ジャコウネコ、竜を喰らう
エカテリーナ「姉上がミカの抜け毛でぬいぐるみ作ってたから、私もミカの抜け毛で等身大ミカエル君人形作ってもらったの♪」
ミカエル「なんて?」
その時―――あたしは、というか血盟旅団の仲間たちはその異常性に気付いた。
クラリスという女、そしてその同胞……ホムンクルス兵が本来どういうものであるか。
降り注ぐ120mm迫撃砲の砲弾たち。火力支援にやってきたルカからの容赦のない砲撃の中、1機、また1機と黒騎士たちが撃破されていく。ある者は砲撃の爆風で粉々になり、またある者は散弾の如く飛び散る破片で全身を貫かれて、人間の兵士とそう変わらぬ姿で動かなくなっていった。
そんな地獄のような砲撃の中―――それを意に介さずにぶつかり合う人影が2つ。
砲弾が降り注ごうとも、爆風に煽られようとも、破片が飛び散ろうとも―――120mm迫撃砲の砲撃を意に介さず、それでいて地獄のような戦場のど真ん中で顔に笑みを浮かべながら激突するのは、ホムンクルス兵のシェリルと血盟旅団の仲間の1人、クラリス。
爆風から飛び出したクラリスが連結した剣を力任せに振り回すと、たったそれだけの事で発生した衝撃波が荒れ狂う爆炎を円形に切り取った。シェリルもシェリルでその攻撃を見切って加害範囲外に退避するや、攻撃が終わったのを見計らって一気に踏み込み、下から斜め上へと大型マチェットをかち上げる。
クラリスの顔面を捉えた筈の一撃は、けれども彼女を切り裂くには至らなかった。
獣というよりは竜の牙を思わせるそれがいくつも生えた、ホムンクルス兵の頑丈極まりない牙―――それに咥え込まれる形で、シェリルの放った渾身のかち上げは文字通り食い止められていた。
普通の人間が同じ事をしたら歯が折れて、そのまま顔をばっさりと斬られていただろう―――そのままマチェットの剣身を噛み砕いたクラリスが好機とばかりに畳みかけるけれど、シェリルもそう簡単にはやられない。
振り上げたクラリスの腕を掴んで見事な一本背負い。183㎝、体重85㎏のクラリスの巨体(女性基準で見ても十分大柄)が宙を舞うや、叩きつけられた地面がクレーターのように大きくへこんだ。
がっ、と口を開いて息を吐くクラリス。徒手空拳となったシェリルが機械の右腕で拳を握り締め、クラリスの頭を潰さんとパンチを振り下ろすけれど、それよりも先に勢いよく振り上げたクラリスの右足の脛がシェリルの脳天へとカウンターになる形で叩き込まれていた。
人間が人間を殴ったり蹴ったりする音とは思えない、なんとも鈍い音。
既視感があった。
幼少の頃の事―――今は亡き父上と一緒に、狩りに出掛けた時の事だ。
マスケットで鹿を仕留めた父上のところに、血の臭いで刺激された大きなヒグマが顔を出した事があった。父上は幼かったあたしを連れて茂みに隠れたけれど、すぐにもう1頭のヒグマがやってきて……仕留められた鹿を巡って、あたしたちの目の前で喧嘩を始めた。
明らかに体重300㎏を優に超える巨獣同士の、生存を賭けた本気のぶつかり合い。そこに一切の情け容赦はなく、命懸けの激突とはこうも熾烈で人知を超えたものなのかと原始的な恐怖を抱いた事は、今でもすぐに思い出せる。
ホムンクルス兵同士の激突は、そんなヒグマ同士の喧嘩が児戯に思えるほど苛烈だった―――まるでヒトの姿をした怪獣が本気で殺し合っているような、他者が介入する余地のない本気の殺し合い。
それを、あろう事か両者ともに楽しんでしまっている。
あたしには、そのメンタルが理解できなかった。
少しでも判断を誤れば死に直結するような、文字通り死の縁でタップダンスを踊るような危険な戦いの最中に、どうしてあんな狂ったような笑みを浮かべる事が出来るのか―――そんな戦いを”楽しい”と思えてしまうのか。
ああ、そうか。
彼女たちは、あたしたちとは根本的なところから違うのだ。
それを嫌というほど痛感させられる。
改めて、ホムンクルス兵という存在に畏れを抱いた。
そして同時に、安堵した。
クラリスが―――彼女が仲間で良かった、と。
「モニカさん、黒騎士が!」
「!」
チュンッ、と銃弾がすぐ近くのコンクリート塀を打ち据えるなり、あたしは咄嗟に姿勢を低くしていた。愛用のMG3汎用機関銃を抱えながら伏せて射撃体勢に入り、銃弾が飛来した方向へと引き金を引き搾る。
ダババババ、と7.62×51mmNATO弾の反撃。5発ごとに1発の割合で装填した曳光弾の光が夜の闇に消えていき、すぐに沈黙する。
しまった、と思いながら機関部のカバーを開いた。
MG3の連射速度は速い―――それこそ、大容量の弾薬箱にこれでもかというほど弾丸を連ねたベルトを用意しても、あっという間に食い尽くしてしまうほどに。
それは凄まじい殺傷力を誇る証でもあったけれど、同時に常に残弾を意識しながら戦わなければならない事を意味していた。
汎用機関銃の沈黙を好機と捉えたのか、黒騎士からの銃撃が苛烈になる。ピチ、パチパチンッ、と枯れ枝を踏み折るような甲高い音がすぐ近くから聞こえ、反射的に身を縮こませた。
集中的に狙われている―――銃撃戦においては脅威度の高い目標を優先的に狙うのが定石で、あたしは機関銃手。普通のライフルマンと比較すると制圧力と火力に秀でるが故に、その脅威度は高いものと見做される。
「クソクソクソっ、何なのよもう!」
腰の後ろに引っ掛けていた金属製の弾薬箱(パヴェルが製作してくれた300発入り!)を取り外し、MG3本体にある金具に引っ掛けて固定。弾薬箱の中からベルトを引っ張り出して装填するけれど、足音がすぐ間近にまで迫っているのを聞き取るや、あたしは装填作業を中断し咄嗟にホルスターからグロック18Cを引き抜いた。
左手をフラッシュマグに添え、グリップ下部にある折り畳み式のストックを展開。しっかりと肩に当てて姿勢を安定させつつフルオートで、接近してきた黒騎士を9mmパラベラム弾で温かく出迎える。
コンペンセイターにフラッシュマグ、そしてストックと徹底した射撃安定対策を取っているつもりだけど、元々軽量な拳銃に凄まじい連射速度という組み合わせははっきり言ってじゃじゃ馬が過ぎた。銃口は暴れに暴れたけれど、迂闊に突撃してきた黒騎士の頭部制御ユニットに飛び込んだ9mm弾の弾雨がそれを木っ端微塵に砕き、期待通りの成果を出してくれる。
あっという間に空になった43発入りのマガジン(エクステンション装備)をそのままに、装填を終えたMG3で射撃を再開。弾丸をばら撒いて黒騎士2体をまとめて撃破、クラリスへの接近を阻止する。
当初の計画ではシェリルを仲間と全員で撃破する計画だったけれど―――もう、あの2人の戦いにあたしたちが介入する余地はないのかもしれない。隙を見て攻撃を差し込む事も出来るかもしれないけれど、それを許さないと言わんばかりに黒騎士がゴーストタウンを包囲、攻勢を強めているというのが現状だった。
とにかく、今は出来る事をしなければならない。
ベストを尽くせば、それに見合う成果が得られる―――そう信じて最善を尽くす事しか、今のあたしにはできなかった。
コンクリートの柱が、木っ端微塵に砕け散る。
火薬の臭い―――床に落ちる薬莢の音。
コイツは今、何をした?
砕け散るコンクリート柱の残骸の中、その答えはシャーロットの手のひらにあった。
彼女の手のひらには何らかの噴射口と思われる開口部がぽっかりと口を開けていて、そこからはまるで射撃を終えたガンマンのピストルのように、うっすらと煙がたなびいている。腕の肘の辺りにはAKのコッキングレバーやエジェクション・ポートを思わせるパーツがあった事から、あの手のひらにある開口部は仕込んだ銃か何かの銃口なのかもしれない。
質量による殴打を期待し振り下ろしたコンクリート柱。それを砕いたシャーロットの謎の攻撃に歯を食いしばりつつ、攻守が逆転する事を承知の上で後方へと飛び退いた。
直後、シャーロットが掌底の如く突き出した左手にある開口部から爆音が轟くや、一瞬前まで俺の頭があった空間を衝撃波が突き抜けていく。
―――空砲か?
その正体はすぐ理解できた。
以前、パヴェルの部屋にお邪魔した時に置いてあった義手の中に、なかなか面白いものが置いてあった。
対戦車ライフル用の弾丸、14.5mm弾の空砲を用いてドアノブや蝶番を破壊、室内への突入に用いる装備―――『ショックカノン』と呼ばれる装備を内蔵した義手。
元はと言えばパヴェルもテンプル騎士団の指揮官であり、彼が用いる技術もテンプル騎士団由来のものが多い。ならばそれを更に洗練、発展させたものを現役のテンプル騎士団兵士が運用していてもおかしくはないのだ。
なるほど、ではあれはショックカノン系列の装備と見て間違いないだろう。弾丸を実際に飛ばすわけではなく、装薬の急激な燃焼による圧力を用いた突入用装備であるものの、使用しているのはかつて戦車の装甲をぶち抜いた対戦車ライフル用の空砲である。そんなものを至近距離で、人体目掛けて撃ったらどうなるか……答えは単純明快、トマトソース一丁あがりというわけである。
バックジャンプしながら放電を3連発、左手でグロック17Lのピストルカービン仕様を引き抜き銃撃も交えながら距離を取る。
が、そんなものでシャーロットは止まらない。9mm弾は例の力場で止め、電撃は回避しながら狂気じみた笑みを浮かべて追撃してくる。
クソッタレ、こっちは左の肋骨が逝ってるってのに。
だが、弱点は分かった。
やはりそうだ―――あの力場は物理的な攻撃にのみ反応している。
銃弾もグレネード弾も、そして剣槍による物理攻撃も通用しなかったのはそれが理由だ。周囲に展開している力場を用いて物理攻撃に干渉、何らかの作用をもたらし攻撃の運動エネルギーを奪い……いや、相殺しているのかもしれない。
しかしその対象は物理攻撃のみ。グレネード弾や爆発物の爆風、それから各種電撃など、実体を伴わない非物理攻撃には作用しないのは明らかだ(そうでなければ電撃だけを選んで回避したりはしない)。
それに先ほどのゼロ距離放電も効果があったらしい……鬼気迫る表情で追撃してくるシャーロットだが、さっきの放電で機械の身体の回路に異常が生じているのだろう。時折、接触の悪い機械が一時的に電源OFFになるように、動作が詰まるような素振りを見せる事がある。
ダメージは入ったが、撃破までには至らない。
何か、何かないか―――致命的な一撃を加えるための何かが。
視線を周囲へと向けた。廃工場の中には朽ち果てた機械部品やスクラップの山がいくつも積み上げられている。が、運動エネルギーを用いた攻撃が通用しないのならば他の手を考えなければならない。何か、何かないのか―――そんな俺の視線に、大きめのタンクのような物体が入り込んでくる。
【водородный газ(水素ガス)】
かすれかけのノヴォシア語でそう記載されたタンクが打ち捨てられているのを見て、俺は笑みを浮かべる。
なるほど……よし、一発ぶちかますか。
ずきり、と脇腹で生じる激痛に一瞬、足から力が抜けかける。折れた肋骨が何本か、内臓に突き刺さっているのだ……腹の中の奥底で、熱い何かが漏れ出るような感触が続く。段々と手足も重くなり、頭もぼんやりとしてきて……。
時間がないと判断するや、即座に行動に移った。
ピストルカービンを連射しつつ右手を突き出し、スクラップの山へと向けて磁力を放出。磁界に囚われたスクラップたちが、まるでブラックホールに呑み込まれる隕石さながらにふわりと空中へ吸い上げられ、その矛先をシャーロットへと向ける。
オーケストラを指揮する指揮者のように、指揮棒に見立てた右の人差し指を振るった。
それを合図に、空中に浮かんだスクラップ群が一斉に急加速。磁力の反発を受けて一気に撃ち出されたスクラップたちが、大小さまざまな質量弾へと姿を変え、急迫するシャーロットの前に立ちはだかる。
鉄筋が、金属片が、モーターのカバーが、車のボンネットが、そしてよく分からん何かの部品が、その質量を頼みとしてシャーロットへと飛びかかり、そして力場に囚われ動きを次々に止めていく。
「何度繰り返しても結果は同じだよォ! ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフぅ!!!」
ドカン、とショックカノンの一撃で、飛来した鉄骨を真っ向から爆砕するシャーロット。
その目の前に―――巨大なタンクが迫っていた。
「―――」
予想外の攻撃に、しかし飛来してきたタンクを制止させ直撃を回避するシャーロット。勝利を確信したのか、笑みを浮かべながらタンクの右へと回り込んでなおも俺を追撃しようとするが―――きっと視界の端に映ったであろう『водородный газ(水素ガス)』の文字に、シャーロットの顔に驚愕が浮かぶ。
ああ、その顔だ。
そういう顔が見たかった。
「パンッパンですよコレ、開けてみたいでしょ?」
キイ、とタンクにあるバルブが、磁力魔術による干渉を受けて解放方向へと回り始めた。
「行きますよォ、せーのっ」
「お前―――」
溢れ出る大量の水素ガス―――タンクの中に圧縮されたまま残留、まともに処分もせずに放置されていた大量の水素ガスが、解放されたバルブから一気に迸る。
ジャコン、とグレネードランチャーの薬室が閉鎖される音に、シャーロットは目を見開いた。
たった今、GP-46に装填したグレネード弾―――正真正銘、最後の一発である。
笑みを浮かべ、引き金を引いた。
ポンッ、と気の抜けた音。慌てて退避しようとするシャーロットだったが、しかし彼女が安全圏へと退避するよりも先にグレネード弾は内なる炸薬を解放していて―――。
大気中に拡散しつつあった大量の水素ガスに爆風が絡みつき、文字通り爆発的な燃焼を起こしたのは、その直後だった。
「―――あぁぁぁぁぁぁぁぁ水素の音ォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
水素の音




