昇級試験
パパンッ、と弾ける火薬の音。
弾丸の咆哮、銃の咆哮。人殺しの音。
けれどもその物騒な咆哮に送り出された鉛弾が穿ったのは人ではない。ヒトの姿をした、木材で造られた的だった。肩口と胸板、二の腕に左の頬。胸板はクリーンヒットとしても、なんともまあ微妙なところばかり撃つものだ、と思いながら、まだまだ大きな小銃を必死に構えるルカの小さな背中を見守る。
11月。ノヴォシアの過酷な冬が、太古からこの地に住む人類に見せつけ続けた残酷な一面が露になる時期だ。外は氷点下が当たり前、もはやどこが駅のホームで、どこに列車の線路があったのかも分からぬほど雪が降り積もる極寒の地獄。何度も銃の分解結合や操作手順を繰り返し、座学も頑張って赤点を回避できるようになったルカがやっと発砲を許されたのが、この極寒の11月からだった。
まだ射撃を始めたばかりだが、少なくとも近距離での射撃においては”とりあえず的には当てられる”というレベル。俺も経験が浅いのでまだ人の事は言えないが、とりあえずは合格点という事でパヴェルには報告している。
昨日はパヴェルも一緒にルカの指導を行ったが、俺たち2人のルカに対する現時点での評価は『可もなく不可もなく』という、随分とまあ特徴の無いものだった。
欠点らしい欠点は無いが、利点らしい利点もまた無い。
これからに期待、と言ったところだろう。
的の眉間をたまたま撃ち抜いたルカ。お、とちょっとびっくりしている間に、彼は再装填に入った。指導した通りにマガジンを前方に傾けたルカ。よく見るとそのマガジンは30発入りの通常のものであるが、金具を使って2つのマガジンを左右に連結しているのが分かる。
いわゆる”ジャングルスタイル”という改造だ。ああやって金具やテープを使い、複数のマガジンを横に連結する事で再装填を素早く済ませよう、という発想である。
普通であれば『マガジン取り外し→投棄かダンプポーチへ→ポーチから予備のマガジンを取り出す→装着→コッキングレバー操作』という動作になる(と思う)のだが、ジャングルスタイルにすると『マガジン取り外し→隣のマガジンを装着→コッキングレバー操作』と、大幅な手順のショートカットになるのだ。
じゃあみんなコレやればいいじゃんと思うかもしれないが、意外とそうでもない。もちろんだが欠点もある。
銃に装着されていない、マガジンの隣に装着された予備のマガジン。これは特にカバーに覆われたりしているわけでもないので、外での戦闘の際にゴミとか砂塵とか泥が入り込む可能性が大きく、動作不良を招く恐れがある。加えて装着した分のマガジンの重量も加算されるので銃の重量増加に繋がってしまうので、そういうところを嫌う人はこのカスタムを避ける傾向にある。
まあ、汚れたりとかする恐れが比較的少ない室内戦であればそこまで問題にもならないので、列車の警備を担当するルカに限っては理に適った改造だと言えるだろう。心配なのはマガジンをぶつけたりした際にパーツが破損、あるいは変形してしまい使用不能になる事だが……みんなも銃の扱いには気を付けよう。
カスタムの恩恵もあって素早く再装填を終え、射撃を再開するルカ。ちなみにパヴェルはジャングルスタイル無しで、1秒未満でAKの再装填を済ませることができるらしい。何だその爆速リロード、化け物か。
制限時間が終わり、ブザーが鳴る。肩の力を抜いたルカはマガジンを外し、コッキングレバーを引いて薬室内の5.56mm弾を排出。射撃訓練場の向こうに向かって何度か引き金を引いて発砲されない事をチェックしてから安全装置をかけたルカは、まるで飼い主に褒めてもらおうと駆け寄ってくる仔犬のようにこっちにやってきた。
「どう? どうだった!?」
「だいぶ上達したなぁ」
「マジで!?」
まあ、確かに前よりは”狙って当てられる”ようにはなっている。
とはいえこれは近距離射撃の訓練。列車の中という制約上、中距離以上の射撃は外に出ないと出来ないのだが、まあ腕は上がりつつあるようだ。
ぽんっ、と彼の頭の上に手を乗せ、もふもふの頭をわしわしと撫でながら優しく言う。
「お前が最後の砦になるんだ、ルカ。しっかり頼むぞ」
「うん! 任せてよミカ姉!」
なんでみんながこうやってルカの頭を撫でるか、なんか分かった気がする。洗いたての毛布とか羽毛みたいにもっふもふのふわっふわなのだ。コイツを枕にして昼寝したらどれだけ気持ちいのだろうか、とついつい考えてしまう。そんな病みつきになる感触がルカにはあった。
それともう一つ。
これはルカの体臭なのだろうが……なんかね、ポップコーンみたいな匂いがする。なにこれ。
随分と懐いたものだ、と思いながらじゃれてくるルカの相手をする。一応は俺の方が3つ年上……なのだが、ミニマムサイズのミカエル君に対しルカはノーマルサイズ。まあ具体的に彼の身長がどれくらいかというと、155㎝くらいはある。
さて、念のために言っておく。
ミカエル君の身長は150㎝である。
身長差5㎝。しかもルカの方がでっかい。
ねえ神様、こんな理不尽ってある?
しかもルカ君、まだまだ成長期。毎日牛乳を一杯飲んでカルシウムを摂取しているので、身長もこれからぐんぐん伸びるものと思われる。14歳の平均身長を下回るルカだが、俺よりデカいのだ。それでいいじゃあないか。
いつまでこうやって頭を撫でてあげられるんだろうな、と思っていると、3号車のドアが開いてクラリスがやってきた。
「ご主人様―――グハッ!?」
「クラリスさん!?」
ピキッ、とメガネのレンズに亀裂が入ったかと思いきや、鼻から大量の鼻血を噴き出して何故か大ダメージを受けるクラリス。ルカが加入してからというもの、俺とルカが絡むだけで毎回こうやって性癖にクリティカルヒットを受けているので、そろそろ対策を講じたいと思う。
「すいません、尊さが許容値を超過してしまいました」
「許容値」
「凄まじい破壊力ですね……いや尊い」
「あのー……用件は?」
「あっ、失礼しました。そうですそうです。お客様がいらっしゃってます」
「客?」
仕事の依頼だろうか?
一般的に、冒険者は依頼を管理局で引き受ける。掲示板に張り出されている依頼書の中から受けたい依頼を選び、それをカウンターに持って行って契約、そして仕事に出かけるというのが一般的な依頼受注までのサイクルである。
が、これには例外もまた存在する。
それがクライアントとの直接契約である。管理局を介さずにクライアントから直接依頼を受け、契約し、それをこなすというタイプの仕事だ。
実は管理局を介すると”仲介料”としていくらか報酬が差し引かれた状態で依頼書に報酬金額が記載されている。傍から見ればピンハネにも見えるかもしれないが、この仲介料のおかげでスタッフによる魔物討伐の確認や管理局の各種設備の利用権などが得られる。それにクライアントと報酬の件で揉めた場合、管理局が仲裁に入ってくれたりするので、トラブルなく仕事を受けたいのであれば管理局を介した方が無難だったりする。
直接契約の場合、この仲介料を差し引かれない代わりに管理局の支援を受けられず、クライアントとの間に契約違反などの問題が発生した場合などは自力で解決しなければならない。弁護士を雇ったりするのもかなりの出費になるし、場合によってはクライアントと血みどろの”話し合い”に発展する事もあるのだとか。
他にも、クライアントが危険と見做した冒険者を偽の依頼で呼び出して排除する事もあるらしく、依頼を受ける側にも慎重な判断が求められたりと、まあ闇が深い。
さてさて、血盟旅団もそんな闇に片足を突っ込む時期が来たのか。クラリスに案内され、応接室のある1号車へと向かう。
1号車は居住設備の揃った車両になっている。1階は前方3分の2がブリーフィングルーム、残ったスペースがクライアントを出迎えるための応接室になっている。
一体誰が訪ねてきたのだろうか。貴族だったらさぞ金になる案件を持ってきてくれるのだろうが……冷静に戻ったクラリスの反応を見る限り、そういうわけでもないらしい。
コンコン、とドアをノックしてから応接室に入る。
特に豪華な装飾があるわけでもない、とりあえず必要最低限の設備は備えて応接室っぽく仕上げました的な感じの部屋の中。先に客人の対応をしていたパヴェルが座るソファの向かいにはテーブルと来客用のソファがあり、その上に冒険者管理局の制服に身を包んだ獣人が座っている。
前髪の一部が真っ白である事と、ケモミミの形状から同胞であることが分かる。
「おう、ミカ。お前とクラリスに用事だってよ」
「俺とクラリスに?」
冒険者管理局のスタッフの来訪……いや、これはもしかして。
何となく要件を察しつつあるミカエル君を見上げ、そのハクビシンの獣人は立ち上がりながらニッコリと微笑んだ。
「初めまして、ミカエル様。私、冒険者管理局ザリンツィク支部のスタッフをやっております、”キリル・リャビンスキー”と申します。以後お見知りおきを」
「は、はあ……ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフです。よろしく」
名前は知っているだろうが、一応名乗っておく。これも礼儀だ。
「さて、本日の用件なのですが……なんと、ミカエル様とクラリス様に”昇級試験”としての依頼が来ております!」
「!!」
ついに来たか。
パヴェルの方を見ると、やるじゃん、と言いたげな感じでニヤニヤしながらこっちを見ていた。
やっぱりあれか、決め手になったのはいつぞやのエルダーハーピー討伐だろうか。一応アレの討伐はDランク相当の冒険者に回されるらしく、それでも十分な準備が無ければ討伐は厳しいとされている。
パヴェルが報酬の増額を打診してくれたおかげで、それを管理局に示す事が出来たというのは大きい。本当、彼の方に足を向けて寝られないなコレは。
「こちらが依頼書となっております」
「お預かりします」
さてさて、どんな依頼なのだろうか。カーキ色の封筒を開け、中に入っている依頼書を引っ張り出してみる。EランクからDランクへの昇級がかかった依頼とはいえ、やはり管理局も重要な依頼を回すようで、依頼書の背景にはノヴォシア帝国の国章である”双頭の竜”が描かれている。
普通の依頼書とは明らかに雰囲気が異なる昇級試験の依頼書。さて、気になる内容は……?
【アルカンバヤ村の防衛】
村の……防衛?
そりゃあまた随分と難易度の高そうな依頼が回ってきたものだ。てっきりヤバそうな魔物の討伐でも依頼されるのかと思ったが、これもこれでなかなかヤバそうな仕事だ。
「2週間前より、ザリンツィク北方のアルカンバヤ村を魔物の群れが散発的に襲撃するという事例が相次いでいます。村に駐留している騎士団は極めて小規模、しかも冒険者管理局もなく、外はこの積雪で外部からの救援も難しい状態。このままではアルカンバヤ村は壊滅するでしょう。疲弊した守備隊もいつまで持ちこたえられるか……」
「だからその救援に行って来い、というわけですか」
「その通りです」
依頼の内容は分かった。アルカンバヤ村がどれだけ絶望的な状況下にあるか、というのもよく理解できた。苦しんでいる人がそこに居るというならば手を差し伸べる用意もある。
が、解せない。
「これは騎士団の仕事では?」
後ろに控えていたクラリスも同じことを考えていたらしく、ちらりと後ろを見た俺と目が合った。
普通、こういう村とか街の防衛は騎士団の仕事だ。現地の戦力が足りなければ近隣の拠点から援軍を派遣し対応するのが普通であり、余程の事態がない限り、冒険者という外部の戦力にそれを丸投げするようなことは無い。
ということはこれは、その”余程の事態”という事か。
問いかけてから目を細めていると、キリルは苦笑いしながら申し訳なさそうに言った。
「ええ、本来ならばそうなのですが……イライナ支部の支部長が、”この2人の実力を見てみたい”と仰られまして、騎士団に掛け合って先遣隊としてあなた方を派遣する事が決定したのですよ」
なんだそりゃ。
正確には俺たちは先遣隊……聞こえはいいが、要は後から遅れてやって来る騎士団の増援部隊の露払いってわけかい。
とりあえず先に行って魔物から村を守り、騎士団増援部隊が到着するまで何とか踏ん張れ―――これはそういう依頼のようだ。
露払い扱いされるのにはちょっと腹が立ったが、報酬金はなかなかの額だった。2万5千ライブル……今までこなしてきた依頼の報酬が子供の小遣いに見えるレベルだ。
「なるほど、分かりました。仲間と検討を重ねたいので、依頼についての詳細な資料を用意していただけますか」
「かしこまりました。では午後までに資料を用意し、もう一度お伺いいたします」
ぺこり、と頭を下げ、キリルは応接室を出て行った。客車のドアが閉まる音がして、窓の向こうに去っていくキリルの後ろ姿が見えてから、パヴェルは口を開く。
「今のところどうよ。受けんのかこの依頼?」
「俺は受けようと思う」
「やっぱりな。理由は金か?」
「それもあるが……」
お人好し―――前の世界に居た頃から、よく言われた言葉だ。他人の心配より自分の心配をしろだの何だの、友人や親に散々言われたのを思い出す。
分かっているのだ、そんなことは。
結局、人助けっていうのは自分の事をきっちりやれる人間がやる事だ。自分の問題を自分で解決できる人間だけが、その余力で人助けをする。それが当たり前だ。
けれども―――何度言われても、助けを求めている人がいるならば手を差し伸べずにはいられない。
偽善者と言われても良い。
実際に手を差し伸べて人を救う偽善と、何もせず傍観するだけの善、一体そのどちらが人のためになるというのか。
やらない善より、やる偽善。
表情で考えを感じ取ったらしく、肩をすくめながらパヴェルが呆れたように言った。
「お人好しだなぁ、お前」
「それがご主人様の素敵なところですわ」
すかさずフォローしてくれるクラリス。彼女はいつだって俺の味方だ。それは本当に心強いしありがたいのだが、とりあえず鼻にティッシュ詰めながら言うのやめてもらっていいかな?
一応、このギルドの団長は俺だ。けれどもいくらトップとはいえ、この依頼を受けるか否か、俺の一存では決められない。
とりあえず午後にキリルが持ってきてくれるであろう資料を待ちながら、モニカにも話を通しておこう。




