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俺の妹が可愛すぎる件について(byルカ)


 サイレンの音が周囲に響いた。


 パトカーのランプが赤と青の光を周囲に振りまいて、その中を手錠をかけられた犯罪組織の構成員たちが歩かされていく。向かう先は大きめのトラック、その荷台だ。犯罪者の集団を移送するために改造された護送車のようで、金属製の荷台には鉄格子をはめ込んだ窓と、外側からしか決して開かないであろうごついかんぬきのようなロック装置がある。


 武装解除された犯罪者たちが歩かされている傍らでは、死体袋に収められた死体たちが運び出されているところだった。4割は俺が殺した連中……残りの6割はルカが殺した連中のものだろう。


 中には人の姿をしていない死体袋もあって、ああ、五体満足では済まなかったんだなと他人事のように思った。一昔前の俺だったらその惨状と今置かれている状況の乖離に耐えられず、胃袋の中身を全部その辺の石畳の上にぶちまけていただろう。


 そして今、俺の隣ではルカがそうなっている。


 「大丈夫?」とカーチャが心配そうに声をかけながら背中をさすっているが、ああやって吐くのはきっと誰もが通る道なのだろう。魔物ならばともかく、犯罪者とはいえ同じ人間を手にかける事に対する葛藤はかなり大きい筈だ……まだ冒険者見習いという立場のルカならば猶更であろう。


「はぁっ、はぁっ……」


 口元を拭い去り、呼吸を整えながら立ち上がるルカ。俺も何か声をかけようかと思ったところで、真っ黒な死体袋を担いでいく憲兵の中に見覚えのある顔が混じっている事に気付いた。


 思わず少し笑いそうになってしまう……なんでこうも大胆に、それもさりげなくパヴェルが憲兵隊の中に紛れ込んでいるのか。


「ちょい待てい」


「あい」


 袖を掴んで止めると、憲兵隊の死体処理担当者に成りすましたパヴェルは苦笑いしながら立ち止まった。


「何してんのお前」


「ちょっとな。詳しくは列車で」


「はあ」


 それだけ言うと、パヴェルは真っ黒な死体袋を軽々と抱えたままパトカーに乗り込むや、そのままサイレンの音を高らかに響かせて走り去っていった。


 なんだったんだアレ、と思いつつルカの方を振り向く。


 何とか立ち直ったルカは、救助された女性たちの方をぼんやりと見つめていた。


 今では廃墟となったサーカス場の地下、この施設が稼働していた頃は猛獣を閉じ込めておくための部屋として使われていた場所に監禁されていたジャコウネコ科の獣人たちは、特徴的なマスカ・ヘルメットをかぶったルカの姿を見るなり大きく手を振ったり、「ありがとー!」と大きな声で礼を言いながら、憲兵隊に保護されていった。


 ぱたん、と恥ずかしそうにマスカ・ヘルメットのバイザーを降ろすルカ。他人からのお礼は遠慮せず受け取るものだぞ、と言いながら肘で小突くと、ルカはたぶんバイザーの中で顔を真っ赤にしながら、こくりと小さく頷いた。


 狼狽しているというのは彼の大きな尻尾の揺れ具合からも分かる。獣人は本音がケモミミやら尻尾に現れやすいので、普通の人間と比較するとやけに感情豊かだし、自分の内面については雄弁な、そういう種族である。


「胸張れよ、ルカ」


「ミカ姉……」


「捕まってた人たちだって、それにノンナだって、お前が行動を起こしたから救われたんだ。誇れ、ヒーローはお前だよ」


「ヒーロー……俺が……」


 本当にそうかな、と言いながら自分の手のひらに視線を落とすルカ。彼の傍らにずっとくっついていたノンナが心配そうに兄の顔を見上げると、ルカはその手のひらでノンナの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 少なくとも今回の被害者の命と尊厳は、ルカの行動が救ったのだ―――まあ大分危ういところもあったけれども。


 俺の基準で言わせてもらうと、十分すぎるほど合格だ。パヴェルは辛口だから何というか分からないが。


 でもまあ、分かった事がある。


 もう、ルカは十分に強い。そのうち俺なんかすぐ追い越していくんじゃないかという期待と、それからちょっとした危機感を覚えてしまうほどに、ルカは力をつけている。


 おまけに正義感も強いのだ。コイツみたいな奴がイライナに居てくれれば、祖国は安泰だろう。


 きっと。

















 列車に戻ってきた頃にはすっかり暗くなっていた。


 ギルドの皆総出での救出作戦だったので、いつものように列車に戻れば温かい食事が待っている……なんてことはなく、厨房の中はまだお昼の洗い物が残っている有様だった。


 カウンターの上には人数分のパンと缶詰(グリンピースの塩茹で、サーロ、イワシの油漬け)、それからタンプルソーダが並んでいて、【一人一式ずつお取りください】とAKを抱えたヒグマのイラスト(※パヴェルの自画像だそうだ)が添えられた張り紙が用意されていた。


 今まではパヴェルかノンナが食事の用意をしてくれていたので、こんな事はこれまでの旅の中で前例がない。


 まあ、仕方のない事だ。今日ばかりは……みんな疲れているだろうしノンナも少しメンタルをケアする時間が必要だから、休ませてあげないと。


 自分の分とノンナの分の食事をトレイに乗せて食堂車を後にした。1号車の2階にある3号室にノックをしてから入ると、部屋の中にはシャンプーとオレンジの香りが入り混じった良い匂いが充満していた。


「あ、お兄ちゃん」


「これ、今日のご飯。食べれる?」


「うん、私は大丈夫」


 テーブルの上にノンナの分の食事と缶切り、それからスプーンを置き、俺はベッドの一段目に腰を下ろして食事に手を付けた。缶切りを使って嫌いなグリンピースの塩茹での缶詰から開け、中身を呑み込まずにそのまま胃袋へと押し流していく。


 パンを手に取ろうとすると、ノンナが隣にやってきた。


 やっぱりあんな経験をした後にご飯を食べろなんて言っても難しいのかもしれない……怖い思いをした後なのだ、まだ気持ちの整理がついていないのだろう。今回のクソのような経験が、彼女の今後の人生に影を落とすようなことがなければいいのだが……。


 隣にやってくるや、そっと肩に寄り掛かってくるノンナ。その感触がいつもよりも少しだけ重く感じられて、ああ、この子も大きくなってるんだなと実感する。


 今まではずっと俺が守ってやらなければと思っていた血の繋がらない妹。けれども、彼女ももう次の誕生日で15歳になる……冒険者になると言っていたノンナはきっとそうするだろうし、いつかは俺の元から巣立っていくのかもしれない。


 妹の……いや、ノンナという1人の少女の成長を喜ぶと同時に、少しだけ寂しさも覚えた。


 兄として、彼女の傍らにいつまでも居られるわけではないのだ。そしてその時は、確実に近づいているのかもしれない。


「……助けてくれてありがとね、お兄ちゃん」


「当然だよ。俺はお前の兄ちゃんだし」


 妹の、唯一の家族の身に何かあったら俺は……。


「本当、カッコよかったよ」


「よせよ、照れるじゃん……」


 やめてくれ、お願いノンナ。ストレートにカッコよかったとか言うのやめて、バチクソに恥ずかしい。


 あまりにもの恥ずかしさにケモミミはぺたんと倒れ、もっふもふの尻尾もくるくると丸まってしまう。


「えへへ、マンガに出てくる王子様みたいだったよ?」


「……そ、そうか?」


「うんっ。お兄ちゃんって優しいし、カッコいいし、頼りになるし」


「……」


 ノンナは正直な子だ。思った事を忖度も無しにストレートに言うような、そんな性格をしている。


 だから嘘偽りはないのだろう。これがノンナの本心なのだ―――それをよく理解しているからこそバチクソに照れてしまって彼女の方を直視できなくなるし、成長したノンナの匂いが良い香りでああちくしょうなんかバグる、情緒バグる。


 そんな慌てふためくお兄ちゃんに、ウチのノンナはとんでもない爆弾を放り投げてきやがった。


「えへへ。だからね、私もし結婚するならお兄ちゃんみたいな人がいいなぁ……なんて♪」


「―――」


 ピー。心停止。


 真っ直ぐになった心電図が見えたような気がした。


 もちろん耐えきれず鼻血ブー、騒ぎに気付いたシスター・イルゼに何とか事態を収拾してもらう事になったんだが、それはまた今度機会があったら話そうと思う。


 とにかく今はウチの妹が可愛いということだけ語らせてほしい。

















 ばしゃあっ、と派手にぶちまけられたバケツの水が床一面に広がっていった。


 椅子に縛り付けられたまま意識を失っていた男―――例の犯罪集団のボスの顔面を直撃した冷水はそのまま床に広がるかと思いきや、すかさずブラシを手にしたクラリスが倉庫の両側面にある排水溝へと押し流していく。


 意識を失っていた無防備な状態で冷水をいきなりぶちまけられたのである。意識を現実というクソのような地獄へ引き摺り下ろすには、十分すぎる処置と言えた。


 憲兵に扮したパヴェルが現場から持ち去った死体袋の中身はこの男だった。地下で、カーチャの狙撃を受け指をっ吹っ飛ばされた挙句、ルカの警棒に顔面フルスイングされて気絶した哀れなリーダーである。


 前歯が何本も欠け、鼻の骨がぶち折れた今の彼には、犯罪者集団を束ねる威厳も威圧感も何もない。落ち武者にも似た痛々しさがあった。


「ブハッ!?」


 ゲホゲホッ、と器官に入った水で激しく咳き込む男を他所に、パヴェルはパイプ椅子を広げて男の前に腰を下ろすと、びしょ濡れになった男の髪を乱暴に掴んで顔を上げさせた。


 なんだろう、やり方がチンピラというかマフィアというか、かなーり黒に近い感じの軍隊の尋問のそれである。いや、十中八九テンプル騎士団仕込みなのだろうけども。


「Эй, брат, давай со мной приятно поболтаем(やあ兄弟、俺と楽しくお喋りしようか)」


 ドスの効いた標準ノヴォシア語。イライナ訛りを感じさせない、まるでそれを母語として育った人間のような発音に感心させられる。こういう異国の言語のマスターも、特殊部隊では必須科目だったのだろう。実際他国の言語を履修する特殊部隊は結構多いらしい。


 しかもそんな違和感のないノヴォシア語が、よりにもよって裏社会の化身みたいな人相の悪い男の口から、ガチで相手を脅すような口調で発せられているのだからその言葉を向けられた相手もたまったものではない。状況を全く呑み込めず、ただただ狼狽する事しかできない彼は実に滑稽で、犯罪組織のリーダーとは思えないほど哀れだった。


「Ч-что ты... где это?(な、なんだ……ここはどこだよ?)」


「俺の家さ」


 足を組み、葉巻を取り出して火をつけるパヴェル。口から煙を豪快に吐き出した彼は「……()()()()、な」と続けた。


「ところで聞きたい事がある」


「てめえ、これを外しやがれ! 俺を誰だと思ってやがる!」


 パヴェルの言葉を無視し、両手と両脚の拘束を解こうと暴れる男。結束バンドでぎっちりと縛り付けられた両手がパイプ椅子に当たり、がちゃがちゃと耳障りな音を立てた。


 それが癪に障ったのだろう……パヴェルは葉巻を吹かしたかと思いきや、赤々と染まったその葉巻を男の首筋へと押し付けやがった。


「あ゛ッ―――!」



 ま さ か の 根 性 焼 き で あ る 。



「元気が良いなぁ。え、兄ちゃん?」


「ハァッ、ハァッ、ハァッ」


「その元気、いつまで続くか見物だ……簡単に壊れてくれるなよ」


 床に散らばった水の後始末を終え、傍らに戻ってくるクラリス。ちょいちょい、と彼女のロングスカートを引っ張ると、クラリスは俺の口の辺りへと耳を近づけてきた。


「俺、アイツの尋問だけは絶対受けたくない」


「奇遇ですわご主人様、クラリスもです」


 だってパヴェル、平気で爪剥がしたり指折ったり歯を抜き取ったりしてきそうだもん……というかアイツの傍らに既に工具箱がスタンバイしてあるのホント草なんだけど。


 ちなみに彼曰く『自白剤は邪道』だそうだ。いや、尋問に邪道もクソもないだろお前。というかパヴェルのそれは立派な拷問……ああいや、やめよう。下手に批判したら消されそうだ(有り得ないけど)。


「聞きたい事がある、正直に答えろ。答えなかったらここにあるペンチで指を潰す」


「……!」


「嘘をついても潰す、俺をイラつかせても潰す。お前の指を全部潰しても、肩口からハムみてえに薄切りにしたって俺は一向に構わないと思っている。その点ご了承願いたい」


「……っ、……っ!」


 息を呑み、必死にこくこくと首を縦に振る男。


 相手の心が恐怖に屈したタイミングで、パヴェルは話を始めた。


「……なんでウチのノンナを狙った?」


「か、金になりそうだったからだ。壊れたら壊れたで、ああいうガキが好みの変態にいくらでも売れたからな……」


「……そうかい」


 ペンチを手に取り、パヴェルはまるで冷蔵庫の中から牛乳を取り出すかのような自然な動作で、男の左の親指をペンチで潰した。


「ア゛!!」


「で、本当は?」


 激痛に呻き声を発しながら、男は目に涙を浮かべて口をぱくぱくさせる。


「う、嘘じゃないっ……嘘じゃないっ! 単純に金目的だったんだっ、あのガキがアンタら血盟旅団の身内だったなんて知らなくてっ!」


「そうかそうか」


 バキュ、と今度は中指を潰した。


「ア゛ァァァァァァァ!! な゛んでっ、な゛んでっ゛」


「―――俺をイラつかせても潰すと言った筈だぞ兄弟。ウチの可愛いノンナをそんな目で見やがって」


 理不尽の極みである。


 正直に答えても結局潰すし嘘ついても潰すし逃げ道ないじゃないかコレ。


「本当にそれだけか?」


「嘘じゃねえ……お願いだ、信じてくれよぉ……」


「そうか」


 スッ、とペンチで指を潰す素振りを見せるパヴェル。相手はもう完全に心が折れているようで、半ば幼児退行したような口調で嫌がり始めた。


「やだ、やだ、もうやだ……やめて、やめてぇ……」


「……しゃあねえな」


「なあ、コイツこの後どうするんだよ」


 憲兵にでも突き出すのか、と問うと、パヴェルは国を横に振った。


「まあ見てな」


「?」


 懐からナイフを取り出し、男の両手両足を拘束している結束バンドを切断するパヴェル。いきなり解放された意図を読めずに困惑する男の目の前へ、パヴェルは自分のスマホの画面をかざした。


 できれば見間違いであってほしかったのだが……一瞬だけ見えたその画面には『強力☆催眠アプリ』とか表示されていたように見えたんですけどパヴェルさん?


 え、嘘、嘘だよね? 催眠アプリだなんて俺エロ同人でしか見た事ないよ?


「よーしこの画面をよく見ろ。いいか、ここでされた事は全部忘れろ。お前は俺を知らない。いいな?」


「俺はお前を知らない」


 お、おお。


「じゃあ次。公衆の面前で全裸になるのは気持ちいいし当たり前の事。いいね」


「はい、公衆の面前で全裸になるのは気持ちいいし当たり前」


「よーし行っていいぞ」


「はい」


 目がぐるぐるした状態のまま、びしょ濡れになった男はよろよろしながら列車の倉庫を出ていった。そのままどこに行くのかと心配になったので少し後を追ってみたんだが、彼は何とホームとは反対側のドアから線路に転がり落ちるや、左足を引きずりながら線路の上を渡ってボロシビルスクの広場の方へと向かっていった。


 え、あの……ちょっと、ちょっと待って。


「パヴェルお前……」


「ん、いいだろコレ」


「そうじゃなくて」


「???」


 なんだろ、少しずつ遠ざかっていくリーダーの背中から哀愁が漂い始めたように思えるのは。


 たぶん気のせいではない筈だ。

















《それでは次のニュースです。本日19時、ボロシビルスク中央の市民広場で突然全裸になった37歳の男性が公然わいせつの罪で憲兵隊に身柄を拘束されました。男は指名手配中の犯罪者集団リーダー、ニコライ・エレベンコと思われ、憲兵隊の取り調べに対し『公衆の面前で全裸になるのは気持ちいいし当たり前』などと意味不明な供述をしているとの事です。憲兵隊は刑事責任能力の有無も考慮しつつ、同日に摘発された人身売買事件との関連も視野に詳しい捜査を―――》





 

催眠アプリ


 パヴェルが試作した催眠アプリ。画面を相手に見せながら暗示をかける事でマインドコントロールすることが可能だそうだが、まだ試作段階で暗示がちゃんとかかるかどうかについて信頼性に難ありと評価している。

 元々はテンプル騎士団の諜報部隊『シュタージ』が拘束した相手の尋問や、マインドコントロールを施し敵地に送り返しての破壊工作などを目的として開発したものだが、人間に擬態する戦闘人形が採用された事から計画は白紙化された。


 悪用厳禁。



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― 新着の感想 ―
獅子奮迅の活躍から忘れてましたが、ルカにとっては最初の殺人経験だったんですよね。そりゃ吐きますわ…とはいえノンナをはじめとする多くのジャコウネコ科被害者からすれば、彼はまさしくヒーローそのものですが。…
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