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パンサー


 1889年 9月15日 ノヴォシア地方、ボロシビルスク


 冬季封鎖まで あと推定1ヵ月







《―――ラジオ・ボストーク、365日いつでも放送中! 懐かしの名曲から最新のヒットソングまで! 曲のリクエストはハガキにラジオネームを添えていつもの宛先へどうぞ! それでは次のリクエスト、ラジオネーム『ストロング毛玉』さんからでユリア・パヴロチェンコの人気曲、『私の恋は★超特急』です!》


 出だしからやたらとハイテンションなイントロを聞き流し、これ絶対応募したのルカだろ、と心の中でツッコミを入れる。なんだストロング毛玉ってお前……ついに自分で自分の事を”毛玉”って言っちゃったよオイ。それでいいのかルカ君。


 つーか何だこの曲、歌い出しの歌詞が『あなたのためならどこまでも 心は320㎞/h 途中駅は全部通過』ってお前乗客クッソ迷惑な特急じゃねえかオイ。完全スルーされた途中駅の駅長は泣いて良いと思う。


 パヴェルお手製のタブレットをタップして情報ファイルの山を漁り、今までの調査の成果と得られた情報を整理していく。


 キリウ大公の子孫についての情報を調査し始めてからそろそろ1ヵ月―――信じられない事だが、なんと1mmも進捗がない。


 情報屋から情報を仕入れたり、調査の過程で知り得た小さな情報を取捨選択して信頼性の高いものとそうでないものに分類、信頼性の高いものを狙い撃ちで調べているのだが、しかし依然として俺たち血盟旅団の調査はスタートラインで足踏みしたままだ。


 先週なんか酷い目に逢った。情報を購入した情報屋が俺たちに嘘の情報を掴ませていたのである。さすがにタイムリミットが迫っている事と進捗が無い事に苛立ったパヴェルがそいつの隠れ家に飛んでいくや用心棒を金属バットでホームラン、クローゼットの中に隠れていた情報屋を引っ張り出して縛り付けると持参したペンチでソイツの歯を全部引っこ抜いたらしい。


 翌日にちゃんと歯医者の予約を入れておく辺り慈悲深いが、帰ってくるなり『()()には()()()がお似合いだ、ガハハ!』とクッソ寒いダジャレをぶちかます辺り彼も相当疲れが溜まっているのだろう。


 冬季封鎖が始まるまで、おそらくあと1ヵ月―――雪がいつごろから降り始めるかにもよるが、例年ではあと半月でちらちらと雪が降るようになり、本格的な降雪へと発展していく。今年もおそらくそうなるだろうから、冬季封鎖まであと1ヵ月()猶予があるという考え方は楽観的が過ぎる。


 猶予は後1ヵ月しか(・・)ない。


 しかしそれでも、手に入った情報は限られたものだ。


 断片的な、そして決して多くはないパズルのピース。そこから全体像を見出せなど無茶振りもいいところである。


「……ねえ、もしかしてノヴォシア国内に残った血縁者が全滅してるなんて事無いわよね?」


「……いや、それはない……と願いたい」


 何とも言えない、というのが実情だった。


 モニカの言い出した事を肯定する事も否定し切る事も出来ず、何とも言えぬ曖昧な返事を返すのが精一杯という現状。何とも居心地の悪い生温さの停滞に嫌気が差したところで、何気なくタブレットのデータファイルからボロシビルスク周辺の地図を開く。


 ボロシビルスクの街中には『オビ川』という川が流れており、市街地は南北に隔てられている。


 俺たちが居るのはボロシビルスクの北部―――帝国魔術学園や美術館、博物館などの設備がこちらに集中している事からキリウ大公の子孫に関する情報も多数存在するのではないかと考え、こちらを中心に調査している(駅もこっち側にあるというのも大きな要因だが)。


 しかし北側でここまで情報が出てこない以上、南側に調査の手を伸ばしても良いのではないか。


 冬も近い―――出来る事は全てやるべきだ。


 手遅れになる前に、早く。

















 今まで搦め手程度にしか考えていなかった事もあって、南部で情報屋を洗ってみるとかなりの数の情報屋がパヴェルの手によりリストアップされた。


 そこから過去の実績や他のクライアントなどの評価といった過去の情報を参照し、信頼できる情報屋とできない情報屋に分類。そこから扱っている情報の種類(差し障りのない情報から喋る事が憚られるレベルの危険な情報まで)で情報屋を分類、中からトップレベルに危険な情報を扱っている人間を厳選した結果浮かび上がってきたのが、この男だった。


 ”パンサー”―――そう名乗る情報屋が指定してきたのは、ボロシビルスク南部にある廃工場。


 危険度が高く、第三者に流す事で自分の命が狙われる事も危惧しているのだろう。先方が提示してきた報酬金額はそれ相応のもので、指定された場所も滅多に人の寄り付かない工業区の一角、今では予算を出し渋る議会のせいで解体することもままならず、放置されたまま老朽化していく自動車解体工場という、まあ確かにその手の業者かガラクタを漁りに来た浮浪者でもない限りは立ち入らないような、そんな場所だった。


 敵車両への体当たりを想定したいかついグリルガード装備のG63 AMG 6×6が、しかし静かに廃工場の敷地内へと滑り込んでいく。かつては従業員たちが駐車場に使っていたであろう場所に車を停車させ、ポーチに手を突っ込んで車内から窓を開け、サポートドローンを飛ばした。


 スマホを取り出しドローン制御アプリをタップ、AIによる自立飛行ではなく遠隔操作による手動制御に切り替えると、スマホの画面にドローンに搭載されたカメラからの映像が表示される。


 画面中央に見えるレティクルは照準用のもので、画面下からちょこんと突き出ているのは機体下部にぶら下げられているグロック17(ドラムマガジン装備)だ。いざとなればこのハンドガンで敵を銃撃したり、排除する事も可能となっている。


 カメラのモードを切り替え。ナイトビジョン……ではなく(今は昼間だ)、サーマルに切り替え廃工場の外と内部を確認する。


 建物内、かつては廃棄された車を押し潰していたであろうプレス機の辺りに熱源がある。人型で見た感じ身長170㎝前後、中肉中背で……骨格から見ると男性だ。手には何やら荷物を持っているらしい。


 続けてカメラのモードをX線に切り替える。懐には護身用なのか、上下二連式の超小型拳銃(デリンジャー)を所持しているようだ。手荷物の中にも爆発物や武器の類はない。


 間違いない、”パンサー”を名乗る情報屋だ。


 念のため周囲にトラップの類はないか、または待ち伏せの類ではないかどうかも確認する。


 今のご時世、何があってもおかしくない―――特に俺たち血盟旅団は、テンプル騎士団とノヴォシア帝国という二大勢力から命を狙われている状態だ。キリウ大公の子孫に関する情報を喉から手が出るほど欲していると知れば、連中はそれを餌に俺たちを釣り上げ始末しようとしてもおかしくはない。


 あらゆる状況を想定し行動する事が求められる。


「問題ない、行こう」


 シートベルトを外し、チャイルドシートから降りた(この尊厳破壊本当にやめてほしい)。


 車のドアの内側にあるホルダーに備え付けられていた56-2式自動歩槍を取り外し、一緒に用意してあったマガジンも3つ全部ポーチの中へと押し込んだ。


 血盟旅団の車両には、万一移動中に敵の攻撃を受けたり、または敵の襲撃を受け車両を放棄せざるを得なくなった場合に備えて、非武装車両であってもこういった武装が積み込んである。中国製の56式が積み込んであるこのメルセデスベンツ G63 AMG 6×6は上等な方で、前まで乗ってた俺のベスパにはシートの下にマカロフが忍ばせてあった。


 先方には色々物騒なのでこっちも武装して伺うという事は伝えてある。さすがに「なんで武器なんて持ってんだテメー」なんて事にはならないと思うが……。


 同じく56-2式自動歩槍と、それから報酬金の入ったブリーフケースを手にしたクラリスも車を降りる。イルゼも車のエンジンを停止し備え付けてあった56式を手にするや、車に鍵をかけて歩き出した。


「これより”パンサー”と接触する」


《了解―――安心しろ、お前らには”守護天使”がついてる》


「そりゃあどうも」


 守護天使、ねぇ。


 大天使(ミカエル)を守る守護天使とやらは、ここからでは見えない。おそらくは光学迷彩システム(ラウラフィールド)を展開してどこか上空を旋回しているのだろうが……。


 CIC兼ドローンステーションとなった列車の倉庫(前までは遠方の地で販売する商品を積載していた車両を改装したものだ)に詰めていると思われるパヴェルの支援に期待しつつ、廃工場の中に足を踏み入れた。


 ”パンサー”は警戒心が高い。事前に示し合わせた合言葉に合致しなかった場合、取引は破棄される。


 こんなところでヘマはできない。


 合言葉はたしか―――。


 息を呑んだ。


 全てが停滞し、音一つなく薄暗い廃工場の中。がらんどうになった広間の中にぽつんとただ1人、佇む人影がある。


 中肉中背、身長170㎝前後―――間違いない、”パンサー”だ。


 寒くなってきたからなのだろう、厚手のコートに身を包み、手袋とマフラー、それからウシャンカを身に着けている。尻尾は外に出しておらず、ウシャンカをかぶっているのでケモミミの形状から何の獣人なのかは判別不可能。顔もなんだかアメリカンな感じのサングラスのをかけている上にマフラーで口元まで覆っているせいで中年男性である事くらいしか情報がない。


 個人の特定を難しくする事に関しては徹底しているようだ。


「―――ガイガーカウンターはどこだ」


「ああ、それなら店の中にある」


 彼からの問いに合言葉を返すと、パンサーは表情を変えずに手にした鞄を差し出した。


「……アンタらの欲しがっている情報はここにある」


「良い取引になりそうだ……クラリス」


「はい、ご主人様」


 一礼するや、ブリーフケースを片手に前に出るクラリス。


 果たして彼の持つ情報は本当に信憑性の高いものなのか。あるいはキリウ大公の子孫に繋がる情報なのか―――鬼が出るか蛇が出るか、半ば賭けのような取引になるのは否めない。まあ不正確なものであればパヴェルが報復に動くだろうし、その時は彼には両手の指の爪を全部剥がされる程度の事は覚悟してもら

























 背筋に冷たいものが走った。
























 こんな殺伐とした環境に長く居たからなのだろうか―――時折、何となくだが()()()()を嗅ぎつけてしまう事がある。


 例えばこのままここに立ってたら危ないだとか、ここで引き返したら死ぬかもしれないという半ば未来余地じみた謎の超感覚。それはパヴェルも同じそうで、彼は『戦場の声』と呼んでいた。


 俺には戦場の声というよりは、死神が気まぐれで次の死者を教えてくれているようにも思える。


 ああ、確かに死神というものは存在するのだ。そいつはいついかなる場所にも存在し、無作為に人間の首に鎌をかけてはその命を刈り取る恐るべき存在。


 誰にでも平等に、そして気まぐれに訪れる死。


 昔、イライナの思想家がこんなどぎつい言葉を遺した―――『この世界で唯一平等に訪れるのは死である。死の前では性別も国籍も言語も人種も、国家もイデオロギーも関係ない。貧民にも労働者にも死は訪れる死、皇帝だって死ぬときは死ぬのだ』と。


 歴史書によるとその思想家は過激な発言を問題視した当時の皇帝ツァーリにより火炙りにされてしまったそうだが、まあそうなのだろう。皇帝だって死ぬ時は死ぬ。ヒトの仔である以上、身体を流れる血は紅いのだ。王族だから、皇帝だからとその血が黄金に光り輝くなどあり得ない。


 まあ、そんな事はどうでもいい。


 今重要なのは、俺はここで死なせるつもりはないという事だ。


「クラリス」


「はい」


「3つ数えたら一歩下がれ」


「え」


「1、2―――」


 3、と告げると同時に、クラリスは一歩後ろに下がった。


 次の瞬間だった―――クラリスがそのまま立っていればこめかみがあったであろう空間。今となっては単なる虚空と化したそこを、1発のライフル弾が突き抜けていったのである。


 ホムンクルス兵であるクラリスとはいえ、あのドラゴンの外殻を展開していない状態で被弾すれば普通に死ぬ。それがこめかみともなれば猶更だろう。


 それが狙撃手による奇襲であると察するや、クラリスとシスター・イルゼはすぐに動いた。56式のセレクターレバーを弾いてフルオートにするや、ドガガガガガガ、と弾丸が飛来した方向へと制圧射撃をかけつつ遮蔽物の影へと滑り込んでいく。


 狙撃手から飛来した第二撃―――おそらく7.62×54R弾と思われる狙撃を磁力防壁で受け流しながら、俺は直立不動でパンサーに問う。


「―――随分と無粋な真似をしてくれる」


「……」


「なあ、パンサー殿? いや……」























「テンプル騎士団、と言った方が良いかな」






















 天井が吹き飛んだ。


 老朽化が著しく、ペラッペラに薄いトタン屋根。今年の降雪で今度こそ耐えきれずに潰れそうなそれは、遥か天空から落下してきた物体に対しさしたる抵抗もなく道を譲るばかりだった。


 バガンッ、と音だけは一丁前に発しながら弾け飛んだトタン屋根。強引に落下してきたそれの姿を認めるや、俺は56式を抱えたまま後ろへと飛び退く。


 直後、ドゴンッ、と頭上から勢いよく落下してきたでっかいラグビーボールみたいな物体が、立っていたパンサーを脳天から押し潰した。


 レーザー誘導爆弾―――上空を旋回するパヴェルのドローンから投下されたものだ。


 しかも俺たちへの被害が及ばないよう、炸薬と信管を取り外し代わりにコンクリートを充填、弾体の周囲にカミソリ状の折り畳み式ブレードを幾重にも装着した『人間ぶっ殺し爆弾』である。


 舞い上がった土煙を手で払いながら爆弾の落下した穴の中を覗き込んでみると、そこにはぐしゃぐしゃに潰れたパンサーだったものと思われる肉片や人体の一部、その中に埋め込まれた金属製と思われる人工のフレーム、そして半透明の紅い塗料みたいな人工血液らしきものが確認できた。


 やはりか―――これはテンプル騎士団の仕組んだ罠だ。


 ドガガ、ドガガ、と狙撃手に対して制圧射撃を繰り返す銃声が響く中、俺は確かに周囲の気温が急激に低下し始めるのを感じていた。


 床に霜が張り、吐き出す息が白く濁る。


 やってきたのだ―――”奴ら”が。


 黒騎士がやってくる―――死の吹雪と共に。







 くそったれ、新章一話目からこれかよ。






 


 

騙して悪いが

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― 新着の感想 ―
テンプル騎士団はレイルロードだった…?やっていることのしょうもなさでは、割とどっこいどっこいかもしれませんね。同志団長(粛清案件)。人造人間のデコイで血盟旅団を誘引し、何らかの主戦力で排除にかかる。あ…
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