表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
681/981

足跡を追って


 情報屋との取引で大事なのは、「その相手が信用できる情報屋である事」。


 彼等との取引に求めるのはただ一つ、その情報が正確である事―――その一点に尽きる。欲しい情報を正確に伝えてもらえなければ困るのはこっちだし、情報料として渡した金も実質的に騙し取られた形となってしまうからだ。


 情報屋の中には事実と異なる情報をさも事実のように告げ、金をむしり取っていく詐欺まがいの輩が一定数存在している……というより、そういう連中の方が多数派だ。本当に正確な情報を提供してくれる情報屋というのは、今のご時世では貴重なのである。


 だから情報屋との取引を考えている場合は複数の候補をリストアップし厳選、最も実績のある情報屋と取引を行う事。これがこういう界隈で上手く渡り歩いていく秘訣である、とパヴェルは嘯くが、まあ異論の余地がないほどにその通りだ。


 金には色んなものが寄ってくる。富、名声、男、女……しかし金に寄ってくるもの全てが良いものとは限らない。むしろ、悪いものまで余計に引き寄せてしまう。


 きっと金にはそういう”魔力”が宿っているのかもしれない……などと思ってしまうのは考え過ぎだろうか。


 帝国の最先端を征く学術都市アカデムゴロドク。煌びやかで、規則的に建てられた建物は真上から見ると息を呑んでしまうほど規則正しく、そして美しく放射状に広がっているのだろう。


 一部の旅人は、この街をこう呼ぶ―――『白亜の都市』と。


 白く、煌びやかで、透明感に満ちた幻想の街、ボロシビルスク。街中には最新モデルの乗用車や戦闘人形オートマタ、最新鋭の装備に身を包んだ兵士が闊歩し、帝国の技術力を内外へとアピールする技術の始発点。


 だがしかし、そんな栄光に満ちた場所にも闇はまた存在する。


 それもそうだろうな、と思う。光が当たれば相応に闇も生まれる。完全な光だけの状態というのは決して有り得ないのだ。


 地下へと続く階段に、足音が反響していく。


 えた臭いに顔をしかめた。ぺちゃ、とブーツで踏み締める石造りの階段から湿った音が聴こえてくる。ちらりと見下ろすと階段はうっすらと濡れていて、どうやら壁に生じた亀裂の僅かな隙間から地下水が染み出ているようだった。


 大丈夫かこれ、と少し心配になる。階段はまだまだ続いており、このまま下っていったらいずれ地下にある区画は水没しているのではないだろうか、ひと泳ぎする羽目にはならないか―――カナヅチというわけではないし、むしろ泳ぎは得意(中でも犬かきが得意。ハクビシンなのに)な方なのだが、地下と水漏れという組み合わせにそんな悪い想像ばかりが働いてしまう。


 しばらく下っていくと、やがてそこに随分と古い木製のドアが姿を現した。年季が入った、随分と粗末なドア。まるでどこかのボロ屋からそのまま持ってきたか、あるいはその辺の木片を繋ぎ合わせて作ったような、蹴りの一撃でも叩き込めば簡単に崩れ去ってしまいそうな、そんな頼りなさがある。


 なんというか、情報屋の住処というよりは浮浪者が勝手に住み着いている下水道のようにも思え、パヴェルの奴まさか騙されたのでは、とまで思ってしまう。キリウにもこういう場所はあったのだ。地下は暗く不潔でとにかく臭いが、しかし雨風はしのげるし、下水と一緒に張り巡らされている蒸気配管(冬季の凍結防止用だ)もあるから冬の寒さから身を守れる。そういう事もあって、冬になると下水の中には浮浪者たちがよくぎゅう詰めになっていた。


 やはりここもそうなのだろう、天井には蒸気を通していると思われる配管がまるで巨人の血管みたいに張り巡らされていて、腐食した配管の一角からは蒸気と熱水が漏れ出ていた。


 コンコン、と義手でノックするパヴェル。数秒ほど待つとドアの向こうから、ぼそぼそとした男の声が聴こえてきた。


『Я чувствую себя очень пьяным с утра, и это меня беспокоит(朝から酔いが酷くて困ってる)』


『Заткнись и пей водку(いいから黙ってウォッカを飲め)』


 気のせいだろうか。


 合言葉の類なのだろうが、ものすごく何というか……なんだろう、人として大切なものを失った人間同士の会話というか、肝臓に優しくない生活スタイルというか……。


 しばらくして、ドアに備え付けられた鉄製の小さな覗き窓が開いた。向こうからはくりくりとした目の、それでいて毛むくじゃらの顔が見える。第一世代型の獣人なのだろう、少なくとも人間にケモミミと尻尾、それから肉球がついたような第二世代型獣人の骨格ではなかった。


 ガチャ、と鍵の外れる音。軋む音を立てながら開いたドアの向こうに立っていたのは、身長2mくらいはあろうかという大柄な、熊のような獣人の男性だった。


 ケモミミや顔、体毛の特徴、それから何となく漂うポップコーンに似た香りで、それがビントロングの第一世代型獣人である事が分かる。


 獣人には大きく分けて2つの種類がある。獣に近い骨格と姿を持つ第一世代型と、ケモミミや尻尾などの特徴を除けば人間とそう変わらない姿の第二世代型だ。血盟旅団では範三が第一世代型、それ以外の仲間は第二世代型に分類される。


 身体能力や知能にも差があり、第一世代型は身体能力に優れるが知能は第二世代型よりやや低く、骨格も人語の発声に適していない事から特有の訛り(なんかふがふがした感じ)がある、という特徴がある。


 それに対し第二世代型は身体能力では劣るものの知能は人間とそう変わらず、人語の発声も滑らかだ。


「よく来たな」


 流暢なイライナ語で言うと、そのビントロングの情報屋(なんか毛玉みたいだ)は俺たちを住処の中へと招き入れてくれた。


 応接室なのだろう、入り口のドアのボロさに反して中はしっかりと掃除されており、清潔なカーペットの上には木製のテーブルと来客用のソファが、そして壁に沿うように家具一式が並んでいる。向かって奥側が寝室やらキッチンやらで、トイレとかシャワーもそっちの方にあるのだろう。


 どっかりとソファに腰を下ろすなり、パヴェルは早くも本題に入った。


「キリウ大公の子孫についての情報が欲しい」


「……手に入れるのには苦労したよ」


 そう言いながら、情報屋は向かいのソファに座ってポケットから煙草を取り出した。ライターで火をつけようとするが、故障でもしたのかカチカチと金属音を鳴らすばかりで一向に火が付く気配はない。


 そっと差し出されたパヴェルのトレンチライター(12.7mm弾の空薬莢を改造して作ったお手製のライターだ)に火をつけてもらい、情報屋は礼を言ってから煙草を吸い始めた。


 煙を吐き出し、机の上に数枚の資料を置く情報屋。白黒写真も添付されたそれを受け取ったパヴェルがそれに視線を巡らせると、情報屋は親しみを込めた笑みを浮かべながら言う。


「アンタの頼んでくる仕事はいつもハードだね」


「申し訳ないとは思ってる」


「いいさ、たまにはスリルが欲しくなる時もある」


 吸いたいなら吸いなよ、と言われ、パヴェルも葉巻に火をつけた。


「……情報が少ないな」


「仕方ないさ、帝室の連中が徹底的に情報を消してる。それくらい恐れてるのさ、イライナ公国復古をね」


 今気付いたが、この情報屋はさっきからイライナ語で話をしている。それもノヴォシア訛りやベラシア訛りが全くない―――まるでイライナ語を母語として生きて来たかのような、そんな自然な発音だ。


 おそらくはイライナ出身者なのだろう。このノヴォシアでは風当たりが強いだろうに……。


 情報を読み進めるや、パヴェルは傍らに控えているクラリスに向かって頷いた。金を渡してやれ、という意味と受け取ったクラリスは、ぺこりと一礼してから持参したアタッシュケースをそっと机の上に置き、ロックを外して中身を見せる。


 収まっているのはライブル紙幣の札束だ。小さめの浴槽であれば、敷き詰めて札束で入浴できそうなくらいの量がある。


 するとパヴェルは上着の袖を捲り上げた。人工皮膚で覆われたそれを肘の辺りからくるくる回し始めたかと思いきや、カチリ、という金属音と共に義手を取り外してしまう。


 中からごろりと重そうな音と共に零れ落ちてきたのは、3つの金塊だった。


「……要求したのは500万ライブルの筈だけど」


「この写真は頼んでなかった」


 だから追加報酬を払う(色を付けた)だけの事さ、とパヴェルは言った。


 それだけ今回の仕事には危険が伴ったのだろう―――何せ、キリウ大公の子孫に関する情報は帝室がガチで隠蔽している重大案件である。もしキリウ大公の子孫がイライナ側の手に渡れば間違いなく祭り上げられ、国際社会に対する独立の正当性をアピールするのに利用されてしまうからだ。


 しかし殺すわけにもいかない。もしその事がイライナ側に知られれば、弔い合戦と称し軍事衝突に発展する恐れもある。


 いつ、どこで両陣営のスパイが見張っているかも分からない状況でベストなのは、キリウ大公の子孫を生かさず殺さず、日陰に幽閉しておく事なのだ。


 だからキリウ大公の子孫は生きている―――このノヴォシアのどこかで。


 そんな、知り得れば国家権力が消しに来るような闇を探ったのだ、彼もきっと生きた心地がしなかったに違いない。たまにはスリルが欲しいだなんて軽口を叩いていたが、はっきり言って俺は遠慮したくなる。


 財布を取り出し、中から札束を一つ机の上に置いた。


 俺からも気持ちだよ、と視線を向けると、情報屋は「ありがとうお嬢ちゃん」と言いながらその札束を受け取った。


 やっぱ引っ込めようかなこの札束……いや、俺の尊厳……。


















 

 『この世で軽いものは2つある。羽毛と、それから私の尊厳だ』


 ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ、記者のインタビューに対して


















 その後、4人の情報屋の元を回った。


 いずれも人当たりの良い人ばかりで、悪い印象など全く抱かない。情報屋といったらもっと冷淡で金にがめついイメージがあったのだが、そんな先入観が良い意味で払拭されたような、そんな気分だ。


 列車に戻ってくるなり、カーチャとパヴェルが早速手に入れた情報の統合を始める。


 情報源ソースは常に複数確認しておくこと―――カーチャが諜報についてパヴェルから学んだ際、最初に教え込まれた事なのだそうだ。情報源ソースが一つだけではその情報源ソースが誤っている可能性も否定できず、後で取り返しのつかない事になる。だからあらかじめ複数の情報源ソースを用意しておき、それらを照らし合わせて同じような情報が見られたものを信憑性の高い情報として認識するのだ、と。


 そうやって加工された情報が、1号車1階にあるブリーフィングルームのホワイトボードに列挙されていく。


 情報収集初日、断片的ではあるが信憑性の高い情報としては以下のものが挙げられた。



・キリウ大公はジャコウネコ科の獣人であった。

・そのため子孫もジャコウネコ科の獣人である可能性は高い。

・確実に確認できる範囲で7回ほどイライナへ亡命を試みているが、その6回は失敗し7回目で子孫のうち1人が行方不明になっている。

・90年前、帝国魔術学園に”マリア”と偽名を与えられ在籍していた事がある。



 5人の情報屋から購入した情報のうち、信憑性が低いと判断された情報は排除された。


 残ったのはたった4つの情報だけ……箇条書きにすればすぐ終わってしまうほど薄っぺらく、しかし今の俺たちにとっては地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸にも等しい、貴重な情報には違いない。


 さて、どうするか……。


「ジャコウネコ科……ねぇ」


「意外とミカだったりして」


「んなわけあるかい」


「でもどうでしょう、お母様の血筋を調べてみては」


「それはジノヴィ兄さんに任せてみるか……」


 マジで俺の祖先の中にキリウ大公が居たらどうしよう……いや、ないとは思うけど。でも母方の家系ってノヴォシアから来た人も居るんだよな。アンドレイ(アンドリー)お祖父ちゃんとかもろにノヴォシア出身者だし。


「魔術学園にも情報は残ってそうだな」


 そう言うと、パヴェルは長旅の間なかなか剃る事も出来ず伸び放題になっていた無精髭を義手の指先で撫でた。


「……ミカ、学園モノのラノベは好きか」


「なんだよ急に」


「1巻目でツンデレヒロインに『あたしの下僕になりなさい!(※パヴェル裏声)』って言われたりとか、転校生としてみんなにちやほやされたりとか、校舎の裏に呼び出されて美少女から告白されたりとか、そういう甘酸っぱいイベントは好きか」


「待て待て待て圧が、圧が強い」


「クラリス」


「はい、こちらに」


 どこから取り出したのか、いつの間にかクラリスの手には制服っぽいものがあった。


 ワイシャツのような上着と肩回りを覆う蒼く長いケープ。そして何故か、白いフリルが眩しい蒼を基調としたスカートと黒いタイツ。制服の胸元とケープの肩の辺りには帝国魔術学園の校章が飾られており、まあなんというか魔術師っぽい意匠を各所に散りばめたような、そんなデザインとなっている。


 いや、それ女子用の制服では?


「ミカ」


「なんだよ」


雷獣ライジュウ異名付き(ネームド)のお前は知名度も高い。学園に潜入できれば魔術についても学べるし、ついでに調査も出来る」


「調査をついでにするんじゃねえ」


「それにその愛嬌のある顔、異性同性問わずみんなメロメロだ」


「だから何だよ」


「ロリでもショタでも行ける万能選手! 同人誌レギュラー!」


「ただの尊厳破壊じゃねーか」


「というわけで既に短期入学の手続きは済ませておいた」


「オイちょっと待てお前いつの間に」


「筆跡も真似したし寝てる間にお前の肉球使ってスタンプも押しておいた」


 ほら、と短期入学願書を見せるパヴェル。確かにそこには4×3.5cmくらいにカットされたミカエル君の白黒写真と完璧にコピられた筆跡での署名、それから寝てる間に押されたという俺の肉球スタンプまでしっかりと押されており、後は提出待ちという有様だった。


 しかも制服(女子用)まで用意してるなんて……なんで、なんでみんなそんなにミカエル君の尊厳を破壊したがるのだろうか。俺何かした? 俺、また何かやっちゃいました?


 こうして本人の意向をガン無視して、帝国魔術学園への短期入学……を隠れ蓑にしたキリウ大公一族の調査作戦が幕を開けた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
確かに羽毛並に軽いですね、ミカエルくんの尊厳…別にこれが初めてじゃないとは言え(この段階で酷い)、女学生に扮装してキリウ大公の痕跡を調べてこいとか、ミカエルくんの尊厳破壊案件。書物にしたら六法全書レベ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ