恐怖のリアクション芸!? 後編
「え、金ダライ?」
「はい……」
力なく言いながら、昨晩から頭を直撃してくる金ダライをそっと差し出すクラリス。何だよそれと言いながら金ダライを受け取ったパヴェルは、「うへぇ何でこんなものが……?」と気味悪そうにそれを検め始める。
「なにこれ」
「それが……昨日からクラリスの頭に落ちてくるようになりまして」
「クラリスの頭に落ちてくるようになった」
「はい……あまりにもポコポコ落ちてくるものですから、見てください」
ちょっと泣きそうになりながら、頭にかぶっていた真っ白なメイドキャップを手に取るクラリス。フリルのついた可愛らしいメイドキャップの下から顔を出したのは、まあなんともお正月に飾りたいほどお見事な鏡餅……ではなく、三段に重なった大きなたんこぶだった。
ギャグマンガでしか見た事がないような腫れ方に、思わず吹き出しそうになってしまう。
「金ダライのせいで薄い本すら読めませんわ!」
欲求不満を怒りに変えて憤るクラリス。しかし無慈悲にも彼女の頭上に召喚された金ダライが頭の上に落下、パコーンと軽快な音を立てて頭にぶつかるや、クラリスが「あ痛っ」と可愛い声を漏らす。
ぐわんぐわんと床に落下するそれを拾い上げ、パヴェルは訝しんだ。
ここはパヴェルの自室。天井には回転を続けるファンくらいしかなく、当然ながら昭和のお笑い番組の如く金ダライを仕込んでおくスペースなどない。
「……これ何、何か特殊能力で攻撃されてるとか?」
「にしてはショボくない? 呪い?」
呪い、という単語を耳にするや、クラリスは視線を床へと落とした。
「……実は、昨日の仕事を終えて帰ってくる最中にハンドル操作を誤って慰霊碑を破損させてしまいまして」
「え」
「その慰霊碑、伝説のリアクション芸人とかいう”カマロフ”の慰霊碑だったんだよ」
事情を隠しても解決には至らないだろう。そう思い、俺も正直に当時の状況を話す事にした。まあさすがに運転中にミカエル君を吸おうとして余所見運転をぶちかまし慰霊碑をぶち壊した、とまで言ってしまったらクラリスも立つ瀬が無くなるので、そこは隠しておく。主人としてのせめてもの気遣いである。
すると話を聞いたパヴェルが目をカッと見開いた。
「か、カマロフ!? カマロフってあの伝説の!?」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も! アレクセイ・スピリドノヴィッチ・カマロフはノヴォシアを代表するリアクション芸人だぞ!」
え、あの慰霊碑そんな有名な人のやつだったの?
やっべ、アニメの声優しか詳しくないアニオタだから芸能界の事情全然知らん……。
「慰霊碑があったって事は故人?」
「まあ、そうだな……最高のリアクションを極めるべく古今東西あらゆるお笑いに手を出し、練習中に金ダライの当たり所が悪くてなんやかんやあって死んだと聞いている」
「なんやかんやあって死んだ」
オイそこだけバフっとした理由で片付けるんじゃねえ。詳しいのか詳しくないのかどっちだパヴェル。
「マジか……非業の死を遂げた伝説のリアクション芸人の慰霊碑を壊したのか」
「い、一応元通りにはしたんだけど……」
フォローを入れると、パヴェルはクラリスの頭に乗る鏡餅みたいなたんこぶを見上げながら、何かを見抜いたような雰囲気で告げた。
「……祟られてるな、多分」
「た、祟られてる?」
「ああ。おそらくだが、カマロフの霊が満足するまで金ダライは事ある毎に落下してくるぞ」
「そんな!」
「どうにかならないのかパヴェル! このままじゃクラリスの頭に五重塔が建っちまう!」
「ご主人様!?」
嫌だよ俺そんな頭の上に重要文化財みたいな貫禄のあるたんこぶをのせたメイドなんて。どうすんのさ金ダライで出来上がったたんこぶが何かの手違いで重要文化財に指定されちゃったら。
「落ち着け……まず状況を整理しよう」
言うなり、一体どこから取り出したのか分からないがホワイトボードを持ってきて、真っ黒なペンを走らせるパヴェル。デフォルメしたクラリスのイラスト(待って可愛いグッズ化はよ)と迫真作画の金ダライを描いた彼は、何かの相関図のような図をホワイトボードに書き足した。
「まず原因はカマロフの慰霊碑を壊してしまったからというのは確定だろう。元通りにしたのにまだ金ダライが落ちてくるのは、カマロフの霊が満足していない証拠だ」
「満足って……一体どうやって?」
「そりゃあお前……カマロフは身体を張ったリアクション芸がバカウケしたお笑い芸人だ」
ちょっと待って、嫌な予感が。
「―――そりゃあカマロフが100点満点をつけるようなリアクションで魅せるしかねえだろ」
「クラリスにリアクション芸人になれと!?」
「それしかあるまい。さもなくば一生金ダライが頭を直撃し昭和のコントみたいな一生を送る事になる」
「うぅ……そんな、殺生ですわ……!」
「大丈夫だよクラリス、俺も出来るだけサポートするから」
「ご主人様……!」
さて、と。
クラリスに抱きしめられ、ついでにすんすん吸われながらも思う。
これは面倒な事になったぞ、と。
クラリスの頭に金ダライが落ちてくるトリガーは察しが付く。
ズバリ、”下ネタ”である。
考えてみよう。クラリスの頭に第一の金ダライが落ちた時、彼女はモニカと言い合いをしていた。ついには口論が白熱化、ピー音で自主規制をかけるレベル(※一応R-15でやってるのでご理解ください)の発言が飛び出したところで、彼女の頭に金ダライが落下した。
そして第二の金ダライはというと、俺とルカのBL本とかいう呪物のような何かを読んで寝るという発言が引き金になってクラリスに金ダライが牙を剥いた……さっきも「薄い本」というワードに反応して金ダライが落ちてきたのだから、まあトリガーになるのが下ネタ、あるいはそれを想起させる単語というのは間違いなさそうだ。
「じゃあクラリス、何か下ネタを」
「うぅ……クラリスは清楚なメイドですのに」
「Це не час для розмов уві сні(寝言は寝て言えコラ)」
黙ってれば清楚なので全くの嘘ではないだろう……まあ9割方嘘になるんですけども。
仕方ないな、と溜息をついた。このままクラリスがもじもじしてたら埒が明かない……まったく、いつも呼吸するようにポンポン煩悩を垂れ流しているのに、何でこういう時に限って恥ずかしがるんだよ可愛いじゃねえか。
ちょいちょい、とクラリスに耳を貸すようジェスチャーすると、目の前まで降りてきたクラリスの耳元でちょっと吐息多めにASMRの如く囁いた。
「頑張ったらえっちなご褒美……あ・げ・る♪」
「んほぉぉぉぉぉぉぉ! ご主人様のえっちなご褒美!? それってアレですか、アレですわよね!? R-18なアレ―――ん゛お゛っ゛!?」
ぽこーん、と頭を直撃する異世界召喚金ダライ。
美女が発してはいけないようなクッソ汚い声を発し、クラリスが頭を押さえながら床の上をゴロゴロと転がった。
というか彼女ほどのホムンクルス兵が痛がるって、どんなダメージなんだよあの金ダライ……これはもしかしたら対テンプル騎士団用の切り札になるのでは?
落ちてきた金ダライを見ながらそんな事を思っていると、クラリスが頭を押さえながら涙目でこっちに駆け寄ってきた。
「い、今のはっ! 今のは100点ですわよね!?」
「いやぁー今のは……ダメでは」
「なんでっ、どうしてっ!?」
「あの……叫び声が汚すぎた」
「汚すぎた」
「こう、自然な感じでいこう。変に攻めないでこう、保守的な感じのリアクションで」
「保守的な感じのリアクション」
とにかく練習あるのみだ。
願わくば、一刻も早くこの呪いというか祟りがストップしてくれるといいのだが……。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
床の上に積み上げられた金ダライタワー。
そしてクラリスの頭はというと、たんこぶが乗り過ぎてもう五重塔どころではなくなっていた。もうちょっとで天井にぶつかるんじゃないかと思ってしまうほどに積み上げられたたんこぶタワーを見上げながら、一体何がダメだったのかと頭を悩ませる。
チャレンジすること366回目。そろそろクラリスの頭も限界だろう……正直、こんなしょうもない内容で前後編に分割したくないところだが、こうなってしまった以上は仕方がない。ひとまず最後まで完走しなければ。
「クラリス、大丈夫か?」
「……ええ、なんとか」
呼吸を整えるクラリスが親指を立て、にっ、と笑みを浮かべる。目つきは既にいつもの優しい感じのクラリスではなく、戦闘中の彼女のそれ(ホムンクルス兵は本能で戦闘を楽しんでしまうらしい)となっているが、金ダライ相手にそこまでマジになって欲しくないというのも本音である。
「―――行きます」
「ヨシ」
「―――ご主人様と容赦なし加減無し性欲前回のバチクソえっちな〇〇〇〇したいですわァァァァァァァァァァァァ!!!」
フッ、と頭上に現れる白銀の金ダライ。
来た、今度こそ……って何を祈ってるんだ俺は。
金ダライは昭和のコントよろしくクラリスの頭を綺麗に直撃。バコーン、と金属音を響かせながら床に落下するや、クラリスは両手で頭を押さえながら床の上を転がった。
「いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ブフッ」
なんだろ、思ったよりもド直球なリアクションに思わず笑いが漏れてしまう。
そんな俺を見ていたのだろう、クラリスは頭から伸びたたんこぶタワーをゆっさゆっさと揺らしながら(オイ待て質量保存の法則どうなってる)こっちにやってくるや、俺の肩を掴んでがっくんがっくんと揺らし始めた。
「わ、笑ってる場合ではないですわよご主人様! く、く、クラリスはこんなっ、こんなにも必死で!!」
「いやゴメン……なんかいいリアクション過ぎてわwらwっwてwしwまwうwww」
「ご主人様―――あ、ちょっと待ってください」
「?」
こほん、と咳払いしたクラリスは一気に真面目な表情になった。何をするつもりなのかと思いきや、天井で回転するファンの真下でとんでもない事を口にする。
「ご主人様と〇〇〇〇〇〇したいですわ!」
「……」
何を言い出すんだ、とは思ったが、しかし。
しーんと静まり返る部屋の中。ガタンゴトンと外から聞こえてくるジョイント音以外には、何も音がない。
静かにクラリスが天井を見上げた。そこにはベージュ色の天井と、そこで回転するファンくらいしかない。
「もしかして……」
「……合格?」
「「……っ!!」」
2人で顔を見合わせ、大きく手を広げてがっしりと抱き合った。
「ご主人様!」
「クラリス!」
「やりました! クラリスはやりましたわ!」
「うん、よく頑張った! えらいぞクラリス!」
まあ元はと言えばこうなったのお前のせいなんだけどねクラリス!
などと彼女を抱きしめながら喜んでいると、急に強い力を感じて後ろに転がり込む羽目になった。背中に感じるふわりとした、選択したばかりのベッドの香り。二段ベッドの一段目、随分と低い天井を背景に、なんだか目がマジになったクラリスの顔がそこにはあった。
なんというか、獲物を仕留めにかかる肉食獣みたいな……あのぅ、クラリスさん?
「ご、ご主人様?」
「はい?」
「約束、忘れてませんわよね?」
「約束って」
「”頑張ったらえっちなご褒美あげる”というアレですわよ」
「……あっ」
そういえば言ってた。確かに発言してた、しかもロリボで。
すっかり忘れてた……なんで後先考えずそんな発言したんだミカエル君。クラリスの事だからこの一件が片付いたらこうなる事くらい想像ついたろミカエル君。
はあはあと息が荒くなるクラリス。顔もうっすら赤くなったかと思いきや、片手でしゅるしゅるとメイド服のボタンを外していく。水色のブラジャーに覆われたGカップのでっけえOPPAIが、重力で垂れながら重そうに揺れた。
「つまり、その、もう我慢しなくていいという事ですわよね?」
逃げようにも逃げられない。ミカエル君のミニマムサイズの両手はしっかり押さえつけられているし、両足もクラリスの白タイツに覆われたむっちむちの太腿でホールドされてて逃げ場がない。もうコレ食われるのでは。
「うふふ……いただきまーす」
「ぴえっ」
次の瞬間だった。
ぽこーん、とクラリスの頭を直撃する金ダライ。あれ、呪いは解除されたはずではと思った俺の上にクラリスが気を失って倒れてきた。
「あ、ちょ、クラリス? クラリス?」
「きゅー……」
ぽろりと外れた眼鏡の向こうからは、ぐるぐると渦を巻く目が。
どうやら気を失ったらしい。
「大丈夫ですかミカエルさん?」
「し、シスター・イルゼ?」
ミカエル君の貞操のピンチを救ってくれたのは、何故か金ダライ片手に仁王立ちするシスター・イルゼだった。
「まったく、油断も隙もありません。ミカエルさんが嫌がってるのに無理やり襲おうとするなんて」
「いや、嫌ってわけじゃ……」
「えっ」
「えっ」
正直言います、ちょっと期待してました。
「……ま、まあ、それでもそういうの良くありません。そういうえっちな事はその、ちゃんと手順を踏まないと」
「は、はあ」
とりあえずクラリスの下から抜け出し、目を回す彼女をベッドに寝かせた。毛布をかぶせてポンポンすると、そのまますやすやと寝息を立て始めるクラリス。気絶しながら寝るとはなんと器用なやつ……。
でもまあ、これで呪いは解除されたわけだし……一件落着って事でいいかな。
列車がカーブに差し掛かったようで、客車が大きく揺れた。
それと同時に背後で揺れる、クラリスを襲った金ダライを重ねていくうちに出来上がった金ダライタワー。高く積み重ねたそれが、今の揺れで無事である筈もなく。
「―――あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
どんがらがっしゃーん、と金ダライの雪崩が、最後の最後にミカエル君に牙を剥いた。




