強奪、黄金の大地
そういや現時点でカーチャ何気なくホムンクルス兵1人撃破してるんですよね……。
この女何気に強いのでは?
パヴェルから警備兵接近の知らせを聞くなり、ライフルの照準を配電盤の方へと向けた。
サーマイトドローンの爆発で内部を滅茶苦茶に破壊され、送電不可能となった配電盤。そこへとランタンを腰に下げた警備兵が2名向かっているのが、確かにユナートルスコープのレティクル越しに見えた。手には工具箱らしきものがある。
《Нам не повезло, что в такое время отключили электричество(こんな時に停電とは、ツイてない)》
《Не говори так. Это еще и отличная работа(そう言うな、これも立派な仕事だよ)》
《Да, да здравствует Ваше Величество Император(はいはい、皇帝陛下万歳)》
無線機越しに、警備兵と思われる会話が聴こえてきた―――おそらくその付近に展開したパヴェルのドローンに搭載された指向性マイクが音声を拾っているのだと思う。
正直、あのドローンの本格運用が始まったのは革新的だと思っている。あんな手のひらサイズの、音もなく飛ぶ小さな機械に武器を持たせたり、指向性マイクで盗聴させたり、あるいは爆弾を搭載させて自爆攻撃をさせたり……万一喪失しても安価な部品ばかりだから大した損害にもならず、第一私たちが命を危険に晒す必要もない新兵器、ドローン。
ミカの話では異世界の兵器だと言うけれど、確かに適切な局面で運用すれば恐ろしい兵器となる。
そして同時に、恐ろしさも覚えていた―――あんな兵器を大量生産し実戦配備しているような世界が、この世界の他に存在している事に。
《シャドウ、シャドウ、こちらフィクサー》
「こちらシャドウ」
《こっちのドローンが位置についた。デブとガリガリ、お好きなほうをどうぞ》
多分あの2人組の警備兵の事だと思う―――工具箱を持っている方がデブ、丸く巻いた予備のケーブルを肩にかけている方がガリガリで、どっちを狙うかと聞いているのだ。
「……ぽっちゃりしてるのはタイプじゃないのよね」
《了解、レディからのリクエストだ。応じよう》
正直言うと、私の好みのタイプはちょっと小柄で可愛い感じの男かしら。
そう思うと頭の中にミカの顔が浮かんでしまい、ちょっと照準がブレそうになる。確かに小柄で可愛い感じで、加入したばかりで他の仲間と上手く接する事が出来ていない私にもよく構ってくれたおかげで心の支えになってくれたミカだけど、あの子は女……いいえ違う、男よあの子。女にしか見えないけど。シャワールームで会う度に胸元に何故か謎の光で規制かかってるけど。
頭では理解しているのよ、ミカが男だって。ただ何というか、理性がどれだけ「ミカは男」と断じても本能がそれを拒否しているというか、どう見ても女にしか見えなくて感情がエラーを吐いているというか。見た目と事実の不一致というか。
落ち着きなさいカーチャ、と自分を律する。
狙撃に必要なのは平常心と冷静さ。雑念は照準を鈍らせる。
頭の中から今はノイズとなる邪魔な思考を取り除き、ウィンチェスターM70の照準をガリガリの警備兵の背中に合わせた。
ふう、と息を吐く。狙撃では呼吸の際に動いてしまう自分の身体すら障害となり得るから、呼吸は止めた状態で狙撃するのが望ましい―――それと心拍数の上昇もコンディションを悪化させる悪い要因となる。
《合図に合わせろ》
「了解」
《3、2、1……0》
引き金を引いた。
バシンッ、と空気が弾けるような音。撃針が7.62mm麻酔弾の雷管を殴打して、薬莢内部に充填された装薬が反応、麻酔弾を薬室から外へと押し出していく。
分厚いヘビーバレルの中に刻まれたライフリングによって回転を与えられた一発の弾丸は、しかし自らを押し出す発射ガスの勢いをサプレッサー内部で軽減された状態で銃口から飛び出した。
麻酔弾は相手を殺さずに眠らせ、無力化させるためのものだ。必要以上に相手を傷付ける事がないよう、麻酔薬を送り込むダーツのような先端部の周囲には被弾時の勢いを殺すようスポンジのようなクッションが用意されていて、発射に使用する装薬の量も減量されている。
その関係で弾速は遅く、射程距離も随分と短くなっている。だから狙撃の際は普段よりも接近した状態で行う事が望ましく、いつもとは違った立ち回りが要求されるのだ。
スコープの方も事前に麻酔弾を模した模擬弾を使って、ミカに付き合ってもらいゼロインを済ませてある。一応は実弾も持ってきているしそれを装填すれば普段通りの殺傷力で狙撃する事も出来るけど、その時は麻酔弾に合わせてゼロインしている事を考慮し狙撃しなければならない。
麻酔弾はガリガリの警備兵の背中に食い込むや、内部に充填された麻酔薬を体内へ容赦なく強制投与していった。イライナハーブやその他の薬草を調合したパヴェルお手製の麻酔薬は瞬く間にガリガリの兵士の意識を微睡の深淵へと導いてしまったようで、被弾した警備兵がふらついてそのまま眠りに落ちていく。
間髪入れず、デブの方の警備兵も同じようにふらつくや、近くにある壁にもたれかかるようにしてずるずると崩れ落ちていった。
ドローンに搭載した拳銃の麻酔弾による狙撃だろうな、と思った。
彼は今、列車にあるドローンステーションで複数のドローンを同時に操っている。自ら直接手を下さず、機械の殺戮兵器と私たちを操る黒幕として。
ボルトハンドルを引き、薬莢を排出。次弾を装填し次の事態に備える。排出された薬莢は足元に転がるや、あらかじめ表面に塗布されていたメタルイーターの作用を受けて急激に酸化、そのまま錆び付き崩れ去っていった。
標的が2人とも眠りに落ちたのをモニター越しに確認しながら、ドローンの魔力残量を確認する。偵察も兼ねて美術館の周囲、それも結界の範囲ギリギリを巡回させていたものだから、既に魔力残量が3分の2を切っていた。
一応、魔力残量が列車への帰還に必要な量に迫ると警告メッセージが出るようにソフトを組んでいる。まだ警告は出ていないが、余裕をもっておくのに越した事はない。
コントロールパネルとケーブルで接続したスマホをタップしアプリを操作、ドローンに帰投命令を出しつつ列車から次のドローンの出撃を命じる。
「フィクサーより各員、”コマドリ”の魔力残量減少につき予備機と交代させる。インターバルは5分。繰り返す、インターバルは5分」
”コマドリ”というのは先ほど麻酔弾を装填したグロックで警備兵を狙撃した、小型のサポートドローンの愛称だ。血盟旅団が運用しているドローンの中ではもっとも小型の手のひらサイズなので、可愛らしいコマドリを想起させる事からこの愛称が付いた。
グロックで狙撃したり暗殺するもよし、サーマイト爆弾を搭載して破壊工作するもよし、砲撃の着弾観測から自爆特攻、気に入らない隣人への嫌がらせ、不倫現場の盗撮から女湯の覗きまでなんにでも使えるまさに俺みたいな万能選手である(※良い子は真似しないでね!)。
以前までは仕入れた商品(食品から日用品まで何でもござれだ)を乗せるのに使っていた車両が、今ではドローンの搭載や遠隔操作を行うためのドローンステーションとして生まれ変わっている。ここで複数のドローンを同時に操作したり、前線に居る仲間からの要請に応じてドローンを出撃させたりといった運用が可能になるというわけだ。
血盟旅団のドローン本格運用を象徴する設備と言えるだろう。
コントロールパネルからコントローラーを取り出す。転生前、散々握っていたゲーム機のコントローラーを思わせるそれのスイッチを入れると、メインモニターに今まさにドローンステーションを飛び立とうとするドローンの映像が映し出された。
天井のハッチが解放され、そこからメインローターを展開した状態のドローンが離陸、急加速して現場へと急行していく。
機体下部にはサプレッサー付きのグロック17(殺意マシマシの弾数43発だ)とセンサーを搭載したそれが、パヴェルさんの操縦によって美術館の方へ飛んでいく。途中、自動操縦で帰還するドローンとすれ違ったのをモニターで確認した。
え、そんなところまで電波届くのかって?
心配ご無用。コイツとは別に美術館上空を少し大型の偵察ドローンに旋回させている(有事に備え小型のレーザー誘導爆弾を2発搭載している)んだが、ソイツが電波の中継役も兼ねているので遠隔操作できる範囲は広がっているのだ。しかも大容量の魔力バッテリーを搭載しているので8時間はそのまま飛行できるという、まさに定時退社をキメる日本の労働者のようなドローンである。
ちなみに現時点で大型ドローンの開発も検討している。複数のレーザー誘導爆弾や機関砲、可能であればミサイルや榴弾砲を搭載可能な、それこそガンシップみたいなやつなんだが……まあそれは後々お披露目するとしようか。
それはさておき、上空を旋回中のドローンによるとモニカたちは順調に美術品の奪取を開始。そしてミカ達は脇目も振らず目標の絵画へと向かっているらしい。
美術館の中は彼女たちに任せよう。
俺とカーチャの役割は、外側に目を向ける事だ。
「これだ」
非常電源に切り替わった事で随分と濃度の落ちた結界を容易く掻い潜り階段を上がってきた俺たちの目の前に、その絵画は佇んでいた。
大地を埋め尽くす麦の絨毯、そして雲一つない澄み渡った青空。風に揺られる黄金の絨毯の中から空を見上げるのは、イライナの民族衣装に身を包んだ金髪の少女だ。
世界のパンかごとも呼ばれるイライナの収穫シーズンでよく見られる風物詩。イライナ公国時代の国旗のモチーフともなった光景を、精巧な色使いで再現した画家『ミハイロ・パラドチェンコ』の傑作。
絵画『黄金の大地』は、確かにそこにあった。
この絵画はここにあるべきではない。俺たちイライナ人が、自分たちの手で管理・保存し後世まで遺していくためのものだ。祖国を強引に併合した帝国が、トロフィーさながらに誇らしげに展示していいものでは決してない。
やるぞ、と範三とクラリスの2人に言うや、範三は9mm機関拳銃(自衛隊で採用されているアレである)を構えながら周辺を警戒し始めた。その間に俺とクラリスは工具を手に、黄金の大地が飾られている額縁の解体を始める。
ドライバーを差し込んでネジを外し、表面から少しずつ、絵画を傷付けないよう細心の注意を払って額縁を取り外す。絵画を覆っていたアクリルガラスも外れたところでいよいよ目標の絵画とご対面……となったところで、俺は目を疑った。
絵画の裏面は、真っ白だったのだ。
「―――」
これはどういう事か。
サキュバスのエレノアが言っていた事は間違いだったのか?
噂話だとエレノアは言っていたが―――俺たちはその一か八かの賭けに敗北したというのか?
《落ち着けグオツリー》
ヘッドギアにあるカメラ越しにこっちを見ていたであろうパヴェルが、俺をTACネームで呼びながらそう言った。
《いくらヒントとはいえ絵画の裏に鉛筆やボールペンで直接書き込むとは思えん。何か、特殊な処置を施すと文字が浮き上がってくるとかそういう奴かもしれん》
希望を捨てるな、とパヴェルは続けた。
確かにそうだ……俺としたことが、取り乱しそうになった。
この絵画を描いた当時は、既にイライナは帝国に併合された頃だった筈だ。となれば公国復古を目論むイライナ独立派は『分離主義者』だの何だのとレッテルを貼られて反乱分子扱いされ、帝国から徹底的な弾圧を受けていたのだろう。今でこそ姉上の旗の元に勢力を増しているが、当時はそれこそ当局の監視から逃れながら細々と活動していた筈だ。
であれば、この絵を描いたミハイロ・パラドチェンコも堂々とヒントを遺した可能性は考えにくい。当局や帝国に発見されないような形で何らかの情報を書き残していた可能性は高いと言えるだろう。
そうでなくともイライナ独立のための資金の足しにはなる……とはいえ、キリウ大公の子孫が見つからなければ公国復古と独立を主張するための正当な理由を欠く事になり、単なる叛乱で終わってしまう。キリウ大公の血筋の人間を祭り上げる事は、国際社会にイライナ独立の正当性を示すうえで必要な事なのだ。
頼む、そうであってくれ……そう祈りながら、絵画を丸めてダッフルバッグの中へと収める。
「フィクサー、憲兵隊の動きは」
《今のところない。警備兵にもバレてないし、さっき配電盤の復旧に向かった警備兵は片付けた。これで少しは時間が稼げる》
「了解、こちらはこれより他の美術品の強奪を行う」
《了解した。安心しろ、ボロシビルスクの憲兵は手薄だ……どこかの誰かさんが郊外で強盗かましたせいかもな》
強盗のための資金調達と、憲兵隊の目を郊外へ向けるための陽動……一石二鳥とはまさにこの事なのだろう。
まあいいさ、おかげで強盗がやりやすい環境は出来上がっている。
無警戒の相手からごっそり盗んでやるとしよう。
いったいいくらになるのか……札束の山を想像するだけでモチベーションがぶち上がるというものだ。
ウィンチェスターM70(カーチャ仕様)
・ヘビーバレル搭載
・サプレッサー付き(今回のみ)
・ユナートルスコープ搭載)
・7.62×51mm麻酔弾仕様(今回のみ)
・バイポッド搭載
・チークパッド搭載
・ストック下部に折り畳み式モノポッド増設
・ストック側面に弾薬ホルダー追加(普段はここに徹甲弾などの特殊弾薬をスタンバイ)
カーチャが最近使い始めたアメリカ製ボルトアクション式スナイパーライフル。ベトナム戦争でも米軍に採用された傑作ライフルとして知られる。
更なる命中精度を追求しヘビーバレルに換装している他、今回の強盗作戦に合わせ麻酔弾と、それに適合したサプレッサーを装着しているノーキル仕様。ただし薬室に実弾を装填すればそのまま使用できる即応性も併せ持つ。




