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就任、クラス代表


 黒いタイツに足を通し、ワイシャツのボタンを閉じて、スカートを穿いてから制服の上着に腕を通す。ボタンを閉じたらリボンと、それから肩回りに長めのスカーフを装着し鏡の前でくるりと一回転。


 うん、問題はない。鏡に映るのはミニマムサイズの美少女だ。ラノベのヒロインでロリ枠とかに収まってそうな、そんな感じの美少女が鏡の中に映っているのだが、よく考えてみてほしい。それは俺である。


 服装をチェックしている間、クラリスは櫛を使って俺の髪をずっとセットしてくれていた。寝癖は直して全体的にもっふもふのふわっふわになるようにセットしてくれたクラリスに礼を言い、ケモミミの先っぽから生えている毛をチェック。ここをもふもふで柔らかそうな質感にセットするのがミカエル君のこだわりだったりするんだが、それもちゃんと再現してくれたようだ。


 さすが、料理させちゃいけないのと煩悩垂れ流しである事を除けば完璧な専属メイド。欠点が利点を台無しにしているような気がするがそれは別に気のせいではない、紛れもない事実である。


「ありがとうクラリス、行ってくるよ」


「お気を付けていってらっしゃいませ」


 スカートの裾をつまみ上げながらお辞儀するクラリスに見送られ、列車を後にした。


 学生鞄を肩に下げながらレンタルホームに出ると、ボロシビルスク駅の喧騒がどっと流れ込んでくる感覚をいつも覚える。これが都会の日常なのだろう。民謡や流行曲をアレンジしたチャイムや発車メロディーの後に、少し音割れした駅員たちの放送が流れる。何番線にどの列車がやってくるとか、白い線まで下がってお待ちくださいだとか、どの列車に何分の遅延が出ているとか、どの路線がどういう理由で運転を見合わせているとか……。


 そんな都会の駅特有の喧騒に背中を押されながら階段を上がって連絡通路へ。ちょうど真下にある在来線のホームから、モスコヴァ行きの特急が動き出したようで、窓の外が煙突から溢れ出る黒煙で真っ黒に塗りつぶされた。


 窓越しにうっすらと貴族用車両の豪華な装飾が見えたところで、ちょうど連絡通路も終わる。頭上に表示されたアナログなデザインの案内板にはどのホームからどこに行く列車が何時に出発するのかが表示されていて、丁度今しがた遅延が発生したのだろう、パタンとパネルが音を立てて切り替わった。


 改札口で冒険者バッジを提示し、改札口を通過。そのまま帝国魔術学園へと足を進める。


 帝国魔術学園には学生寮があるのだが、基本的に土日は授業が休みだ。それに学生寮で過ごしていては本来の目的も達成できない(出来る事なら空いた時間はキリウ大公の子孫についての調査に割きたいのが本音である)ので、週末は学生寮を離れ列車に戻る事にしている。


 もちろん部活とかサークル活動もあるが、あくまでも学園に通う生徒の本分は”魔術を修め優秀な魔術師になる事”であり、部活動に現を抜かして魔術の鍛錬が疎かになってしまっては元も子もないという事から、部活動やサークル活動への加入は義務ではなく任意となっている。


 既に学園内でSランク2名とAランク1名を返り討ちにした、という噂話(※なんでも先生たちが生徒に混乱を招かぬよう情報統制を試みたらしいが口コミで広まり情報統制には失敗したとの事)はかなり広まっているようで、部活やサークルにはかなりしつこく勧誘された。


 正直言って漫画研究部にはちょっと興味がわいたけれど、ミカエル君は陰キャだし2ヵ月という短期入学という事で時間もかなり限られている以上、魔術の鍛錬とキリウ大公の子孫についての情報収集という最優先目標(コレのためなら単位なんてクソ喰らえである)があるので、サークルや部活からの勧誘は全てお断りしている。


 つまり今のミカエル君は陰キャ、帰宅部というわけだ。


 街中にある小さな駅で待つこと3分と少し。スマホを弄りメールアプリをタップ、仲間から調査の進捗について何か挙がってないかチェックしているうちに、小高い石畳のホームの方へ、ガタゴトとジョイント音を鳴らしながら路面電車(路面列車?)がやってきた。


 上部には短く太い煙突があり、そこから煙が濛々と噴き上がっている。


 昭和の日本を走っていたような路面電車ではない。第一、この世界では電気はあるが線路などはまったく電化されていないので、未だに蒸気機関車が主流だ。


 そういう技術水準だからなのだろう、やってきた路面電車(果たしてこれは電車と言えるのか)は電機ではなく蒸気機関で動くようで、蒸気機関車の縮小版みたいな感じの機関車の後ろに2両ほど、小さめの客車が連結されていた。


 それに乗り込んでドアのところにある券売機に小銭を投入、出てきた切符を受け取ってから席に着……こうとしたのだが腰の曲がったお婆ちゃんが後ろに居たので席を譲ってあげた。


「あら、ありがとねお嬢さん」


「いえいえ」


 なんというか、こういう優しそうで威張り散らしてない感じのお爺さんお婆さんって好感持てるよね。余裕のある豊かな人生を過ごしてきたんだろうなというのが何となく想像できる。


 その辺にある金属製の柱に掴まりながらスマホを弄っている間に、客車が揺れた。


 緩やかに進んでいく路面列車。外の景色がゆっくりと流れていく中、街中に配置された広告の看板を何気なく目で追った。菓子パンのチェーン店で新しいパンが発売されるとか、化粧品がどうとかいった他愛のない広告に混じり、帝国騎士団はキミを必要としているという志願兵募集の看板も流れていき、まあ日本とは違うよなという事を殊更意識させられる。


 次の駅に着くと、ぞろぞろと魔術学園の制服姿の生徒が乗ってきた。中には同じクラスの生徒もいて、俺の姿を見るなり「あ、ミカエルちゃんおはよー!」なんて気さくに声をかけてくれる。


「おはよーオリガちゃん」


「ミカエルちゃんって朝早いよね」


「えへへ、まあね」


「それより新聞見たわよ。ジャコウネコ科獣人の連続誘拐事件を解決したんですって?」


「それは俺……じゃなくて、私の後輩というか弟分が解決した事で、私はちょっと手を貸しただけだよ?」


「ん、ミカエルちゃんって弟いたの?」


「まぁ……弟みたいなものかな? ちょっとデカいけど」


 当たり前だけと、ルカと俺に血の繋がりはない。あくまでも”弟分”であって血縁関係にはないのでその辺よろしくお願いします。


 新聞では例のジャコウネコ科獣人の連続誘拐事件が大々的に報じられていた。新聞社の記者も列車に押しかけて来たけれど、パヴェルが一部を除いてほとんど追い返してしまった(さすがマネージャー)ので、記者に質問攻めにされるとか列車の外で張り込まれているとか、そんなことはなく普通に過ごす事が出来たのはありがたい。


 まあ、インタビューのメインはそのルカの方だったんだけども。


 とにかく、この一件で多くのジャコウネコ科獣人(同胞)が救われた。数日前から行方が分からなくなっていたB組のドミニカもやはり連中に誘拐されていたようで、今は精神科医のところで事後のケアをうけているのだそうだ。あんな怖い思いをすればトラウマになるだろうから、万全の状態でまた元気な顔を見せてほしいものである。


 それはそうと、この一件を解決に導いたとしてルカの知名度も上がりつつあるようだった。


 モニカが仕事のために管理局を訪れたらルカの噂話が聞こえてきたらしい。曰く「血盟旅団の見習いが事件を解決した」とか、「連中は見習いですら精強」とか。だからモニカはあの控えめの胸を張って帰った来たんだな……って言ったら引っ叩かれそうだからやめておこう。


《間もなく帝国魔術学園前、帝国魔術学園前。お降りのお客様はお近くのボタンを押してお知らせください》


 背伸びをしてボタンを押すと、路面列車はゆっくりと学園前の小さな駅へと滑り込んでいった。


 列車から降り、校門の前へ。


 さて、と―――今週も一週間が始まる。


















「ぅぇ、クラス対抗戦?」


「そ」


 隣の席のアンドレイはニコニコしながら首を縦に振った。


 クラス対抗戦―――各学年のクラスから代表を一名選出し、属性関係なしに戦わせるクラス対抗の模擬戦。当たり前だが毎回勝利を収めるのはS組で、それらよりも下位のクラスは毎回代表に選出されないよう怯えながら過ごしているとの事だ。


 S組の生徒からすれば己の力を誇示できる機会で、それ以外の生徒からすれば公開処刑にも等しいイベント……模擬戦と全く同じ構図が出来上がっている。


 それはいい、別に良いのだ。


 例年では下位クラスの生徒が重圧に耐えきれず体調を崩してしまったりとか、棄権しようとしても拒否され強引に出場させられる(棄権は認められていない)という痛々しい光景が繰り広げられるそうだが、それもまあ仕方のない事だ。


 だが、しかし。


「今回のクラス対抗戦、いけるかもよ!」


「ああ、ミカエルちゃんならば!」


「Sランク魔術師をボッコボコにした期待の新人!」


「よっ、雷獣のミカエル!」


「……ぇえ?」


 クラスの黒板にでかでかと書かれた一文。


 クラス代表:ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。


 見間違えかなと思って瞼を擦るが、しかしやはり見間違えなどではない。どの角度から見ても一文に変化はなく、見たままの光景がそこに広がっている。


「あの、先生これは……?」


「ああ、金曜日お前早退しただろ?」


「ええ」


 いや、あれは連続誘拐事件でノンナが誘拐されたから止むを得ず……。


 そう、事の発端は先週の金曜日に遡る。ノンナが犯罪組織に誘拐されたという知らせを受け、金曜日の授業を全部キャンセルして学園を飛び出したのだ。「先生、父がガチで危篤です!」という言い訳と共に。


 結果として父は危篤ではなくピンピンしているのだが、まああんなクズ親父何度殺しても問題なかろう。存在意義があったとすればミカエル君誕生のために遺伝子を提供した(ホント死んでほしいあのクソ親父)事と、こうして父が危篤という早退の理由付けに使える事くらいか。


 それ以外ではまだレトルト食品の空容器の方が経済的価値があるというものである。


「あの後クラス対抗戦の会議があってな。リガロフ不在の中での決定でたいへん申し訳ないんだが、代表はお前に決まったんだ」


「……ぴえ」


 たぶん今、ミカエル君動揺しすぎてビー玉みたいに丸い目になってると思う。


「まあ、アバエフをボコしたんだし余裕だよ!」


「今回も軽くひねりつぶしちゃってよ!」


「お、おぅ……」


 コイツらここぞとばかりに人にこんな大役押し付けやがって……授業での模擬戦とは違うんだ、クラスの看板背負って立つんだぞコレ。分かってんのかオイ。


 とはいえ、上位クラスに対抗できるのは俺だけか。


 まあいい、やむを得ない状況だったとはいえ会議の際に不在だった俺にも非はあるのだ。


 何とかするしかないよな、これ……。


















「で、リガロフお前クラス代表に選ばれちゃったんだって?」


「はあ……そうらしいです」


 6限目の終わり。


 今日は実技の授業は無く、6限目まで座学だった。なんでも誘拐されたドミニカのケアで教員が何名か出払っている関係で実技の監督役が足りず、やむを得ず臨時の時間割になったのだとか。


 というわけで5限目と6限目にも座学の授業が急遽ぶち込まれた(※希望者は訓練場で自主トレOK)ので、俺は座学の授業を取っていた。


 希望したのは雷属性魔術師にして錬金術師でもある、ドルツ諸国出身のハインツ・ヒューベンタール先生。授業内容もそうだがもしかしたら錬金術に関する教えを乞う事もできるのではないかと思ったのだが、おまけ程度に少しだけ教えてもらえた。無理言ってすいません先生、本当にありがとうございます。


 授業が終わり教科書を片付けていると、先生はアルコールランプでフラスコの中に入った薬液を加熱しながら、そこに磨り潰したハーブと魔物のキモをぶち込んでいるところだった。授業が終わって暇だからという理由で霊薬の調合を始めたらしいが、霊薬ってそんなカジュアルに調合できるものなのだろうか。


「お前も大変だねェ」


「いえ、止むを得ず学園を飛び出した間に決まってしまったのでまあ、自業自得ですよ」


「まあ引き受けるならいいんだが……一応事前にルールは把握しておけよ。魔術の模擬戦とは違うからな」


「というと?」


「クラス対抗戦は魔術以外も使っていいという事になっている」


 ぴたり、と鞄に教科書を詰め込む手が止まった。


「とはいってもまあ、どいつもこいつも魔術ばかり使うから半ば形骸化したルールなんだが」


「じゃあ先生、錬金術を使ったり持ち込んだ武器を使うのもOK、と?」


「まあな、相手を殺さない事、原則として一対一である事、周辺に被害を出さない事……この3点さえ守れれば基本的に何をやってもOKだ」


「……そうですか」


 鞄を閉じながら口元に笑みを浮かべる。


 それにつられるように、霊薬を調合していた先生も口元を歪ませた。


 クラス対抗戦―――めんどくさいとは思っていたが、どうやら一大イベントになりそうだ。






 

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― 新着の感想 ―
*ちょっと信じられないかもしれませんが、この女装が余りに似合いすぎている。そして女装するにしても割とこだわりを持ち始めたミカエル君は、テンプル騎士団と幾度も激戦を経験し、ゾンビズミーなど人類種の天敵を…
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