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中央突破


 子守歌が終わると、大聖堂には再び静寂が訪れた。


 暗く、冷たい教会の大聖堂。本来であれば神や精霊へ祈りをささげる場であるそこには、ボロボロのコートに身を包んだ子供や老人たちが寄り添い合い、時折外から聞こえてくる銃声に怯えていた。


 アルカンバヤ村の中央にある、聖エレナ第三教会。


 かつてノヴォシア帝国に牙を剥いた疫病を退け、多くの人々を救ったとされる英霊『癒し手のエレナ』を信仰する教会だ。数多の病を癒してきたその逸話から、彼女の力に救いを求め、ここへとやって来る人々も多い。


 しかし今、ここにいつもの活気はない。あるのはただ、次に食い殺されるのは自分かもしれない、という恐怖心だけだった。


 自分の膝の上で眠ってしまった幼子をそっと母親の元へ返し、修道服に身を包んだ狐の獣人―――『イルゼ』は安堵したような笑みを浮かべた。


 先ほどまであんなに怯えていた子供が、今では安堵して寝息を立てている。外からじわじわと迫り来る恐怖に怯える必要もない。現実から目を背けただけではあるが、それでもこの子にとっては救いに違いない。


「ありがとうございます、シスター・イルゼ」


「どうか希望を捨てないでください。きっと、魔物たちは騎士たちが退けてくださります」


 我が子を抱きしめ、されども恐怖で震える母親にそっと語り掛けてから、イルゼは大聖堂の奥に安置されている石像を振り向いた。慈愛に満ちた笑みを浮かべ、我が子を抱きしめようとする母のように両手を広げた女性―――エレナの石像だ。


 全ての苦しむ人々を救済しようとした英霊。彼女が抱いた信念は光の魔術となり、死してもなおこの世界で人々を癒し続けている。


 救済を掲げた英霊なのだ。ならばその救いの手は、彼女を信じる者たちにも差し伸べられるであろう。


 それに―――いざとなれば。


 避難している人々に悟られぬよう、イルゼは修道服の内側に隠したピストルに目を向けた。マスケットを切り詰めた80口径のピストル、予備の弾丸は10発。


 もし騎士たちが魔物を撃ち漏らすような事があれば、自分も戦う覚悟だった。


 泣いている幼い兄弟を見つけた彼女は、必死になだめようとする母親の元へと駆け寄った。いつも、日曜日になると礼拝堂へやって来る親子だ。神父の元で共に礼拝に参加しているから、ここに避難してきた村民たちの顔は皆覚えている。


「ああ、シスター……」


「大丈夫ですよ、2人とも。さあ、顔を上げて」


 まだ3歳くらいの兄弟の頭を優しく撫でながら、イルゼは静かに子守唄を歌う。


 微かに響いてくる銃声も、吹雪の音も、全てその優しい歌声の中へと溶けていった。















 黒色火薬の咆哮が、雪原の一角で弾ける。


 気泡が弾けるようなちっぽけな音とは違う。まるで立ち塞がるもの全てを突き破り、弾き飛ばし、差し穿つような、鋭利で荒々しい咆哮。しかしそこに幾分かの上品さが感じられるのは、銃という武器が科学技術によって生み出されたものであるが故だろうか。


 猛吹雪ブリザードの中、黒色火薬特有の白煙が銃口から溢れ出る。それとマズルフラッシュの煌めきすら彼方に置き去りにして飛翔するのは、無数の銃弾たちであった。


 ザリンツィクM1885マスケット―――現在のノヴォシア帝国内で広く使用されている、正式採用歩兵銃である。80口径、重量6kgにも達するそれは、他国のマスケットと比較すると歩兵銃としては重すぎ、大口径ゆえに反動も大きく使い手を選ぶ代物であったが、それは短所であると同時に長所でもあった。


 大きな口径はそれだけで圧倒的な破壊力を、それこそ対人戦だけでなく対魔物戦闘でも通用する威力を保証するものであるし、その重量も白兵戦における銃による殴打の殺傷力を大きく底上げするものであった。大きく、重く、されども獰猛なそれは別命『イライナ・マスケット』とも呼ばれ、ノヴォシアの矛として各地に普及している。


 80口径の銃弾たちが引き裂いたのは、アルカンバヤ村へと殺到する魔物の群れだった。


 冬眠に失敗したハーピーや”チョッパー・ベア”と呼ばれる巨大な熊のような魔物たち。その第一陣が、村の前方に掘られた塹壕からの一斉射撃で豪快に薙ぎ払われていく。


「第一列装填! 第二列前へ!」


 再装填リロードのため後方へ下がっていくライフルマンたち。彼らと入れ替わりで前に出たのは、防寒着に身を包んだライフルマンの第二陣だ。ノヴォシア帝国騎士団の騎士たちであるが、中には騎士団所属ではない民間人も含まれている。


 それほど、アルカンバヤ村は窮地に立たされていた。


 元々、ここはそれほど重要視されるような場所ではない。国外からの侵攻を受けた場合も狙われるような要衝ではなく、占領したとしても土地はイライナ地方の中でも特に荒れ、開拓の手間がかかるため、どんな侵略者であろうと無視するであろう、との判断から、最低限の警備しか配置されていなかった。


 騎士団内部でも”左遷先”と揶揄されるような場所。そんな僻地がこれほどまでの襲撃を受ける事など前代未聞であった。


 更に加えて時期も悪い。猛烈な積雪で各地との往来も制限される真冬となれば、補給にも期待は出来まい。こうなれば貯蓄に頼らざるを得ないが、元々国からも重要視されていない僻地、しかも警備の騎士たちは権力闘争に敗北したか、原隊で問題を起こし左遷させられたような者ばかり。


 装備も、兵士の質も、それもこれも劣悪であった。


 しかし自分の命がかかり、更には逃げ場も無いとなれば、必然的に士気は上がるものだ。窮鼠がまさに猫をも嚙み殺さんばかりの勢いで応戦する様は、背後にいる村民たちに希望を与えていた。


「照準!」


 指揮官の号令でライフルマンたちが一斉に銃を構える。6kgもある小銃を構え続けるのはなかなかに大変な事だ。しかも銃剣突撃の際の恩恵と命中精度を重視しての長銃身ロングバレルともなれば猶更である。


「放てぇ!!」


 パパパパンッ、と銃声が弾け、黒色火薬の臭いが塹壕の中へと流れ込む。長い銃身の中で何度かバウンドを繰り返しながら飛び出した弾丸たちは、餌を見つけたと言わんばかりに疾走するチョッパー・ベアの顔面を砕き、ハーピーの腕を吹き飛ばし、ゴブリンの小柄な肉体を容易く引き千切る。


 ライフルと違って、銃弾が銃身内部に密着しないマスケットでは、命中精度はあまり期待できない。更にはライフリングも無いとなれば弾道も安定せず、こうした歩兵たちの一斉射撃で弾幕を張るのが主な運用方法である。


 こうして一斉射撃を繰り返し、敵戦力を削っていくのだ。


 しかし今回ばかりは相手が悪すぎた。


 倒しても倒してもやって来る魔物の群れ。アルカンバヤ村守備隊には砲兵の支援なし、騎兵の突撃なし、ガトリング砲なし。日に日に底を突いていく物資を何とか活用し、首の皮一枚で何とか凌いでいる状態であった。


 私服姿の民兵が、不慣れな手つきで火皿に点火用の火薬を充填していく。規定量まで充填したら銃口から黒色火薬を流し込み、弾丸―――ではなく、80口径の銃身に何とか収まる程度の大きさの釘を装填していった。


 もう、全員に支給できるだけの弾丸も無いのだ。だから一部の兵士は鉄屑スクラップやその辺の石ころを弾丸代わりに、何とか戦いを続けていた。


 銃口の奥まで押し込んでから撃鉄ハンマーを起こし、再装填を完了。指揮官の命令を待つ。


「第二列装填! 第一列―――くそ、着剣! 着剣!」


「!!」


 再装填を終えた兵士たちはぎょっとした。


 魔物の群れが、もうすぐそこまで迫っている。あれだけの一斉射撃を受けてもなお、突撃の勢いを完全に殺し切れなかったのだ。


 こうなればもう白兵戦、乱戦だ。銃剣でもナイフでもスコップでも、その辺にある石や氷の塊でも何でもいい。とにかく武器になるものを手にして応戦しなければ、空腹の魔物たちの胃袋に収まるのは自分たちである。


 逃げ場もなく、戦うしかない。騎士たちは遠方から赴任してきた身であるが、民兵たちは別だ。この村で生まれ、この村で育ち、この村で子をもうけ父となった男たち。ここで魔物の突破を許せば、その餌食になるのは妻子たちである。


 この逆境が、彼らの覚悟に火をつけた。


 鞘からスパイク型の銃剣を取り出し、銃口に装着。金具を引っかけて固定したのを確認した彼らは、息を呑みながら魔物の群れを睨んだ。


 来るなら来い―――守備隊の誰もが腹を括ったその時だった。


「……?」


 ―――車のエンジン音が、吹雪ブリザードの音に混じった。


 白い闇を切り裂く車のライト。高らかにエンジン音を響かせてやってきたのは、ルーフラックにまで荷物を満載した1台のバンだった。いたるところが雪に塗れているが、風で剥がれ落ちた雪の下からはオリーブドラブに塗装された車体と、何かのロゴマークのようなものが見える。


 口に剣を咥え、翼を広げて飛び立とうとする竜のイラスト。その足元にあるリボンには、これ見よがしに『血盟旅団』の文字がある。


 援軍か、と騎士たちや民兵が安堵した次の瞬間、別の銃声が吹雪を射抜いた。













 どうやらここが、第一回アルカンバヤ村防衛祭りの会場らしい。


 誰でも凍るようなドチャクソ氷点下の元、集ったのは餌を求めて徘徊する魔物の群れと、家族を守ろうという確たる意思を抱いたむさ苦しい男たち。いいねえいいねえ、いかにも祭りって感じだ。


 とまあそんなノリで考えているのだが、正直この魔物の数にはビビっている。


 ハーピーがいるし、チョッパー・ベアもいる。その周囲にはまるで戦車を守る随伴歩兵の如くゴブリンがいて、この寒さをものともせずに村へと直進していた。


 AK-308の安全装置を解除、セレクターレバーを最下段に。コッキングレバーを引いて薬室へ初弾装填、車体後部の右側にある窓を開けて銃口を車内から突き出す。


 助手席に座るモニカも同じように窓を開け、コッキングレバーを引いた。


「いきますわよ!」


 ブォンッ、とブハンカのエンジンがより一層高らかに声を上げる。雪原に轍をこれ見よがしに刻みつけながら爆走するブハンカ。村へと向かう魔物の群れ、その陣形を前後に分断する形で、群れのど真ん中へと突っ込んでいく。


 引き金を引いた。


 ガァンッ、と5.56mm弾とは全く違う反動リコイルが右肩を射抜く。やっぱりそうだ、ヘビー級ボクサーのストレートみたいな、キツめの反動だ。


 けれどもその威力は折り紙付き。世界の銃弾の流行り(トレンド)が小口径へと向かう中、そんなモヤシみたいな弾丸に戦場を任せられるかと言わんばかりに残った大口径の弾丸は、確かに扱いには難があるものの、破壊力とストッピングパワーには確かに頼りになるものがあった。


 盛大に揺れまくるスコープのレティクルの向こうで、ハーピーの頭が”捥げた”。いや、急に頭が消えたと思ったら赤い肉片が舞っているのだ、つまりはそういう事なのだろう。上顎から上を吹き飛ばされたハーピーがふらつきながら崩れ落ち、スノーワームの潜む雪原の中へ。


 続けて標的をチョッパー・ベアへ。こいつは一発では死なないだろうなと思いながら、拳銃のノリでダブルタップ。ガガンッ、と重い反動リコイルが右肩を直撃、それに歯を食い縛って耐える。


 揺れる車上からの攻撃だから、安定した状態からの射撃とは命中精度が全く違う。というか、命中もクソも無い。一発目は外れ、二発目はチョッパー・ベアの足元の地面を撃ち抜くという散々な結果だった。


 そんな中、モニカのHK21Eがやっと火を噴いた。技術大国ドイツの誇る汎用機関銃、冷戦の最中に生まれたG3の血筋に連なる機関銃が、7.62×51mmNATO弾を盛大にぶちまける。


 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、とはよく言ったもの。アホみたいに揺れる車内からの射撃ならば、こっちもアホみたいに弾をばら撒けばいいのだ。敵が射線上に居れば後は確率の問題、いずれやって来る命中という結果を、大量の弾丸をつぎ込んで引き寄せる―――モニカはそういう豪快な戦い方をする。


 7.62mm弾がゴブリンの頭を割り、先ほどの銃声に驚いていたチョッパー・ベアに牙を剥く。灰色の体毛に覆われたヒグマみたいな巨体に紅い花が咲き、何度も身体を揺らす。血肉が弾け飛び、周囲の雪原を紅く染めた。


 やがて胸板や肩口に大量の弾丸を叩き込まれたチョッパー・ベアが、仰向けに崩れ落ちる。そのまま雪原の中へと沈んでいき、スノーワームの餌食になっていった。


「グレネード!」


「了解、グレネード!」


 左手をハンドガードにぶら下げた”M203グレネードランチャー”へ。マガジンを握り込みながら引き金に手をかけ、40mmグレネード弾を放つ。


 ポンッ、とどこか間抜けな砲声を発しながら、グレネード弾が放たれた。砲声は確かに間抜けなように聴こえる。個人的には卒業式とかで貰う卒業証書を入れる筒、あれの蓋を外した時の音を100倍くらいタクティカルな感じにしたような音だ。伝われ。


 直撃はしなかったが、それでも雪の中に埋もれてから炸裂したそれは、群れの後方から迫っていたゴブリンの一団を纏めて吹き飛ばした。舞い上がる雪の中に血肉が混じり、吹雪がそれを拭い去っていく。


 ゴッ、とブハンカが何かを撥ねた。ちらりとフロントガラスを見てみると、そこには首が変な方向にねじ曲がったゴブリンがコメディ映画みたいに貼り付いている。やがてそいつはフロントガラスをゴロゴロと上に転がっていき、ぽーん、と雪原の真ん中へ投げ出されていった。


 あらら可哀想、などと思っている間に群れを抜けたらしい。少なくとも、コレで守備隊は俺たちが仲間だという事を認識してくれただろう。魔物の群れも前後に分断、これで各個撃破がやりやすくなった筈だ。


 ちらりと塹壕の方を見てみると、孤立した前衛の掃討戦に入っているようで、息を吹き返した守備隊が盛大に一斉射撃をぶちかましているようだった。現代戦では見られなくなった、戦列歩兵の一斉射撃。こうしてリアルで見てみると、映画やアニメでは伝わりきらない迫力がある。


 まあいい、これで流れは変わった。


 とっとと終わらせて、みんなで暖かい飯でも食べよう。






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[一言] とんでもなく面白そうな祭りに行ったな、俺も参加すればよかった
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