雪原の向こうに
キリルから渡された資料は、はっきり言って全部読むぞという気力を削ぐには十分すぎる量だった。小学生の頃、学校の図書館に置いてあった辞書のような厚さの資料が3つ、管理局で働くキリルの真面目さを反映しているかのように、きっちりとまとめられた状態で置かれている。
外はすっかり日が暮れ、雪に覆われたザリンツィクの外周部は闇に包まれていた。辛うじて市街地中心部の夜景が光源となっており、駅の周辺は比較的明るい。が、ルカたちが前まで住んでいたスラムの辺りの灯りは疎らで、明りを灯す事が出来る者とそうではない者を明確に分けてしまっている。
パヴェルが持ってきてくれた軽食のパンケーキ(ミカエル君こういう甘いものが大好きなのだ)を口に運びながら、とにかく資料をチェック。アルカンバヤ村の人口や駐留している守備隊の兵力、物資の備蓄状況だけでなく、周辺の地形や気候、近隣に生息する魔物や過去の襲撃の事例など、とにかく資料に記載されている情報の山の中から今回の依頼に必要な情報を取捨選択し、頭の中へ詰め込んでいく。
アルカンバヤ村はザリンツィクから北方に90㎞進んだ先にある。道中は特に山も谷も無い、平坦な平原だ。まあ雪が降り積もっているせいで今はなかなか大変な事になっているが、管理局が比較的通行可能なルートを教えてくれたので、そこを通って村に行く予定である。
結局、この依頼は受けることになった。もちろん俺1人の一存ではなく、メンバー全員と話し合っての事だ。結果は全会一致で賛成、晴れてアルカンバヤ村の救援に参加する事となった。
出発は2日後の朝5時。雪道という事もあり、2時間ちょいくらいで向こうには到着するだろう。参加メンバーは俺、クラリス、モニカの3人。パヴェル、ルカ、ノンナの3人は列車に残る事になっている。
さすがに90㎞も離れれば、無線での列車との連絡は不可能になるだろう。ではなぜパヴェルはサポートができないにも関わらず列車に残るかと言うと、例の赤化病の真相についての調査を行うためである。
衝撃の事実が明らかになってから1ヵ月が過ぎようとしているが、未だにどこの貴族が疫病を蔓延させたのか、それどころか、その情報は本当なのか、という裏付けすら取れていない状況だ。俺たちを無線でサポートしながらの調査だから、進行がどうしても遅くなってしまうというのは理解できる。
だから今回、このタイミングを利用して調査に本腰を入れたいのだそうだ。
まあいいさ、仕方がない。
今回くらいは俺たちだけでやってやる。
バキュッ、と木製の的の腕が吹き飛んだ。
5.56mm弾であれば、腕に風穴を穿つだけで済んだ一撃。しかし装薬の量も増え、弾丸の直系も更に大きく、重量も重くなっているとなれば威力に大きな差が出るのは明らかだ。
こりゃあ対人戦では使えないなと威力に畏怖する一方で、魔物相手の戦闘であればこの火力がカギになる、と頼もしく思う。
新たに生産したライフル―――『AK-308』の破壊力は、期待以上のものだった。
AK-12をベースに、使用弾薬を7.62×51mmNATO弾、すなわち西側で採用されているライフル弾に変更したモデルである。今のところ、AK-12のバリエーションの中ではフルサイズの弾薬を使用する唯一のものだ。
厳密にはアサルトライフルではなく、『バトルライフル』という別のカテゴリに分類される銃だったりする。従来のライフル弾をベースに装薬量を減らした中間弾薬を使用する事により、フルオート射撃を容易にしたのがアサルトライフル。それに対し従来のフルサイズのライフル弾をそのまま使用するのがバトルライフルである。
アサルトライフルと比較した際の利点は、使用弾薬や銃身の長さの関係で威力が高く、射程も長く、弾速も速い。場合にもよるが、生半可な遮蔽物もろとも向こうにいる敵をぶち抜く芸当だって可能だ。
しかし欠点がないわけではない。第一次世界大戦以降、多くの国が”軽量でフルオート射撃が可能な自動小銃”の開発の過程でぶち当たった壁に、バトルライフルもぶち当たっているからだ。
すなわち「反動の強さ」である。
そりゃあ弾丸の発射に使う装薬の量が変わらず、重機関銃みたく反動を相殺できるほどの重量もない。単発での射撃なら満足いく結果が得られるが、フルオート射撃ともなるとね……。
じゃあ何でそんなの選んだんだよ、となるが、ちゃんと理由はある。
資料で呼んだのだが、アルカンバヤ村の周辺は遮蔽物が殆どない平原となっている。地形だけで言うとアフリカみたいな場所と言っても良いほどだ……キリルがくれた資料が本当の話ならな。
遮蔽物が全くない屋外での戦闘となると、交戦距離、すなわち敵と戦闘を行う距離は長くなる。アサルトライフルでも対応できないことは無いのだが、威力と射程に関してはバトルライフルの方が上であり、室内戦で常に付きまとう取り回しの問題も表面化しにくい事からこっちを選んだ。
それともう一つ―――今回の相手は人間ではなく、魔物だ。
当然だが、魔物と人類の身体構造は異なる。筋肉も、骨格も魔物の方が強靭で、生半可な攻撃ではなかなか倒れない。だから小口径の5.56mm弾よりも大口径の7.62mm弾が有効だと判断した。グリズリーみたいな大型の動物の狩猟の際に、威力に全振りしたような高威力のライフル弾が好まれるのと同じような理由だ。
というわけで、今回のメインアームはこのAK-308で行く事にした。
武器を変えたのは俺だけじゃない。
作戦に参加するクラリスも、モニカも、メインアームは変更している。
クラリスが持っているのはドイツの『G3A3』。モニカ救出作戦の際に使用したMP5の原型になったドイツのバトルライフルである。冷戦の時代に生まれた銃だが高い信頼性と火力、射程は今でも高く評価されている傑作で、G3シリーズは現在でも戦場でその姿を目にする事があるという。
そしてその反対側のレーンで派手に弾丸をぶちまけているモニカが持っているのも、そのG3の系列に連なる代物だ。
G3と同じく、ドイツ製の『HK21E』。簡単に言うと彼女が愛用していたHK13の使用弾薬を5.56mmから7.62mm弾に変更し、マガジンではなく従来の機関銃と同じベルトで弾丸の装填を行う方式に変更した、いわゆる”汎用機関銃”仕様である。
操作方法も似通っているので訓練期間の短縮になり、更に使用弾薬も同じであることから場合によっては弾薬の共有も可能という点からこうなった。
「反動キツイわねこれ」
レーンにある台の上に二脚を立てて撃ちまくっていたモニカが、銃から手を放しながら呟く。そりゃあ今までの弾薬と違う、より大口径でパワフルな奴を撃ちまくるのがそのHK21Eなのだ。
俺もセレクターレバーを中段に切り替え、レーンの奥に立つ的を狙って引き金を引いた。
「!!」
今までとは比較にならない程の強烈な反動。まるで発砲の度に、ヘビー級ボクサーの本気の右ストレートを肩に受けているかのようで、銃口がもう荒れ狂う獅子のように暴れ回る。
何とかそれでも20発分撃ち終え、息を吐いた。
これがフルサイズのライフル弾をフルオートで撃つって事か。
フルオート射撃と相性の悪い、旧来のライフルのスタイルで採用された初期型のM14はもっと悲惨だったんじゃないだろうかと思う。
普段でもそうだが、フルオート射撃っていうのはそんなに多用するもんじゃない。大量の弾丸を敵にぶちまけて制圧するのは機関銃の仕事で、せいぜい30発くらいのマガジンしか支給されないライフルマンはセミオートでパンパン撃つのが仕事。必要な時を除いて、大量の弾薬を消費するフルオートは封印である。
バカスカ撃ちまくっているのは映画の中くらいだ。
出発は2日後―――それまでにこの強烈な反動に慣れなければならない。
あとそろそろ、ランチャー系の武器にも手を出してみようと思う。銃弾が通用しないような化け物だろうと、きっと”大人しく”させられるだろうから。
外はまだ暗い。
格納庫の中は機械油の臭いが充満し、外から洩れこんだ冷気でかなりひんやりとしていた。冷蔵庫の中にでも放り込まれたかのようで、暖房の効いた他の車両と違って、最後尾に連結されている格納庫だけは寒い。
白い息を吐き出しながら、格納庫の中で眠りにつく車両―――オリーブドラブに塗装されたブハンカに、最後の物資を積み込んだ。
ザリンツィクを離れた場所での作戦となるので、物資はとにかく詰めるだけ積み込んだ。予備の弾薬、回復アイテム、食料に水。特に水は重要だ。その辺にある大量の雪を水分代わりに摂取する、なんて馬鹿な事はノヴォシア人はしない。そんな馬鹿な事が必要になるほど追い詰められていれば話は別だが。
後はアルカンバヤ村守備隊に支給するための支援物資も積んだ。缶詰にライ麦パン、水に清潔な毛布。後は守備隊に支給するマスケット―――こんな事言ったら憲兵さんに怒られるが、これは正規ルートから購入したものではなくパヴェルが密造したものだ。だから、普通であれば機関部にある筈のシリアルナンバーが刻印されていない。
とはいっても、この事はちゃんと管理局を通じて憲兵隊に届け出を出している。作戦完了後、全ての密造銃の回収と憲兵隊への提出を条件に、本来では違法行為となるこれを免除してくれるのだそうだ。
日本じゃ考えられない事である。
物資を積み込んでからドアを閉め、後ろを振り向いた。クッソ寒い格納庫には、見送りに来てくれたパヴェルとルカ、ノンナがいる。パヴェルはともかく、ルカとノンナはまだ眠そうで、今にも閉じそうな瞼を小さな手でこすっている。
そりゃあそうだろう、今はまだ午前4時30分くらい。いくら夜更かしを覚えたクソガキでも寝てないとおかしい時間だ。週末だというならまあ、分からんでもない。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてな」
「行ってらっしゃい、ミカ姉」
「頑張ってね!」
見送ってくれた仲間たちに手を振り、ブハンカの後部座席に乗り込んだ。ドアを閉めるとクラリスがエンジンをかけ、車体正面と運転席上部に増設されたライトが一斉に点灯する。
格納庫のハッチがゆっくりと開き、雪に埋もれた景色が露になった。雪に覆われた未明のザリンツィク、全てが静まり返った時間帯。アクセルをゆっくりと踏み込んだクラリスは、見送る仲間たちに軽く手を振り、ブハンカを雪の中へと進ませた。
雪に埋もれていても、線路のレールはその存在を強く主張してくる。車体がガタガタと揺れ、積み込んだ物資の山が不安そうに震えた。車内だけじゃなく、増設したルーフラックにも食料などの物資を積み込んでいるのだ。できれば安全運転でお願いしたいものである。
線路を離れ、車道へ。道路の上も雪で覆われているが、ここはまだマシな方だ。昨日なんか憲兵隊総出で除雪作業をしていたので、まだ辛うじてフロントバンパーに掠める程度の積雪しかない。
これが、市外へ出るとまあ悲惨な事になるのだが……キリルが教えてくれたルートで、このブハンカがスタックしない事を祈るしかない。
「ラジオつけて良い?」
「どうぞ」
退屈だったのか、モニカがカーラジオのスイッチに手を伸ばした。流れてくるのは堅苦しいアナウンサーの声。こんな時間にもニュースをやってるのか、一体誰が聞くのだろう……そう思っているうちにノイズと共にアナウンサーの声が別のチャンネルに去り、代わりに音楽が流れてきた。
イライナ地方の民謡をアレンジしたものなのだろうか。やけに近代的で、テンポが急激に変わるような曲だった。
こっちの方が良いや、と思いながら後部座席に背中を預け、ちらりと食料の入った木箱を見る。こりゃあしばらく美味い飯とはお別れだ。仕事が終わってザリンツィクに戻ってくるまで、缶詰で何とかしのぐしかなさそうだ。
なんか美味しい缶詰あったかなと思いながら、抱えているAK-308をちらりと見る。
前にパヴェルのAKを見た時、「お前そんなん重すぎて使えねえだろ」と思ったし本人にも言った事があるんだが、俺も人の事を言えなくなってしまった。
ハンドガードにはアメリカ製のM203グレネードランチャー。ミカエル君初のランチャー系の武器だ。AK系の銃はマガジンを外す際に前方に傾けながら外さなければならず、グリップの長いランチャーとかだとマガジンに干渉してしまうので、カスタムの自由度はM4ほどではないというのがAKの痛いところ。そんなマガジンをグリップ代わりにするM203ならば問題は無いのだが。
銃口には反動軽減用のマズルブレーキを装着、機関部上にはロシア製スコープのPKS-07がマウントしてある。
中距離や遠距離での射撃を考慮したカスタマイズだが、接近戦への対策を全くしていないというわけでもなく、接近戦、あるいはスコープ破損時のバックアップ用にオフセット・アイアンサイトを機関部から右斜め上に突き出る形で搭載している。銃をちょっと傾ける形で構えることで、スコープと干渉しない位置にマウントしたアイアンサイトが使えるという仕組みだ。
おかげでずっしり重くなってしまったが、まあそのうち慣れるだろう。俺が体を鍛えてきたのはこの日のためだ……ごめん嘘、見栄張りました。
さあ、行こう。




