クラス対抗戦
ついに到来したクラス対抗戦当日。
帝国魔術学園の敷地内には、普段の実技の授業で使っている訓練場よりもさらに大きな”大演習場”と呼ばれる施設がある。
形状としては一種のコロシアム―――闘技場を思わせる。円形の広間を囲うように擂鉢状に観客席が周囲に広がっていて、魔術師同士が戦う広間と観客席の間はうっすらと幾何学模様が浮かんだ分厚いガラスが
隔てていて、天井を覆うのは同じく幾何学模様の浮かんだクッソ分厚いグラスドーム。ガラスの中に見えるあの幾何学模様は学術都市で開発された技術の『対魔力コーティング』と呼ばれるもので、魔力由来の攻撃を弾いてダメージを大幅にカットする効果があるのだそうだ。
さすが学術都市と言いたいところである。
さて、そんな大演習場の中は大盛況だった。
クラス対抗戦を観戦する生徒たちと、出場する生徒たちの保護者が集まって、観客席の方はまさに興奮の坩堝といった有様だった。中には大貴族用の特等席まで用意されていて、どことなくマズコフ・ラ・ドヌー闘技場で戦ったあの時を思い出す。
「はぇー……すっげえな」
「毎回これだからね」
思わず素の口調で感想を漏らすと、隣でその熱気に圧倒されていたアンドレイが言った。
「S組の生徒って貴族出身者が多いから……」
「ああ……」
そういや以前実技の授業で戦ったアイツ……なんだっけ名前忘れた……あ、そうだアバエフ。アイツも公爵家の出身らしい。
ワイワイガヤガヤうるさい場所はあまり好きではない。さっさと控室に戻ろうか、と思い踵を返したミカエル君の視界に飛び込んできたのは、ちょっとあまり信じられない光景だった。
「ええとB-11……ああここですわね」
「なんだこの水っぽいビール……」
「パヴェル殿、ここは学び舎でござるぞ」
「這是沒辦法的事。他喜歡喝酒(仕方がないでしょ。彼はお酒が好きなのよ)」
「あ、ミカ! やっほー!」
「ミカ姉、ミカ姉だ!」
「」
なんだろう、学生の頃の授業参観で親を見つけた時の気分になった。
あれはそう、俺が高校生だった頃。普通高校3年生にもなれば授業参観で親が授業を見に来て喜ぶ生徒など居ないだろう。事前に家で「絶対に来るなよ」と釘を刺しておく人が大半の筈だ。
けれども転生前ミカエル君の母親は違った。「だって最後の授業参観だし」という理由で学校への強行突入を敢行、他の生徒の親は誰も来ていないにも関わらす3年生の教室へ突撃し、数学の授業が終わるまでずっと転生前ミカエル君の後ろに立っていたのだから笑えない。
おかげで一時期マザコン疑惑が立ったりしてえらい目に逢った。
あの時のウチの親と同じノリ……いや、それよりもカジュアルなノリで来ているのだろう。
見間違えなどではない。大演習場の指定席に座って勢ぞろいしているのは、やっぱり血盟旅団の皆様でした。
「ミカ姉~!」
「うお」
ニコニコしながら俺に飛び込んでくるノンナ。お前俺より身長高くなったのに飛び込んでくるなお前、自分の身体のサイズくらい把握しておけと言いたいけどオレンジの良い香りがするので許してやろう。
「えへへー、応援に来ちゃった♪」
「お、おう、ありがと」
「それにしても制服姿のミカ姉可愛いね」
「それはどうも……あはは」
ちら、と隣を見た。
友人のアンドレイ君はこっちを見ながら「あ、自分百合好きなんで続けてください」なんて言ってやがるけどふざけんな、俺は男だぞ俺は。
「え、ミカエルちゃんと一緒にいる子誰?」
「ギルドの仲間じゃないの?」
「ギルドって血盟旅団の?」
そんな話声が、会場内の大歓声に紛れて途切れ途切れに聞こえてくる。
「え、何? 自分ら何しに来たん?」
何故か関西弁になってしまうミカエル君に、座席に戻ってきたノンナの頭を撫でていたカーチャが言った。
「いやぁ……パヴェルが『たまには息抜きも良いだろ』って言ってちょっとね」
「息抜き」
いや、あの、確かにいつまでも調査だの何だので気が張り詰めていたら疲れてしまうというのも分かるが……いやあの、だからと言ってギルドのメンバー全員で学園に押しかけてくるのはちょっと。
「というか留守番は?」
「ひっく、んぁ。それららろろーんとばしてるぁ」
「なんて?」
「もう、パヴェルさんったら……ええと、列車はドローンに見張らせてるので心配ありませんよ」
早くも酔っぱらってしまうパヴェル(まあ彼も疲労とか溜まってたんだろう)に代わって説明してくれるシスター・イルゼ。周りが一癖も二癖もある濃い面々だからなのだろう、まともなイルゼやカーチャにかかる負担は察するに余りある。
ドローンってアレか、パヴェルが作ったあの……。
それなら防犯上は大丈夫そうだな、と妙な安心感を覚える。あれだろ、グロックやらAKやらをぶら下げて自立飛行するあの謎技術ドローンだろ、知ってるよ。空き巣の方が可哀想になる奴だ。
《間もなく開会式を行います。参加生徒の皆さんは控室まで―――》
「あ、俺そろそろ行かないと」
「ご主人様、ファイトですわ!」
「ま、アンタならいけるでしょ。頑張りなさい?」
「ありがと」
モニカとクラリスの2人にウインクすると、モニカは分かりやすく顔を紅くしてネコミミをぺたんと倒し、クラリスは鼻血ブーしてそのままぶっ倒れた。なんだあれ。
去り際に後ろから「勝ってもらわないと困るわ。あたしミカの全勝に5万ライブル賭けて―――」なんてモニカの声が聴こえたんだけど聴こえなかったことにしていいか? 何でお前仲間の試合でギャンブルしてんのお前?
これはイルゼ案件では?
まあいい……じゃあ予想通り全勝して、モニカに良い思いをさせてやるとするか。
何事も目標が無ければ張り合いがないというものだ。
開会式が終わるなり、控室のロッカーから弾薬箱を引っ張り出してAKのマガジンに5.56mm弾を装填し始める。
会場に来る前に装填していても良かったんだが、あまり長時間装填した状態ではマガジンの中にあるスプリングが押し潰されたままとなってしまい、いざ使用する際に弾薬の装填不良を招く可能性があった(※なので実際の軍隊でも長時間装填した状態で携行する場合は数発弾薬を抜き、スプリングにかかる負荷を軽減しておくことがある)ので装填開始は試合開始前と決めていた。
必要分のマガジン(フルオートを多用することになるだろうからAK用マガジンは8つ)を用意してから無言でグロックのマガジンに9×19mmパラベラム弾を装填していく。
なんだろ、マガジンエクステンションで43発まで拡張されたせいで一発ずつ装填しているこの時間の虚無感が凄い。無心で弾丸を装填する時間、多くの兵士はこの時間で悟りを開くという。自分は今何をしているのか、何のためにこんな事をしているのか、そして自分の役割は何か。その答えが出る頃には装填は終わり、戦闘準備は完了しているものなのだ(※大嘘)。
戦闘準備を終え、制服の上から必要最低限のポーチを装着。余った装備品はすっからかんになった弾薬箱に詰め込み、ポーチから取り出したサポートドローンの機体下部にあるフックに引っ掛けた。
僅かな装備品でも盗難されたら大変な事になるので、使わない分の装備は列車まで帰還するようプログラムしたサポートドローンに持たせて返却する。機械が相手なのに「じゃあ一つ頼むよ相棒」なんて独り言を言いながらスマホをタップ、ドローンの制御アプリを使って列車まで帰還させる。
「か、変わった装備ね?」
クラスメイトのアレーナが、控室で装備を身に着けた俺を見るなり言った。
「何それ、銃? ……にしては黒いし、変わった形をしてるけど」
「まあ銃だけど……うん、商売道具だよ」
この世界の銃は単発式だったりレバーアクション式だったり……もう少ししたら単発ボルトアクション式の銃が出るか出ないかくらいの水準で、銃と言えば木製の銃床にハンドガードというのが一般的な認識だ。だから黒いプラスチック製部品マシマシのアサルトライフルなんて、この世界の銃に見慣れた人からすれば異質そのものなのだろう。
「へぇ~……ねえ、ちょっと持たせてもらっていい?」
「ダメダメ、ケガするから」
怪我をするから、という理由ではあるが、それ以上に盗難とかそういう可能性も警戒している。
俺としてもクラスメイトをそういう目で見たくはないし疑いも抱きたくないのだが、状況が状況である事に加え、いつどこに敵が潜んでいるかも分からない。ちょっと貸したつもりが銃口をこっちに向けられたり、そのまま持ち去られたりなんて事になったら面倒である。
だから銃は決して部外者には渡さない。このルールは徹底して然るべきだろう。
「ミカエルちゃん、そろそろ出番だよ」
「はーい」
呼びに来てくれたアンドレイに促され、控室を出た。
1年生の第一試合―――抽選の結果、対戦相手はよりにもよってA組の生徒である事が確定した。
1年A組所属、【イネッサ・ウリヴィナ】。水属性の魔術師で適正はA+……属性的に雷属性との相性は良好、こちらが圧倒的優位に立つであろう事は想像に難くないが、しかし相手は適正Aクラスの恵まれた魔術師であるのに対し、こちらは適正C+が精一杯の持たざる者だ。
単純な魔術同士の撃ち合いになればどう転ぶか、全く想像できない。ここは搦め手も含めて用意しておくべきだろうか。
「それじゃ、頑張ってねミカエルちゃん」
「勝利を信じてるわ」
「ありがとう、行ってくるね」
二ッ、と笑みを浮かべ、2人のクラスメイトに見送られて俺は通路へ一歩を踏み出した。
通路から闘技場に足を踏み入れるや、会場の天井をぶち破らんばかりの歓声が上がった。思わず圧倒されそうになってしまうほどのそれは、少なくとも4割くらいはこっちに向けられているらしい。
まあ、応援してくれているのは低ランククラスの生徒とかギルドの仲間、後は俺のファンくらいのものだろう。大半は相手となるAランクの生徒に向けられた歓声である筈だ。
英雄の末裔、竜殺しの英雄、雷獣の異名付き。今まで手にした栄光に、しかしいつまでも胡坐をかくつもりはない。
現状に満足した瞬間、その人間の成長は閉ざされる―――故に生涯挑戦者であれ、というのは転生前にお世話になっていた空手の師範の言葉だ。当時は何を言ってるのか理解できなかったが、しかし今ならばわかる。
俺はゾンビズメイを殺した英雄だとか、大英雄イリヤーの子孫だと胸を張るつもりはない。ここでは底辺、挑戦者の1人に過ぎないのだ。
闘技場に立つと、向こう側に立つ女子生徒の姿が見えた。腰にはやや大型のレイピアを提げているが、それ以上に目を引くのはロールになっている金髪だ。見た感じ平成のラノベとかによく居そうなお嬢様と言った感じで、あの髪型セットするの大変そうだなとラノベの挿絵を見る度に思っていたものだが……あれか、髪型セット専門のメイドでもいるのだろうか。
ちなみにミカエル君の髪型は特にセットはしていない。外側に跳ねる癖があるものの、概ねありのままのスタイルだ。
「お手柔らかに」
剣槍を片手に一礼するが、しかし相手は腕を組んだまま、あからさまにこちらを見下すような視線を向けてくるばかりだった。
貴族たるもの礼節は尽くせと教わらなかったのだろうかと小一時間説教したいところだが、まあいい。結果を出して屈服させればいいだけの事だ。
「ふん……イライナのような田舎出身の貴族が、あまり図に乗らない事ね」
開口一番、イネッサ・ウリヴィナという女はそう言った。
「Sランクの生徒を倒したと聞いているけど、どんな姑息な手段を使ったのかしら? まあ、せいぜい堂々とかかってきなさい」
「―――ええ、それでは遠慮なく」
《試合開始!》
ビー、とブザーが鳴るや、俺は左手を突き出していた。瞬時に魔力を充填、電撃と化して放出させる。
雷属性魔術『放電』。魔術としては初歩の初歩だ。
適正の低さもあり、ミカエル君が使える魔術(特に電撃特性)は初歩的なものか、頑張っても中級のものに制限される。上位クラスの魔術は外部電源からの電力供給でもない限り発動は出来ないという制約はあるが、その分は磁力特性魔術とその他の武器で補う事としている。
まずは小手調べ。これを相手が防ぐか、回避するかでこちらも組み立てる戦術が変わってくる。
剣を抜くや、イネッサはそれを指揮棒のように振るった。ギュォッ、と彼女の目の前、ちょうど迫りくる電撃との間に割って入るような格好で、大気中から収集されたと思われる水の防壁が展開される。
電撃に対して水属性魔術での防御―――愚策としか言いようがない。濡れた物体が電気をよく通す事は、誰だって知っている事だ。それを敢えて防御に用いたのは、ただ単に魔術適性の高さに物を言わせて強引に防ごうという一手か、それとも何か隠し玉があるのか……。
蒼く輝く電撃はそんな事もお構いなしに、水の防壁へとぶち当たる。
バヂンッ、と弾けるような音が、闘技場に響き渡った。




