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大強盗作戦:車両調達

 中国の56式自動歩槍はよく粗悪品だの何だの言われるのを目にして宇宙ミサイルになる往復ミサイルの中の人ですが、基本的に粗悪品とされているのは材質の悪化と品質管理の不徹底が顕著となった文化大革命や大躍進政策以降の個体であり、大躍進政策以前の個体はAK譲りの高い信頼性を受け継いだ優等生であったという事をここで述べておきます。

 


 AKはいいぞ。国ごとに特色があって見てるだけで楽しいぞ。さあこれを見ている君もAKを推そう。


 旧人類の遺産たる技術とその発掘、解析、複製はこの世界の人々の生活を支える基盤となっている。


 自動車もその一つだ。馬車よりも速く、燃料とエンジンオイルが続く限りどこまでも走る事が可能な新時代の乗り物は、富裕層を中心に普及を見せている。とはいえその外見は最新の車ではなく、角張った車体に流線型のシャーシ、やけに大きな丸いライトという禁酒法時代の車両を思わせるレトロなものであるが。


 富裕層が主な所有者という事もあって、その多くは豪華な装飾や塗装が施されている。スカートやバンパーがこれ見よがしにクロームカラーとなっていたり、光を当てると輝くメタリック塗装が施された車両があったり、そういった派手さはないが優美で貴婦人を思わせるような白い高級車が路肩に停まっていたりと、自分の富を如何に誇示するかを競うような様相を呈していて、レッカーの運転席でハンドルを握るリーファは少し嫌悪感にも似たものを覚えた。


 彼女の母は、質素な人であった。


 以前、中華帝国では記録的な大飢饉が国中を苛んでいた。米も麦も野菜も殆ど収穫できず、多くの農民が飢えに苦しんでいる中でも、皇帝が初期に妻として迎え入れた女やその子、他の宮廷関係者の多くはぜいたくな暮らしを続けていた。


 幼い頃にリーファも思ったものである。なにゆえあの人たちは苦しんでいる人がいるのにあんな贅沢な真似ができるのか、と。


 その無垢な疑問に、皇帝が24番目の妻として迎え入れた女―――リーファの母”シンイー”はこう答えた。


 『きっとあの人たちは苦しんだことがないのであろう』と。


 だからそんな言葉を聞いて育った彼女から言わせてもらえば、この車の所有者たちはきっと貧民たちの苦しみを何一つ知らないのだ。貴族とは民のためにあるべきというノブリス・オブリージュの教えを守ろうともしない、腐敗し切った貴族たち。身の丈を過ぎた富は心をも腐らせてしまうのだろうか。


 彼女の母はリーファを産む前から苦労を重ねてきたと聞いている。母の実家は没落し、しかし若き日の母の美貌に惹かれた皇帝により24番目の妻として宮廷へ迎え入れられたのだと。


 しかしそこでも没落貴族の娘という出自により、他の妻たちからの執拗な嫌がらせを受けたという。その凄惨な過去は、娘である彼女には察するに余りある。


「リーファ殿?」


 助手席に座る範三の声に、リーファは我に返った。


 ついつい意識を己の内に向け過ぎていたらしい。いけないいけない、と頭を軽く振り「大丈夫ヨ」といつも通りの笑顔で応じる。


 今のジョンファの皇帝は病に倒れ、不老不死の秘術を求めて世界中に子供たちを派遣している。リーファもその一人で、この地に伝わる物質『竜の血』を求めてここに来た。


 既にゾンビズメイ討伐の際に得た血は、家臣のリュウを通じてジョンファへ持ち出している。腐敗したものであるためそのままでは使えないが、これで竜の血が実在するという証明を宮廷に示す事が出来たであろう。


 それを不老不死の秘薬とする事が出来れば、あるいは……。


 一旦祖国の事情を頭の片隅に置き、目の前の事に集中する事とした。


 手頃な車両に狙いを定めたリーファは、トラックを路肩に停めてからシフトレバーをバックに入れ、後方を確認してからトラックをバックさせていく。


 彼女たちの乗るトラックはソ連製のウラル-4320。車体を延長して6輪とし、キャビンを増設するなどの改造が施されているが、基本的にはソ連やロシアで運用されているものと大きな差異はない。


 キャビンの天井をくりぬいて連装型のブローニングM2重機関銃を据え付けたガントラックとして運用されている血盟旅団のウラル-4320であるが、荷台に関しては通常の荷台の他、無反動砲や対戦車ミサイルなどを搭載したものが用意されており、作戦に応じて換装する事で様々な任務に対応可能な汎用性が付与されている。


 今荷台に装備されているのは、車両牽引用のクレーンとウインチだ。作戦行動中、装甲車両が擱座した場合を考慮しそれの回収を行うためにパヴェルが用意したレッカー車パッケージであるが、今のところ作戦中に車両が擱座するような事はついに起こらず、こうして逃走車両の確保のため車を盗む仕事が初陣となっている。


 キャビンに座っていたツナギにコート姿のカーチャが外に出た。レッカー車と化したウラル-4320の後方に回り込むや、降下するクレーンのフックを掴んで後方に路駐されている車に引っ掛け、バックミラー越しに見ているであろうリーファへとハンドサインを送る。


 クレーンとウインチが稼働し、車を微かに持ち上げるや、カーチャは周囲に車の持ち主が居ないか―――そしてテンプル騎士団が見張っていないかを確認し、トラックのキャビンへと戻った。


 キャビンへと乗り込もうとするカーチャの吐き出す息が白く濁っているのを見て、範三とリーファは目を細める。


 もうそんな気温だ。


 10月になれば本格的な降雪により冬季封鎖が始まる―――そうなる前に何としても、キリウ大公の子孫を見つけ出しイライナへの帰還を果たさなければならない。


「出すヨ?」


「いつでもいいわよ」


 そう答えながら、後部座席でカーチャは腕を組んだ。


 トラックのドアの内側には、車両が擱座した際のサバイバルキット代わりに56-2式自動歩槍(※右側面に折り畳むタイプのストックを有する56式のバリエーションの1つ)と予備マガジン3つが備え付けてある。万一テンプル騎士団が襲撃してきた場合には一定の応戦は出来るだろうが……ホムンクルス兵まで襲ってきた場合は、正直心許ない。


 テンプル騎士団のホムンクルス兵は、クラリスがそうであるように圧倒的な戦闘力を誇る。動きは素早く、防御力は戦車に匹敵する事から撃破には戦車砲や対戦車ミサイルが必須となるため『人間サイズの戦車』とも呼ばれている。


 それだけの力を持ちながら量産型の兵士でしかないのである―――その原型となったオリジナルがどれほどの力を持つ兵士だったのか、考えるだけで恐ろしくなる。


 そして以前に交戦したあの黒い女―――セシリア・ハヤカワも。


 範三とリーファ、血盟旅団最強戦力の一角である2人が束になってかかって全く相手にならなかった存在。遥か雲の上の怪物を相手に、どう戦えと言うのか。


 アクセルをゆっくりと踏み込み、トラックを走らせた。


 表向きは憲兵から業務委託を受けたレッカー業者で、こうして違法駐車中の車両を移動させているだけに過ぎない。そういう名目で行動しているから、トラックに描かれていた血盟旅団のロゴは周到に消されている。


 傍から見れば誰が見ても違法駐車されている車を移動させているレッカー業者にしか見えないだろう―――事実、道行く人々は気にもしない。完全に日常の風景の一部として溶け込んでいる。


 パヴェルはこう嘯く―――『潜入で一番バレずに済むのは何の変哲もない日常に擬態する事だ』と。


 なんでも良い。ピザ配達員、清掃業者、新聞売りに労働者……誰も気にしない場所に目をつけ、それを模倣し擬態する事で目標のすぐ近くまで存外肉薄できるものだ、と。


 牽引中の車を振り回すかたちにならぬよう、気を付けてハンドルを切るリーファ。交差点を曲がり、オビ川にかかる橋を渡った。今頃このゴテゴテとしたクロームカラーのミラーやフェンダー、バンパーを持つ車の持ち主は愛車が姿を消している事に気付いて慌てふためいているだろうが、駐車場に停めずに違法駐車したのが運の尽きだ。これからこの車はパーツ単位で分解され、他の盗難車のパーツと組み合わせて()()()()()()()として生まれ変わり、逃走車両として利用される事となる。


 必要な逃走車両は2台。


 一つは当然、美術館での強盗に用いる逃走車両。


 そしてもう一つはその前座、ボロシビルスク郊外にある小さな銀行を襲撃する際の逃走車両として用いるためのものだ。


 既にパヴェルが廃棄された車両整備工場を押さえている。そこまでこの車両を持って行けば、とりあえず今日の仕事は終了だ。


「それにしてもこの車、ずいぶんと高値で売れそうだけど」


 クレーンに引っ掛けられながら牽引される車を振り向きながら、カーチャがぽつりと言った。


「パヴェル言ってたヨ、余ったパーツとかは売ってお金買えるネ」


「じゃ、ちょっと小遣いは手に入るって事かしら」


「そういう事ネ、お金正義ヨ」


 この車の持ち主はさぞ金持ちなのだろう―――懐に余裕があるからこそできる改造に呆れながら、カーチャはこう思う。


 『私、こういう男は嫌いなタイプね』と。


















 ボロシビルスクはオビ川を挟んで南部と北部に隔てられている。


 居住区や工業区は南部に集中し、学校などの教育機関や美術館は北部に集中するという形で棲み分けが行われているのだ。


 レッカー車で盗難車を()()したのは、その北部にある自動車整備工場だった。既に廃業して久しく、土地の所有者も不明確なまま放置されてるが故に行政も迂闊に解体が出来ず持て余していた物件。パヴェルはそれに目を付けた。


 積み上げられた廃タイヤの上に腰を下ろし、10ライブル硬貨を使ってコイントス。手のひらに落ちてきたコインを目で追いながら左手で隠し「どうせ表だろ」と思いながら結果を見てみると、やはりコインは表―――皇帝カリーナの顔を象ったコインの表面が、銅色の輝きを放っていた。


 生まれてこの方ずっとこれだ。何度コイントスをしても、表面しかでないおかげで2分の1という確率が意味を成さず、賭けが成立しなくなってしまっている。


 通貨で思い出したが、姉上は『イライナ独立の暁には通貨を公国時代の”ヴリフニャ”に戻す』と宣言していた。なのでイライナ領内でライブル硬貨やライブル紙幣が使えなくなる日もそう遠くないのではないだろうか。


 せっせと分解バラした部品を運ぶルカ。向こうではジャッキで起こした車体の下に潜り込んだパヴェルが、何やら俺たちが盗難してきたセダンのパーツを分解しているところだった。


 シャッターが開き、レッカー車で新たな盗難車が運び込まれてくる。運転席にはリーファが座っており、レッカー車をゆっくりと整備工場の中まで進めると、クレーンを操作して盗難車をクレーンから外した。


 やけに高級そうな車だった。シャーシにバンパーはこってりとしたクロームカラーで、見てみると車内のシートも革製の高級品。こういう自分の富を見せつけるような輩を見ていると、あのクソ親父を思い出して嫌な気分になる。


「おー、お疲れ……ってなんだこりゃ」


「高級車ネ」


「そりゃあまた随分とこってりしたのを盗んできたもんだ。まあいい……おーいルカ、そっちの分解は任せた!」


「はいよー!」


 ルカに指示するなり、パヴェルはさっそく新たに運び込まれた車を検め始めた。


 ボンネットを開けてみると、彼は顔をしかめた。どうしたのかなと思って一緒に覗き込んでみると、まあなんともエンジンの中も凄い有様だった。エンジンもクロームカラーで、しかもご丁寧に精巧な彫刻(エングレーブ)が施されている。


 だから実用と鑑賞用は違うとあれほど……。


「……これ、どうすんのさ」


「あ~……これは売ろう」


 金になりそうだ、とパヴェルは言いながら工具を準備し始めた。


「金になりそうだし、盗難車にこんな()()()()パーツ使っちゃったら足が付きそうだ」


「それもそうか」


「売れたら金は平等に分配してお前らの部屋に置いておく。あ、でも一部はギルドの運営費に回させてもらうからそのつもりで」


「分かった、それは別に構わないよ」


 ギルドの運営費も抽出するのが大変だからな……今のところは強盗での収益の一部とか、普段の仕事で得られた報酬の2割を運営費としてギルドに収めているけれど、運営費が多ければ多いほどこっちも仕事がやりやすくなる。


 少しでも足しになるならそれでいいや、俺は。


「コイツは車体のパーツを使うか……悪いミカ、もう一台調達して来てほしい」


「はいさ。クラリス」


「はいご主人様」


 メイド服からツナギに着替えたクラリス(おっぱいが!)を引き連れ、これから休憩に入るリーファたちとバトンタッチ。一旦ウラル-4320のエンジンを切ってガソリンの給油口を開けているうちに、ジェリカンを抱えたシスター・イルゼ(こっちもツナギ姿でおっぱいが!!)がやってきて給油を始めてくれた。


 給油を終えるやすぐに給油口を閉じ、コートの上着を羽織ってキャビンへと乗り込んだ。


「ご主人様、チャイルドシートです」


「……うん」


 ありがと、とお礼を言いながらチャイルドシートを受け取り、複雑な心境で腰を下ろす。でもこうしないとシートベルトがちゃんとかからないし、事故った時に命が危なくなるのでこうせざるを得ないのが辛いところである。


 周囲の安全を確認するや、シスター・イルゼが運転するレッカー車がゆっくりとバックを始めた。


 強盗準備は、着実に進みつつあった。





 

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― 新着の感想 ―
リーファもある意味でミカエル君に近い立場の境遇だったんですね。いや、もっと過酷かな。ノブレス・オブリージュという価値観自体が社会に浸透したの、割と最近ですからね。末期ロマノフや清王朝モチーフだったら……
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