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転生者を狩る者たち


 シェリルの思考は、そして見ている映像は、全て空中戦艦レムリアの研究室―――シャーロットのためだけに用意された特設の研究室ラボの中にいる彼女にも全てお見通しだった。


 今のシェリルとシャーロットは、視覚と思考を共有している。魔力通信と呼ばれる、後期生産型ホムンクルス兵のみが持ち得る個体間ネットワーク。言わば()()()()()()()()()()()であり、後期生産ロットの個体同士に限り高度な連携が可能となる。


 だから戦闘人形オートマタの装甲材、その余った端材で自作したロッキングチェアにふんぞり返って、椅子をゆらゆらと揺らしながらブラックコーヒー入りのマグカップを片手にくつろいでいるように見えるシャーロットもまた、れっきとした作戦行動中なのである。


「―――何ともまあ、馬鹿な奴だ」


 シェリルと共有した視界に映る敵―――おそらくは転生者と思われる魔術師を見て、マグカップを口に運びながらそう評するシャーロット。


 確かに想定外の会敵ではある。事前情報にも転生者が学園に数名在籍しているという情報はあった。しかし作戦行動時間が夜間である事、そして対象の転生者は全員学生で、作戦決行時刻には学生寮に戻っている可能性が高い事を考慮し、留意事項として作戦遂行時の情報欄に組み入れてはいなかった(一応、補足情報としてシェリルに知らせてはいる)。


 が、それがどうしたというのか。


 口元を三日月のように歪ませて、シャーロットはケタケタと笑う。


「確かに腕は立つようだが、相手になるのかい?」


 まあ、無理であろう。


 確かに転生者は脅威である。前世の世界で死に(大半が事故死、トラックが一番手だそうだ)、想定外の事故で死なせてしまった謝罪の意味も込めてチート能力を女神から与えられ、異世界へと転生させられる転生者たち。彼らの、あるいは彼女らの振るう能力はいずれもが規格外であり、多くはそのまま力を振るって無双、世界に伝説を刻んでいく。


 無論、テンプル騎士団の前に立ちはだかった転生者もいた。


 ―――そしてテンプル騎士団は、その全てを殺してきた。






「テンプル騎士団の訓練課程には”対転生者戦闘教育課程”もある……そこに居るシェリルという女は、()2()0()8()()()()()()()()


 



 

 負ける筈がないのだ。


 彼女たちホムンクルス兵は、対転生者戦闘を訓練兵の段階で座学・実技共に徹底的に叩き込まれる。


 故にテンプル騎士団の兵士は、兵卒であろうとも一人一人が転生者ハンターたり得るのだ。

















 『転生者に対抗するには、こちらも転生者をぶつけるのがベストである』。


 創設時のテンプル騎士団では、当初はこう結論付けられていた。相手が強大な力を持つ転生者であるというのならば、こちらも同じく強大な力を持つ転生者をぶつけてしまえばいいのだ、と。


 確かにそれが最も手っ取り早く、効果的な方法であると言えよう。


 だが、しかし―――軍事的な面から見れば、それは決して最適解とは言えない。


 多くの軍隊が必要としているのは『強力だが代替不能な一点物の超兵器』ではなく、『それなりの性能で代替可能、数を揃えられる効率的な兵器』なのである。


 それを対転生者戦闘に当て嵌めて考えると、万一こちら側の転生者が敗北し「喪失」してしまうような事になれば代替戦力を確保できなくなってしまい、他の戦力で転生者を相手にしなければならなくなる―――あまりにも脆弱な対転生者対策は早期に見直すべきと結論付けられ、長い年月をかけて戦術を洗練させてきた。


 それがテンプル騎士団の全ての兵士が教育課程で徹底的に叩き込まれる、”対転生者戦闘”と呼ばれるドクトリンである。


 100年以上の長きに渡って改定を続けてきたこれの普及により、テンプル騎士団は兵卒ですら転生者を屠る程の力を持つ歩兵を何百、何千、何万……いや、何百万人と抱える世界最強の軍隊へと成長したのである。


 そして団長の夫、速河力也という男の手により、100年以上続いた対転生者戦闘ドクトリンは完成を見た。


 シェリルが徹底的に訓練で叩き込まれ、そして次席という優秀極まりない結果を残した分野がそれである。


 QBZ-191のセレクターレバーをフルオートに切り替え、先にシェリルが仕掛けた。プスススススッ、とサプレッサー付きのアサルトライフルが慎ましくも吼え、5.8×42mm弾を立て続けに吐き出す。ほとんど使う事のなかったマガジンを空にする勢いでぶちまけるが、しかし発射された弾丸は転生者に命中する事は無かった。


 弾丸が彼の身体を射抜くよりも遥か手前で、唐突に展開した蒼い魔法陣がその全てに立ちはだかるや、弾丸を片っ端から弾いてしまったからである。


 魔力防壁―――高濃度・高密度の魔力を防壁状に、あるいはバリアのように展開する事で、あらゆる物理攻撃・魔力攻撃を防ぐ防御手段。


 雷属性魔術である磁力防壁(ミカエルの得意とする魔術だ)と比較すると、防御可能な対象物を選ばない点において彼女ミカエルの術の上位互換と言えよう。しかしその分燃費も悪く、更に『攻撃を防いだ際、その攻撃力の高さに応じて莫大な量の魔力を消耗する』という性質を持ち合わせているため、真っ向から敵の攻撃を受けつつ魔術で反撃するという運用ができるのは少なくとも適正B以上の魔術師か、あるいは適正の低さに対し大量の魔術を身体に貯め込む特異体質、『クロスドミナント』くらいのものである。


 前者である可能性は高いと言えるだろう、とシェリルは、そして彼女と視界を共有するシャーロットは結論付けていた。


 ここは帝国魔術学園である。そこに在籍し、しかも一握りの優等生にしか着用を認められないマントを羽織っている事を考慮すると、甘く見積もっても適性はB+~A程度と判断できよう。それほどの狭き門なのだ、適性が低いのに膨大な魔力を身体に宿す(あるいはその逆もある)クロスドミナントであろうと、確かに存在自体は希少ではあるが落第の烙印は避けられまい。


 生まれつきの素質がモノを言う世界、それがこの学術都市(アカデムゴロドク)ボロシビルスク、その魔術の総本山たる帝国魔術学園である。


 回避しようとせず、魔力防壁での防御に徹しているところから見ても魔術適性はAであろう、B+は見積もりが甘すぎたか。そう思いながらマガジンを切り離し、新しいマガジンと交換する。アパートの屋根に落下したプラスチック製のマガジンは、瞬く間にメタルイーターに食い尽くされ削り粉のように成り果てるや、夜風に攫われ消えていった。


 メタルイーターは名称こそ金属を喰らう者(メタルイーター)であるが、培養時に一定の処置を施す事で金属以外の任意の物質を喰らわせる事も可能なのだ。もちろん無機物だけに限らず、有機物も調整次第ではその対象となり得よう。


「ハッ、銃使いか! だが残念、そんなのじゃ俺は殺せねえよ!!」


 反撃が来る、とシェリルの第六感が告げるや、彼女は身を捩らせて右へと飛んだ。


 ごう、と魔力の塊がすぐ脇を突き抜けていったのは、その直後だった。


 魔術を発動する前の、いわゆる()()()()()()。それを加圧し正面に放っただけの単純極まりない一撃ではあるものの、しかし命中すればどうなっていた事か。


 はるか遠くの夜空にまで届いたその一撃は、夜空を漂っていた雲に巨大な穴を穿ち、その威力をまじまじと誇示して見せる。


 回避しながらもマガジンを装着、コッキングレバーを引く。


(とはいえ、この程度の攻撃を今更見せられても別に驚きはしませんが)


【もっとヤバいのウヨウヨいたからねェ】


 分かるよその気持ち、と何様のつもりか分からぬ態度で思考をぶつけてくるシャーロットに少しイラっとしながらも、反撃を再開するシェリル。QBZ-191のフルオート射撃が、転生者の展開する魔力防壁に質量を叩きつけ続ける。


 対転生者戦闘の基本は、どのような火器であろうとフルオート射撃を使用する事―――本来フルオート射撃は反動リコイルにより命中精度が下がりがちである事、アサルトライフルの30発入りマガジンではすぐに弾切れを起こしてしまう事などから、制圧射撃や攻勢に転じる場合、またはやむを得ない場合を除いては基本的に封印が推奨されており、アサルトライフルの基本はセミオートでの射撃となる。


 だがしかし、対転生者戦闘においては真逆だ。


 素早い動きで翻弄してくるタイプや、圧倒的防御力で攻撃を遮断するタイプの転生者も存在する―――そう言った相手にはとにかく弾丸をばら撒き、回避する進路を塞いだり防御力の許容量を遥かに超えた飽和攻撃で一挙に撃破する事が推奨されている。


 だからテンプル騎士団の兵士に支給されるアサルトライフルは、フルオート射撃を前提に特注のヘビーバレルを標準装備とし、機関部レシーバーの強度も限界まで高められたものを支給されているのだ。


 それだけではない。8人~10人で一個分隊となるテンプル騎士団の分隊編成において、そのうちの4~6名が機関銃手に割り当てられている(※ホムンクルス兵で編成される事が前提であるため助手は不要)という、攻撃的な編成となっている。


 2つ目のマガジンも使い果たし、3つ目のマガジンを交換―――している最中に、転生者が突き出した指先から紅い炎がさながらレーザーのように高速で射出されたのを、シェリルの驚異的な動体視力が見抜く。


 くい、と首を傾けるシェリル。眉間のあった位置を炎のレーザーが通過し、後方にある魔術学園の屋根、その一角にある槍状の装飾品を焼き溶かして夜空へと消えていった。


「!?」


 今の一撃を避けたのか、と転生者が驚いた顔を見せる。


 ―――素人め、という言葉をシェリルは呑み込んだ……つもりではあったが、その思考はばっちりシャーロットに拾われていた。


 教育課程で散々言われた事だ。『苦しい時でも顔に出すな、敵はお前の顔を見ている』と。弱いところを見せれば敵はそれが効果的であると判断して攻めてくる。だから弱点は見せず、ポーカーフェイスであるべし。


 それを続けた結果がこれだ。いつしか、あまり感情を表に出さないようになった。


 3つ目のマガジンを使ってフルオート射撃。弾丸は相も変わらず魔力防壁に弾かれるが、果たして携行してきた11個のマガジンを使い果たす前にあの防御を抜けるか否か、という問題が立ちはだかる。勝てるかどうかは問題ではない、今の問題は”いつになったら勝てるか”だ。


「だったらよぉ!」


「!」


 手を掲げる転生者。その右手の中に炎が煌めくや、やがてその灼熱の炎は燃え盛る剣へと姿を変えた。


 二度に渡る飛び道具を用いた攻撃が回避され、ならば接近戦を挑もうというのであろう。選択肢として間違いではないが、しかし。


(―――待っていた)


 ライフルから手を放し、右の拳を握り締める。


 転生者が屋根を蹴った。積み上げられたレンガを抉る勢いで飛び出した転生者の少年が、跳躍しながら空中で一回転。縦に回転した勢いを乗せ、そのまま上から斬りつけてくる。


 勢いはあるが、しかし単調な攻撃にシェリルは呆れていた。そして失望していた。


 もっと強い相手かと思った。しかし蓋を開けてみればどうだろうか―――”女神”とやらに与えられた能力を振り回し、実戦経験はからっきし。強大な力を持て余す素人同然の相手ではないか。


 彼を転生させた存在は、何を思ってこんな男にこれほどの力を託したのか。もし本当に女神が存在するというのならば小一時間ほど問い詰めてやりたいものだと思いながら、シェリルは振り払われた斬撃を紙一重で回避する。


 自分を溶断するはずだった熱を傍らに感じつつ、しかし何の感情も湧いてこない。


 涼しい顔をしながら攻撃を回避したシェリルの動きに、転生者の少年は目を見開いた。


「馬鹿な―――がっ!?」


 ガシッ、とその顔をシェリルの黒い義手が掴む。


 やはりそうだ、攻撃に意識が集中しすぎるあまり、魔力防壁の展開が解除されている―――玄人ならば防壁展開と攻撃を並行してやってのけるものだが、やはり素人。どちらか一方にしか注意が向いていない事からも戦闘経験のなさが伺える。


 この程度の力で、よくもあそこまでイキれたものだとシェリルは呆れる。


「ま、待っ―――」


 ドパンッ、と少年の顔が弾けた。


 手のひらから血に混じって噴き上がる硝煙。後退した義手の側面、そこに設けられたエジェクション・ポートから転がり出るのは、14.5mm弾の空薬莢。


 ドアを破壊し突入する際に用いるため、シャーロットがシェリルの義手に仕込んだ兵装だった。対戦車ライフル用の弾薬である14.5mm弾、その空砲を用い至近距離で手のひらから生じる爆発を浴びせることで、ドアの蝶番やドアノブを破壊し突入を可能とする装備。


 『ショックカノン』と名付けられたそれを、至近距離で、鷲掴みにした人間の顔面に使ったのである。


 顔面を脳まで深々と抉られた転生者の少年。その身体から力が抜けたかと思いきや、人の姿をした肉塊に成り果てたそれは糸の切れた人形のようにアパートの天井から転げ落ちると、そのまま他の建物の屋根や窓の縁に何度かぶつかってバウンド、路地裏のゴミ箱目掛けて落下していった。


 どさ、とゴミ袋の上に人体が落下する音を聴きながら、シェリルは踵を返す。


「……いくら何でも弱すぎます」


【まあ、転生者なんてあの程度さ】


「ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフが異常過ぎると?」


()()()()()()()、同志】


 転生者、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。


 パヴェル―――いや、同志大佐、”ウェーダンの悪魔”を別枠とするのであれば、あのミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフという転生者はこう言ってもいいだろう。


 ―――『現行最強の転生者』、と。


 テンプル騎士団は彼女を、それほどまでの脅威と見ている。


 だから追い付こうとするのだ―――シェリルも、そしてシャーロットも。


(……シャーロット)


【なんだい】


(右腕、指先が少し痛みます)


 右腕の人差し指―――とっくに失われたはずの肉体の一部、今では機械に置き換えられ痛みなどない筈の部位が、今になって痛みを発している。まるでペンチに指先を挟まれ、そのままぎりぎりと締め上げられているかのような、そんな痛みだ。


 いわゆる幻肢痛(ファントムペイン)であろう。


 この痛みは、手足を失った者にしかわからない。


【……早く帰っておいで、調整してあげよう】


(感謝を)


 口元に少しだけ笑みを浮かべ、任務を終えたシェリルは屋根の上を飛び越えて、回収地点へと向かうのだった。





ショックカノン(量産型)


 シェリルの黒い義手にシャーロットが搭載した装備。14.5mm弾の空砲1発を用いて、手のひらにある噴射口からその爆風を至近距離で対象に浴びせ、ドアノブや蝶番を破壊し迅速な突入を可能とするドアブリーチング用装備の1つ。また使用弾薬の生み出すガス圧の強さから、密着状態では人体を破壊する強力な一撃となる。

 原型となったのは速河力也大佐が使用していた義手のモデルの1つ。




ショックカノン(試作型)


 前作(※異世界で復讐者が現代兵器を使うとこうなる)で登場。原理は量産型と似通っているが、14.5mm弾の空砲を3つ束ねた特注カートリッジを用いる事、ガス圧を一転に集めるため噴射口に近付くにつれて口径が漸減される、いわゆる『ゲルリッヒ砲』のような凝った造りになっている事が量産型との差異。

 サイズも大きい事、それからガス圧が過剰である事、そして整備コストの面から構造が簡略化されていき、量産型へと繋がっていった。








 なお、当然ながら某宇宙戦艦の主砲とは原理も設定も無関係である。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 確かに経験と訓練、戦術の最適化など蓄積してきたものは裏切りませんね。シェリルそんなに強かったんだ…クラリスにワンパンされたりカレーには勝てなかったよだったり、あるいはミカエル君にシャーロッ…
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