ホムンクルス同士の死闘
アナスタシア「ミカが恋しいから今ミカの部屋を漁って見つけたミカの抜け毛でぬいぐるみ作って吸ってる」
ミカエル「なんて?」
「きぇぇいッ!!」
上段から勢いよく振り下ろした大太刀『宵鴉』が、剣を振るおうとしていた黒騎士を脳天から股下まで一気に突き抜けた。ガヅッ、と硬質な金属が断たれる音が響いたかと思いきや、ずるり、と黒騎士の身体が縦にずれ、そのまま真っ二つになって倒れていく。
股下までを切り裂いた大太刀の黒い刃は、しかし度重なる光速の斬撃を受けてうっすらと朱く染まりつつあった。
高速の斬撃―――断熱圧縮による熱量の蓄積。一撃の威力を重んじる薩摩式剣術、その極致に達した剣士のみが可能とする、朱色に染まった刀剣の使役。薩摩式剣術の歴史は長いが、そこまで至ったのは今のところ速河力也と範三の2人のみ。
なんとかあの怪物と―――速河力也という男と同じ土俵には立った。だがしかし、範三の心はまだ満足を知らない。
いや、満足してはならないのだ。
人生とは、己の生涯とは飽くなき修練の道。それは死後、極楽浄土で完成を見るものであり、人の世にありながら満足する事はすなわち、己の可能性を閉ざしてしまう事に他ならない―――今は亡き師範の言葉を守り続けていた範三の心は、しかし未だ力に飢えていた。
もっと上へ、もっと先へ。
いずれはあの女、セシリアという怪物を下せるように。
息を吐き、姿勢を落とす。
黒騎士たちが範三へとRPK-16の銃口を向けてきた。機械ゆえに殺気は感じないが、しかし指と人工筋肉の動き、それから機械であるが故のパターン化された動きで銃撃のタイミングを見切った範三は、そのまま弾かれたように右へと走った。
黒騎士たちの集中砲火が範三を追う。頭部に内蔵された制御ユニット、その中にあるFCSが照準を修正、範三の未来位置へ偏差射撃をかけるが、それすら追い付かないほどの速度で範三は駆け抜けるや、壁を蹴って大きく跳躍。空中で大太刀を右へ左へと縦横無尽に振るい、その衝撃波で5.45×39mm弾を次々に逸らしていく。
断熱圧縮を引き起こすほどの剣戟という事は、すなわちその刀身の周囲には衝撃波が発生するという事だ。刃に直接斬られなくとも、その損害は甚大なものとなる。
ビッ、と左の頬を弾丸が擦過していき薄く皮が切れたが、それだけだ。
落下する勢いを乗せながら縦に一回転。回転した勢いも乗せた本気の斬撃が、黒騎士をまたしても縦に一刀両断してしまう。
『―――』
半透明の、安っぽい塗料のような人工血液を血のように吹き出しながら、また1機の黒騎士が機能を停止した。
「はぁっ、はぁっ」
汗を拭い去りながら、呼吸を整える。
これでいったい何機斬り捨てたか―――既に二桁には達しているだろうが、もう数えるのはやめた。
人工血液の付着した刀を振るって鞘に納め、スリングで下げていた九九式小銃へと持ち替える。引き金を引いて遠方の黒騎士の後頭部をヘッドショットし撃破、ボルトハンドルを引いて次の標的へと狙いを定める。
が、それよりも先に遠距離から飛来した一発の弾丸が、黒騎士のこめかみを正確に撃ち抜いた。
.338ラプアマグナム弾―――遠距離でL96狙撃銃を構えた、カーチャによる的確な狙撃だった。
「む、かたじけない」
《この辺は一掃したようね……クラリスの救援に回りましょう》
「心得た」
ズズン、と向こうにある冷却水のタンクが大きく崩れた。変色した汚水が溢れ出し、濛々と土煙が噴き上がる。
信じられるだろうか―――あれが怪獣同士の激突などではなく、武装した2人の兵士が真っ向からやり合った余波でしかないなど。
立ち昇る土煙の中、範三は確かに見た。
ステルススーツ姿のクラリスと、テンプル騎士団の制服に身を包んだ1人のホムンクルス兵が、崩落していく冷却水タンクの外殻を足場に切り結び、至近距離で銃撃戦を繰り広げ、銃撃も斬撃も間に合わぬと判断すれば突きと蹴り、体術の応酬。
人間同士の戦いというよりは、重機同士が激突しているような、そんな迫力があった。
改めて思う―――ホムンクルス兵とは、怪物であると。
そしてそんな兵士を数百、数千、数万、数億単位で生産し実戦配備していたテンプル騎士団がどれだけ異質な軍隊であるかと。
戦闘を楽しんでいるのは、シャーロットだけではない。
こうして同胞との熾烈な死闘を繰り広げているクラリスもまた、同じだった。
至近距離で放たれた、PL-15の二丁拳銃による9mm弾の応酬を躱し、あるいは外殻で防ぎながらグロック17で応戦。接近戦に徹したいシェリルとの距離を突き放して味方のキルゾーンへと追いやりながら、クラリスは思った。
(ああ、そうなのですね……やはり私も……クラリスも……!)
―――高揚感。
至近距離を銃弾が掠め、敵の息遣いが聞こえてくるほどの距離での白兵戦―――砲弾の音、銃声、血の臭い。地獄のような戦場は誰しもが忌避し声高に平和や反戦を訴えるものであるが、しかし不思議とクラリスはそんな地獄に安らぎを覚えていた。
まるで久しぶりに実家に帰省したような、慣れ親しんだ家の匂い、畳の感触に安堵し、”自分の還るべき場所”に落ち着いたような、そんな不思議な感覚。
それを戦場に覚えてしまう―――故にホムンクルス兵は、戦いを求めてしまうのかもしれない。
いつしか、口元には笑みが浮かんでいた。
武器をAK-308に持ち替え、モニカのMG3による機銃掃射とリーファのLG5狙撃グレネードランチャーによる砲撃に呼応し、クラリスも7.62×51mmNATO弾による制圧射撃を敢行。弾幕と爆撃の最中に晒されたシェリルが、悔しそうな顔で歯を食いしばりながら全身に外殻を展開、熾烈極まる砲撃と銃撃に耐えつつ退避に入る。
そんな彼女の逃げ場を奪うように7.62mm弾の銃撃を差し込んでいくものだから、相手からすればさぞやり辛いものであろう。
フルサイズの弾薬を使用するが故に反動の大きいバトルライフルのフルオート射撃を、しかしクラリスは完全に制御していた。
バトルライフルは中間弾薬(連射を想定し装薬量を減らした弾薬)を使用するアサルトライフルとは違い、昔のボルトアクションライフルや重機関銃で用いられていたようなフルサイズのライフル弾をそのまま用いる。中間弾薬の使用による威力、射程の低下に抵抗を覚えた軍の需要に応えた産物であるが、しかしその結果は予想通り反動が大きく、特にフルオート射撃時の反動制御は困難を極めるものとなった(訓練を積んだ兵士でも難しいのだという)。
しかしクラリスは、それを両腕の筋力だけで完全に飼い慣らしていた。
レーザービームさながらにブレる事なく、正確に飛んでくるバトルライフルの追撃。一発、また一発とシェリルの肩の外殻や義手となった右腕を直撃し、その度にシェリルは焦燥感に駆られた。
相手は一対一の戦いには応じてくれない―――歩兵一個分隊レベルの火力で、確実に狩りに来ている。
それだけではない。
ハッとしながら大きく左へと飛ぶシェリル。直後、次に彼女の足が踏み締めていたであろう地面を、夜空から音もなく投下されてきた一発のレーザー誘導爆弾がぶち抜いていた。
爆発による面制圧よりも、質量による直撃時の破壊力を重視したタイプなのだろう。おそらく炸薬の代わりにコンクリートを充填、安定翼もカミソリのようなブレード状のものに改めた、人間だけを殺すための爆弾だ。
何事かは分かる―――先ほどから網膜の内側、戦闘用のコンタクトレンズの内側に投影される情報で、血盟旅団側に航空優勢を確保された事は既に把握していた。付近に潜伏しているパンゲア級空中戦艦『レムリア』を発艦したUF-36スカイゴーストの編隊が、上空を猟犬のように飛び回る血盟旅団側のUF-36スカイゴーストに面白いように蹴散らされ、火力支援用のドローンも片っ端から叩き落されて使い物にならない。
(やはりAI制御では……!)
向こうには”同志大佐”がいる。
二度も続いた世界大戦を勝利に導いた国民的英雄―――その死はクレイデリアという国中が悼み、そして報復を誓うほどの男。
そんな男がこの戦いの裏で、血盟旅団に助力しているのだ。彼はテンプル騎士団のやり方を知り尽くしているし、何しろシェリルたちの指揮官であるボグダンに戦い方を教えた張本人でもある。
だからなのだろう、先ほどから一手二手先を読まれ、こちらの選択肢を片っ端から潰されているような錯覚に陥っているのは。
思った通りの戦いができない事がここまでストレスの溜まるものだとは―――そう思い苛立つ一方で、しかしシェリルも楽しみを見出していた。
劣勢だからこそ、戦いとは面白くなるものだ。
優勢の戦いなど、逃げていく弱者を蹴散らすだけの弱い者苛めと何も変わらない。しかし自軍が優勢であるのを良い事に、勢い付いて一気呵成に攻め込んでくる相手を真っ向から粉砕する瞬間を想えば、これも必要な我慢と言えるだろう。
クラリスの執拗な銃撃から逃れ、撃破された黒騎士から拝借したRPK-16に新しいドラムマガジンを装着していたその時だった。
「!」
微かな羽音―――無論、ホムンクルス兵の発達した聴覚でなければ拾えないような音。
次の瞬間、機体の下部にAK-19やグロックをぶら下げたドローンの編隊が廃工場の中にまで入り込んで、反撃の機会を窺っていたシェリルに銃撃を加えてきたのである。
血盟旅団で運用されている小型サポートドローン『コマドリ』と、小型攻撃ドローン『キツツキ』による執拗な追撃だった。
RPK-16の反撃でコマドリを叩き落とし、離脱に転じるシェリル。そのまま窓をぶち割って外に飛び出すシェリルだったが、砕け散った窓ガラスの向こう―――そこに40mmのグレネード弾、それも時限信管タイプのものが置いてあった。
「―――」
起爆。
紅蓮の炎にあっという間に飲まれたシェリル。猛烈な衝撃が身体中を駆け巡り、不可視の鉄槌が身体中の筋肉を、骨を、臓器という臓器を乱打する。まるで臓物を攪拌されたかのような激痛に耐えながら爆風を飛び出すと、そこには2本の剣を連結させた状態のクラリスが迫っていた。
「―――!」
歯を食いしばり、RPK-16を片手で連射。5.45×39mm弾がクラリスを捉えるが、しかしキメラの外殻が貫通を許さない。硬質な金属音を響かせながら跳弾させ、急接近してきたクラリスの斬撃がRPK-16を両断する。
それを承知の上で、あらかじめ左腕で大型マチェットを引き抜いていたシェリル。舞うようなクラリスの連撃を捌き、隙を見て体術を交えた斬撃で応戦する。
仲間の支援を悟ったのか、後方へと下がろうとするクラリス。しかしシェリルも学んでいないわけではない。下がろうとするクラリスとの距離を詰めるように前に出るや、果敢に攻勢に転じた。
マチェットを振るい、振り上げ、刺突を繰り出しつつ前に踏み込む。なかなか距離を離せない事に業を煮やしたクラリスの顔が良く見えた。
更に右手でホルスターのPL-15を引き抜き銃撃も交え始める。銃口の前から頭を逸らした事でクラリスに銃撃は回避されるが、その先には下から斜めに振り上げるマチェットの刃が迫っていた。
ガッ、とマチェットを口で咥えて止めるクラリス。予想外の防御に目を丸くするシェリルだが、しかし口元には笑みがあった。
なんと楽しい戦いか。
これほどまでに楽しい戦いが、果たして今まであっただろうか。
歓喜に打ち震えるシェリル。その一方で、クラリスは焦っていた。
間違いない―――彼女はこちらの支援を封じようとしている、と。
こうも至近距離で白兵戦を繰り広げられれば、後方にいる味方は友軍誤射を恐れて迂闊に攻撃できなくなってしまう。ここまで執拗に接近戦を挑んでくるのは、後方からの火力支援を封じる意図があるに他ならないのだ、と。
《クラリス、こちらルカ。火力支援に来た》
「ルカ君……?」
《離れて、巻き込まれるよ》
クラリスの襟をシェリルの腕が掴んだ。
そのまま繰り出される見事な背負い投げ。ガッ、と背中を地面に叩きつけられ息が詰まるクラリスだったが、見開いたその眼には頭を両断すべく振り下ろされた大型マチェットが迫っていた。
咄嗟に武器を投げ捨て真剣白刃取りで受け止めるクラリス。歯を食いしばり、彼女は叫ぶように言った。
「構いませんわ、クラリスごと撃って!」
《でも、それじゃあクラリスが!》
「この地点に砲撃を撃ち込んで、ルカ! クラリスごと撃って! はやく!!」
《―――りょ、了解》
ためらうような返事を聞き届けるや、クラリスは全身を外殻で覆った。
腹は括った―――この強敵を打ち倒すには、相応のリスクを覚悟しなければならない。
(クラリス……なんとか逃げてくれよ)
仲間にそう祈りながら、ルカは訓練通りに火力支援の準備に入っていた。
テンプル騎士団の技術を吸収、フィードバックすることによりアップデートを果たした新型機甲鎧。パワーパックは相変わらずガソリンエンジンだがより馬力が挙がり、装甲にも賢者の石を用いた事で防御力も爆発的に上昇したが、最大の特量は火力の大幅な上昇だろう。
搭載可能な火器の幅が広がった事で、戦車並みとはいかないものの、それでも歩兵戦闘車に匹敵する火力を獲得するに至っていた。
肩にマウントされた8連装120mm迫撃砲の砲撃準備に入ったルカ。砲弾の散布界では未だ、シェリルとクラリスが熾烈な近接戦闘を繰り広げている事がドローンからの中継映像で分かる。
それでも、やらねばならない。
今更「仲間は撃てない」とは言ってられないのだ―――クラリスなら大丈夫、と自分に言い聞かせ、ルカは発射スイッチを押し込んだ。




