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小獣猛攻

皆さんのおかげで700話も続けることができました。本当にありがとうございます。



 私はね、あの害獣に死んでほしいと思っているのだよ。


 観客席の一角、教員用のエリアから戦いを見ながらそう思う。


 キリウの公爵家に名を連ねておきながら庶子として生まれた……これだけでも父親の不貞の証である忌むべき存在だ。しかも薄汚いハクビシンの獣人が貴族を名乗るなど、なんとおぞましい事か。


 それだけでも十分すぎるというのに、あの害獣はCランク魔術師でありながらSランクとAランク魔術師を下すという奇跡を起こした。


 リガロフ君、君のせいでどれだけ学園に迷惑が掛かっていると思う?


 キミが成し得たジャイアントキリング、それも一度や二度では決してない下剋上のせいで、貴族連中から学園側にどれだけの圧力がかかっていると思う? どれだけこちらが苦労して情報統制を敷いたか分かっているのかね?


 正直、私はキミが恨めしい。


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという存在が、恨めしくて恨めしくて仕方がない。


 だからあわよくば、キリルの炎で焼かれて死んでほしい。


 お願いだ、死んでおくれ。


 この学園のためにも。


 そして私の立場のためにも。


















 薬室に装填された5.56mm弾が、撃針に雷管を刺激され目を覚ます。


 薬莢内に充填された火薬ガンパウダーが点火、爆発的に生じた燃焼ガスが弾丸を押し出すや、弾丸は銃身内にあるライフリングに密着して押し付けられ、ぐるぐると螺旋回転を始めた。


 そうして適切な回転を付与された弾丸が、燃焼ガスから運動エネルギーを十分に受け取って銃口から躍り出る。


 しかし必殺を期した弾丸は、迫りくるキリルの大剣が纏う炎の熱に晒された途端に寿命を終えた。


 弾頭部が粟立つように崩れるや、続けて抉れるように金属が融解。形の崩れた先端部に気泡を幾重にも生じ、ライデンフロスト現象を発生させた弾丸はキリルの纏う魔力の力場の輪郭をなぞるように滑り、後方へと受け流されていった。


 先ほどからずっとこんな調子だ。


 魔術師相手に銃器の類は意味を成さないのではないか、とすら思えてくる。


 だが無駄ではない筈だ。少なくともあれだけの熱を生じさせるのに必要な魔力は無視できない量であろう。ならば攻撃してそれを防がせることで負担を強い、体内の魔力量を削る―――そうすればいずれは魔力は枯渇、そこまで行かなくとも魔術の発動に支障が出るレベルまでは追い詰められる筈である。


 問題はそこまでやるのにいったい何百、何千、何万発の弾丸が必要になるのかという事だが。


 下手をしなくとも手持ちの弾丸では足りないかもしれない。


 ハンドストップに引っ掛けていた左手を放し、人差し指を伸ばして指揮棒タクトのように振るう。それをトレースするかのように空中に浮遊していた剣槍が目を覚まし、接近してくるキリルの背後から縦の斬撃を見舞う。


「!」


 しかしキリルは驚きこそしたが、余裕をもってそれを大剣で防いだ。


 ガァンッ、と重々しい金属音が闘技場を覆うグラスドーム内に響き渡る。


 一応、この磁力魔術での物体の操作はこうして指を振るわなくても頭の中で軌道をイメージする事でも可能だ。ただ確実なのはこうして指や手を振るってそれをトレースさせることで、思考が乱れそうな時や他の作業に思考のリソースを割きたい時に便利である。


 高熱の炎の大剣に晒されても、剣槍は赤熱化すらしない。


 それはそうだろう―――見た目は金属製の黒い剣槍に見えるかもしれないが、あの刃や剣身はいわば単分子構造となるゾンビズメイの鱗と外殻、それから賢者の石という最も軽く堅い物質を組み合わせた複合装甲の塊のようなものだ。


 そして表面の素材に使われているゾンビズメイの外殻は、仮に太陽に放り込まれたとしても理論上は変形すらしないレベルであるという。


 キリル・アレクセーエヴィッチ・フェドロフというSランク魔術師の卵に対して完全な盾となっているのはありがたい事だが、しかしこの剣槍を用いて反撃の主軸とするのには少々無理があった。


 ならば、と再び剣槍による攻撃を自立制御に切り替える。フェイントを交えた遠隔操作の剣戟が、右へ左へと飛び回る単純な刺突へと変化した。


 熟練の相手には簡単に対応されてしまうが、しかし相手の注意を他に逸らす事が出来ればそれでいい。


 左手に電撃を纏うや、それを地面に這わせた。


「!!」


 バヂン、と荒々しい音を発しながら地面を這う5つの雷の斬撃―――俺が一番最初にマスターした初級魔術、『雷爪ライソウ』。


 5方向へと放射状に拡散して放たれる斬撃は、命中すれば熱での溶断と電撃での痺れという二重の攻撃力を持つ。だからこの攻撃に対する最適解は回避なのだが―――キリルは回避の選択肢として、跳躍しての回避を選んだ。


 斬撃の上を飛び越えるように跳躍したキリル。大剣を両手でしっかりと保持、上段に構えて振り下ろす素振りを見せる彼は今頃、これから反撃してやるぞと意気込んでいる事だろうが……それは果たしてそうだろうか、とミカエル君は思う。


 いくらSランク魔術師とはいえ、()()()()()()()()()()()


 ぐるんっ、と剣槍の穂先が、跳躍中のキリルを睨んだ。


 キリルの黄金の瞳に、微かに焦りが浮かぶ。


 やはり人間はどこまで行っても人間なのだ。魔術を覚え、銃器製造のノウハウを知り、文明のレベルを着実にステップアップさせていったとしても人間は人間であり、地に足を付けなければ生きてはいけない哀れな生き物なのだ。


 ギャォゥッ、と空気を引き裂く音を立てながら、磁界内での反発を推力とした剣槍がキリルへ迫る。


 その耐熱能力の高さ故に得意の炎での溶解は不可能、ゾンビズメイの鱗と外殻、更に賢者の石を用いているが故に物理的な破壊も困難も極めるとあっては、回避するか剣で直接弾くかの二択しか防御手段はない。


 そして今、キリルは空中にいる。地を這う攻撃を跳躍して回避するという至極当然な選択をした結果、回避不能な状態に追いやられているのだ。


 俺への反撃を断念して攻撃から身を守るか。


 それとも被弾覚悟で一太刀浴びせにかかるか。


 ―――しかし腐ってもSランク魔術師である。


 凡人では思いもよらない第三の選択肢を、彼は用意していた。


「……!?」


 大剣の柄から左手を離し、その手のひらを右側へと向けるキリル。


 直後、彼の左の手のひらから炎が生じた。それはめらめらと静かに燃え盛るような炎などではなく、その気になればスペースシャトルを大気圏外まで押し出すロケットエンジンの急速燃焼を思わせる炎の奔流。


 コイツ……加圧した炎属性魔力の噴射を推力に利用しやがった。


 ぐんっ、とキリルの身体が左へとずれる。必中を期した剣槍の一撃は一瞬前までキリルの頭があったはずの虚空を舐め、虚しく空気を引き裂きながら俺の頭上を通過していくのみ。


 AKから手を放して保持をスリングに任せ、右手に剣槍を呼び戻した。


 直後、一旦着地してから床を蹴ったキリルの鋭い剣戟が、俺の首を刎ねるコースで飛んできた。


 咄嗟に剣槍を構えてその一撃を防ぐ。ぎりぎりと鍔迫り合いになるが、しかし大剣が発する熱で今にも俺自身が焼き尽くされてしまいそうだった。


「なかなかやる……戦い慣れているな」


「お褒めに預かり光栄の至りだ」


 だが―――個人に評価されても嬉しくもないね。


 力いっぱい押し込む―――と見せかけて、左足で足払い。


 両足に力を込めて踏ん張っていたキリルだが、しかし唐突な側面からの衝撃には耐えきれなかったらしい。がくんっ、と体勢が崩れ、反転攻勢の転機が訪れる。


 何が起きたか分からない―――そんな顔つきのまま目を見開くばかりのキリルの鳩尾へ、渾身の正拳突きを叩き込んだ。


 よく身体がミニマムサイズだとかなんだとか毎日のように尊厳を破壊される。手のサイズも赤ちゃんの手みたいだとか言われるし、黒板にだって踏み台を使わないと届かない。おまけに車に乗る際はチャイルドシート。毎日のようにミカエル君の尊厳は踏み躙られ、破壊され、いつしかそれがデフォルトになっている。


 だが裏を返せば、小さくたって悪い事ばかりじゃない。


 手が小さいという事は表面積が少なく、ガードが困難になるという事。


 そして表面積が少ないという事は、相手に対する打撃の衝撃がより一点に集中しやすくなるという事を意味するからだ。


 重さはなくとも鋭い正拳突きをもろに受け、キリルの呼吸が詰まる。


 ミカエル君の武器は射撃や魔術、剣槍による剣術/槍術に留まらない。


 異世界転生を果たす前、前世の頃から培ってきた空手の技術。それを下地にした格闘術もまた立派な武器の一つとして昇華している(つもりだ)。


 剣槍を振るうにしても近い間合いであれば、こういう格闘術も有効な攻撃の選択肢として挙がるのである。


 剣槍から手を放し、鳩尾への一撃で怯んだキリルに続けてローキック。上から振り下ろした右足の脛が彼の太腿へと吸い込まれ、スパァンッ、と実に痛そうな音を立てた。


 勢いを殺さず、そのまま前に出る勢いを利用して右の肘打ち。踏み込みで間合いを詰めつつ撃ち込んだ一撃を利用して今度は左のボディブロー、そして今度は左のローキック―――技の勢いを殺さない、流れるような怒涛の連撃にキリルは全く対処できていない。


 コイツ、割と基本がなってないようだ。


 戦いの基本は格闘だ―――だがコイツはおそらく、格闘訓練は必要最低限で済ませ、剣術と魔術にキャパシティを全振りしたのだろう。


 何も力を持たないが故に基本を突き詰め、下地をしっかり作ってから各方面へと派生させていった俺とは対照的である。


 散々いいようにされてさすがに苛立ったのだろう、歯を食いしばり鬼の形相で剣を振るおうとするキリルの右手を、しかし掌底の一撃で阻んだ。


 結局のところ、剣の破壊力は遠心力が最も大きな影響力を持つ。勢いを乗せた剣の質量をもろに受ければ、なるほど致命的な結果にはなろう。


 だがその遠心力を生み出している手元は、その限りではない。


 とんっ、と軽い掌底で剣戟を止められたキリルへ、まだ攻撃は続く。


 脇腹へ蹴りを叩き込み、そのまま回転して後ろ回し蹴り。振り払った右の踵がキリルの顎を捉えるや、ぐらりとキリルの体勢が崩れた。いくら小さな身体でも渾身の一撃を叩き込まれた場所が悪かったに違いない。顎への打撃は脳へ直接伝播する(だからボクシングなどでここにパンチを喰らうのは危険とされている)。


 体勢を崩した隙を見逃さず、更に一歩踏み込んだ。


 腰を落とし、大きく踏み込みながら両手を突き出す―――空手において『諸手もろて突き』と呼ばれる、随分とマニアックな技だ。


 右の拳がキリルの胸板を、左の拳が鳩尾をまたしても捉えるや、もろに受けたキリルが後ろへ大きく下がった。


 追撃……したいところだが、息が上がっている。こんなへろへろな状態で追撃しても隙を生むだけだ。何事も引き際が肝心で、これを見極められるか否かが新兵とベテランの分水嶺となる。


 呼吸を整えていると、今になって会場が騒然としているのが分かった。


 それもそうだろうな、と思う。


 何でもアリとはいえ、ここは基本的に魔術を競う場だ。そんな場所でCクラスの生徒が、魔術を用いぬ格闘術でSクラスの生徒をボッコボコにしているのだからそうもなるだろう。


 グラスドーム越しに微かに聞こえてくる―――『あの子強いのでは?』とか、『なんでS組の奴が格闘術で押されてるんだよ』という声が。


 まあ、とはいえ……。


「はぁっ、はぁっ」


 呼吸を整えながら剣を構えるキリルを見て、期待通りの効果は無かったと痛感する。


 やはり思ったほどダメージは入っていないようだ。


 身体が小さく軽い分、どれだけ鋭い一撃であってもそこには決して”重さ”は宿らない。せめて転生前の頃の、日本人男子の平均的な身長と体重があればまた違ったのかもしれないが……。


 余裕がなくなったか、それともCランクの生徒に、散々見下していた弱者に良いようにされて堪忍袋の緒が切れたか。


 大剣を握るキリルは鬼の形相だった。


 焼き殺してやると言わんばかりに、大剣の纏う炎の勢いが更に上がる。迂闊に使づいたらそれだけで服が発火してしまいそうな、そんな勢いだ。


 これ以上の接近戦はリスクでしかない。かといって銃撃も効果は薄く、相手に無駄な魔力を消費させるくらいしか……。


 ならば。


 ちらりと視線を教員たちの席に向ける。


 やはりそこにはハインツ・ヒューベンタール先生が居た。俺の試合を興味深そうに、ドリンク片手に見守っている。


 ええ、分かってます―――使ってみますよ先生。


「―――殺してやる」


 ついに迸る殺意を口にしたキリルが、床を蹴って突っ込んでくる。


 そんな彼には一瞥もくれず、俺は魔力を放出しながら両手の指先を床に這わせた。


 雷爪ライソウと全く同じ予備動作。またあの地を這う雷の斬撃で迎撃するつもりかとキリルは思っている事だろう。二度も跳躍して回避しないのはさすがにリスクを学んだか。


 間をすり抜けようという腹積もりなのかもしれないが、しかし次の瞬間に生じた変化に彼は目を見開いた。







「―――は?」







 彼を迎え撃ったのは雷の斬撃などではなかった。


 まるで木々の急速な成長を見ているかのように、石畳の床から鋭利な突起が枝のように伸び始める。やがて無数に伸びたそれは鋭利な大槍へと姿を変えるや、無数の槍衾となって迫りくるキリルを穂先で睨んだ。


 魔力を用いた物質の変化。


 



 ―――錬金術である。





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― 新着の感想 ―
庶子だから、Cランクだから、イライナの田舎者で目障りだから死んでくれ、ですか。多分学園の立場だけでなく、ノヴォシアの偉い人なら概ねそう考えるのでしょうね。そしてこんな考えで「選抜」された人間が国家の上…
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