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仕事の時間


 帝国魔術学園中央棟、教員区画。


 生徒会などの強い権限を持つ生徒を除き、教員以外の立ち入りを原則として認められていない区画の一室。すっかり黒いカーテン(対魔術処理により内側の透視が不可能となっている特注品だ)を締め切り、室内に浮遊する蒼い結晶が発するぼんやりとした光が光源となっているその部屋の中で、今日の一連の出来事を見ていた教員、アスタプコヴィッチから報告を受けたソルドロフ教授は、机の上に置かれたミカエルのプロフィールに視線を走らせ息を吐く。


「……有り得ない事だ、アスタプコヴィッチ先生」


「ええ。ですが教授、私は確かに見たのです」


 本来、考えられない事である。


 適正に劣る魔術師が、適正Sの魔術師を(模擬戦とはいえ)打ち破るなど。


 ミカエルのプロフィールには出身地や血液型、年齢の他に魔術の適正やクロスドミナントの有、洗礼を受けた日など、魔術に関する情報も記載されている。


 それを見る限りでは、特別強い魔術師であるとは思えない。街をぶらぶらと歩いていればどこにでもいるような、ごく普通の魔術師だ。適性があるだけ恵まれていると言えるのかもしれないが、しかし魔術師として見ると可もなく不可もない凡人。そしてこの帝国魔術学園の基準で見れば必要最低限のラインを越えただけの劣等と断じて良い。


 この学園において、適性の低さは罪同然だ。


 魔術師のステータスは、この適性の高さがモノを言う。確かに教会で信仰心を示すなどすれば適性が多少は上昇するというのは周知の事実だが、しかしそれもCがC+にほんの少しステップアップする程度。数日前まで床を這っていた幼子がよろよろと立ち上がる程度の違いでしかなく、広い目で見れば変化は殆どないと言ってもいいだろう。


 だから有史以来、この原則から逸脱する魔術師など存在しなかった―――『魔術師同士の戦いにおいて勝利するのは適性の高い魔術師である』という、大原則は、獣人たちの文明の歴史を見ても、そしてそれ以前の旧人類の歴史を見ても、微塵も揺らぐ事のない原則であり続けたのである。


 しかし、それがどうだろうか。


 今になって―――獣人たちの文明全盛とも言える現代になって、その原則から逸脱する者が現れようとは。


 しかもそれが、よりにもよって適正Cの劣等―――それだけならばまだしも、キリウの公爵家に生まれた庶子がその異形を成し遂げるなど、不名誉にも程がある。


「既にこの模擬戦は目撃した生徒が多数います。新聞部には報道を自粛するよう圧力をかけましたが、既に情報は多くの生徒にも出回っているようで……」


「はぁ……」


 やれやれだ、とソルドロフ教授は頭を抱える。


 模擬戦でミカエルと戦ったのはノヴォシアの公爵家、アバエフ家の息子、マルク。イライナ併合戦争においてその先鋒を務めた猛将、セルゲイ・アンドレーエヴィッチ・アバエフ将軍の血筋に連なる由緒正しい家系の生徒だ。


 それがイライナの公爵家の庶子に、それも適性の低い魔術師に敗北したともなればアバエフ家の面目も丸つぶれである。既に学園側にはアバエフ家から今日の一件に対し情報統制を強制するような要請が再三に渡って届いており、ソルドロフ教授も胃をキリキリと痛めながら対応したものだ。


 魔術学園の教員にとって最大の敵は、ある意味で自慢の子供を送り出してくるこういった大貴族からの圧力と言ってもいいだろう。そういった体制が腐敗の温床になっていると声高に主張する者もいるが、ソルドロフ教授から言わせれば「ならお前はこの圧力に抗えるのか」というのが、彼ら教員の本音である。


 そしてその大番狂わせが、その一度だけであればどんなに良かった事か。


 アバエフの敗北を受け、「そんな筈はない」と名乗りを挙げたSランクとAランクの生徒が相次いで返り討ちに逢っており、今日の授業―――六限目、僅か50分の授業時間だけで3名の格上の魔術師が、この劣等のCランク魔術師を前に返り討ちに逢った事になる。


「再来週にはクラス対抗戦もあります。C組の生徒は今日の模擬戦の結果を受け、クラス代表にリガロフを推すでしょうが……」


「先生、彼はイレギュラーだ」


 頬杖を突きながら、ソルドロフ教授は言った。


「どんな手段を使っても構わん、クラス対抗戦へ出場させてもいいが……」


「……ええ」


 ―――イレギュラー要素は抹消しなければならない。


 それがこの学園の秩序のためでもあるのだ。


















「いやぁすげえなあミカちゃん!」


「まさかアバエフのド阿呆だけじゃなく、カマロフとチャバネンコまで返り討ちにするなんてさ!」


「あ、あははは……ありがと」


 すっかり深夜テンションになった男子生徒に肩を組まれ、リンゴジュースをコップに注いでもらいながら俺はちょっと困惑していた。


 ―――やりすぎたかもしれない。


 いや、舐められたら舐められたで癪だし、力は誇示しておいた方が外敵に対しての抑止力になる(だから見せしめは派手であればあるほど良いというのが俺の持論だ)し、何より今の自分の魔術師としての実力がどこまで通用するのか試してみたかった。


 だから今日の模擬戦は手を抜かずに挑んだのだが……よもや予想外の秒殺から更に3連戦となるなど、誰が想像しただろうか。


 転入初日からちょっと目立ちすぎたかもなぁと思いつつ、ジュースを注いでもらったコップを受け取った。


 魔術学園東棟にある、生徒たちの宿舎。


 学年毎に、そして適正毎に振り分けられた1年C組の宿舎の一角、アンドレイの部屋からほど近い食堂で開かれた祝勝会にはC組だけでなくB組の生徒まで集まってどんちゃん騒ぎになっていた。どこから買ってきたのだろうか、スナック菓子(しかもトリュフ味って書いてる高級品じゃねーかコレ)やらジュースやらを持ち込んで、ノリは友達の家でお泊り会(という名の徹夜ゲーム大会)みたいな、何というか男子校っぽい感じになっている。まあ女子もいるけれど。


「ねえねえミカちゃん、そろそろ教えてよ」


「今日のアレ、どうやったの!?」


「アレはねえ……秘密♪」


「「「えぇー!?」」」


 ちょっとぐらいいいじゃん、と女子にモフられながらもみくちゃにされていたところで、パンパンと手を叩く大きな音が食堂に響いた。


 浮かれていた生徒たちが視線を向けるや、食堂の入り口には用務員と思われるツナギ姿の成人男性(ヒグマみたいな体格だ)が立っていて、はしゃぐ生徒たちを見回している。


「はいはい、はしゃぎたくなる気持ちも分かるけれど今日はもう遅いよ。明日も授業あるんだから、そろそろ解散解散!」


「えぇー!?」


「はぁーい……」


 消灯時間まであと20分。うん、さすがにちょっと悠長に過ぎたかもしれない。


 用務員の人に冷や水を浴びせられ、先ほどまでの熱気はどこへやら。生徒たちは蜘蛛の子を散らすように持参したお菓子やジュースを回収して自分の部屋へぞろぞろと戻っていった。


 俺もコップの中のリンゴジュースを一気に飲み干してからコップを食器の返却口へと置き、俺と用務員以外誰も居なくなった食堂を後にしようとする。


 与えられた自室へと向かおうとする俺を呼び止めるように、ヒグマみたいな体格の用務員は口を開いた。


「―――随分と派手にやったようだな、ミカ?」


「正直、ちょっとやり過ぎた感あるかもしれない」


「まあ、でも良いんじゃねえか? 上で胡坐を掻いてた馬鹿共に一発かましたんだろ? 上出来さ」


 てっきり「少し派手にやり過ぎたのではないか」と咎められるもんだと思っていたから、そう労われたのは意外だった。パヴェルもパヴェルで生まれつきの素質がモノを言う魔術界隈に何か思うところがあったのかもしれない。


「ああ、それと()()()()()は部屋に置いといた。熱々のシカゴピザだ、冷める前に食うと良い」


「ありがと」


 用務員に化けた彼にそう告げ、食堂を後にした。


 階段を上がって宿舎の6階へ。消灯時間が間近に迫っている事もあり、廊下は部屋へと戻ろうとする生徒が数名いる程度だ。ここでは22:00に消灯を迎え、それ以降の外出(※やむを得ない場合を除く)は原則として禁止される。


 【621】と記載されたプレートを見てから、部屋のドアを開けた。


 この621号室が俺に割り当てられた部屋だ。


 中は何というか、ビジネスホテルみたいな感じになっている。シングルのベッドと小さめの机、シャワーとトイレが一体となったユニットバス。前世の世界のビジネスホテルと違うところはテレビがなく、代わりにラジオが置いてあるところだろうか。


 転生前の世界でビジネスホテルを利用する機会といえば出張の時くらいだったか。ホテルに戻ってきてからお菓子と適当な炭酸飲料を片手にテレビをつけ、深夜アニメを連続で見るのが出張の時の密かな楽しみだった。


 転生前ミカエル君の出身地である岩手県では都会ほどアニメやってなかったからね……まあそれこそ、アニメを見たかったらスマホを使えばよかったんだけど、平成生まれのミカエル君からすると「アニメはテレビで見るもの」という認識があって、その辺ちょっと古い(アナログな)人間と言えるのかもしれない。


 さて、そんな自室の机の上には確かにピザの箱があった。出前なんて頼んだ覚えはないんだがな、と思いながら箱を開けてみると、中には熱々のチーズが敷き詰められた食べ応えたっぷりのシカゴピザ……なんてものは影も形もなく、よりクールな代物が収まっていた。


 グロック43―――サプレッサーと予備のマガジン3つが付属しており、アイアンサイトには暗所でも狙いやすいよう蛍光塗料が塗られている。


 親の顔よりも見た仕事道具だ。マガジンの中身は9×19mmパラベラム弾の入ったものが2つ、同じくパヴェルお手製の9mm麻酔弾が収まったものが2つある。


 既に麻酔弾入りのマガジンの片割れは装着されているようで、薬室チャンバーをチェックしてみるとダーツの矢を思わせる形状の麻酔弾が、鈍い光を放っていた。


 制服の内ポケットにそれを忍ばせ、予備のマガジンをポケットに収めて準備を終えると、まるで見計らったようにコンコン、と部屋のドアがノックされる。


 消灯時間が迫ると、このように用務員が部屋を回って生徒が帰っているか抜き打ちでチェックする事がるのだという。


『―――621、()()の時間だ』


 パヴェルの声だった。


 言われるがままに持ち物をチェックし、俺は部屋を出た。


 外には部屋を回って生徒の在室をチェックする、用務員姿のパヴェルの姿がある。


 さて―――下剋上を果たしたC組の優等生、()()()()()()()のふりをするのは今日はここまでだ。


 ここにやってきた本来の目的を果たすとしよう。


















 当たり前だが、キリウ大公の子孫が生徒としてこの学園に在籍していたという重要な情報は普通の資料室には絶対に置いていない。


 ノヴォシアとしてはキリウ大公の子孫を徹底的に隠蔽、歴史の闇に葬りたいというのが本音であろう。ならば殺すのが一番手っ取り早いのだが、しかし万一イライナ側にキリウ大公の子孫を手にかけていたことが露見すればそれこそ反帝国感情に一気に火が付くだろうし、独立の機運が急激に高まる事は想像に難くない。


 だから帝国として打てる手は『子孫に繋がる情報を徹底的に遮断し存在そのものを闇の中で塩漬けにしておく』というものに他ならない。


 そして情報についてだが、いくら帝室からキリウ大公に関する情報の遮断を命じられているであろう学園側としても、その生徒が学園に在籍していたという記録そのものまでは完全に抹消することはできない。偽名を使っていたにせよ、生徒として学園に居た事は事実であるし、当時の同級生とか親しい仲だった卒業生全員の口を封じるのもまた不可能だからだ(その同級生がイライナ出身者などであれば猶更である)。


 では、そういう重要な―――下手をすれば国家の重要機密に相当する機密はどこに隠されているのか?


 休憩時間と昼休み中の下調べで、もう既にある程度目星はつけていた。


 帝国魔術学園中央棟、教員区画。


 強い権限を持つ生徒会の生徒でもない限り立ち入りが厳しく制限されているその区画にも、貴重な資料等を保管しておく”第一資料室”がある事が、ドローンを用いた調査で判明している。


 魔力を完全遮断するカーテンや特殊仕様の窓ガラスなど、魔術による索敵を徹底的に遮断する措置が取られておりいかにもきな臭い場所だ。


 そしてそういった対魔術対策の数々は、魔術に依存した魔術師にとっては手も足も出せない最高の防犯設備に他ならないのだろうが……しかし残念ながら、魔術だけが俺たち血盟旅団の武器ではないのだ。


 麻酔弾で眠ってしまった警備員を掃除用具入れの中に押し込んでから、資料室のドアの前に立つ。


 魔術に依存したセキュリティなど、魔術を用いない物理的手段には極めて脆弱なのだ。魔術師はなんでもかんでも魔術で解決しようとする思考回路の持ち主が多い―――適性が高く、あるいは魔術界隈に長く身を置いている人間において特に顕著だ。


 警戒しながらピッキングツールを取り出して、ドアの解錠を始める。


 だからこういう物理的で、アナログな手で簡単に裏を掻かれるのさ。





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― 新着の感想 ―
ACじゃねえか......wwww 621って見て「ん?」ってなりましたけどそのまま行くとは... 腹抱えて笑いました
適正の高いボンボンを送り込んでくる大貴族相手に、さんざん苦労させられてるのは理解できるんですが…イレギュラーは排除しろ、ですか。教職員がしていい発想じゃないなあ。ACシリーズじゃないんですから。しかし…
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