『騙して悪いが』
テンプル騎士団が運用している戦闘人形は、発表当初は『人間の歩兵に代わる新時代の兵士』として持て囃され、積極的なプロパガンダも展開された。
無人兵器の需要は大きい。基本的人権の尊重をするあまりコストが高騰に高騰を重ね、軍隊において今や最も高価な消耗品となった人間の兵士。それを第一次世界大戦のようにどんどん死なせることも許されなくなった―――少なくとも先進国においては。
兵士1人にかかるコストは大きい。訓練用の機材を与え、宿舎を与え、給与を与え、保証を与え、ブーツを与え、軍服を与え、それらを手厚く用意してやったうえで専門の教官による指導で訓練を受け、十分すぎる時間をかけてから実戦へと送り出す。
そして多くの場合、それだけ手塩にかけた兵士であっても一瞬で壊れる。砲弾の破片で、地雷で、一発の弾丸で、あるいは凄惨な地獄に精神を病んだ結果のPTSDで。
情け容赦なく突きつけられる損耗に、ついに生身の兵士の損耗を受け入れがたくなった先進国にとって、そんな人的資源の損耗を気にしなくていい無人兵器とは実に魅力的な存在に見えた。
ジャミング対策は必須となるが、撃破されても人間の兵士に被害は及ばないし製造コストも基本的に安価だ。ハイテク兵器のコスト高騰にも喘いでいた先進国の軍隊にとって、無人兵器は『人的損耗を気にせずに済み、更にお財布にも優しい兵器』として一定の支持を集めつつあった。
それはテンプル騎士団も例外ではない。
観測用のドローンから自爆ドローン、爆弾やミサイルを搭載した爆撃用の大型ドローンに、最新技術をこれでもかというほど注ぎ込み、ついには敵国に対し核攻撃まで可能となってしまった『戦略ドローン』に至るまで、多くのドローンを開発・運用してきたテンプル騎士団。
しかしどれだけドローンが進化しようとも、最終的に敵拠点へ実際に足を踏み入れクリアリングと制圧を行うのは依然として生身の歩兵であり、そこでも人的損耗を被るリスクは常に隣り合わせだった。
そこでテンプル騎士団が誇る天才科学者、フィオナ博士は考え至った。
『機械の兵士を開発しそれに歩兵の役回りをさせればいいのではないか』と。
十分すぎる技術力と、それから”ウェーダンの悪魔”として名高い速河力也大佐の実戦で得られた戦闘データ。それらを組み合わせて生み出されたのがこの黒騎士のようなロボットの兵士―――戦闘人形である。
感情を持たず、人間の命令だけを聞く死を恐れない兵士たち。しかもその戦闘データは速河力也大佐のものが参考にされており、戦闘能力もテンプル騎士団の一般的な歩兵のそれを遥かに上回る。
それでいて機体パーツの多くをフィオナ博士が製造していた義手や義足などから流用した事で製造コストも低減され、高性能でありながら人間の兵士よりも遥かに安い夢の戦力として産声を上げたのである。
一度はフィオナ博士の反乱による大災厄で運用を危険視・凍結された戦闘人形であったが、その後発足した新体制のテンプル騎士団によって凍結指定を解除、軍縮による兵力の不足を補う兵器として今もなお改良されつつ運用されている。
最大の特徴はコストの安さ(※あくまで人間の兵士と比較した場合である)と性能の高さであるが、任務に応じてアタッチメントやパッケージの追加装備により、狙撃や潜入、水中での爆破工作といった特殊な任務にも対応させることが可能な、汎用性の高さも特徴となる。
廃工場を見渡せる位置―――別の廃工場の3階、別の設備へと渡るための通路に居座りながらスナイパーライフルを構えるその戦闘人形も、そうした特殊な装備を搭載した機体の1つだった。
狙撃に最適化させるためなのであろう、通常であればバイザーで防護されている頭部のセンサー類が、バイザーのオミットに伴って剥き出しになっている。それに加え各種センサーの増設や弾道演算システムの増設によって頭部ユニットは大型化、さながら頭に望遠カメラを乗せているような異様な姿となっている。
大口径のセンサーが覗き込んでいるのは、ロシア製長距離スコープのPKS-07。そしてそれを搭載しているのは同じくロシア製ボルトアクション式スナイパーライフルのSV-98だった。
使用弾薬は伝統的な7.62×54R弾。良好な命中精度と信頼性を誇る、長距離狙撃には理想的な狙撃銃の1つ。
右腕でボルトハンドルを引きながら、今の狙撃が外れた事を頭部の制御ユニット内で評価する。
狙撃が外れた要因―――不明。
もし彼が人間であったのならば、有り得ない事だと狼狽していただろう。
風速も、天候も、その他の要因も総てが彼に味方していた。後は引き金を引くだけで、取引に現れた3人の標的の中でも特に脅威となるクラリスの排除に成功していた筈である。
いくらホムンクルス兵とはいえ、ドラゴンの外殻が無ければその柔肌は常人のそれと変わらない。一応は筋肉や骨格の密度及び強度は常人を遥かに上回るが、しかし防弾チョッキを撃ち抜く大口径のライフル弾の前には紙粘土も同然であった。
しかし―――直前になって、クラリスは一歩後ろへ下がった。
そのせいで弾丸は彼女の目の前を通過し狙撃手の存在を露見させてしまい、敵襲に気付いた血盟旅団の3人に制圧射撃をかける猶予を与えてしまう事となったのである。
周囲に着弾する弾丸(敵の武装が中国の56式自動歩槍である事を考慮すると7.62×39mm弾であろう)を意に介さず、狙撃型戦闘人形はそのまま照準を今度はミカエルに合わせる。
発砲―――されど弾丸は小柄な少女の身体を射抜くよりも先に、まるで油膜に弾かれる油の如く受け流されるや、明後日の方向へと跳弾してしまう。
磁力防壁―――周囲にドーム状に展開した磁力により銃弾や弓矢、剣戟を全て受け流してしまう防壁。敵への攻撃を金属に依存している相手には、これ以上ないほど効果的な代物だ。
ボルトハンドルを引き、続けて三発目―――しかし引き金を引くよりも先に、スコープのレンズへと飛び込んできた一発の弾丸が全てを終わらせた。
7.62×51mmNATO弾によるカウンタースナイプ。スコープのレンズを打ち砕き、反対側から顔を出した弾丸は、多少変形こそしていたものの十分な運動エネルギーを纏ったまま、望遠カメラのような形状の制御ユニットへ真正面から飛び込んだ。
大口径のレンズに穴が開き、内部のユニットがズタズタに引き裂かれる。
人体でいう脳を狙撃されてしまった以上、もはやサブのシステムを立ち上げて戦闘を継続する事も出来なくなってしまった狙撃型戦闘人形。戦闘不能と判断したAIにより機体に内蔵されたメタルイーターが目を覚ますや、活性化した微生物たちはたちまちのうちに機体の装甲や装備品の一切を食い尽くし、錆びた金属粉へと変えていくのだった。
なんと呆気のない。
淡々と仕事をこなしながらも物足りなさを覚えつつボルトハンドルを引くと、薬莢が1つ転がり落ちた。
ウィンチェスターM70の薬室から躍り出た、役目を終えた空薬莢。機関部上部にマウントした長大なユナートルスコープから目を離し、グローブで覆った手で薬莢を回収。ポーチへと押し込んでその場を離れる。
パヴェルに言われて念のためミカ達を見張ってたけど、案の定だったわね。
キリウ大公の子孫の情報が全く手に入らず、冬季封鎖も迫るとなれば血盟旅団は焦る―――厳選していた基準を緩和、あるいは範囲を拡大しより貪欲に情報を集めるようになる。ならばその中に信憑性の高そうな情報を紛れ込ませて釣り上げ、誘引して始末すればいい。
なるほど、なかなか狡猾な手だこと。
ただテンプル騎士団に誤算があったとすれば、自分たちが”狩った”つもりになっている相手は数々の実戦を経て急成長した血盟旅団の面々―――しかもその頭目は特に著しい成長を遂げた、かの雷獣のミカエル。
果たして止められるのかしら。
左手に隠し持ったアンカーシューターを隣の建物に撃ち込んでリールを巻き取り、一気に移動。たんっ、と壁を蹴るようにして身体を押し上げるや、給水塔の足場の上まで何とか地力でよじ登る。
《カーチャ》
「どうしたの、パヴェル?」
《……たった今、本物のパンサーの死亡が確認された。遺体がオビ川下流で発見されたと》
「……っ、そう」
想定できた事ではあった。
テンプル騎士団が戦闘人形をパンサーに擬態させていたという事は、本物はもう既に……。
給水塔の手摺にウィンチェスターM70を立てかけて依託射撃。長いユナートルスコープを覗き込み、照準を戦闘人形の頭に合わせた。
銃剣を嗤う連中は、きっと実際に使った事がないのだろう。
本来の56-2式自動歩槍からはオミットされたスパイク型銃剣。原点回帰と言わんばかりにあえて再装備した折り畳み式のそれを展開しながら、バックラーみたいな小型のシールドとマチェットを片手に、古代ローマの剣闘士さながらのスタイルで挑んでくる黒騎士を7.62×39mm弾のヘッドショットで仕留めにかかる。
ガァンッ、と響く金属音。頭を狙った射撃が小型盾で弾かれた音なのだと理解した事には、追撃を諦め右へと小さく飛んでいた。
ヒュン、と掠めるマチェットの刃。あんなのを眉間に喰らったら、頭蓋骨から何までバターのように一刀両断にされてしまうだろう。そんな死にざまは御免被りたい……死ぬならベッドの上で、子供や孫に看取られながら老衰で逝きたいものである。
身体を回転させストックを突き出した。ガッ、と折り畳み式のストックが黒騎士の顎を下からかちあげ、がくん、と黒騎士が頭を大きく揺らす。すぐさま体勢を立て直し反撃に転じる黒騎士だったが、しかしバイザーの中の紅い光がこちらを睨んだ頃には、喉元の装甲がない部分をスパイク型銃剣が刺し貫いていた。
そのまま体重をかけて黒騎士を押し倒す。銃剣を捻って抜こうとするが、こざかしい事に片手で銃剣を掴んでなおも抵抗しようとしてきたので、そのまま一度、二度、引き金を引いた。ゼロ距離射撃が迸る度にびくんびくんと黒騎士の身体が痙攣するかのように跳ね、二度目のゼロ距離射撃を最後に動かなくなる。
銃剣を引き抜く―――よりも先に背後から別の個体が迫ってくる気配があったが、しかしどこからともなく飛んできた一発のライフル弾が、黒騎士のこめかみ……というか、側頭部にある装甲の繋ぎ目を精密にぶち抜いて内部の制御ユニットを破壊、一撃で機能停止へ追いやった。
カーチャだ。カーチャか援護してくれている。
56式を引き抜き、別の黒騎士へと銃口を向けた。向こうもAK-12で射撃してくるが、磁力防壁で弾丸を弾き56式のセミオート射撃で応戦。歩きながら距離を詰めていく。
残るは俺の目の前にいる3体と……シスター・イルゼと交戦中の1体、そしてクラリスと交戦中の2体……いやまて1体頭を拳で殴り潰された。あと1体。
大きく踏み込んでの右ストレートで、黒騎士の顔面を後頭部までぶち抜くクラリス。首から上を吹っ飛ばされて機能を停止した黒騎士を投げ飛ばすや、クラリスは傍らに転がっていた赤いボンベのようなものを俺の目の前に立ち塞がる黒騎士たちの方へと思い切り放り投げた。
「ご主人様!」
彼女の投擲したボンベには黄色い文字で『Никакого огня нельзя!(火気厳禁!)』の表記がある。
それで全てを察した。
既にマガジン内の弾丸を使い果たしていた56式から手を放し、腰のホルスターからグロック17Lのピストルカービン仕様(ブレース、フラッシュマグ付き)を取り出した。ブレースを伸ばすや射撃姿勢を取り、くるくる回転しながら落ちていくボンベにガンガン9mm弾を撃ち込んでいく。
ガガガ、と数発の弾丸がボンベを食い破った次の瞬間だった。
可燃ガスを充てんしたボンベが、ちょうど黒騎士たちの頭上でエアバースト砲弾さながらに起爆したのである。頭上から炎と衝撃波を浴びせられ、黒騎士たちの動きが一気に鈍った。
左の手のひらを勢いよく床に押し当てる。魔力を流し込みつつ頭の中で物質変換の術式を構築―――物質の性質変化ではなく形状変化に留めながら魔力を一挙に放出すると、蒼い魔力が足元の床を奔るさまがはっきりと見えた。
俺だけなのだろうか―――まるで手綱を離され、獲物を追い立てんと疾駆する猟犬のように突き進んでいく魔力は、やがて黒騎士たちの足元で停滞するや膨れ上がる。
一瞬の静寂の後、ドン、と黒騎士たちの足元の地面が盛り上がった。
そこから生じたのは無数の、かつて騎士たちが手にしていたであろう長大な槍。剣山さながらに足元から突き出た無数の槍衾に慈悲も何もあったものではなく、火達磨になりながらも応戦の姿勢を見せていた黒騎士たちは瞬く間にその牙の餌食となり、1体、また1体と串刺しにされていった。
足元の床を素材に形状変化させた、無数の槍衾。
その攻撃をもろにうけた黒騎士たちは、まるで串刺しにされた罪人のようにぶらぶらとぶら下がりながら、段々と錆びゆく骸を晒すのみだった。
串刺し公にでもなった気分だ。




