デート・イン・バトルフィールド
リーファ「ダンチョさんの脱ぎたて黒タイツを頭からかぶって眠ると安眠できるネ」
ミカエル「なんて?」
見間違いだろうか。
今ので殺せる、と甘い期待を抱いたわけではない。もしかしたら、などという甘い考えも一切持ち合わせず、ただただ相手に招待状を送るつもりで放った一撃は、確かにシャーロットの胸板を―――人間の肌とは思えぬメタリックな光沢のボディを直撃したはずだった。
だが、しかし。
……今、弾丸が静止しなかったか。
確かにそうだ―――中距離戦闘用に装着していたACOGスコープで、レティクル越しに確かに見たのだ。間違いはない。シャーロットの胸板を打ち据える筈だった弾丸は着弾の寸前に急減速したかと思いきや、彼女の着弾するよりも前に静止、そのままぽとりと彼女の足元に落下したのである。
まるで運動エネルギーだけを吸い取られてしまったかのようだ。
人知を超えた力、己の知識では解明できない未知の能力―――なるほど、己の理解の及ばない力を”魔法”と形容したくなる先人たちの心境も理解できるというものだ。
シャーロットが合理性を追求するタイプの人間(首から下は機械だが彼女も人間だ。彼女にだって尊厳はある)である以上、まさかこの局面になってマジモンの魔法だとか、そんなファンタジーなものに縋るとは思えない。たった2度の交戦しか経験はないが、彼女の行動や言動からして幽霊とかオカルト話を全く信じないタイプだ。サンタクロースは親だとか、そういう夢のないような事をクラスで公言して浮いたり嫌われたり空気を壊すタイプの奴だ。
そういうわけであれもまた何かしらの『科学』なのだろう。いったいどんなトリックなのかは想像もつかないが、銃弾が通用しないとなると……いや、まだ一度の攻撃を防がれただけだ。他にも試していない事がたくさんある以上、銃弾が通用しないだとか、そういう結論を出すには早過ぎる。
戦いながら検証するとして、とりあえず彼女はこっちの誘いに乗ってくれた。
あとは一対一で心行くまでやり合うだけだ―――分かりやすくていい。
ミカエルが戦いの舞台に選んだのは、ゴーストタウンの一角にある廃工場だった。
何かの機械部品を製造する工場だったのだろう、がらんとした空間にはいくつかのベルトコンベアが残されており、かつてはそこに製造ラインがあった事が窺える。しかしベルトコンベアを動かすために必要なモーターも、配線も、そして人間の作業を補助するロボットアームも片っ端から取り外されていて、この工場が稼働していた頃の面影はどこにもない。
あるのはただ埃の堆積した床と、経年劣化し表面に亀裂が生じたベルトコンベアのゴムだけだ。
饐えた空気が停滞する中を、シャーロットは慎重に警戒しながら進んだ。右手にAK-12を、左手に大型マチェットを構え、背中から伸びた4本のサブアームにはPKPペチェネグ機関銃がマウントされている。軽歩兵1名と機関銃手4名と同等の働きができる重装備だ。
だがしかし、そんな重装備のシャーロットには今までのような慢心はない。
二度にも及ぶ敗北で、シャーロットはミカエルを認めていた―――相手は手強い、と。決して卑しい害獣などではない、と。
あれは獣だ。牙を持ち、強大な敵には毅然と立ち向かう立派な獣だ。
ならばそれを全力を以て迎え撃つのが戦士としての流儀―――彼女の血に、100年以上も脈々と受け継がれてきたタクヤ・ハヤカワの遺伝子にはそう刻まれている。
広間の中を見渡した。網膜に投影されている立体映像や戦闘情報には何も真新しいものはない。
シャーロットの両目は既に義眼に置き換えられている。色盲の障害を抱えていた彼女にとって、生まれつきの両目は戦闘における障害でしかない。だから色を識別できない両目は、満足に動かせぬ身体の次に捨てた。
(奥へ下がった? ボクを誘い込んで撃破するつもりか?)
だとしたら何かしらのトラップが―――そこまで思い至ったところで、足元の遮蔽物から不自然に伸びるワイヤーの存在に気付いた。
ピアノ線のように細く、よく目を凝らして見なければ気付かないようなワイヤー。おそらくあれにほんの少し張力が働くなり何なりすれば、セットされている爆発物の類の信管が動作し起爆する仕組みとなっているのだろう。
テンプル騎士団歩兵教練でも習う、即席のブービートラップにもああいう類のものがあった。手榴弾の信管を調節し、ワイヤーで繋いで仕掛ける事で即席の地雷にするのだ。そうすることで敵の接近を阻む武器になるし、「他にもあるかもしれない」と敵に警戒を強い、進軍を遅らせる心理的効果も見込める事から積極的に活用すべし、と同志大佐の書き記した教本にも記載があった事を思い出す。
なるほど、これは盲点だったと思いつつ足を引っ込めるシャーロット。
しかし次の瞬間、何の前触れもなく彼女の周囲に転がっていたコンクリート片が―――正確にはその裏側に巧妙に隠されていた即席爆発物が一斉に起爆、爆風と衝撃波を撒き散らしてシャーロットに手洗い歓迎をする。
しかも単なる爆発ではない。偽装に使われていたコンクリートの破片に混じって、錆び付いた釘やギザギザに尖った金属片のようなものまでが爆風に乗り、散弾さながらに至近距離で飛び散った。
よくある工夫だ―――爆発物に釘や金属片などを仕込み、爆発時に破片として周囲に飛び散る事で加害範囲を広げるための一手間。ミカエルが仕掛けたこの即席爆発物もまた、元はと言えばパヴェルの手ほどきを受けて自作したものである。
合計で6つ、一斉に起爆したそれらであったが、しかし爆炎の中からシャーロットは殆ど無傷で姿を現した。
爆風でボディはいくらか損傷した。衝撃波の影響もあり、身体の外側を走る回路のいくつかにもエラーが生じている。網膜の内側に立体投影される情報の中にメッセージが表示され、異常を来した回路をただちに閉鎖、予備の回路に切り替えて適切なダメコン処置を行った旨を報告してくる。
爆風と衝撃波でダメージは受けたが、しかし破片の一切は彼女の身体にまでは届かない。
「まったく、ラブレターを出しておいてコレかい」
ふう、と息を吐きながら首の骨を鳴らした。
呆れたような口ぶりの一方で、しかしシャーロットの紅い瞳にはより好戦的な色が浮かんでいた。
こうでなくては、と。
有史以来、食物連鎖という自然の掟に逆らってきたのは人類だけだった。
知能を使い、武器を手に、群れを作って格上の猛獣にも果敢に挑むようになった。元より人間は弱く、故に群れ、知能を使い生き延びて、食物連鎖というカーストの外側へと至ったのである。
ならばその直系の子孫たる獣人たちもまた、格上の相手を倒すのにありとあらゆる手を使ってくるのも必定というものだ。かつてマンモスやサーベルタイガーを狩るため、集団で槍を手に挑んだ原始人がそうであったように、ミカエルもまたあらゆる手段を使ってシャーロットを狩りにかかるだろう。
それが、楽しみで仕方がなかった。
次はどんな一手でこの乾ききった心を楽しませてくれるのか―――まるでサーカスを見に来た無垢な子供の心さながらに、シャーロットの心は躍っていた。
研究室の中で研究に没頭するのもいいだろう。己の知識と技術の発露、そしてその結果が組織のためになるというのならばそれは有意義な事だし、仲間たちのためにもなる。
だが―――研究室を飛び出して、己の持てる力を以て強敵と相対する事がこんなにも楽しい事だと誰が教えてくれただろうか。
どれだけ身体を機械に置き換えても、合理的な冷たい機械のように振舞っても、しかしシャーロットもまたヒトの仔―――『心』というパーツまでは、決して捨てられない。
「クックックックックッ……」
笑いながら、そっと姿勢を低くした。
ひんやりとした、けれどもひりつく空気―――その中にミカエルの戦意の揺らめきを、彼女は確かに感じ取っていた。
「さぁ、楽しませておくれ。このシャーロットを!」
その言葉を、ミカエルは聞き届けたのだろうか。
ヒュン、と風を切る音。それに反応したシャーロットが後方を振り向いたその時には、既に彼女の後頭部―――あわよくば首を刎ね飛ばさんと迫った大剣にも大槍にも見える特異な武器、ミカエルの剣槍が磁力魔術の導きにより、その紅い瞳の寸前で止まっていたのである。
周囲に展開した力場と、それにより相手の運動エネルギーを相殺する物理相殺装甲の作用により、シャーロットの後頭部を刺し穿つ筈だった穂先はその寸前で、ぴたりと静止していた。
心臓に悪いことこの上ないが、しかしダメージが入らないものは入らない。
ならば、とでも言わんばかりに今度はシャーロットの周囲の足元に変化が生じた。ズ、とまるでそこに巨大なクラーケンの類でも潜んでいたかのように、周囲のコンクリートの床が立て続けに隆起して―――無数の剣山の如き棘と化すや、その切っ先をシャーロットへと向けて迫ってきたのである。
だがそれも同様だった。切っ先が彼女の小柄な肉体を貫くよりも先に運動エネルギーを奪われ、棘たちは彼女の身体に接触する寸前でぴたりと動きを停めてしまう。
魔力残量を確認しながら、シャーロットはミカエルの攻撃の意図を推し量っていた。
先ほど弾丸を無効化したのは、あの女も見ている筈だ……ならばこれはおそらく、シャーロットの持つ物理相殺装甲の弱点を現時点では”探っている”段階なのだろう。あらゆるパターンの攻撃を仕掛け、防御の穴を見つけ次第全力でそこを突く。なるほど戦術としては正しいかもしれない。
そして彼女は本能的に悟っていた―――この段階で慢心し、相手に弱点を知らせてしまえば待っているのは三度目の敗北である、と。
ならば見敵必殺、サーチアンドデストロイ。ミカエルの姿を見た時点で全力攻勢に転じるのが一番である。
いずれにせよ、短期決着を狙わなければならない理由がシャーロットにもある。
この物理相殺装甲―――その動力源である魔力もまた、無限ではないのだ。
特に生身の肉体を捨てたシャーロットにとっては。
「!!」
迫る7.62mm弾の断続的なセミオート射撃。ダンダンッ、という銃声に先んじて飛来した7.62×51mmNATO弾を物理相殺装甲で受け止めつつ、右手一本で保持したAK-12と、背面から伸びる4本のサブアームで保持したPKPペチェネグによる一斉射。一個分隊並みの火力がミカエルへと差し向けられるが、しかしこれで倒れるような相手ではないだろう。
そうでなければ、二度もシャーロットに勝利し同志団長相手に食い下がるほどの力を見せるわけがない。
銃撃が止まるや、シャーロットは左手に持った大型マチェット(行動不能となった黒騎士から拝借したものだ)を力任せに振るった。左腕の魔力モーターが唸り、人工筋肉がしなやかにその力を身体の各所へと伝達―――理想的な角度、力量で振るわれた無造作な剣戟は、周囲を取り囲んでいたコンクリートの牙を片っ端から切断、シャーロットの進むべき道を物理的に切り開いてみせる。
一歩踏み出しながら、シャーロットは鼻歌を口ずさむ。
ラデツキー行進曲―――最近の彼女の、お気に入りの曲だった。
ゲームとかで、一度倒した相手との再戦とかそういう要素は死ぬほど見てきたし、何ならこの身を以て経験してきた。
今回で3回目となるシャーロットとの再戦。結果は今のところ2戦2勝……と言いたいところだが、1回目は仲間たちの支援で何とか辛くも勝利したと言ったところで、2回目に至っては新しい触媒の力で逆転勝利するも、その後に控えていたセシリアとかいうラスボスにフルボッコにされるという負けイベをリアルで体験する事となった。
そしてシャーロットだが―――はっきり言おう、アイツは化け物であると。
銃弾だけではない。完全に裏をかいた磁力魔術による剣槍の奇襲も、錬金術による面での攻撃も、そして出だしに用意した即席爆発物による不意討ちも全て防がれている(IEDには一定の効果が見込まれたようだが……)。
どこからか聞こえてくるシャーロットの鼻歌。これはクラシックのラデツキー行進曲……なんだろう、テンプル騎士団のホムンクルス兵はどいつもこいつもクラシックが好きなのか?
「……ハッ、化け物かよ」
落ち着け、状況を整理しろ。
剣戟はダメ、錬金術もダメ、弾丸もダメ……ではなぜ、爆発物による攻撃だけは一定の効果が見込めた?
《ミカ》
「どうした」
パヴェルからだ。
《上空から軽くスキャンしたが……シャーロットの身体の周囲には魔力の力場が形成されているようだ》
「魔力の……力場?」
つまり、物理的に作用しうる魔力のフィールドのようなものを周囲に纏っているという事か。
身近な事例では俺の磁力魔術がそれにあたる。とはいっても俺の場合は魔力を磁力に変換して周囲に力場を展開している形なので、無効と比較すると加工済み魔力という感じになるわけだが。
もしや磁力魔術かと思ったが、それはすぐに否定できる。
弾丸は分かる、剣槍を止めるのも分かる……では、なぜコンクリート製の床を変形させて繰り出した錬金術の攻撃まで防いだ?
当然だがコンクリートは磁力に反応しない……それをなぜ?
磁力以外の何らかの力が働いているという事なのだろうが……。
「まあいい、やってやる」
ありがとうパヴェル、と礼を述べ、俺は左手をAK-308にマウントしたグレネードランチャー『GP-46』へと伸ばす。
爆発物が通用するなら、コイツが役に立つだろう―――ぶちかましてやる。
前書きのカミングアウト攻勢はいつまで続くんでしょうか……。




