲弾は通常の榴弾などではなく、”対消滅榴弾”である可能性は極めて高い。


 転生者殺しの一件、俺がカルロスの奴と一緒に転生者殺しのボスだった土屋を消しに行った際、上空に現れたテンプル騎士団の空中戦艦が証拠隠滅のために連中の拠点を一発の爆弾で完全消滅させていたが、今思ってみればあれは対消滅爆弾だったのだろう(白いエネルギーが泡のように広がっていった外見的特徴も対消滅エネルギーの炸裂に合致する)。


「そこまでして……そこまでするのか、セシリアぁ!!」


 彼女はもう、俺の知っている彼女ではないというのか。


 あるいは、これが彼女の本性だったのか。


 個人的な感情を隅に追いやり、思考を切り替える。ドローンステーション内にあるスイッチを次々弾くと、ごうん、と大きな音を立ててドローンステーションの上部が展開した。天井の一部がせり上がり、さながら巨大なミサイルランチャーのような姿になる。


「各員へ通達、各員へ通達。敵艦は対消滅兵器を使用する恐れがある。これより敵空中戦艦への飽和攻撃を実施する。各員は直ちに戦闘を中止、退避に移れ」


 ランチャーに装填されているのは、自爆ドローンたちだ。


 自爆ドローンのスイッチブレード―――それをベースに機体を更に大型化、テンプル騎士団の空中戦艦との戦闘を念頭に破壊力を増大させた『スイッチブレードEX』である。


 サイズはもはや対艦ミサイルと変わらない。通常弾頭も用意しているが―――今しがた発射態勢に入ったのはそんな生温いものではない。


 対消滅エネルギーを充填した、”対消滅自爆ドローン”だ。


 右の義手にある人差し指を捻り、ロックを解除して切り離した。


 断面から顔を出すのは、1つの鍵―――対消滅ドローンを使用する際に課した、使用承認システムのロック解除に必要となる。


 放射能を出さず、しかし核兵器以上の破壊力を秘めた対消滅兵器。それを使うという事は、それ相応の枷を用意しなければならない。


 ボグダン……お前がその気なら、こっちもそうさせてもらう。


 キーを差し込んで捻ると、モニターに『Автентифікацію ключа завершено. Розблокуйте зброю проти знищення(キー認証が完了しました。対消滅兵器のロックを解除します)』というメッセージが表示される。


 今頃、仲間の全員のスマホにこの通知が行っている事だろう―――ドローンからの映像を見るに、アイツらもメッセージを確認するよりも先に退避に移っているようだ。モニカがMG3を肩に担いで走っている姿が上空から見える。


 クラリスも戦闘を中断、退避に移っているようだが……ミカは、ミカはどうなってる?


「ミカ? ミカ、どうした」


 ミカ、と何度も呼びかけたが、返事がない。


 まさか……まさかアイツ……!






 


 

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― 新着の感想 ―
あんなものを空中戦艦に搭載したっていうんですか…そして敵味方が密集している地域に放り込むって。ボグダンをしてドン引きさせるってこれよっぽどですよ。第三部で国一つ皆殺しにする時でさえ、味方を巻き込まない…
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