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転入初日


「ねえねえミカエルちゃん、冒険者ってどんな仕事? やっぱり大変?」


「ちょっと、ミカエル様は公爵家の血筋なのよ! そんな馴れ馴れしくしたら無礼でしょ!?」


「やっぱりお金持ち? お金持ちなの!?」


「ねえミカエルちゃん、今日の昼休み暇? もし暇なら一緒にお昼食べない?」


「放課後さ、もしよかったら一緒に買い物行かない? いい店知ってるんだよ俺!」




 お  め  ー  ら  全  員  無  礼  だ  よ  。




 なんだよどいつもこいつも人の事を女扱いしやがって。何が「ミカエルちゃん」じゃボケが、ミドルネームとファミリーネームに違和感を感じる常識人はおらんのかこの発情期の獣共め。


 思いっきり『ステファノ()()()()()()()()』って男の名前になってんじゃねーかIQ最底辺共がよ。


 という感じでゲリ○スの如く毒を吐くわけにはいかない。我慢我慢、ここで変な事して妙な噂話がついて回るようになったらイライナ独立にも後々響くかもしれない……多分。


 まあもし仮に俺が実家との関係が険悪なままで庶子扱いだったら泥を塗りまくるところなのだが、今は当主も姉上に代わったし実家(というより兄姉)との関係もかなり良好になったし、何なら庶子から正式に末っ子として認められた身分なのでリガロフ家の名に泥を塗るような行為は厳に慎まなければならない。


 だから耐えろ、この屈辱に耐えるのだ。この容姿で生まれてしまった以上、こうなる事は分かり切っていただろうミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。たった2ヶ月、たった2ヶ月の辛抱なのだ。その間この絶え間ない尊厳破壊の集中砲火に耐え抜けば俺の勝ちなのだ。


 いいじゃないか、2ヶ月限定の美少女転校生ということで上手くやっていこうぜ……しかしなんだろ、スカートに黒タイツの組み合わせってエロいよね(←性癖)。


 太腿周りがスース―することに違和感を感じながらも、休憩時間中に押し寄せてくるクラスメイトからの質問攻めにもスマイルで対応。やっぱりこういう良好な人間関係の構築が社会で上手くやっていくコツだと思う。敵を増やすより味方を増やして周りの地盤をがっちり固めておくと後々助かるのである。


「ねえねえ、いい匂いするけどどんなシャンプー使ってるのミカエルちゃん?」


「ええとねぇ、ミカねぇ、ハクビシンの獣人だからこれ普通の体臭なの」


 ほら、と質問してきた女子の目の前に長い尻尾を持っていくと、ふわりとバニラの甘い香りが広がって女子が鼻血ブーした。うんなんで?


 おかしい、おかしいぞコレ。なんでみんなリアクションがクラリスのそれなのだろうか。アレか、クラリスが異常なんじゃなくてこれがスタンダードなのか? 鼻血ブーするのがグローバルスタンダードなのか???


「あー良い……良い匂いでもっふもふな毛並み、吸いたい……ミカエル様に埋もれたい」


「メスガキみたいに煽りながら耳元で囁いてほしい……」


 なんかそんな感じで呟いてる男女が居たので、ファンサということでちょっとお耳を拝借。


「―――ざぁ~こ♪」


「「ア゜!!」」


 どこから声出してるんだろうか―――声帯にエイリアンでも飼ってるんだろうか。


 首を絞めつけられたエイリアンみたいな声を出し鼻血ブーする男女。そのまま後ろにばたーんとぶっ倒れたところで、先生がガラッとドアを開けて教室に入ってきた。


「よーし授業するぞ席に着―――待ってコレ何事?」


 ケモミミをピコピコさせるミカエル君と、その周囲で鼻血ブーしてぶっ倒れてるクラスメイト達。


 転入初日から色々カオスである。俺のせいだけど。


















 三限目からはクラス移動だ。各属性の魔術師ごとに別れて、専門的な授業を行う。


 俺は雷属性なので、雷属性の魔術を専門的に教える先生の教室へとやってきたわけだが……。


 周囲の席に着く他の魔術師たちを見渡して、なるほど確かに帝国魔術師の総本山と言われるわけだと痛感する。実際に手合わせしたわけではないが、何となく本能的に分かるのだ―――相手が魔術師としてどれだけの素質を持っているのか、というのが。


 共通の授業の際は適正毎に振り分けられたクラスで授業を受けていたが、三限目、四限目から始まる専門の授業では違う。


 各クラス関係なく、同じ属性に適性を持つ魔術師の卵がここに集められる。だから俺みたいなCランク相当の落ちこぼれ(※学園基準)も紛れ込んでいれば、SランクやAランクという生まれつき素晴らしい素質を持った魔術師も同じ教室に居るというわけだ。


 たった今、俺の隣にある通路を通り過ぎていった魔術師が、俺の制服の肩にあるC組のエンブレムを見るなりあからさまに蔑むような視線を向けてきた。


 やはりそうなのだろう。SランクやAランクという、よほどのヘマをしない限り将来の栄光が約束されている優秀な魔術師たちにとってCランクやDランクの魔術師は嘲笑の対象で、逆にCランクやDランクの魔術師からすれば彼らは羨望の対象なのだ。


 なるほど、そもそも魔術が使えず、信仰心を放棄して無神論者に走ってしまう人たちの心境もこれならば理解できる。努力ではどうしようもない部分というのはどうしても生まれてくるわけだが、それをこうもまじまじと見せつけられればその心も歪むというものだ。


「ええとミカエルちゃん、気にしないでね」


 隣の席になった男子生徒(確かアンドレイだったか?)がなんだか申し訳なさそうな感じで言う。たった今、あからさまに見下されていたのを見ていたのだろう。


「うん、大丈夫。冒険者やってる時もこういうのよくあったから」


「この学園、こういうの本当に多いんだ……だから俺たちみたいなのは目立たないよう、息をひそめてやってくしかない。ああいう魔術師に限って伯爵家とか公爵家の出身者だから……」


 俺も公爵家出身なんだけどな、と言いたいところではあるが、ここはノヴォシア。ノヴォシア人がイライナ出身者の事をどう思っているかは、今更語るまでもないだろう。


 むしろ「公爵家出身で英雄の末裔なのにCランクなのか」という嘲笑が返ってくるであろう事は想像に難くない。いずれにせよ、面倒事は起こしたくないものである。


 先生が入ってきて、生徒一同は合図も無しに一斉に起立。「よろしくお願いします」という挨拶の大合唱の後、着席して一斉に教科書を開く。


 教室に入ってきたのは第一世代型の獣人のようだった。フェレットの獣人なのだろうか、くりくりとした目と小ぢんまりとしたケモミミが愛らしいが、しかし左目にかけている片眼鏡モノクルのせいなのだろう、やけに神経質そうな印象を覚える。


 先生は教壇に立つと、教科書を片手に早くも授業を始めた。39ページを開くようにという指示通りに教科書を開くと、そこには各宗派の一覧がずらりと列挙されていた。


 雷属性魔術、といってもその宗派の数は多い。俺の信仰しているエミリア教も数ある宗派の一つに過ぎず、信仰の対象は『蒼雷の騎士、エミリア』。


 信仰の対象は英霊……英霊、精霊、神の3つの種類の中で最下位、適正さえあれば魔術が使えるようになるという事もあり、特異体質であるクロスドミナントでもない限り適正の高い魔術師が敢えて選ぶ宗派ではない。


「では質問するが、魔術を使うために教会で洗礼を受けた際、紋章はどこに生じるか? ええと……では転入生のリガロフ君」


「はい」


 返事を返して立ち上がる……のだが、背が低すぎて(だって周りにフツーに180cmとかいるもん巨人かよ)どこにいるか分からないらしく、先生は「ん、リガロフ君?」ときょろきょろしている。


 仕方がない、ちょっと行儀は悪いが……。


 靴を脱ぎ、椅子を踏み台にして立った。


「利き手の逆の手の甲です」


「その通り。洗礼を受けると利き手とは逆の手の甲に、その宗派固有の紋章が現れる。教科書を見れば分るな」


 椅子から降りて靴を履くと、隣のアンドレイが黒タイツで覆われてる俺の足をガン見してきたんだけど何だコイツそういう性癖か?


 まあいいや。


 視線を教科書に向ける。


 魔術を使うために洗礼を受けると、利き手とは逆の手(俺の場合左手)の甲に、その宗派特有の紋章が現れる。この紋章は宗派ごとにデザインが違っており、そういうのに詳しい魔術師が目にすれば一発でどの宗派の魔術師なのか、どの属性を操るのかが分かるというわけだ。


 使用できる魔術は宗派ごとに違ったりするので、つまりこの紋章を相手に見られてしまうというのはこちらの手の内を相手に開示するのと同じというわけだ。だから魔術師が戦闘を行う際、利き手とは逆の手には必ず手袋を着用して紋章を隠す努力をしている(俺もいつも左手に手袋をしている)。


 エミリア教の紋章は”六芒星と幾何学模様”。少なくとも、今開いてるページの中では最もシンプルで分かりやすいデザインをしている。


「えー、原則として雷属性の魔術には大きく分けて”電撃”と”磁力”、2つの特性がある。まあ中には電気の抵抗熱を用いて”熱”の特性を見出す魔術師も居るが、これはごく少数といって良い」


 思わず顔を上げた。


 熱……そうか、熱か。


 先生は「そこまで見出すのはごく少数」と言っていたが、なるほどそこは盲点だった。確かに電気抵抗で熱は生じるし、火災の種類にも電気設備の異常が原因で生じる”電気火災”というものも存在するし電気を用いたアーク溶接もある。熱だけではなく、そこから炎もある程度操れるのだとしたら……なるほど面白くなってきた、もし可能なら戦術の幅も広がりそうだ。


 ただ、あくまでも「雷属性から派生し疑似的に炎を操る」のであって、本業たる炎属性魔術師のそれに遠く及ばない可能性がある事には留意するべきだろう。餅は餅屋、炎は炎属性魔術師。きっとこれは余程の適正の差でもない限り覆る事はないだろう。


 いやあ、最初は学園に(女子生徒として)入学する事にはかなり抵抗があった……特に女子生徒として入学する事には、だが。


 けれどもいざ入学してみるとそんな尊厳破壊の連続が気にならなくなるくらい(あれ、なんだか涙が)学ぶことの方が多くて案外悪くないかもしれない。


 僅か2ヵ月だが、学ぶことは多そうだ。


















 昼休みが終わると、今度は実技の授業がある。


 要するに、午前中の授業で習った事を実際にやってみるというものだ。


 授業が行われるのは学園の西棟にある訓練場。傍から見れば広大な体育館のような場所(昔通ってた高校の体育館3つ分くらいの広さがある)で、別の場所で訓練している生徒に危害が及ばないための配慮なのだろう、衝立のような防壁が規則的に立っているのが目につく。表面には魔術を受け流すような処置が施されているのか、さらさらと水が流れているような光沢があった。


「それではこれより実技の授業を行う。五限目は魔術訓練、六限目は模擬戦とする」


「模擬戦?」


「ああそっか、ミカエルちゃん転入初日だもんね」


 思わず口にすると、近くにいた女子生徒(名前は確かアレーナだったか)が言った。


「あまり目立たない方が良いよ、模擬戦なんてSランクとかAランクの生徒が力を見せつけるだけのものだから……」


「そうなの?」


「うん……目をつけられるとこういう時にボコボコにされちゃうんだ。だからC組の皆は息をひそめてる」


 そういえば、S組とかA組の生徒が楽しそうにしているのに対し、B組やC組の生徒はまるで肉食獣に見つからないよう息を潜める仔ウサギのようにビクビクしている様子が覗える。


 なるほどね、そういう事か。


 原則として魔術師同士の戦いは、”適性の高い方が勝つ”。


 どれだけ優秀な魔術師であっても、より上位の適正を持つ魔術師には太刀打ちできないというのが魔術師たちの常識であり、未だかつて覆された事のない事実なのだ。だからここに居るB組やC組の生徒がどう足掻いたところで、A組やS組の生徒には蹂躙されるのが関の山、という事である。


「では雷属性魔術の実演だが……そうだな、ではリガロフ君」


「はい」


「転入初日で悪いが、かの高名な雷獣(ライジュウ)異名付き(ネームド)の力、披露願えるかな」


「……喜んで」


 ほう、そう来るか。


 前に出ようとすると、C組やB組の生徒が可哀想な人を見る目でこっちを見てくる。


『可哀想に、転入初日で』


『公開処刑じゃんこんなの』


『身分を明かさなければこうならなかったのに』


 そんな囁き声が聞こえてくるが、一切を無視した。


 今まで努力してきたこの力が、どこまで通用するのか……果たして上位の魔術師に通用するか否か、見極めてみたいという思いもある。


 授業開始前に持ってきたケースから、触媒の剣槍を取り出した。柄を縮めて大剣のような姿になっているそれのスイッチを弾いて振るうと、ぶんっ、と風を切る音と共に柄が伸びて巨大な槍と化す。


 おお、と生徒たちから声が上がった。どうやらSランクの生徒は相変わらず見下すような視線を向けているが……まあいいさ、蔑まれるのには慣れてる。庶子だし。


 剣槍を磁力で浮かせて両手をフリーに、そのまま指先を床に這わせるように振るい、一気に魔力を放出した。


 雷爪らいそう―――蒼く輝く電撃の斬撃がそれぞれ5つずつ、合計10本も放射状に撃ち出されるや、標的として用意されていた衝立に命中する。


 バヂンッ、と派手な音を発する―――だけでは終わらなかった。


 加減をミスったか、あろう事か標的となっていた衝立があっさりと細切れになるや、それでも殺し切れなかった合計10発の斬撃が反対側に用意されていた衝立を直撃。それすらもあっという間に溶断、細切れにして訓練場の向こうの壁を直撃。派手な電撃を発してやっと止まった。


「……あの」


「……」


 そっと後ろを振り向くと、先生はちょっと驚いたような顔をしていた。


 やり過ぎた……というか、触媒が強すぎた。


 まあいい、これくらい力は見せつけておいた方が今後のためにもなる。


 変に「目立ちたくないな~」とか「実力は隠さないと」みたいな事はしないからね、ミカエル君は。


 持っている力は全力で誇示する―――それが抑止力になるのだから。





「―――後はもういいですか?」





 けろりとした顔で先生に問うと、先生は「あ、うん」と変な返事を返すのだった。




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― 新着の感想 ―
ミカエル君。もう尊厳破壊に慣れたというか割り切って、魔性を積極的に使いこなすようになりましたね…ミドルネームなどを見ても教職員ですら男子と気づかないのは、流石に草です。まあパヴェルとクラリスのコーディ…
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