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一人前の兵士

カーチャ「この前すっごいもふもふの猫が出てきてそれに抱き着く夢見てたんだけど、目を覚ましたらミカを抱きしめて寝てたわ。ゴメン」


ミカエル「なんて?」


 戦況は拮抗していた。


 ミカはシャーロットと一対一の状態に突入、双方一歩も引かぬ攻防を繰り広げている。その周囲ではシェリル率いる黒騎士の歩兵部隊が血盟旅団の残りの人員と熾烈が銃撃戦を展開。数では不利だが歩兵の質ではこちらの方が上だ。幸いまだ負傷者も出ていないし、このまま押し切る事が出来れば……。


 市街地に展開させていたペリカンからの情報では、憲兵隊の目はまだボロシビルスク市街地に釘付けになっているようだ。犯人探しに必死で、郊外のゴーストタウンで繰り広げられているこちらの状況には全く気付いていない。おまけに周囲に居住地も存在しないから、周辺住民の通報を聞きつけて憲兵がこっちに飛んできた……なんて事にはならないのが救いだ。


「!」


 耳に飛び込んでくる電子音。画面に目を向けると、アラート音と共に紅い警告メッセージ―――レーダー照射を受けている旨の警告が表示されていた。すかさずスマホの画面を操作してハヤブサを急旋回させて振り切り、逆に敵ドローンの背後を取る。


 ハヤブサ―――別名『UF-36スカイゴースト』。アメリカで開発されていた実験機X-36をややサイズアップ、空対空ミサイルやレーザー誘導爆弾の搭載に対応させ、12.7mm機銃(あるいは7.62mm連装機銃)で武装させた中型ドローンだ。元々はテンプル騎士団で開発・運用された機体であり、その歴史は初代団長タクヤ・ハヤカワの時代まで遡る息の長い兵器でもある(実に100年以上も運用されていたことになる)。その後も生産規模を縮小しつつもマイナーチェンジが繰り返され、セシリア政権下のテンプル騎士団でも二線級兵器としてではあるが現役だったという事からも分かる通り、信頼性に定評がある。


 血盟旅団で保有しているドローンの中で最も機動力に優れ、ステルス性を有し戦闘機相手にも一定の対処が可能である事から『ハヤブサ』の愛称がついている。


 さて、俺の仕事は各地に展開したドローンで情報を収集しつつ作戦展開地域上空でテンプル騎士団側のUF-36スカイゴーストと格闘戦(ドッグファイト)。戦況に応じてスイッチブレードなどの自爆ドローンを発射したりペリカンにレーザー誘導爆弾を投下させたりしながら戦闘の指揮を執るという、普通の人間だったらとっくにキャパオーバーしそうな任務をこなしている。


 この程度、現役時代と比べたら屁でもない(むしろ衰えたなって感じはある)。


 急上昇、夜空に浮かぶ三日月に機首を向け急加速。テンプル騎士団側のスカイゴーストもそれに追随してくるが、向こうのはこっちみたく人間が遠隔操作しているわけではないらしい。


 ―――無人機だな、そういう動きだ。


 動きの固さから向こうがAI制御の自立ドローンである事を見抜き、人間が操作する機体にしかできない芸当を見せつけてやることにする。


 高度計を確認……9000、9500、10000……。


 ここだ、とスマホ画面をタップし急減速。重力に引かれたハヤブサががくん、と力尽きたように機首を落とし、重力に引っ張られるように落ちていく。


 急減速したハヤブサの背中が迫り、たまらず回避するスカイゴースト。敵機が通過(オーバーシュート)したのを確認してすかさず機体を急加速、機銃の発射スイッチを押し込む。


 ドガガガガ、と12.7mm機銃が吼えた。


 機体サイズの関係から妥協した12.7mm機銃であるが、相手も同サイズである事から威力は十分だろう。ガガガ、と3発ほど敵機のエンジン付近に曳光弾混じりの焼夷弾がめり込むと、スカイゴーストはたまらずエンジンから炎と黒煙を芽吹かせ錐揉み回転に入った。


 一機撃墜(スプラッシュワン)


 なんだ、俺も頑張れば空軍に入隊できそうじゃないか(※一応戦闘機を飛ばした経験はある。Su-57だ)と思いつつハヤブサを制御、こちらをロックオンして放たれたミサイルに対しフレアを散布しながら回避行動。あらぬ方向へと逸れていったミサイルをぶっ放したアホタレに12.7mm機銃を叩き込み、二機目も撃墜する。


 これで航空優勢は確保したか、と周囲を確認するが、レーダーが新たなドローンの接近をキャッチ。やはりスカイゴーストだ……今度は5機か。


 こっちは俺が遠隔操作してるハヤブサ1機、AIに自立制御させているハヤブサが3機。向こうは無傷でこっちは連戦を終えた後。数でも持久力でも不利である。


 ハヤブサの制御をスマホからドローンステーション内の操縦システムに移管。スマホを置き、ドローンステーション内にある操縦桿型のコントローラーを握る。椅子の背もたれに折り畳まれていたバイザーを展開すると、バイザーにハヤブサに搭載したカメラからの映像が立体映像込みで表示されるようになった。


 こりゃあ近くに敵の母艦でもいるんじゃないか、と思ったその時だった。


 ドローンの遠隔操作に没頭していいる俺の視界の右端にウィンドウが開き、そこにルカの顔が映し出されたのである。


「ルカ?」


『パヴェル、俺も3号機で出る!』


「なに?」


 ウィンドウの中のルカは既に私服姿でもツナギ姿でもない―――ラバースーツを思わせる、パイロットスーツを身に纏っているところだった。


 機甲鎧パワードメイル用の、新たに用意したパイロットスーツだった。元々機甲鎧は操縦者の操縦で大雑把な動きをし、細かい動きは操縦者の身体から発せられる電気信号を拾って補正する仕組みとなっている。だからより効果的に運用するには、電気信号を期待に伝達しやすい材質のパイロットスーツである事が望ましい。


 機体のアップデートに合わせて用意されたパイロットスーツは、機体の操縦に最適化された装備でもあるのだ(そしてこれにプロテクターなどを装着すると潜入用のステルススーツになる)。


 既にルカは3号機(※初号機と2号機が常用、3号機はパーツ取り用の予備機)のコクピットに乗り込んでハッチを閉鎖、機体のパワーパックを起動しコクピット上面にあるスイッチを恥から順番に弾いて起動シーケンスに入っている状態だった。


 格納庫のハッチも勝手に解放されている……ノンナが手伝っているのだろうか。


『このまま黙って見てられない。火力支援ぐらいなら俺にも』


「……了解した、出撃を許可する」


 許可を出すと、ウィンドウの中のルカはびっくりしたように目を丸くした。ジャコウネコ科特有のくりくりとした丸い目は見ていて愛らしい。


 どうせ俺に反対されるんだろうなとでも思ってたんだろうが……ルカも今年で17歳、見習いから冒険者に本登録できる年齢だし、十分に経験も積んできた。そして何より、ウチの団長(あのミカ)が太鼓判を押しているのだ。そろそろ実戦に出してもいいだろう。


「―――ただし無事に帰って来い、それが絶対条件だ」


『―――うん、行ってくる』


 頼もしい笑みを浮かべ、親指を立ててから交信を終えるルカ格納庫から火力支援用装備で機甲鎧パワードメイルが出撃したのを確認するや、ドローンステーションから物資運搬用にセットアップしていたペリカンを4機緊急出撃させる。


 機体下部のクレーンアームからワイヤーを伸ばして3号機のバックパックに引っ掛けるや、そのままAIに作戦展開地域の外縁部まで空輸するよう指示。ルカの『うわぁぁぁぁなにこれなにこれ!?』という声に思わずフフっと笑みを漏らしつつ、ハヤブサを急旋回させた。


 そうか……ルカも実戦に出る歳になったか。


 どいつもこいつも一人前になりやがって……。


 今までは人を壊すばかりの人生だったが……悪くないもんだな、人を育てるってのは。


 そんな感覚に浸りながら、また1機の敵ドローンを撃墜するのだった。


















 ポンッ、と気の抜けた音。


 グレネード弾が発射される音だ―――そして数秒後には爆音が轟き、廃工場の一角、かつては機械部品の加工を行っていたであろう設備の一角で火の手が上がる。


 やったか、とは思わない。そういう時は大抵相手が爆風から無傷で飛び出してくるときのフラグだし、しかも相手が相手だ。テンプル騎士団のホムンクルス兵は、4()0()m()m()()()()()()()()()で殺せるほどヤワな相手ではないと、これまでの交戦経験で把握している。


 ヒュオッ、と風を切る音。背筋に走る冷たい感覚と、脳の中をびりびりと突き抜ける危機感。咄嗟に身を捩ってその場を飛び退くや、爆炎の中から投擲された大型のマチェットが一瞬前まで俺の首があった場所を擦過、後方にあった部品加工用の機械に金属音を発しながら深々と突き刺さった。


 馬鹿力め、と冷や汗をかきつつAK-308をセミオートで射撃。爆炎の中に追い打ちをかけるが、しかし爆炎からゆっくりと歩いて出てきたシャーロットに着弾する寸前に、あれだけキツい反動リコイルを残していった7.62×51mmNATO弾は掠りもしない。着弾の寸前、弾頭が彼女の機械の身体に着弾するかしないかというギリギリのところでぴたりと静止するや、そのままぽろぽろと床に落ちていく。


 攻撃が通用しない―――というわけではないようだ。


 爆炎の中から出てきたシャーロット。グレネード弾の爆発を受けた彼女の身体は、先ほどよりも傷が増えているように見える。傷、といってもダメージと呼べるものではなく掠り傷程度だが。


 にぃっ、とシャーロットが狂気的な笑みを浮かべた。殺意と狂気、彼女の内で燻る狂ったような感情がそのまま発露したようなおぞましい笑み。それを合図に、彼女の背中から生えていたサブアームがマウントしている4丁のPKPペチェネグがこっちを向く。


「!!」


 汎用機関銃4丁分の火力が、直後ミカエル君1人に対して一気に解放された。7.62×54mmR弾の破滅的な弾雨を磁力防壁で受け流しつつ回避、遮蔽物の後方へと転がり込んで呼吸を整え、GP-46の砲身口端を右側へとスライド。薬莢を排出し次の40mmグレネード弾を押し込んで薬室を閉鎖する。


「どうしたどうした、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ!?」


 コツ、コツ、と迫ってくる足音。


 やべえなコイツ……今回はマジだ。


「その程度ではないだろう? このボクを二度を打ち負かしたんだ、本気を見せておくれよ!」


「じゃあお望み通り見せてやるよオラ!」


 銃撃戦の最中、彼女の後方へと忍ばせていた剣槍を突撃させた。周囲に展開された磁界の中を滑るように剣槍が疾走、シャーロットの背中目掛けてすっ飛んでいくが、やはり結果は同じだった―――穂先が彼女の脊髄をカチ割るよりも先にぴたりと止められてしまい、直撃するには至らない。


 が、相手の注意を逸らすには十分だった。


 その隙に遮蔽物から飛び出し、左手を地面に這わせてから薙ぎ払う。


 5つの雷の斬撃が、地面を這うように放射状に解き放たれた。


 雷属性、電撃特性の雷爪。命中すれば瞬く間に金属だろうと溶断してしまうそれを、シャーロットは跳躍して回避。空中でサブアームと右手に持ったAK-12を構え、こっちに弾丸の雨を降らせてくる。


 磁力魔術で敵弾を偏向させつつこちらもAK-308で反撃。ガンガンガンッ、とキツめのバトルライフル特有の反動リコイルでストックが肩に食い込むが、こんな強烈な反動リコイルの銃でも相手に傷一つ負わせられないのは何かのバグだと信じたい。


 あれだけバカスカ撃ちまくっていたせいなのだろう、彼女のPKPが次々に沈黙する。弾薬を使い果たすやシャーロットはサブアームに命じてマウントしていた汎用機関銃を惜しげもなく投棄パージ、左手を腰の鞘へと伸ばしてナイフを引き抜くやAK-12に着剣する。


 接近戦か、とAK-308から手を放した。スリングで保持しているから両手を離したところでライフルは地面に落ちる事はない。


 剣槍を呼び戻し柄を短縮、大剣モードに切り替えてシャーロットの突撃を迎え撃つ。


 突き出された銃剣を紙一重で回避、AK-12のハンドガード下部を下からかち上げるようにして剣槍を思い切り振り上げる。身体が伸びあがる勢いを利用した一撃で銃剣の切っ先は大きく上に逸れ、シャーロットの無防備な腹が露になった。


 くるりと回転しつつ勢いを乗せ、剣槍をそこへと叩き込む。


 が―――剣身が彼女の腹に近付くにつれて、何とも不思議な感覚を覚えた。


 まるで糖蜜の中で剣を振るっているかのように―――段々と剣槍が重くなってくるのだ。いや、”押し返されている”と言うべきか。運動エネルギーを吸い上げられているのか、それとも反対側のベクトルに対し同等の力をかけられているのか……。


 いずれにせよ、彼女の身体を斬りつけるよりも先に剣槍が使い物にならなくなってしまい、俺は舌打ちした。


 反撃を受ける前にバックジャンプ、サポートドローンのコマドリに銃撃させつつ後退して機械の影に飛び込み、AK-308のマガジンを交換しながら呼吸を整えた。


 クソッタレ、どうやらアイツは特殊な防御フィールドのようなものを展開しているらしい。


 パヴェルの話では魔力の力場を展開しているようだが……おそらく、運動エネルギーに作用するようなタイプのものなのだろう。銃撃も、錬金術も、剣槍による斬撃や刺突も通用しなかったのだから間違いはない。


 が、しかし。


 グレネード弾の爆風ではダメージを受けていたし、先ほどの雷魔術も防御ではなく回避していたところを見ると、あの防御フィールドも万能ではないようだ。


 なるほど……見えて来たぞ、シャーロットの弱点が。




パイロットスーツ(血盟旅団仕様)


 機甲鎧用のパイロットスーツとして新たに用意されたもの。ラバースーツのように肌にぴったりと密着するデザインで、伸縮性、耐熱性、耐火性に優れる。

 元々機甲鎧はパイロットからの直接操縦を受けつつ、パイロットの身体から発せられる電気信号を受信し細かい動きを補正するという二段構えの操縦システムとなっており、電気信号の効率的な受信は操縦しやすさにも直結する要素であるとしてパヴェルが独自に研究・開発を行っていた。


 なお、パイロットスーツにプロテクター等の装備品を追加する事で潜入任務に適したステルススーツとなるようデザインされている。


 当然ながら肌に密着するデザインであるため、ボディラインがはっきりする事からクラリスやイルゼが着ると大変えっちである。



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― 新着の感想 ―
カーチャもそうなんですが、前和を読み返してあの一本気な範三までミカエル君の薄い本をセットで持っているあたり、ミカエル君の尊厳はいよいよもう駄目だと思いました。というかそんな趣味あったのか() パヴェ…
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