傷の礼
奴らに報いを。
迸る怒りを乗せ、引き金を引いた。グロック34のスライドが後退、激震に雷管を殴打された9×19mmパラベラム弾が薬室の中で目を覚ますや、無煙火薬の燃焼ガスに押し出された弾丸がライフリングで回転を与えられ、マズルガードのついた銃口から飛び出していった。
映画とか、漫画とか、後はパヴェルが趣味で書いてる全年齢向けの薄い本とかで人が死ぬシーンは何度も見たし、人はどんな感じに死ぬのかというのも予想はつく。限りなく現実に似せた表現に、しかし最近はチープなものを感じるようになったけれども、思いのほかアレは現実に忠実なものだったのかもしれない。
ヘッドショットを貰った敵の戦闘員が崩れ落ちる。大きな銃声と目の前で繰り広げられる人の死に、部屋の中に囚われているジャコウネコ科の獣人たちが悲鳴を上げた。
傍から見ると作り物のように見える人の死体。ああ、映画のアレは現実にそっくりだったんだな、決して映画だけのファンタジー表現ではなかったのだなと頭の片隅で思いながら、左手に持ったバリスティック・シールドを構えつつ右手でグロックを構える。
バリスティック・シールドの側面には切り欠きのようなものがある。ここに小銃や拳銃を乗せ、依託射撃を行うためのものだ。
先ほどの銃声や悲鳴を聞きつけたのだろう、次々に戦闘員が地下へと押し寄せてくる。
「お兄ちゃん……!」
「ノンナ、隠れてろ!」
彼女を部屋の奥へと下がらせ、俺は部屋の入り口に陣取った。ちょうど、ジャコウネコ科の獣人たちが囚われている部屋(元々はサーカスで使う猛獣たちの牢がある部屋だったのだろう、若干獣臭い)を俺が陣取る事で塞ぐ形になる。
後は簡単だ、ここでどっしり構えてミカ姉たちが援軍にやってくるのを待つか、俺がコイツらを全員この手で地獄に叩き落したって構わない。
「野郎、俺たちの商売道具を!」
「撃て、殺せ!」
ズダンッ、と連中のペッパーボックス・ピストルが吼える。
13mm程度の丸い弾丸が飛んでくるが、しかしデジタルフローラ迷彩が施されたバリスティック・シールドの前では無力だった。ガァンッ、と耳が痛くなるような音を奏でながら弾丸は弾かれ、天井に激突して新たな風穴を穿つばかりである。
立て続けにピストルを連射する戦闘員たち。ガガガガガ、とバリスティック・シールドが弾丸をことごとく弾き飛ばす一方で、俺は視線を部屋の中へと向けた。
シールドで防ぐ分にはいい。防御力も衝撃吸収能力も申し分なく、跳弾の際の音が鼓膜を酷く苛む事を除けば最高の防御装備と言っていいだろう。さすがはパヴェル、ミカ姉の薄い本も含めて良い物を造る。
だが、新たな懸念点も生じていた。
すなわち流れ弾だ。
こうして盾で攻撃を弾いている分には、俺はノーダメージで済むから良い。けれどもその際に跳弾した弾丸が、部屋の中にいる獣人たちに命中してしまったら何とも笑えない結果になる。
ならば、と魔力を放出し始める。
俺が学んだのは銃の扱い方だけではない、という事を見せてやるさ。
飛んできた弾丸がバリスティック・シールドを直撃、ガァンッ、と耳が痛くなる金属音を発して左手が確かな衝撃を感じる。
しかし命中した弾丸は跳弾……せずに、そのまま盾の表面に吸い付いたままだった。
盾にめり込んだというわけではない。まるで、磁石にくっついているかのようにぴったりと張り付いて、そのまま微動だにしないのだ。
他の弾丸も同じだった。
相手の戦闘員たちの射撃技術は、素人の俺から見ても酷いものだった。銃を見せびらかして相手を威圧する事にかけては優秀だけど、基本的な扱い方がまったくなっていない。構え方も雑、反動制御も出来ておらず、ここまで来ると哀れみすら覚える。
そんな連中の射撃だから命中精度はお世辞にも高いとは言えず、いつ流れ弾でジャコウネコ科の獣人たちに怪我人が出るかも分からない状況だった。
本来であれば外れ、その辺の壁を削って跳弾するはずだった数発の弾丸。
それらが唐突に、進路を変えた。
まるで俺の持つ盾に―――バリスティック・シールドに吸い寄せられるかのように進路を変更、ガァンッ、と金属音を発して盾を殴打するや、そのまま張り付いて動かなくなる。
「……は?」
ピストルを使い果たしたのだろう、戦闘員の1人が間の抜けた声を発した。
息を吐く―――なるほど、これはなかなか便利だ。しんどいけれども。
雷属性魔術、磁力特性。
俺もミカ姉と同じく、雷属性に適性を持つ魔術師だ。適性はC+……ミカ姉より少し高い(今では並ばれたけどまだ伸びしろはあるらしい)程度だけど、この触媒のおかげで実質的な魔術の効果・威力は適正以上のものに底上げされている。
「なんだ、弾丸が……?」
「コイツ、魔術師か!?」
「その通りさ」
ミカ姉は電撃もそうだけど、磁力操作を得意分野としている。
身の回りに磁界を展開して銃弾を弾いたり、逸らしたり、逆に自分の攻撃に作用させて弾丸の弾速をアップさせたり、あるいは周囲にある金属製の物体を敵に向かって投げつけたり……あの人の魔術を見て、俺はずっと前から思っていた。
磁力特性は汎用性が高く、色んな事に使える。
ならばミカ姉のように攻撃を逸らすのではなく―――自分に引き寄せる事もまた可能なのではないか、と。
ミカ姉に相談し、色々と教えてもらい、自分でも教本を読んで理解し練習した。
その結果生まれたのが、これだ。
バリスティック・シールドを触媒とし前方に対し放射状に磁界を形成、敵の放った弾丸などをこの盾に引き寄せる―――それが今、俺が披露している魔術の正体だった。
盾自体の防御力は極めて高い(使用者が衝撃に耐えられない可能性を除外すれば理論上30mm機関砲さえ完全防護するらしい)。それこそ、「歩兵火力での破壊は不可能」と断言される程だ。だからどうあがいても、黒色火薬と13mm弾を使用しているペッパーボックス・ピストルでコイツを撃ち破るのは不可能である。
コンクリートの分厚い壁に卵を投げつけて、それを撃ち破ろうとしているようなものだ。
だから防御力に物を言わせ、相手の攻撃を誘引する事で周辺への被害を防ぐ―――攻撃を一手に引き受ける盾、おそらくはそれが俺の存在意義であり戦場における在り方なのだと思う。
そしてそれは、攻撃者に対しての手痛い反撃としても機能した。
ぐっ、と身体を沈み込ませ、魔力を操作。
―――磁界反転。
今まで盾に対し引き寄せる形だった周囲の磁界が一気に反転、誘引から反発へと転じる。
盾の表面に張り付いていた弾丸たちが振動するや、逆転した磁界に押し流されるように、先ほど自分たちを放った戦闘員目掛けて放射状に飛んでいった。それはさながら巨大な散弾銃から放たれた攻撃の如しで、狭い通路に群れながら何の考えもなくピストルを放つばかりの戦闘員たちに、逃れる術など無かった。
キュゥンッ、とモーターが始動するような甲高い音と共に撃ち返された弾丸たちは、黒色火薬を用いた射撃以上の弾速を以て戦闘員たちに牙を剥いた。叫び声を上げる暇すらない。13mmの鉄球が戦闘員たちの腕を、脚を、上顎から上を吹き飛ばし、引き千切り、抉る。
地下通路は瞬く間に濃密な血の臭いに覆われた。
磁力防壁を用いた報復システム―――俺にとって最大の武器だった。
攻撃すればするほど、こちらはその後により強力な報復攻撃を行える―――それが嫌ならば、破滅的な結末に行き着きたくないのであれば、最初から攻撃しなければよい。自らを滅ぼす恐ろしい結果が待ち受けているという恐怖が、やがて相手に対する抑止力として機能する。
そうやって相手からの攻撃を抑止する事で仲間を守る―――それが、俺の魔術だ。
なんだか笑えるよな、俺もミカ姉やモニカのような魔術師に憧れて、そこに至るために技を磨いていたつもりだったんだけど……行き着いたのがこんな恐ろしい力だなんて。
今ならばまだ、分かる。
強くなりたいとか、冒険者になりたいとか、そしてさっき俺は敵を殺すかもしれないと遠回しに言った時も、いつだってミカ姉は悲しそうな顔をしていた。
その表情が何を意味していたのか―――きっとこうなって欲しくなかったからなのだろう。
この手を血で汚してほしくなかったからなのだろう。
いつまでも、ノンナと2人で幸せに笑っていてほしかったからなのだろう。
けれどもそれは、それが矛盾を孕んだものであるとミカ姉自身も知っていた筈だ。冒険者として戦う以上は、その手にかけるのは魔物だけではないと。いずれは同業者や盗賊、あるいはその他の襲撃者を手にかけ、血の河を渡る事になるだろうと。
冒険者とはそういうものだ。一度志したならば、その運命からは逃れられない。
だからミカ姉の願いは矛盾していて、きっと本人もそれが自分のエゴでしかないと理解していた筈なのだ。
ああ、でも。
けれどもこれは―――確かにこれは。
「……」
腹の底から、胃の辺りから込み上げてくる感触に堪えながら、俺は盾を構えた。
薄暗くてはっきりとは見えないけれど、先ほど銃弾の豪雨による報復を受けた敵がどんな無残な姿で死んでいるのかは想像がつく。濃密な血の臭い、臓物臭、硝煙の残り香。
それだけでも罪悪感と死の感触で吐きそうになる。頭を掻きむしりながら絶叫したくなる。
けれどもそんな事は許されない。
戦うしかないのだ―――今ここで盾を降ろしたら、そこにいるのは無防備なノンナや囚われの身の同胞たちなのだから。
だったら弱音を吐いている場合ではない。
『クソ、何だってんだ!』
『撃て、撃て!』
「……?」
上の階が騒がしい。
階段を駆け下りてきた戦闘員たちがピストルを向け、こっちに銃弾を放ってくる。
結果は同じだった。どの弾丸も盾に吸い寄せられて、俺にダメージは与えられない。「だったら足を狙えばいいだろ!」と叫びながら足を狙ってくる、少しは頭の切れる阿呆も居たけれど、結果は同じだった。
盾からはみ出ている俺の足を狙った弾丸は、盾から前方に対し放射状に展開された磁界に絡め取られるや、そのまま盾の方へと吸い寄せられて表面に着弾。硬質な音を響かせて盾に防がれてしまう。
次の瞬間だった。俺にピストルを向けていた犯罪組織の戦闘員のこめかみが、階段の方から放たれた弾丸に撃ち抜かれたのは。
映画とかだと撃たれた人は”撃たれた”と分かりやすく派手に吹っ飛んだり、倒れたりする。けれども現実だと全然そんな事は無くて、まるでいきなり貧血で倒れたり、躓いたように倒れて、そのまま動かなくなってしまう。
今しがた、目の前で撃たれて動かなくなった戦闘員たちもそうだった。
足音もなく、やがて階段から小さな人影が降りてくる。
左手をフラッシュマグに添え、ブレース付きのグロック17L(ピストルカービン仕様だ)を装備した私服姿のミカ姉だった。
「ルカ?」
「ミカ姉」
来てくれたんだ、と続けると、ミカ姉はそっと銃を降ろした。
「ノンナは?」
「ああ、ノンナなら」
「―――きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
この中にいる、無事だよ―――そう続けようとした俺の言葉を遮ったのは、彼女の悲痛な叫びだった。
ゾッとした。目を離した隙に、彼女の身に何かが起こったに違いない。
「ノンナ!」
叫びながら部屋のドアを蹴破り、ミカ姉と一緒に銃を構えた俺は絶句した。
そこにはスーツ姿の男(恐らくこの犯罪組織のリーダーなのだろう、身なりが良い)が居て、ノンナの喉元にナイフを突きつけながらこちらを睨んでいるところだった。
いったいどこから、と息を呑む。この部屋はこっちのドアだけが唯一の入り口では……そう思いながらマスカ・ヘルメット越しに視線を巡らせるが、天井にある通気口の金網が外されている事に気付き、自らの失策を呪った。
あそこだ。あそこからこの男は部屋に入ってきたのだ。
「動くな、動くんじゃねえ! このガキの命が惜しかったら武器を捨てろ!」
「うるせえ、追い詰められてるのはテメエだ! 眉間にケツの穴開けられたくなかったらナイフを捨てやがれ!」
「黙れクソガキ、主導権を握ってるのは俺だ!」
じり、と前に出ると、向こうは一歩後ろへと下がった。
「それ以上近付いたらこのガキを殺すぞ!」
「そしたら間髪入れずにお前も殺してやる」
ハッタリをかましながら追い詰めてみるが……しかし、これ以上どうしたものか。
このまま壁際まで追い詰めてもいいが、膠着状態を作られると厄介だ。他の戦闘員たちがここに詰めかけでもしたら、それこそ俺とミカ姉は袋のネズミ……いや、袋のジャコウネコだ。逃げ場がない。
一刻も早くこの状況を打破したいのだが……そんな焦燥感に駆られ、いっそのこと前に出るかと無謀な一手も頭の中に浮かび始めた次の瞬間だった。
「―――ルカ、頭を3cm左に」
「ぇ―――」
唐突に聞こえた女の声。言われた通りに頭を左へ動かした次の瞬間だった。
俺の頭のあった場所を、一発の弾丸―――.50AE弾と思われる大口径の弾丸が掠めた。ズダンッ、と重々しい銃声が背後で弾け、撃ち出された弾丸は狙い違わずノンナを人質に取る男の右手、突きつけられたナイフを握る右手の指をまとめて粉砕する。
「ア゛!!」
チャンスだった。
グロックを投げ捨て、背負った大型警棒を引き抜きながら弾かれたように駆け出す。
右手の人差し指から薬指までを千切り飛ばされた男が何やら苦痛に苦しみながら叫んでいるが、そんな事はどうでもいい。
慈悲も、容赦もなかった。
そのまま突っ走る勢いを乗せ、大型警棒をバットの如くフルスイング。ゴシャアッ、と思わず目を覆いたくなるような鈍い音と共に血と歯の破片らしきものが飛び散って、男がそのまま仰向けに倒れていく。
「はぁっ、はぁっ」
「お兄ちゃん!」
「ノンナ!」
怖かったよぅ、と言いながら抱き着いてくる妹を抱きしめながら、視線を部屋の入口の方へと向けた。
そこに立っていたのは、スーツ姿のカーチャだった。列車で休養中だった筈の彼女の顔には、まだ完治していない痛々しい青痣が残されている。
右手に握られているのは、ドットサイト付きの黒いデザートイーグルだった。
「……この傷の礼よ、クソッタレ」
あ、カーチャを殴った人コイツだったんだ……。
泣きじゃくるノンナの頭を撫でながら、ミカ姉と顔を見合わせる。
うわぁ、女って怖え……怒らせないようにしよ……。




