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『クロスドミナント』


 会場は騒然としていた。


 例年であればA組の生徒が格下の相手を一方的にボコボコにして終わる筈である。今回、その相手に選ばれたのはC組に短期入学となった転入生のミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。冒険者としての実績もあり、注目度こそ高かったが生徒や観客たちの多くはミカエルの敗北であろうと予測していた。


 しかし、これはどうだろうか。


 闘技場の中、無傷で剣槍を片手に相手に一礼するミカエルと、その向こうで壁面に叩きつけられ気を失って倒れるイネッサ。救護要員が彼女を担架に乗せて運んでいくのを、観客たちは唖然としながら見守った。


 大番狂わせである。


 適正に劣る魔術師が、適正に勝る魔術師を下すなど普通では考えられない事だ。それは自然界で例えるならば、ウサギが虎を食い殺すようなものであるのだから。


「嘘……だろ……?」


「オイ……C組勝ったぞ」


 生徒たちから聞こえるのはそんな声。


 一方の観客や貴族たちの方からは、「あれは何者だ」という声や「イライナのリガロフ家の庶子だろう、それが何故……?」と衝撃を受けているような声が聴こえ、水っぽい安物のビールをちびちびやりながら干し肉を咀嚼していたパヴェルは得意気な笑みを浮かべた。


(まったく……当たり前のようにジャイアントキリングを成し遂げやがって)


 今思えば、ミカエルの戦う相手の大半が常に格上であった。


 アルミヤ半島の海賊ワリャーグに始まり、ガノンバルドやマガツノヅチ、ゾンビズメイにテンプル騎士団の精鋭ホムンクルス兵、そして団長セシリア……強敵の名を挙げればきりがない。


 そういった格上の相手を常に相手取り、撃破あるいは生き延びているのである。


 一瞬でも油断すればそのまま死に直結する選択肢の連続。相手の一挙手一投足に常に気を配りながら戦わなければならないが故に、そこに決して慢心が生まれる余地がない。


 そんな万全な心理状態に加え、ここで有効に作用してくるのがミカエルの強み―――すなわち『武器の多さ』である。


 電撃、磁力、そして第三の特性たる『熱』を操るまでに至ったミカエル。電撃が通用しないならば磁力で金属を投擲、それもダメならば新たな力である熱で炎を操り、そもそも魔術の効果が薄いならば銃撃で、あるいは練習中の錬金術で―――それでもダメならば剣槍を用いた剣術・槍術で、あるいは軍隊格闘で。


 一定の水準に達した攻撃の選択肢の多さは、柔軟な対応能力を彼女に付与している。事実上、ミカエルの攻撃を完全に封殺する事などほぼ不可能で、必ず何かしらの反撃手段を有していると言っても過言ではあるまい。


 そしてその攻撃の選択肢の多さは、相手に精神的な負担を強いる。


 次にどの技が飛んでくるのか、どんな攻撃で仕掛けてくるか―――時折フェイントも交えて使ってくるものだから、次の一手が極めて読み辛いのである。





 弱者だからと侮るなかれ。





 其処に居るのは竜殺しの英雄である。


 
















 なんだろう、これは。


 ぽーん、と軽々と胴上げされながら、迫ったり遠ざかったりする天井を遠い目で見つめるミカエル君。脳内の二頭身ミカエル君ズもきっと呆れ果てて……あ、フツーにお菓子食べたりお昼寝したりしてるわコイツら。


「勝った、勝ったぞ!」


「コイツもうC組の宝だろ!」


「凄いじゃないのミカエルちゃん!」


「可愛くて強いとかもう最強じゃん」


「結婚して!」


「罵倒して! メスガキみたいに!」


「ざぁ~こ♪」


「ヒュッ」


 クラスメイトによる胴上げが終わり、メスガキボイスを希望されたのでファンサにと披露するやぶっ倒れる女子2名。なんだこれ。


 控室の中はお祭りムードだった。誰が買ってきたのだろうか、スナック菓子や炭酸飲料を開け、ちょっとしたお菓子パーティーまで始まっている。まだ一試合残っているというのにコイツらもう勝った気でいやがるのだ。


 さすがに油断しすぎだろとは思ったが、隣にやってきたアレーナが肩に手を置きながら申し訳なさそうに説明してくれた。


「まあ、これくらい大目に見てあげて頂戴。みんなこれまでのクラス対抗戦で散々ボコボコにされてたから……やっと格上に一矢報いる事が出来て大喜びしてるのよ」


「大分溜まってるのね」


「まあ、そうね」


 クラス対抗戦は期末テストみたいなノリで1年間に複数回行うのだそうだ。1年生は今回が3回目のクラス対抗戦だそうだが、既に格上にかなりボコボコにされているようで、どうせ出場しても負けるからと勝負を最初から諦めている状態だったらしい。


 それが初めての勝利、それもA組の生徒を下しての大金星ともなればこうもなるだろう。


 けれどもなんか、気持ちは分かる。


 転生前、俺も空手を習ってたんだけど最初の頃は全然試合で勝てなくて、表彰台の上に立つなんて夢のまた夢だった。けれども初めて3位まで上り詰めた時は、1番ではないにも関わらず嬉し泣きしてしまったものである。


 地方の大会での3位というちっぽけな結果ではあったが、当時の俺にとっては大きな一歩だった。


 あの時と同じなのだろう。C組はこれで、大きな一歩を踏み出した。


 ちょっとくらい大目に見てやるか、と思いながら部屋を後にしようとすると、アンドレイに呼び止められた。


「あれ、ミカエルちゃんどこに行くの?」


「相手の試合見てくるよ」


 そろそろB組とS組の試合が始まる頃だ。


 敵に勝つにはまず敵を知る事が肝心である。A組の生徒を下したとはいえ、次に待つのは更なる格上のS組の生徒だ。相手の手の内を把握しておかなければ痛い目を見るし、作戦も立てられない。


「極東には『勝って兜の緒を締めよ(油断すんなボケ)』って言葉があるからね」


「へ、へぇー……物知りだねミカエルちゃん」


 唖然とするアンドレイに見送られ、通路に出た。


 そのまま来た道を引き返して大演習場の中にある闘技場へ。客席へと上がっていく階段を上っていくと、対魔力コーティングが施されたグラスドームの中で眼球を焼くほどの閃光が弾けた。


 思わず片手で目元を覆う。


「……!」


 今のは何だ……光? 炎か?


 閃光が収まった闘技場の中では、地獄のような光景が広がっていた。


 強烈過ぎる熱で融解し、余熱でぶすぶすと赤く燻る闘技場の床。飴細工のように歪んだ床の上では制服に着火し火達磨になりつつあるB組の生徒が、絶叫しながら火を消そうとごろごろと転げ回っているところだった。


 そんな彼を冷酷な目で見下しているのは、対戦相手となるS組の生徒。


 炎を纏った大剣を手に、苦しむB組の生徒に救いの手を差し伸べようともしない。


「嘘だろ」


「おい誰か止めろよ」


「試合終了でしょこれ……」


 そんな声がざわざわと聞こえてきた。


 大会の主催側も慌てたように試合終了のブザーを鳴らす。重々しいブザーの音を合図に救護要員が闘技場へ足を踏み入れるや、持参した消火器の中身を火達磨になるB組の生徒へぶちまけた。


 消火剤で真っ白になった生徒が、担架に乗せられて会場から去っていく。


「ご主人様」


「クラリスか」


 こっちに駆け寄ってきたクラリスの方を向き、問う。


「……今の試合、何秒だった?」


「3秒足らずですわ。本当に一撃で……」


 なるほど……それじゃあ相手の手の内が分からない。


 少なくとも分かったのは、相手の操る属性が炎属性である事と、その触媒があの炎を纏う大剣である可能性が高いという事だ。できれば相手の技とか、どんな戦法で戦うのかが見たかったのだが……。


 コイツは確かに、勝ってはしゃいでる場合ではなさそうだ。


 じんわりと手汗の浮かんだ手を握りしめながら、そう思った。


















 使った分の弾薬を補充、余剰分をドローンに吊るして返却してから、クラリスが持ってきてくれた水を飲み干し口元を拭い去る。


 間もなく第二試合―――あのS組の生徒との激突になる。


 『キリル・アレクセーエヴィッチ・フェドロフ』―――モスコヴァの公爵家、フェドロフ家出身の1年生。適性は炎属性のSランク。幼少の頃から魔力の精密なコントロールに定評があり、しかも体内にある魔力量はSランク以上という特異体質、いわゆる『クロスドミナント』。


 クロスドミナントとは『適正と魔力量が釣り合わない特異体質』を差す魔術界隈の用語だ。基本的に体内の魔力量は適正相応のものとなっており、これはどう努力しても決して変動しない。


 しかしクロスドミナントであれば、例えば適正BでありながらSランク相当の魔力量を体内に保持しているが故に息切れの心配なく魔術を連発できたり、逆に適正SでありながらCランク相当の魔力しか持たないが故に一発でも魔術を放てば途端に魔力欠乏症で苦しんだりと、プラスにもマイナスにも作用する。


 次の対戦相手、キリルはプラスに作用したクロスドミナントの魔術師だ。しかも素の適正はSランク……パヴェルが素早く調べた(一体どんな手段を使ったのだろうか)ところによると、幼少の頃から『神に祝福された子』として持て囃され、妥協も敗北も知らずに育った神童なのだそうだ。


 既に帝国騎士団魔術大隊への内定が出ていて、将来は魔術師部隊の指揮官に就任し栄光の道を突き進むことが確定しているのだとか。


 なるほど、適正に恵まれず敗北と屈辱に塗れながらもここまで来たミカエル君とはどこまでも対極に位置する相手という事だ。


 パヴェルには『楽しんで来い』と言われたが、果たして楽しむ余裕なんかあるのかね?


「ミカエルちゃんなら行けるよ」


 アンドレイに言われ、首を縦に振った。


「ああ、あとは突っ走るだけだ」


 前だけを見て、全力で走ればいい。そうすれば結果は自ずとついて来る。


「―――じゃ、行ってくる」


 見送ってくれたクラスメイトたちに笑顔でそう告げ、通路から闘技場へと一歩を踏み出した。


 再び鳴り響く大歓声。分かっている、その大歓声が俺にではなく相手の生徒―――将来の栄光を約束されたキリルに向けられたものであるという事は。


 きっと俺は、観客たちの大半には見向きもされていないのだろう。最初の試合であんな大番狂わせを噛ましてやったのだが、それでも実力は認めてもらえていないらしい―――せいぜいラッキーパンチが当たっただけ、という認識なのだろう。


 だったらこの試合、意地でも勝利してやろう。


 実力を知らしめ、俺色に染め上げてやる。


 異論も反論も、結果を突きつけて黙らせてやるのだ。


 今まで何度もやってきた事である。


 AKを背負い、剣槍を片手に闘技場に立った。反対側にある入場口からは同じく大剣を手にしたキリルが歩みを進め、冷たい目つきでこっちをじっと見つめている。


「―――イライナの公爵家、リガロフ家の出身か」


 物静かな、しかしはっきりと聞こえる声だった。


「ええ」


「なるほど……実力は確かにあるようだ」


 キリルの口元に、僅かながら笑みが浮かぶ。


「お手柔らかにな、リガロフ」


「こちらこそ、よろしく」


 剣槍を手に一礼すると、向こうも剣を掲げて応じてくれた。ノヴォシア式の、相手に敬意を示す剣士の仕草なのだそうだ。


 少なくとも礼節を弁えている相手のようだ。あからさまにこっちを見下しているような相手であれば慢心に付け込み易かったのだが、おそらく向こうも油断していないのだろう。変に慢心して舐めプしてくるなんて甘い考えはここで捨てた方が良さそうだ。


 試合開始のブザーが鳴ると同時に、キリルの持つ大剣が燃えた。


 そのまま腰を低く落とし―――炎を纏った大剣を振るう。


 ごう、と大気がいた。それは酸素を奪われ燃やされる、周囲を漂う大気の断末魔であったのだろうか。


 咄嗟に右へと飛んだ直後、赤々と燃え盛る三日月形の斬撃が飛来、何も無い空間を通過して後方へ抜けていくや、対魔力コーティングの施された壁面に命中し弾けて消えた。


 回避したはずだが……僅かに付近を通過しただけでも身体を焼き尽くされたのではないかと錯覚してしまうほどの熱量に、思わず死を意識してしまう。


 なるほど、コイツは確かにヤバい奴だ。


 生まれながらにして適正S、更には身の丈以上の魔力まで与えられた魔術師。周囲の人間が『神に祝福された子』などと囃し立て、祭り上げる理由もよく分かるというものだ。


 だが―――こちとら大天使(ミカエル)の名を与えられて生まれたものでね。


 神に愛されているかどうかは分からないが、いつの日も結果を出してこっちを振り向かせてきたのだ。


 回避し着地すると同時に、剣槍を思い切り投擲。フリーになった両手でAKを保持し射撃を始める。


 剣槍の投擲にキリルは素早く対応した。大剣を振るって剣槍を吹き飛ばし、そのまま後続の5.56mm弾を炎の大剣で弾き飛ばす。


 いや、違う。


 5.56mm弾は大剣に直接触れてすらいない。


 燃え盛る大剣が纏う熱、大剣で直接弾くまでもなく、弾丸はその熱気に晒された時点で融解し、その熱の及ぶ領域の輪郭を滑るようにして受け流されている。


 ―――”ライデンフロスト現象”。


 物体や液体の沸点を遥かに超える熱に晒された場合、熱源と物体、あるいは液体の間に気泡が生じる現象。


 キリルの発する炎の熱が、弾丸に対してライデンフロスト現象を引き起こすレベルで作用しているのだ。だから傍から見れば弾丸を大剣で弾き飛ばしているように見えるが、実際は違う。融解を起こし、熱に晒された部位に気泡を生じるレベルまで加熱された弾丸が、魔力による力場の輪郭をなぞる形で”滑って”いるのだ。


 これでは物理的な攻撃は封殺されたも同然、それどころか接近する事すらままならない。


 さて、どうしたものか。


 AKで相手を牽制しつつ左手を放し、手のひらに電撃を生じながら俺はキリルを睨んだ。


 今のところ勝ち目は見えないが―――そんなもの、見える見えないの問題ではない。


 自力で手繰り寄せるものだ。










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― 新着の感想 ―
以前にこの試合は箔付けではないか、いじめに等しい教育的意義の薄いものではないかと書きましたが…今回の全身火達磨になって焼き尽くされるBクラスを見て、これはあかんと思いました。エリクサーなどを使えば身体…
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