大強盗作戦:セキュリティ
ミカたちと一緒に旅をしていると、昔を思い出す。
テンプル騎士団時代の、口に出す事もはばかられる汚れ仕事の数々。物騒で殺伐としたクソみたいな時代だったが、今になって思えばあの頃が一番自分らしく振舞えていた頃なのではないか、とすら思えてくる。
塹壕の中で着剣した小銃を抱え、雨風に晒されながら戦友たちと夜を過ごした日々。地獄のような訓練をパスし特殊作戦軍を名乗る事を許されたあの日。要人暗殺に明け暮れ、あるいは敵国に打撃を与えるため強盗行為を幇助し、あるいはそれに参加した。麻薬カルテルを飼い慣らし、敵国への麻薬輸出を幇助し、意に沿わないカルテルは焼き払ったあの日々。
家族と共に過ごす平穏な時間は尊いものだ。何人たりとも侵してはならないし、汚してはならない。
けれどもやはり―――そんな汚れ仕事ばかりの日常が恋しいと思ってしまう。
無理もない事だ、俺はそういう風に造られているのだから。
後ろから煽ってくる車をガン無視しつつ、美術館から伸びる電線を目で追いながらKMZ K750Mを法定速度で走らせた。とっとと追い越せよ、と手で合図するが一向に追い抜く気配がないので睨んでやると、後続車両の運転手は慌てて俺のバイクを追い越して走り去っていく。
あれでも煽り続けるようであればボンネットに顔面を叩きつけてやるところなんだが、まあいいだろう。
さて、今回の一世一代の大イベント―――”大強盗作戦”において最大の障害となるのが、美術館内部に馬鹿みたいに張り巡らされた結界だ。
潜入したミカからの映像をリアルタイムで見ていたのだが、ありゃあなかなか病的な配置だ。セキュリティ担当者はよっぽど臆病者か慎重が過ぎる性格らしいが、今回に限ってはそれが正しい方向に作用したと言っていいだろう。
他の銀行のセキュリティが可愛く見えるレベルだった。結界が指定された範囲をスキャンする間隔はバラバラで、ヤバいところなんか0.5~1秒間隔で巡回範囲を一周している結界すらあった。それらが複雑に絡み合い、他の結界のインターバルを効果的に補うように配置されているもんだから、結界の隙間を掻い潜って侵入するなんて真似は実質的に不可能と言っていい。
それでいて絵画や美術品の周囲は特に念入りにスキャンされているもんだから、近寄る事すら難しい。
ただ、ミカの映像を見る限りでは客や警備員には反応していなかったところを見ると、何らかの条件で侵入者と客を判別しているのだろう。時間帯なのか、それとも他の要因があるのか。
一番はセキュリティを設置した業者から図面の写しを盗む事なのだが、調べたところではどの業者がやったのかという情報がとにかく徹底的に秘匿されていて、はっきり言ってお手上げ状態だった。重要な芸術作品が数多く収蔵されている美術館というだけあって、セキュリティに抜かりはない。
さて、どうするか。
結界の特性は見抜けず、業者も不明。今までであれば大概こういう連中は不倫だとかなんだとか、明るみに出たら拙い事を抱えているもんだから、「バラされたくなかったら協力しろ~?」と脅しをかけるだけでなんとかなったのだが……今回はそうもいかないようだ。
だが全く手がないというわけではない。
あの結界は結局、電気で動いているものだ。電気を魔力に変換し、その魔力を結界発生装置を用いて展開、センサー代わりにしているのである。
だったら簡単だ、大元を断てばいい。
美術館から伸びる電線を追ってバイクを走らせること30分。ボロシビルスクの喧騒も遥か後方へと去り、周囲には郊外の閑散とした、どこかのどかな風景が広がり始める。
そのままバイクを走らせていくと、やがて平原の向こうに火力発電所の煙が見え始めた。
ノヴォシアでは火力発電が主流だ。この辺では木材やら石炭やら重油といった燃料が豊富に、とにかく安価に採取できる。それを安い労働者を雇って発電所まで運ばせて燃やし、それを使ってお湯を沸かして蒸気を作り、その蒸気でタービンを回して……といった具合だ。
とはいえ電気が届けられる家は一握り、富裕層の屋敷や美術館に学校といった設備くらいで、ごく普通の家庭には電気は通らない。だから労働者たちは薄暗い部屋の中でロウソクに火を灯し、薪ストーブで暖を取る生活を送っている。
それはさておき、美術館へ向かう電気が発電所から市街地直通の電線から取られているのであれば、電源設備に細工をするだけであのセキュリティは案外何とかなりそうだ。さすがに発電所から伸びる、この大蛇みたいなケーブルをバッサリやるわけにはいかない(普通に死ねる)ので何か別の手段を講じなければならないが……まあ、その辺はすぐに思いついたから問題はないだろう。
さて、ミカ達のためにも一肌脱いでやるとしますかね。
ボロシビルスク市立美術館。
学術都市の美術館というだけあって、外から見ればまるで巨大な宗教施設のようにも見えるデザインになっており、雪の結晶を模した看板に『Волосибирский городской художественный музей(ボロシビルスク市立美術館)の記載がなければ何の施設なのか一目では分かり辛い。
看板がなければ何かの宗教施設か、あるいは信仰熱心な貴族のちょっと変わった屋敷のようにしか見えないだろう。
一旦列車に戻ってからツナギと作業帽を身に着け、腰に工具のホルダーを巻いてから出直してきた。傍から見れば電気工事にやってきた業者にしか見えない筈だ。
警備がザルなのか、それともパヴェルさんの変装……というかコスプレが完璧だったのかは定かではないが、入り口で着剣したレバーアクションライフルを手に警備する兵士に会釈すると向こうも「やあ、お疲れ様」なんて気さくな挨拶を返してくれた。
平和ボケし過ぎとツッコミたいところだが、そのくらい油断してくれている方がこっちとしてはありがたい。付け入る隙はいくらでも生まれる。
美術館の中には入らず、そのまま屋外展示場を通って裏側へと回り込んだ。美術館の外には噴水と一緒に、剣を掲げた騎士の石像もいくつか展示されている。プレートの説明文にょるとそれはズメイの首を切り落とした大英雄、イリヤーを象ったものなのだそうだ。
大英雄イリヤーはイライナの英雄なのであって、ノヴォシアの英雄ではない―――そんな事をノヴォシア人に言ったら大喧嘩になりそうだ。どうせ向こうの理屈としては『イライナはもうノヴォシアに併合されたのだから帝国の一部であり、何も間違ってはいない』というものだろう……レスバが始まったらそこから世界大戦が始まりそうである。
屋外展示場を過ぎたところで、警備兵が立っていたので一応身分証を提示した。身分証、といっても自室にあるPCを使って偽装したもので、そこには”ヤン・ハオラン”という中華から来た労働者という偽りの身分が記載されている。
こういう時にジョンファ人になりすますのは一番効果的だ。あそこは人口も多いし、世界中に商人が散っている。だからジョンファ人がノヴォシアで職に就いていてもおかしくはないし、俺の顔つきもアジア系(まあ元日本人だから当たり前か)なので違和感もない。
警備兵は身分証を確認すると「安全作業で頼むよ」と言って通してくれた。
―――三流め。
まったく、やりやすくていい。
身分証が本当に合っているのか、偽装されたものなのではないかと疑う事を知らない。ただ相手が身分証を持っているかどうかが、不審者か仕事でやってきた業者かを見分ける境界線になっているのだ。
さぞ治安の良い地域で楽な仕事をしてきたのだろう。ルーチンワークも立派な仕事だが、しかしそれに慣れ過ぎると警戒心はとことん摩耗していく。摩耗して摩耗して、歯車としての役割を果たさなくなった結果がアレだ。
俺が警備責任者だったら真っ先に首を切る人種である―――ああ、比喩表現だ。物理的な意味ではないから安心してほしい。安心しろ、俺はそんな事はしない。たぶん。
視線を上に向けると、外の電線から伸びる配線が美術館の方へと伸びていた。その終着点を見てみると、真っ黒な被覆で覆われた大蛇みたいな配線は美術館裏手に据え付けられた配電盤の中へと伸びており、そこから美術館の各所へと電気を供給しているらしい。
誰も見ていない事を確認してからピッキングツールを取り出し、配電盤の鍵を解錠。この程度の鍵で俺を阻もうなど片腹どころか両腹痛い。もはやただの腹痛である。
配電盤の中には主電源のスイッチやらなにやら色々とごちゃごちゃしていたが、律儀にスイッチをOFFにする必要はない。
腰の工具ホルダーに忍ばせておいた小型ドローンを取り出し、それをスイッチの上、配線の被覆のところにコアラのように取り付けた。
パヴェルさんが自作した『サーマイトドローン』だ。配線や鉄板を焼き切るサーマイトを機体下部に搭載しており、それを起爆する事で対象を溶断する事が出来る。元々は遠隔地での破壊工作のために用意したものだが、このように設置しておくことで遠隔操作式の破壊工作ツールとしても使えるというわけだ。
これで良し……後は本番にコイツを起爆させ、ミカ達を突入させるだけだ。
強盗の準備は、着々と整いつつあった。
「作戦は思ったより単純だ」
そう言い出すなり、パヴェルはホワイトボードに写真をいくつか貼り付けると黒い水性ペンを走らせた。キュキュ、と写真を補足するように文字を書き込んでいくパヴェル。やがてペンの動きがぴたりと止まると、そこには随分とシンプルな強盗計画の全容が記されていた。
「車両の準備も完了、資金も集まったおかげでスムーズな準備ができた。それで最大の懸念事項だったセキュリティだが、調査の結果弱点もシンプルだったよ」
「というと?」
「ありゃあ美術館の電力で賄われているわけなんだが、じゃあその電力はどこから来てるのよと思って調べた結果、南方にある”マレフスキー火力発電所”から送電されている事が判明した」
なるほど、この時点で察しがついた。
ノヴォシアでは火力発電が盛んだ。発電のための燃料がとにかく安価に手に入るものだから、大量に発電された電気は主に富裕層や公共施設を優先して送電されている。
さて、あの結界による警備システムだが……元を辿ればそれも、発電所から送電されている電力で賄われている。受電した電力を魔力に変換、その魔力を使って結界を発生させる……といった具合にだ。
結界をすり抜けられないならば、その大元をストップさせてしまえばいいというのがパヴェルの計画らしい。
「既に美術館の配電盤に細工はしてきた。強盗決行直前に”仕掛け”を発動、館内への電力供給を一時的に遮断させる。そうなれば―――」
「結界は消える、というわけでござるか?」
「いや、こういうトラブルに備えて非常電源に切り替わる筈だ」
だよなぁ、と思う。
何かしらの非常手段は用意されていると考えるべきだろう。予備電源に切り替われば、結界は多少は維持される筈だ―――とはいえ電源が限られている以上、そのリソースを割ける部分も限定されてくるに違いない。
「とはいえ非常電源だ。電力消費を抑えつつ最低限の警備を行うための非常モードに移行するはずだ……だが、その程度であればすり抜けるのは可能だろう。主電源が復旧する前に美術館に突入、目標の絵画を奪って脱出しろ。これが今回の作戦だ」
「なるほど、分かりやすくていい」
手のひらに拳を打ち付けた。
もしかしたら、この強盗計画にイライナの独立がかかっているかもしれないのだ。失敗は許されない……そして今回もハズレでした、なんて事もだ。
「ああ、それと」
思い出したようにパヴェルは言った。
「ミカのとこのお姉さんから追加のオーダーだ。金になりそうな他の美術品を見つけたら根こそぎ奪ってきてほしい、との事だ。それで得た金はイライナ独立のための資金に回すそうだが、いくらか分け前も寄越すし稼ぎ次第では追加報酬も用意するとの事だ」
「お金ぇ↑!?」
追加報酬の話が出るや、黙って話を聞いていたモニカの目がお金のマークになった。
「お金! ダンチョさんお金もらえるヨ!」
ああ、お金好きがここにも。
オイオイこれ大丈夫か、と困惑しつつも、自分もモチベーションが上がっている事は感じていた。
やはり俺の本分は”殺し”ではなく”泥棒”なのだろう―――竜殺しの英雄の裏の顔が大泥棒とは、皆が知ったら幻滅するだろうか?
だが、周りの評価などは関係ない。そんなもの、全力で生きた後に追い付いてくるものだ。少なくとも今の段階で気にするべき事ではないだろう。
今はやるべき事を全力でやるだけだ。
「作戦決行は明日の夜11時だ―――同志諸君、派手に行こう」
こうして、後に『ボロシビルスク大強盗事件』として歴史に刻まれる強盗作戦が発令された。




