大強盗作戦:クラウドファンディング
《さーて、と。それじゃあ大強盗作戦のための出資を募ろうじゃないか同志諸君?》
無線機から聞こえてくるパヴェルの声。これから強盗に入るというのに随分と陽気なもんだが、ガチガチに緊張した状態ではベストコンディションとは言えない(かといって脱力し過ぎなのも問題ではあるが)。
セダンの後部座席でPPK-20の安全装置を解除、セレクターをフルオートに入れておく。コッキングレバーはまだ引いておらず、マガジンからの初弾はまだ薬室には収まっていない。
隣に座るモニカもRPD(5.56mm弾を使用する『5.56RPD』、イスラエル製のモデルだ)のチェックを済ませるや、顔を隠すためのハーフマスクとゴーグルを装着した。俺も眉間に白いペイントが施されたガスマスク(ハクビシンを象っている)を装着、素顔を隠す。
「分かってると思うが殺しは厳禁だ。いいな」
「ええ」
「了解ですわ」
「分かっています」
仕事ではさすがに人間を手にかける事もある。それも仕事だ、仲間の命がかかっているならば仕方がない。
だが殺さなくていい人間まで殺すほど、俺も戦場の狂気に呑まれてはいないつもりだ。殺すべき敵と、そうではない相手の区別はキッチリつけている。
だから強盗の際は極力殺しをしないという事で、ギルドとしての方針は一致していた。警備員を含めて殺しはしない、されど無力化はする。だから装填されている弾丸は実弾ではなく低致死タイプのゴム弾あるいは麻酔弾で、当たり所が悪くなければ相手が死ぬことはない。
ボロシビルスク郊外に出たところで、目標の銀行が見えてきた。
ボロシビルスク第17号銀行―――都市の名を冠しているが、しかし実態は郊外にある小さな銀行の支店に過ぎない。店舗のサイズはコンビニよりもちょっと大きい程度で従業員は10人足らず、警備員も2、3人しかいない。利用者は郊外に住む少し裕福な者くらいで、ボロシビルスクの治安が良い事もあって強盗に狙われる事など微塵も想定していないように思えた。
そういう目立たない場所だからこそ、貴族が裏金を隠しておくに丁度いい場所なのだろう。既に複数の大貴族が隠している裏金がここに保管されていると、パヴェルの調査で明らかになっている。
《狙うのは19番、57番、63番の金庫のみ。他はスルーしろ》
「了解した」
《”シャドウ”より”フィクサー”、位置についた》
《フィクサー了解。狙撃ポイントを確保しつついつでも支援できるように備えろ。憲兵隊の動きは逐一知らせる》
今回の作戦にはTACネーム『シャドウ』ことカーチャも参加する事となっている。よーく目を凝らして見てみると、銀行から800mほど離れたところにある給水塔の作業用キャットウォークのところに、目立たない灰色のギリースーツを身に着けた人影が、ウィンチェスターM70を構えて立っているのが見える。
傍らには逃走用のシップラインまで用意してあって、いつでも逃げる準備は万端なようだ。
シスター・イルゼの運転するセダンが銀行の真正面に停車した。特に隠す必要もないし、作戦もシンプルだ―――「脅して」、「奪って」、「逃げる」。滞りなく物事が進めば憲兵隊が来る前に逃走できる手筈である。
後部座席を降りるなり、コッキングレバーを引いて初弾を装填した。そのまま仲間たちと共に、正面玄関から堂々と銀行へ足を踏み入れる。
窓口に居る係員は、入ってきた俺たちを一瞬だけ客だと思ったらしい。しかし手にしている武器が銃である事に気付くや、何が起こっているのか全く処理できていないような表情で困惑するばかりだった。
PPK-20を天井へと向け、容赦なく引き金を引いた。ドガガガガガ、と火薬の炸裂音が、ゆったりとした音楽が流れていた店内に響き渡り、窓口の開設に来ていた老人や待合席に居た他の客が悲鳴を上げた。
「Дамы и господа, приношу извинения за неудобства(紳士淑女の皆様、お騒がせして申し訳ない)」
今や特に訛りもなく流暢に話せるようになった標準ノヴォシア語で、怯える客たちに語り掛けた。
「Как видите, мы грабители банков. Если вы сделаете, как мы говорим, мы обещаем не причинять вам вреда. Пожалуйста, сохраняйте спокойствие и следуйте инструкциям(見ての通り、我々は銀行強盗だ。我々の言う通りにしていれば、皆さんに危害を加えない事を約束する。どうか落ち着いて、指示に従ってほしい)」
「Вы случайно не «мистер Х»?(お前、まさか「ミスターX」か?)」
「это верно(いかにも)」
窓口の係員が恐る恐る問いかけてきたので、ボイスチェンジャー機能付きのガスマスク越しに応えてやった。
ミスターX―――「銀行強盗をビジネスにする」というパヴェルの新たな裏仕事の開設以降、強盗の回数は増えたし、それに比例して悪名も広まっていった。
憲兵隊を増員しても逮捕する事は出来ず、どんな銀行だろうと確実に襲撃し大金を持ち去る凄腕の銀行強盗たち。その正体は不明、分かっている事は圧倒的な実力を持っている事と、決して人を手にかけない事のみ。
それでついた異名が『ミスターX』なのだそうだ。
よもやこっちの界隈でも異名付きになってしまうとは。
窓口に居た係員が通報ボタンをこっそり押そうとしたので、俺はすぐさまその係員に銃口を向けた。
「Не думай глупостей(変な気は起こさない方が良い)」
「……!」
クラリスに目配せすると、JS9mmで武装したクラリスは窓口のドアを開けた。中に居た係員を全員ロビーに移動させたところで、奥にあったドアが開いて警備員たちが顔を出す。
ちょうど休憩が終わったところだったのだろう。コーヒーと煙草を楽しんでから戻ってきたら銀行強盗が従業員や客たちに銃を突き付けているというこの世の終わりのような光景に、警備員たちの顔が真っ白になる。
やっと理性を取り戻し銃を引き抜こうとする警備員もいたが、それよりも先にモニカの5.56RPDが火を吹いた。ガガガガガ、と派手な銃声を響かせながら、発車された5.56mmゴム弾が警備員の太ももや肩口を思い切り殴りつけていく。
彼らが動けなくなっているうちに、俺は悶絶する警備員たちの両手を結束バンドで縛っていった。
「Мне жаль, что я причинил тебе боль(痛い思いをさせてしまい申し訳ない)」
警備員の手を縛りながら、耳元でそう言った。
「Скоро все закончится. Из-за терпения до тех пор(すぐに終わる。それまでの辛抱だから)」
ふざけるな、と絞り出すような声が聴こえたが、無視してそのまま立ち上がった。
シスター・イルゼがJS9mmを係員の1人に突き付け、窓口の奥へと連れていく。金庫へ通じる鍵を持っているのだろう。人質と係員たちの監視をモニカとクラリスの2人に任せ、俺はシスター・イルゼと共に窓口の奥へと向かう。
大きな金庫の扉が、そこにはあった。ドアの取っ手のところには暗証番号を入力するためのダイヤルがあり、6ケタの番号を正しく入力しなければならないらしい。
「Пожалуйста, сделай это(やってくれ)」
マスク越しに笑みを浮かべながら促すと、困惑していた係員は息を吐いてから番号を入力し始めた。
6・5・3・9・9・7。
ダイヤルを回して番号を合わせるや、ごうん、と重々しい駆動音が響き、壁面から露出していたロック機構が動作しているのが見えた。パーツの隙間から蒸気を吹き出しながら作動したシステムが、金庫のロックを解除していく。
「Спасибо, вы сделали правильно(ありがとう、キミは正しい事をした)」
係員の両手を結束バンドで縛りながら、俺は親し気に言った。
「эти деньги пойдут на правильные вещи(この金は正しい事のために使われる)」
金庫の扉が開くや、俺とシスター・イルゼは中へと足を踏み入れる。
中にはずらりとロッカーを思わせる小さな金庫が並んでいた。番号が割り振られたそれらを見渡しながら、ダッフルバッグの中からピッキングツールと一緒にサポートドローンを取り出す。折り畳んでいたドローンのスイッチを入れて空中で手を離すと、手のひらサイズの小さなドローンはふわりと音もなく浮かび上がった。
「ララバイは19番を、俺は57を。63番はドローンにやらせる」
「分かりました」
ピッキングツール片手に57番のロッカーの前に立った。鍵穴にピッキングツールの先端部を差し込み、金具越しに感じるロック機構の感触を確かめながらロックを解除していく。
そんな俺の傍らでは、機体下部からピッキングツール付きの小型アームを伸ばしたドローンが金庫の解錠作業中だった。サポートドローンは装備の組み換えで多彩な任務に対応できるのだが、銀行強盗仕様のドローンまで開発されてしまうとは前代未聞も良いところだ。
解錠作業を終えると、中にある札束の山と金塊が目についた。それらを次々にダッフルバッグへと詰め込んでいく。まったく、貴族連中も悪い事をするものだ……こんなところに、帳簿にも乗らず税金も取られる事のない金を貯め込んでおくなんて。
これは俺たちが有効活用させてもらうとしよう。強盗の資金源とし、余った分は全額イライナ独立のため姉上の元へと送金される予定だ。無論、幾重にもペーパーカンパニーを挟みマネーロンダリングを繰り返してからになるが。
57番の金庫が空になった頃には、サポートドローンの解錠作業も終わっていた。そっちに移って金塊を掴み取り、札束の山をダッフルバッグへと押し込む。
ちらりと目線をイルゼの方に向けると、彼女は既に19番の金庫の中身を全てバッグに収め終えているところだった。脱出してくれ、とハンドサインを送って彼女を離脱させ、俺も63番の金庫を空にしてから脱出に移る。
サポートドローンを回収してポーチに収め、クラリスとモニカに撤収のハンドサインを出した。
仲間たちが正面玄関へと向かっていくのを確認し、俺は窓口の方を振り返る。
「Скажите это великому дворянину(この事を大貴族に伝えてくれ)」
PPK-20を肩に担ぎ、笑みを浮かべた。
「«Спасибо за ваши инвестиции»(「出資ありがとう」とな)」
そう言い残し、銀行の正面玄関から外に出た。
《おーさすが、5分足らずか》
「記録更新かな?」
《残念、こないだの4分32秒には一歩届かずだ》
「ちぇっ」
そう言いながらもセダンの後部座席に乗り込んだ。チャイルドシートの上でシートベルトをかけるや、シスター・イルゼがアクセルを踏み込んでセダンを発進させる。
《あたしの出番は無かったみたいね?》
「まあ、それが一番さ」
でもありがとう、とカーチャに返し、座席のシートに背中を沈み込ませる。
憲兵隊がやっと銀行に駆け付けたのは、俺たちが現場から逃走してから14分後の事だった。
「よくやった。これで必要な金がそろった」
「大貴族からのクラウドファンディングだからな」
満足げに言うパヴェルにそう告げると、彼はトレンチライターを取り出して葉巻に火をつけた。
「……残るはあのセキュリティか。美術館への侵入方法も含めて、色々検討せにゃあいかん」
「だろうな」
一番の関門はそこだ。
ボロシビルスク市立美術館―――あそこのセキュリティは並大抵のものではない。
常軌を逸したレベルの結界と、あまりにも短すぎるスキャンの間隔。隙をついて侵入するというのも考えたが、あそこまで結界の隙を他の結界が補うよう巧妙に配置されていてはそれも不可能だろう。
ならばいっそのこと隠密は諦めて強硬手段に出るという事も考えたが、そうなれば美術館を訪れている客が障害になるし、敵は警備兵だけではない。ここは技術の中心地、学術都市ボロシビルスク。いったいどんな新兵器がお披露目されるか分かったものではない以上、迂闊に強行策に出るのは得策とは言えない。
セキュリティを潜り抜けて侵入するのがベストなのだろうが、そのためにはあのセキュリティをかいくぐる方法を見つける必要がありそうだ。
「―――まあいい、その辺は俺が何とかする」
「大丈夫か」
「俺を誰だと思ってる?」
煙を吐き出しながら、パヴェルは得意気に言った。
「―――俺は”ウェーダンの悪魔”と呼ばれた男だぞ?」




