竜人の兵を討て
範三「やはりミカエル殿の薄い本は保存用・自慢用・観賞用に3冊セットで買うのが一番でござるな」
ミカエル「なんて?」
右上へと振り上げた細身の件の切っ先が、黒騎士の装甲を諸共に切り裂いた。
ゾンビズメイの外殻と鱗、単分子構造になっているそれをふんだんに使用した『決して壊れない剣』。クラリスの圧倒的な膂力をフルに引き出すための、余計な機能が一切ない頑丈なだけの剣は、しかし製作者であるパヴェルの想定通りに機能していた。
胸を深々と切断されてよろめく黒騎士。しかしそれでもまだ手にしたAKを投げ捨て、ホルスターからPL-15を引き抜いて抵抗する構えを見せる。
無人兵器とはこうも面倒なものか、とクラリスは思った。
人間の兵士であれば痛みや恐怖に脅え、命の危険を察するや逃げる事も選択肢に入れる。生存本能が選択させる行動なのだろうが、しかし機械にはそのような選択肢はない。まだ機能が残っているのならば、動くのならば戦闘行為を続行し相手を殺害、そうでなくとも手傷を負わせることを第一に考える。
だから胸を深々と斬りつけられようと、そんな事はどうでもいいのだ。制御ユニットが生きていて機体もまだ稼働するのであれば、戦闘の継続は可能―――AIはそんな決断を下すものである。恐怖だとか狂気だとか、そこに非合理的な感情の入り込む余地はない。
胸板を斬られてもなお挑みかかってくる黒騎士の腕を拳銃ごと蹴り払うクラリス。足を捻り、腰を入れたしなるような上段回し蹴りが拳銃を握る黒騎士の腕を強打、その銃口を彼女の眉間から大きく突き放す。
くるりと一回転しつつ、クラリスは両手に持った二振りの剣の柄尻を結合させた。
ガギン、と大きな金属音を発しながら接続されたそれらを捻って固定。二刀流での運用を想定した剣が、瞬く間に両端が剣身となる1つの武器と化す。
連結させた2つの剣、それを勢いよく突き上げた。バキュ、と切っ先が黒騎士の顔面、ちょうどバイザーに穿たれたスリットを突き破り、そのまま後頭部にまで達してしまう。
苦しそうに紅い光を点滅させ、黒騎士はそのまま動かなくなった。
腹を思い切り蹴飛ばして剣身を引き抜きつつそのまま宙返り。直後、大地を見上げる格好になったクラリスの脳天すれすれを、後方から迫った黒騎士が放った5.45mm弾の槍衾が突き抜けていく。
着地と同時に、連結させた剣をファンさながらに回転させた。ガガガガガガ、と弾丸が剣身に弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。
5.45mm弾の銃撃を受けても刃毀れ一つ起こさない剣の耐久性に、クラリスはただただ感嘆していた。これほどまでの耐久性を持つ剣など、今まで握った事がない。どの装備品もクラリスが本気を出すと壊れてしまう恐れがあった事から、本格的に仕留めにかかる時を除いては武器に負荷がかからぬよう手加減していたものだ(だから場合によっては素手で殴った方が効率が良い事も多々あった)。
しかしこれは違う―――破損を気にせず、気兼ねなく振える。
銃弾を弾いている事で足が止まったのを好機と見たのだろう。後方に控えていた黒騎士が、中折れ式の単発グレネードランチャーの砲口をクラリスの方へと向けた。
RGS-50M―――50mmグレネード弾を使用する、強力な代物である。
ポンッ、と気の抜ける音と共に放たれるグレネード。視界の端にそれを捉えたクラリスは、息を吐きながら姿勢を低くし―――武器の回転を止めて前に出た。
地を這うように走りつつロックを解除、連結していた剣を分離させつつグレネード弾の下を潜り抜けるや、ボクサーが相手にアッパーカットをお見舞いするかのような急角度で、身体を伸ばす勢いを利用し頭部を右手の剣で顎から脳天まで串刺しにする。
ガヅッ、と切っ先が堅い何かを刺し穿つ手応えが確かにあった。
どろりと溢れ出る人工血液。機能を停止した黒騎士の肩を足場に跳躍したクラリスは、空中で残った左手の剣をグレネードランチャーを持つ黒騎士へと思い切り投擲した。
回転すらせず真っ直ぐに、フレシェット弾さながらに飛翔する剣が黒騎士のバイザーへ深々と突き刺さった。
黒騎士との度重なる交戦で、その弱点がどこかは把握している。頭部にある制御ユニットだ。そこを破壊すると機能を停止し、黒騎士は動かなくなる。
だがしかし、空中からの投擲という事もあってやや狙いを外したのかもしれない。バイザーを剣で穿たれ、後頭部まで貫通された黒騎士は辛うじてまだ動いていた。グレネードランチャーを投げ捨て、腰に下げた砲兵刀を引き抜いて応戦する構えを見せる。
落下する勢いを乗せて拳を振り抜くクラリス。突き放った正拳突きは突き刺さった剣の柄尻を殴打し、結果として剣を更に深く食い込ませる事となった。制御ユニットを外れてはいたものの衝撃は伝播したようで、黒騎士の動きが一瞬止まる。
その隙に、黒騎士の首にクラリスの両腕が大蛇の如く絡みついた。普段は主であるミカエルを目で、慈しみ、時折自らの欲望を発散させるのに使う真っ白な両腕。しかし今は、敵の命を刈り取る立派な凶器となっていた。
めきり、と黒騎士の首をへし折るクラリス。突き出ていた剣身を掴んで引き抜き、べっとりと付着していた人工血液を振り払う。
瞬く間に3機の黒騎士を無力化しながらも、周囲へと意識を向ける。
黒騎士の数は不明だが、それなりの規模の数を集めたらしい。モニカやイルゼ、リーファに範三、カーチャたちもドローンやパヴェルのバックアップを受けて応戦しているようで、ゴーストタウンはまるで建国記念日のような賑やかさだった。
ズズン、と後方の廃工場の一角で重々しい爆発が生じる。即席爆発物でも使ったのか、それとも魔術か……いずれにせよ、巻き込まれれば命の保証はないような類の爆音に、クラリスはそこで戦っているであろうミカエルとシャーロットの戦闘が熾烈を極めている事を悟った。
「ご主人様……」
どうかご無事で、と祈ったその時だ。
頭の深奥、脳の奥深く―――まるでそんな敏感な場所に、唐突に冷水を注がれたかのようにぞくりとした感触が、脳を、神経を、肉体を駆け巡った。
何が起きたのかは分からない。だがこのままでは危険だという事を悟った頃には、半ば反射的に身体が動いていた。
走り出すために身体を揺らすと同時に、一瞬前まで頭があった高さを一発の弾丸が通過していく。
しかもそれはただの弾丸などではなかったらしい。クラリスの側頭部を捉える事のなかった一撃は向こうのフェンスを易々と貫通、廃油を貯蔵していたタンクの胴体を抉り飛ばすや、どろりとした廃油を溢れさせるに至った。
単なるスナイパーライフルの狙撃ではない。あれは13mm……いや、14.5mmクラスの対戦車ライフルの狙撃に違いない。
察するや、分厚い遮蔽物の裏へとスライディングで滑り込んだ。そんな彼女の後を追うように、続けて2発、3発と14.5mm弾が地面に着弾。ゾッとするような音を発する。
今の連射速度から察するに、ボルトアクション式ではなくセミオートマチック式の対戦車ライフル……14.5mm弾を使用するという条件であれば、真っ先に頭に思い浮かぶのはシモノフPTRS1941対戦車ライフルだろう―――戦車を弾丸で撃破する時代は終わったが、しかしその重い弾丸を用いた長距離射撃では未だに脅威となる。
特に、それはホムンクルス兵であったとしてもだ。
「……各員、各員、敵は対戦車ライフルを携行。繰り返す、敵は対戦車ライフルを携行。10時方向」
《は? ちょ、何ソレ?》
「カーチャ、敵のスナイパーは見えますか」
《言われなくても探してる……どこ、どの辺?》
「制圧射撃をかけます。モニカさん、私の射撃に呼応して制圧射撃を」
《りょーかい!》
背負っていたAK-308を取り出し、マガジンを交換。コッキングレバーを引いて初弾を薬室に装填してから、3つ数えて身を乗り出した。
ドガガガガ、とやや仰角を付けた銃口から迸るマズルフラッシュ。5発に1発の割合で装填された曳光弾が夜の中で煌めき、その弾道を仲間たちに示す。
間違いない、敵の狙撃手はあの廃工場の近く、廃油か何かの貯蔵タンクの上から狙撃している。
あの人影は……黒騎士ではないようだ。ホムンクルス兵……おそらく彼女なのだろう。
―――シェリル。
幾度も交戦した最新ロットのホムンクルス兵。彼女もまた、クラリスとの決着をつけるためにこの戦場へとはせ参じたのであろう。だからこそ最初の狙撃で他の仲間ではなく、クラリスを狙ってきたに違いない。
クラリスの射撃に呼応して、モニカも携行していたMG3汎用機関銃で熾烈な弾幕を展開。曳光弾の群れが夜空で星のように瞬きながら、敵の方へと飛んでいく。
《―――見つけた》
これから獲物を仕留めにかかる肉食獣のような獰猛な声音で告げるカーチャ。
その直後だった―――敵の狙撃手へ、一発の弾丸が解き放たれたのは。
法改正以前のホムンクルス兵がどれだけ扱いづらい存在であったか、ホムンクルス製造関連の法律とテンプル騎士団が望むホムンクルスの個体を考慮すれば、想像するのは容易い。
軍隊は極力、誰が扱っても同じ性能を発揮できる兵器を望む。しかし人間の兵士である以上、誰にだって得意不得意はあるものだ。例えば運動は得意だが勉強が苦手だったり、勉強は優秀だが体力が全くなかったり……人間というのは十人十色、千差万別である。
しかし軍隊ではそのような言い訳は通用しない。できないならできるようになるまで訓練し、それでもできないなら選考過程で弾くしかない。
ホムンクルス兵も例外ではなかった。
以前のクレイデリアの法律では、ホムンクルス兵もまた人間であり、基本的人権による庇護を受ける存在と定義していたのである。だからこそ誕生前のホムンクルス兵の遺伝子を操作し、戦闘に特化した個体や魔術に特化した個体、あるいは平均的で個体差のない生産ロットを設けるなど、そのような調整は基本的人権に反するとして厳に慎むべきとされてきた。
しかし時代は移り、二度目の世界大戦に突入したセシリア政権下のテンプル騎士団において、この法律は規制緩和を受ける事となる。
規制緩和、あるいは撤廃を受けてホムンクルス兵の戦闘向け調整が本格化するや、たちまちあらゆる能力を盛り込んだシャーロットのような固体や、技術的冒険を避け保守的な調整を施しつつも高水準の能力を誇るシェリルのような個体が数多く生み出された。
今になって、やっとテンプル騎士団のホムンクルス兵は個体差の是正に成功したのである。
しかしクラリスはそれ以前の、冒涜的な表現ではあるが「アタリハズレの激しい」時代の個体。その中でも戦闘に特化した性質を持って生まれた彼女は、大当たりを引いた個体と言えるだろう。
フライト1、本当に黎明期の量産型ホムンクルスが、100年以上もアップデートを続けるホムンクルス兵の最新ロットたるシェリルを相手に圧倒するなど、普通では考えられない事だ―――蒸気機関車が最新の新幹線を追い抜いていくようなものである。
それと同時に、シェリルは憧れていた。
その圧倒的な強さに。
まるでそれは、テンプル騎士団を今の高みへと導いた同志団長の姿そのものではないか。
だからこそ超えたい。
至りたい―――その高みに。
少々撃ち過ぎたか、クラリスが遮蔽物から身を乗り出してAKのフルオート追射撃で応戦してくる。ピッ、と傍らのフェンスを銃弾が掠めたが、シェリルの集中力がそがれる事はない。
シモノフPTRS1941対戦車ライフルに取り付けられたスコープを覗き込み、引き金に指をかける。
装填されているのは対転生者用の強装徹甲弾―――賢者の石を弾芯に用いた徹甲弾だ。装薬量も設計限界まで増量、しかも使用している装薬は通常の装薬に炎属性の魔力を添加した”複合装薬”と呼ばれる、テンプル騎士団独自開発の代物だ。
専用に構造を強化したテンプル騎士団仕様の銃器で用いなければ、瞬く間に寿命を擦り減らしてしまうような代物である(最悪薬室の破損などの事故を起こしかねないため、通常仕様の火器での使用は厳禁だ)。
外殻の繋ぎ目にヒットさせることができれば、ホムンクルス兵でも確実な殺害が見込める。
クラリスの射撃に呼応して機関銃の制圧射撃も始まった。周囲を掠めていく7.62mm曳光弾の弾雨に舌打ちしつつ、クラリスだけでも撃ってこの場を離れようとしたシェリルだったが―――唐突に頭の中を、冷たい感触が駆け抜ける。
訓練の合間に、”同志大佐”の著書を読んでいたシェリルはハッとした。著書の中で、大佐はこう言っていた―――『時折、見に迫る危険を何となく予知する事がある。あれはきっと死神が教えてくれているのだろう。私はそれを”戦場の声”と呼ぶ事とした』と。
戦場という極限状況、その中に長年身を置く事によって第六感が磨かれる―――つまりはそういう事だ。
ハッとしながら身を逸らした直後、頭のすぐ左側を一発のライフル弾が突き抜けていった。
.338ラプアマグナム弾―――外殻を展開していない状態であれば、直撃すればホムンクルス兵であろうとひとたまりもない。
(なるほど、全員で私の相手をする、と)
シャーロットとミカエルの一騎打ちには絶対に横槍を入れさせない―――血盟旅団の本腰を入れた反撃に、シェリルはそんな意思を感じていた。
ならば遊んでやろう―――好戦的な笑みを口元にだけ浮かべ、対戦車ライフルを手放した彼女は大型マチェットの柄に手をかけ、タンクの上から身を躍らせた。
砲兵刀
大昔の砲兵に支給されていた自衛用の刀剣。このような用途の刀剣は世界各国の軍隊に存在しており、日本も例外ではなかったという。
複合装薬
テンプル騎士団が独自開発した装薬。通常の装薬に炎属性の魔力を添加する事で発射ガスの圧力をさらに向上させたもの。これを用いる事で弾速UPと射程距離UP、威力及び貫通力UPが見込めるが、銃身や機関部にかかる負荷も急増するため頻繁なメンテナンスが必要となる事、またこれの使用を前提に構造を強化した特殊仕様の銃器を使用しなければ破損の危険性がある。事故防止のため、複合装薬を使用した弾丸は先端部が紅く塗装され、それを装填したマガジンには紅いテープを巻く事がテンプル騎士団の規定で定められている。
元々は戦車や戦艦の装薬として開発されていたもので、それを歩兵用の小銃に合わせて規模を縮小したものがこれである。




