転入生がやってきた
まさかの学園編
帝国魔術学園。
ノヴォシア帝国、学術都市ボロシビルスクに存在する、帝国魔術師育成機関の最高峰。その門を叩くのは決して簡単な事ではなく、最低でもC以上の適正を持つ魔術師でなければ門前払い。一応は魔術の発動が可能ではあるが、適性の低いDランク相当は素質無しと断じられ切り捨てられてしまう。
田舎から苦労してここに入学したのは良いが……俺、『アンドレイ・バレンスキー』にとっては苦難の連続と言っても良かった。
適性の高い上の連中には見下され、馬鹿にされ、肝心の授業にも何とかついていくのが精一杯という有様。地元では「優秀な魔術師」だの「神童」だの持て囃されていたが、井の中の蛙という言葉が今の自分には本当によく似合うと思う。
窓際の一番後ろにある席で溜息をつき、頬杖をつきながら窓の外を見た。
今日も苛酷な毎日が始まる―――教室に入ってきた担任の先生の「よし、じゃあ今からHR始めるからな、起立!」という声を合図に席から立ち上がり、おはようございます、と先生に挨拶してから着席する。
確か今日の授業は午前中が座学、午後が実技だったな……まあ毎日そんなものか、と思いながら視線を窓の向こうへと向けようとしたその時だった。
「えー、突然だが今日は転入生が来ている」
え、転入生? この時期に?
唐突に生じた、小さな日常の変化。一体誰だろうか、こんな時期に。
教室の中がざわついた。転入生がやってくるなんて誰も聞いていなかったのだろう、教室中が浮かれ始めるが、先生が「はい静かに!」と少し大きめの声で注意してから咳払いする。
「それじゃあ、入って来てくれ」
そう言うなり、ガラッとドアが開いた。
教室に入ってきた転入生を見て、俺は―――というか、教室に居た全員が言葉を失った。
だってその転入生は、その……ずいぶんと小さかったからだ。
背丈はその辺の子供と変わらないのではないだろうか。白いワイシャツを思わせる上着と白いフリル付きの蒼いスカート、それから魔術学園の校章が刻まれた蒼く少し長めのケープという、学園指定の制服に身を包んだその小柄な転入生は、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらケモミミをぴょこぴょこと揺らして、黒板の前までやってきた。
え、何アレ……子供?
確かにまだ10代前半の子供に見えなくもないが、しかし随分と愛嬌のある顔立ちをした少女だった。くりくりとした銀色の瞳を純白の睫毛と眉毛が彩り、ケモミミも含めて頭髪の色は闇のような黒。しかし前髪と一部は白く、髪は外側に跳ねていて活発な印象を受ける。
背丈は150cm程度(小さくね?)。胸は当然の如く全く膨らんでおらず、黒いタイツで覆われている足もまだ未成熟な印象(とはいえ鍛えられているらしく引き締まっている)を受ける。
スカートの後ろからは灰色の体毛に覆われた長い尻尾が伸びている。ケモミミの形状と頭髪の色合いから、おそらくはハクビシンの獣人なんだろうなぁ……と思った。
クラスメイトの反応はというと。
男子、女子共にキャッキャしていた。
『うお、可愛い娘来た』
『ロリ系か……良い』
『えー何あの子可愛いんだけど……色々着せ替えしたいなぁー』
『どこかのアイドル? そっち方面で食べていけるルックスしてるわよあの子』
『あの子の薄い本欲しい』
オイコラ最後。
ただまあ、確かに可愛いとは思う。マスコット的な可愛さではなく、まだ無邪気さを残した少女としての可愛さがある。
「では自己紹介を」
「はいっ。ええと、おr……私、”ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ”! 冒険者やってます!」
その自己紹介を合図に、今度は教室中が静まり返る。
「え……」
「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフって……」
「まさかアレか、雷獣の異名付きの」
「ゾンビズメイを討伐したっていうあの?」
「こんな可愛い子が!?」
ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ―――少しでも冒険者界隈の知識がある人ならば、多分誰だってその名を聞いた事があるとは思う。
別名『雷獣のミカエル』。イライナ地方キリウの公爵家、リガロフ家に生まれた5番目の子供(庶子という説も)であり、冒険者として旅に出てから頭角を現した存在。イライナ地方アルミヤ半島を根城にしていた海賊討伐を皮切りに、ベラシア地方でのガノンバルド討伐、未知のエンシェントドラゴン『マガツノヅチ』討伐、そしてゾンビズメイの討伐を立て続けに成し遂げ、異例のSランク冒険者へ飛び級を果たした実力者である。
最近では皇帝陛下から直々に竜殺しの称号を授与されたと聞いている―――過去にそれを受賞したのは、ズメイを封印へ追いやった大英雄イリヤーと、その盟友ニキーティチの2名のみと聞いている。
おまけにミカエルは大英雄イリヤーの子孫、その血筋の末席に連なる存在。つまりれっきとした英雄の血脈に連なる人物という事だ。
しかし雷獣なんて勇ましい異名があるものだから、もっと筋骨隆々で身長2m超え、体重100㎏オーバーという筋肉モリモリマッチョマンの変態を想像していたのだが、こんなにも小柄で華奢な子があの高名な雷獣だなどと、何の冗談かと思ってしまう。
まあ、人は見た目にはよらないというが……。
「えー、知っての通り彼女は冒険者として有名なあの雷獣の異名付きだ。2ヵ月という短期入学ではあるが、仲良くするように」
「みなさん、よろしくお願いしますね♪」
ロリボでそう言いながらウインクするミカエル。男子と女子の何名かがそれで鼻血ブーしてぶっ倒れた。何だコイツ。
とかいう俺も油断してたら危なかった……ヘルメットが無ければ即死だった(?)。
「それじゃあリガロフ君、あそこに。バレンスキーの隣の席が空いてる」
「はい」
え、俺の隣?
嘘じゃろと思いながら隣を見ると確かに空席だ。まあ、そこは先週まで在籍してたが成績の関係で退学を喰らった女子が座ってた場所なのだが。
鞄を片手にこっちにやってきたミカエルは、ニコニコしながら「えへへ、よろしくね」と隣に居る俺に挨拶してくるんだけど何だコイツめっちゃ小さいし可愛いしバニラっぽい良い匂いが香ってきてもうダメだ俺飛ぶ意識飛ぶ空を飛ぶフライアフェイ。
いけないいけない、意識をしっかり保てアンドレイ。ドチャクソに可愛い転入生が隣の席に来るとか言うラノベ的な展開にノックアウトされてる場合じゃないぞアンドレイ。
さすが、帝国の魔術学の中枢と謳われるだけの事はある。
事前に購入した教科書一式と筆記用具(全部パヴェルがギルドの経費で落としてくれた)を用意してノートを取りながらそう思う。
やはり書店で購入した教本を使って独学で勉強するよりも、専門の教育機関で講義を受ける方が遥かに有意義だ。教本に乗っているような基礎的な部分から俺では思いつかないような応用まで授業で解説されていて、目から鱗どころか目がそのままポロっと行きそうなレベルで学びになる。
さて、それはそうと、だ。
俺が転入したのは1年C組。1クラスの生徒は60人ほどで、クラス分けは魔術師としての適正で割り振られるのだそうだ。適正に優れ将来有望な人材はS組、その次がA組、それにB組が続き、凡人の域を出ない出来損ないはこのC組に割り振られる。
一応、魔術の発動は適正Dランクでも可能だが、学園としてはそこまで素質がないと成長の見込み無しと見做し切り捨てているようだ。
残酷なようだが、魔術に関しては本当に生まれつき持っている適性がモノを言う世界なので致し方ない。だからこそ一部のものは救いを求めて錬金術を修めようとするが、その難易度に絶望し去っていく。
さて、そんな学園の最下層、出来損ないの掃き溜めとでも言うべきC組に割り振られてしまったミカエル君(※最近ちょっと信仰心のおかげで適正伸びてC+になりました)。授業の内容もクラス毎に微妙に異なるようで、まあCクラスは「英霊の力を振るうのがやっとの凡人はまあ上手くやってね」的な感じ、あまり学園側も期待していない様子だ。
んで授業の方は一限目と二限目が魔術基礎、三限目と四限目が属性毎に分かれて専門的な授業を行い、五、六限目で実技に入るといった感じか。
1年生はこんな感じの毎日が1年間続き、2年生になると専門的な授業がさらに増え、3年生になるともっぱら専門授業だけを受けるようになるのだそうだ……まあそこまで学園に在籍しているつもりはないし、本来の目的もここで単位を取って帝国魔術師を目指すわけでもないのだが、学べるものはキッチリ学んでいこうと思う。
努力して得た成果は、一生の宝ものだから。
しかし、なんというか……。
「えー、原則として魔力の回復は自然回復を待つほかなく、過度な魔力消費は魔力欠乏症として身体症状が出る。軽度であれば脈の乱れや動悸、激しい発汗にふらつきなど。これが重症化すると目や耳、鼻、口からの出血が始まり、さらに進行すると命の危険がある。魔力とは生命力の一部であり、したがって残量20%を下回る魔術の使用は厳に慎んで―――」
やっぱりと言うべきか、何と言うべきか。
今やってるのは魔術基礎、魔力コントロールについての授業。んなもん知ってるよという知識から知らなかった意外な知識に至るまで幅広く解説してもらっているのだが……やっぱり、恒久汚染地域で拾った魔導書にあったあの理論、外部からの魔力緊急補充はあまり知られていないようだ。
同じ属性の攻撃を受けた際にそれを魔力に変換、体内に取り込むことで魔力の緊急補充を行う―――ゾンビズメイ戦の終盤、土壇場でモノにしたそれがあったからこそ、人力レールガンとかいう頭おかしい作戦であの化け物を打ち破る事が出来たと言っても過言ではない。
やはりあの理論は知られていないようだ。あるいは、知られていても机上の空論だと断じられ、絵空事だと認識されているのだろう。
ならばこれは、今の時代に限れば俺だけが知る強みに他ならない。これは武器になりそうだ。
「先生」
「はい、アレーナ」
アレーナ、と呼ばれた女子生徒が手を挙げて立ち上がった。
「魔力量を後天的な努力で上げる事は出来ないんですか?」
「不可能だ」
先生は指先でくいっと眼鏡を持ち上げながら、バッサリとそう断じた。
「適正については、信仰心を示す事で多少は上昇する。とはいってもCがC+になる、程度の微々たるものだ。雀の涙程度、けれどもやらないよりはマシくらいの変化ではあるが上がると言えば上がる。だがしかし魔力量については、こればかりはどうしようもない。完全に生まれ持った素質で、どうあがいてもそれは変化しないのだ」
そう、それは俺も良く知っている。
魔力量については完全に生まれ持った素質だ。どんなトレーニングをしても、どんな霊薬を飲もうともその絶対量は決して上下しない。
ちょうどいい、と言いながら先生は黒板にチョークを走らせた。
「そして魔力量というのは、大概その魔術師が生まれ持つ適性に見合う量に最適化されている。例えばお前たちCランクの魔術師であればそれ相応の魔力量、Sランクであれば圧倒的な魔術の発動を支えるのに必要な魔力量……といった具合にだ。だがごく稀に適正と魔力量が一致しない特異体質の魔術師も生まれてくる」
例えば、適性が高いくせに魔力量が雀の涙ほどしかなく、一発でも魔術を使うとぶっ倒れるような奴とか、あるいは適正がクソほど低いにもかかわらず一ヵ月不休で魔術を発動し続けても涼しい顔をしてるド変態とか、まあそんな具合だ。
「こうした適正と魔力量が不一致となる特異体質の魔術師を【クロスドミナント】という。ちなみにこのクラスでクロスドミナントの判定を受けた者は?」
先生がそう聞くと、2人ほどそっと手を上げた。
何というか、恥ずかしそうな、というかどこか申し訳なさそうな顔をしているところを見ると、Cランクでありながら魔力量が多いのではなく、Cランクでありながら魔力量不足というマイナスの方のクロスドミナントなのだろう。
意外と居るもんなんだな、と思いながらノートを取る。この辺テストに出そうだ……そうじゃなきゃわざわざ授業で言わないだろうとは思ったが、そもそも俺2ヵ月の短期入学だからテストすら受けないで学園を離れる事になるんだった。
まあいいや、とりあえず真面目にやっておこう……。




