ラブレターは弾丸と共に
イルゼ「なんでしょう、ミカエルさんを吸ってからなんだか……定期的に吸わないとこう、禁断症状が」
ミカエル「なんて?」
頭上をヘリが通過していった。
戦闘ヘリだ。大柄な機体の左右には武装を満載したスタブウイングを備え、機首の下部には23mm連装機関砲を収めたターレットがセンサーと一緒に据え付けられている。機首にあるキャノピーはガラス張りではなく装甲で覆われていて、黒い装甲の表面には複眼状に光を漏らす紅いセンサーが埋め込まれていた。
Mi-24ハインドシリーズをベースに、テンプル騎士団―――かつては”第73異世界遠征軍”と呼ばれていた部隊で現地改修された改良型『Mi-24EX”ハイパーハインド”』だ。完全な無人機で、人間の搭乗を必要としない。空飛ぶ歩兵戦闘車というコンセプトをそのままに、胴体にあるキャビンには8名の完全武装の戦闘人形を乗せて敵地へ運ぶことができる。
万一、ボグダン率いる異世界遠征軍のホムンクルスが死に絶えた後でも、彼らの理想のために機械だけになっても戦い続けることができるよう、完全に自動化された機械の軍隊。主たるホムンクルスたちが全滅しても機械の兵士たちは戦いを止める事はない―――皮肉にもそれは、ホムンクルスたちの創造主たるテンプル騎士団が、『人類が死に絶えたとしてもホムンクルスたちだけで国家を運営できるように』と保険をかける意味でホムンクルス兵たちを増産した時にも似ていた。
だからシャーロットはそれを見上げながら思う。何たる皮肉なのか、と。
かつてテンプル騎士団の錬金術師、『ナタリア・ブラスベルグ』率いるチームによりテンプル騎士団初のホムンクルス兵『アレサ』が生み出されてから、彼らはホムンクルス兵を増産してきた。働き手の確保と戦力増強、そして万一人類が滅んでもホムンクルス兵たちだけで国と組織を維持できるように。
ヒトからヒトの紛い物に、そしてヒトの紛い物から機械に―――では機械は次に何を遺すのだろう? そう思い浮かんだ思考を、しかしシャーロットはすぐさま断ち切った。
機械は何も残さない。ここまで徹底的に殺しに対して合理化され、最適化された殺戮兵器が遺すものなどないし、あってはならないのだ。仮にあったとしたならばそれは敵の骸と焼け野原だけで、生産的なものは何一つとして残る事はないだろう。
そして自分たちもそうだ、そうでなければならない。機械に頼り切るのではなく、自分たちの運命は自分たちで掴まなければならない。イコライザーを手に祖国へ凱旋するその未来を。栄華に満ちた華々しい勝利を。
その未来を掴むためには―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという相手が、これ以上ないほど邪魔だった。
「!」
頭上を通過し、センサーで生体反応をスキャンしながら機関砲のターレットを旋回させていた2機のハイパーハインドたち。しかし唐突にそのうちの1機のどてっ腹に巨大な”槍”にも似た物体が突き刺さったのを見て、シャーロットは目を見開く。
一瞬、何かの新兵器かと思ったシャーロット。しかしハイパーハインドの胴体を真下からぶち抜いた槍は、よく見ると地面から生えている―――いや、その例えでは語弊がある。正確には「地面の一部が変形して巨大な槍へと転じた」と言うべきだろうか。
串刺し公の犠牲になった哀れな兵の如く、ハイパーハインドは空中で串刺しにされたまま身動きが取れなくなる。しかし仮にもテンプル騎士団が徹底的に改修した兵器で、搭載されているAIもハイグレード品だ。多少の攻撃を受けただけでエラーを起こす粗悪品とは違う。
飛行できなくなったと判断するや、機首のターレットを旋回させて地上を砲撃し始めた。ドフドフドフ、とボディブローのような重々しい音を響かせて、23mm連装機関砲の榴弾が、生体反応のする場所へと撃ち込まれていく。
直後、今度はどこからともなく飛来した一発のロケット弾が、擱座したハイパーハインドの機首―――ちょうど有人機であれば半球状のキャノピーが2つ前後に連なっているであろう部位へと飛び込んだのである。
RPG-7の対戦車榴弾だった。
いくらハインド譲りの堅牢な装甲で覆われているとはいえ、空を飛ぶ航空機にとって重量制限とは最も大きな枷の一つであり、その許容量を稼ぐために真っ先に切り捨てられるのは装甲、つまるところ防御力である。
最も分厚い機体底面ではなく、地中から生じた槍に射抜かれ、傾斜した機体のキャノピー部分をロケットランチャーで狙い撃ちにされたのだからたまらない。内蔵されている制御ユニットをメタルジェットでぶち抜かれ、機能を喪失したハイパーハインドが、崩落していく巨大な槍と共に大地へと墜落していく。
そんな相方の仇を討とうと、もう1機のハイパーハインドがロケット弾の発射地点と思われる場所、ちょうどガソリンスタンドから道路を挟んで向こう側にある廃工場めがけてスタブウイングのロケット弾を斉射し始めた。斉射、という表示がシャーロットの義眼、その網膜に投影されるホログラムのログ欄に表示される。
間髪入れずに黒騎士たちも機関銃を発砲。ロケット弾の着弾地点を中心に、7.62×54R弾の熾烈な機銃掃射を叩き込みながら前進していく。
戦闘ヘリからの執拗な攻撃と、地上部隊からの苛烈極まる機銃掃射を真っ向から受ければ、まともな支援のない歩兵部隊など数分もかからず殲滅されてしまうだろう。特にテンプル騎士団は転生者と交戦する機会が多かったことから特に火力を重視する傾向にあり、10人の分隊のうち6名が機関銃手で編成される軽歩兵分隊など珍しくもなんともないのである。
だが、相手は血盟旅団。そう一筋縄で行くような相手であろうはずもなく―――。
次の瞬間、シャーロットの隣で景気良くPKP汎用機関銃を腰だめで連射していた黒騎士のこめかみを、横合いから飛び込んできた一発の銃弾が正確にぶち抜いていた。
「ふぅん」
いち早く反応しつつ、セレクターレバーをフルオートに弾いて制圧射撃を返しつつ遮蔽物へ転がり込むシャーロット。研究してばかりの身体だったが、新たに用意した戦闘用のボディとソフトウェアは期待以上の働きを見せているようで、電気信号の伝達速度も期待以上の出来である事に満足していた。
それもそのはず、自分で組んだ自分の身体なのだ。戦闘に不要な要素の一切を廃し、必要な要素だけを高めた戦いと殺しのための身体である。この程度の動作で異常を生じているようでは先が思いやられるというものだ。
(さっきの狙撃…….338ラプアマグナムかな?)
黒騎士の頭部装甲を貫通できる威力と被弾した個体の倒れ方、そして微かに香った火薬の臭いから弾種を判別するや、シャーロットは目を細めた。
.338ラプアマグナム弾―――狙撃に用いられることの多い大口径のライフル弾だ。十分な殺傷力と命中精度を持ち、その威力はテンプル騎士団の黒騎士たちにも十分に通用するレベルである。
敵のスナイパーの存在に、シャーロットの脳裏に苦い記憶が蘇る。
戦友の1人―――ヴァネッサの死。
ホムンクルス兵の1人、ヴァネッサ。自分よりも格下の相手をいたぶって遊ぶ悪癖があり、度々それをボグダンからも注意されていたが―――その慢心が原因で、彼女もまた帰らぬ人となった。
ヴァネッサを殺したのは、血盟旅団のスナイパーだと聞いている。
ホムンクルス兵たちは仲間意識が極めて強い。シャーロットも例外ではなく、彼女の戦い方を趣味の悪いスタイルだと内心見下しつつも仲間としては認めていたし、彼女の疲労回復のためにサプリメントを調合してあげた事もあった。
大切な仲間の1人であった事に、変わりはない。
仇を討ってやろうか―――そう思った彼女の思考を、しかし夜空で響く轟音が遮った。
「!」
宙を舞い大地をその大火力で焼く、ハイパーハインド。
その制御ユニットがある機首、元々はパイロットが乗り込むキャノピーがあった場所に、あろうことか人影が取り付いている。
メイド服ではなく、黒いコンバットパンツにコンバットシャツ、そして動きを阻害しないよう最低限の機能だけを持たせたチェストリグにハーフタイプのマスクというシンプルな姿であったが、低空飛行中の戦闘ヘリに取り付き、あろう事か拳の一撃で制御ユニットを守る装甲をぶち抜く事が出来る兵士など、シャーロットは1人しか知らない。
―――クラリスだ。
ホムンクルス兵の中でも最初期に製造された個体群の1人で、当時は法的制約も大きかったことから後天的に能力を付与する調整は違法とされており、それ故に初期ロットの個体群は個体差が大きく、当たりはずれの激しい存在であったという。
そんな不安定な、よく言えば人間同然の初期ロット群にありながら戦闘に特化した特性を持って生まれてきた大当たりの個体、クラリス。ミカエルの下に置いておくには惜しすぎるその忠臣が、低空飛行するハイパーハインドの制御ユニットへとゼロ距離でバトルライフルを全弾叩き込んだ。
AK-308―――ロシアのAKライフルの新型、AK-12の派生型。西側規格の7.62×51mmNATO弾に適合した破壊力溢れるその得物が、装甲から露出した制御ユニットに、よりにもよってゼロ距離でマガジン内の20発を全てぶちまけたのだ。
人間で例えるならば剥き出しになった脳味噌に、何度もナイフを振り下ろされるに等しいオーバーキル。制御を失ったヘリは苦しそうに何度か複眼状のセンサーを点滅させると、魂が抜け落ちたかのように何度か機体を左右へと揺らすや、そのままぐるぐると回転して地上へと落ちていった。
爆発するハイパーハインドの炎に照らされたクラリスの影。地面を這うそれが、頭から伸びた角と尻尾のせいなのだろう……まるで悪魔がこの世界に降臨したような禍々しいシルエットを描き出す。
そんなクラリスと、シャーロットの目が合った。
唐突にメイドとしての自分を思い出したかのように、客人をもてなすメイドの如く深々とお辞儀をするクラリス。彼女が後方へと飛び退くや、シャーロットの脳裏に冷たい感触が走った。
次の瞬間だった。驚くほどスローモーションに見える世界の中、自分へと真っ直ぐに突き進んでくる一発の弾丸の姿が鮮明に見えた。微かな焦げ跡にサイズ、その弾道に至るまで―――それは彼女に残された数少ない生身の部位の一つである脳が過剰に分泌した、アドレナリンが織りなす刹那の奇跡。
直後、胸板にライフル弾―――7.62×51mmNATO弾、凶悪極まりない大口径弾がシャーロットの胸板を直撃した。
だが―――痛みはない。
いや、痛みどころかダメージすらなかった。
(……動作正常、か)
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフを倒すために用意したこの戦闘用ボディ―――それに搭載された画期的な防御システム【物理相殺装甲】が、正常に動作した事に彼女は満足する。
物理相殺装甲―――要するに、飛来するすべての物理攻撃に対し、内蔵されている魔力コンデンサから生み出される力場を展開。力場に侵入した相手の物理攻撃を検出するや、身体の各所から真逆のベクトルに作用する運動エネルギーを攻撃に対し放出し相殺するというものだ。
結局のところ、弾丸は装薬の燃焼により生じる発射ガスの圧力で得られた運動エネルギーが無ければただの金属の礫でしかない。ならばその運動エネルギーを高精度で取り除いてみればどうか―――そんな彼女の試みが、弱者から搾り取った多額の資金で実を結んだ結果がこれだった。
だから被弾した部位には傷一つないし、足元には同じく無傷の7.62×51mmNATO弾の弾頭が転がって、月明かりの下で鈍い輝きを放っている。
これがある限り、シャーロットの守りは盤石だ。とはいえ発動すれば魔力を消費するので、魔力切れを起こせば何の意味もなくなってしまう。
だが、ミカエルを仕留めるための装備としてはうってつけであろう。
「なるほど、腕を上げたのは確かなようだ」
ならば、とシャーロットの紅い瞳が一層輝きを増す。
バキン、と甲高い金属音を響かせ、彼女の背中から4本のアームが伸びた。
今の彼女の首から下に、人間の肌などはない。あるのはメタリックな光沢を放つ黒い装甲と高出力タイプの魔力モータ、ハイグレードタイプの人工筋肉及び人工骨格で、余分な生身のパーツは全く残っていないのだ。
背中から伸びた4本のサブアームが、周囲で撃破され動かなくなった黒騎士たちの武器を拾い上げていく。
手にしたAK-12に加え、合計4丁のPKP汎用機関銃と1本のマチェットで武装したシャーロット。にぃ、と口端を釣り上げた彼女の視線が、先ほど命中弾を叩き込んだ射手のいるであろう廃工場へと向けられる。
間違いなくそこにいるのだろう―――ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフが。
先ほどの一撃は必中を期したものなのだろうが、そうでなければ一種のラブレターだ。ここでやり合おう、邪魔されずに一対一で戦いたい―――そういう意図があるように、シャーロットには感じられた。
誘っているならば応じなければ。
そのために、シャーロットはここへとやってきたのだから。
「ああ―――それじゃあ、やろうか」
ドパンッ、と甲高い炸裂音にも似た轟音を残し―――シャーロットが、駆けた。
Mi-24EX ハイパーハインド
テンプル騎士団第73異世界遠征軍が、Mi-24ハインドをベースに徹底的な現地改修を施したもの。武装やセンサー類に大幅なアップデートが成され、機体各所の装甲材質の見直しやエンジンの改修まで果たされているが、最大の特徴は無人化されている事である。人的資源に余裕のないボグダン率いる異世界遠征軍にとって最適化された、ハインドの亜種とも呼べる存在である。
物理相殺装甲
シャーロットが提唱、自分の機械の身体を用いて実証実験を行い実用化に漕ぎ着けた新たな防御システム。魔力を用いて周囲に特殊な力場を展開、そこを通過した外部からの物理攻撃に対し瞬時に運動エネルギーを計算。攻撃に対し同等の力で真逆のベクトルの運動エネルギーをぶつける事で対象の運動エネルギーを喪失、攻撃を無効化するというもの。
個人防御用アクティブ防御システムともいうべき代物であるが、魔力切れを起こすと機能しなくなる点や、あくまでも防げるのは物理攻撃のみという点が弱点と言える。
既にこの技術と理論はテンプル騎士団の共有サーバーにアップロードされているため、今後これを応用した防御システムが同組織へ普及していくものと思われる。
テンプル騎士団と交戦する予定のある人は対策を怠らないよう強く進言する。




