恐怖のリアクション芸!? 前編
野犬に追いかけられる夢を見たんですが、野犬の鳴き声が「壊れちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」でした。
作者からは以上です。本編をどうぞ。
「はい、それではこちらが報酬となります」
「どうもー」
封筒に入った報酬を受け取り、管理局を後にした。
辺境とはいえ、この辺は帝都モスコヴァと学術都市ボロシビルスクを結ぶ中継地点。皇帝陛下のお膝元へと最新技術を運ぶ通り道なので、魔物の掃討や治安維持には特に気を使っているのだろう。管理局の掲示板にも依頼は無い事はないが、どれもゴブリンの討伐だとかキノコ採取だとか、そんな初心者向けの仕事ばかりで何というかやり甲斐がない。
今回の仕事もゴブリン討伐。なんというか、そろそろゴブリンの通算討伐数が4桁行きそうな勢いなんだけど、こんな勢いで世界中で狩られたりコロニーを潰されたりして凄まじい勢いで個体数を減らしている筈なのに、一向に絶滅危惧種として名が挙がらない(というか統計上ではむしろ増え方向に推移しているらしい)のだからアイツらの繁殖力は尋常じゃないレベルである事が分かる。
これ、放置してたら全人類ゴブリンに支配される日が来るんじゃないだろうか。まさかな、そんなわけないよな?
嫌な想像をしながら、ヴェロキラプター6×6の後部座席に設置されたチャイルドシートの上から何気なく外を見た。
アメリカンサイズのピックアップトラックなのでとにかくサイズが何もかもデカい。乗り降りする際にステップを踏むのも一苦労だし、乗ったら乗ったでシートベルトがちゃんと締まらない。さすがにだるんだるんのシートベルトでは交通事故とかあった時に怖いので、不本意ではあるが、本当の本当に不本意ではあるがチャイルドシートの使用を渋々承諾している。
なんだろ、ミカエル君の尊厳が木っ端微塵に砕ける音が聴こえてくるんだけど……。
窓の外ではちょうど、村の狩人が戻ってきたところのようだった。鹿にウサギといった動物からゴブリンまで(待ってゴブリン仕留めたのかあの人)仕留めて持ち帰ってきたようで、村の広場では早くも火が起こされ、口から尻まで鉄製の串で串刺しにされたゴブリンが丸焼きにされているところだった。
「ゴブリンって美味しいのかしら」
「筋っぽいらしいよ」
助手席で何気なくそんな事を言うモニカに、以前にグルメ本で読んだ記憶(グルメ本の魔物料理特集だったか)を頼りに答える。
「堅いし可食部も少ないし筋っぽい。おまけに肉は獣臭いから臭み抜きに苦労するらしいし、人間っぽい姿だから食うのを忌避する人も多いらしい」
「へぇ~」
魔物を食べる文化というのは、この編だとベラシア方面に残っている。向こうだとゴブリンだろうとオークだろうと、内臓を取って血抜きをしてから串に刺してあんな感じに丸焼きにして豪快に食うらしい。今の形になる前の、ノヴォシア系の文化圏、特に食文化に関してはその原型を色濃く残しているのがベラシア料理であるらしい。
一番びっくりしたのが、ベラシア地方ではキノコ類は乾燥させてから磨り潰し、粉末状にしてから香辛料や調味料代わりに使う……というかベラシア人はキノコを調味料と見做しているのだそうだ。
今は一括りに同じ帝国という事になっているが、版図が広かったり文化が違う国が寄り添って出来上がった国家だとこういう異文化に触れる機会は頻繁に訪れるんだなとも思う。
ちなみにゴブリンの肉はさっきも言った通りで、獣臭く可食部は少ない、獣臭くて臭み抜きには苦労するし、鍋で煮込めばあっという間に灰汁が出てきてそれの処理にも困るからあまり料理人は扱いたくない食材なのだとか。
前に一度パヴェルにゴブリンの肉を冬季の保存食にしてみてはどうかと提案した事があったが、なんか嫌いな野菜が自分の皿に乗っていたのを見つけた子供のような顔をされ、ああ、これパヴェルも嫌なんやなと思った。あのパヴェルがあそこまで露骨に嫌そうな顔をするのだから相当ヤバいのだろう。
美味しそうにゴブリンの肉にかじりつく村人たちの姿を見守っている間に、信号が青に変わった。荷台いっぱいに木材を乗せた過積載気味の軽トラ(異世界で軽トラ!?)とすれ違い、そのまま駅の方へ走っていく。
運転席でハンドルを握るクラリスが「音楽でもかけましょうか」と言いながら、カーラジオのスイッチを入れた。数秒ほどノイズの不快な音が続いたかと思いきや、ノイズの海から少女の美声が顔を出す。最近話題の人気歌手(ごめんミカエル君は芸能面に疎いのだ)らしく、流れてくるのは最近帝都とかで流行ってるというラブソングのサビの部分のようだ。
芸能界ねぇ……ミカエル君はアニオタなので、そういうのはアニメの声優さんとかアニメ関係の監督とか脚本の人とか、そういう方面くらいにしか詳しくないなぁ。何せ転生前、アニメとか洋画を見る以外にテレビの電源をつけることはなかったし、PCやらスマホで動画配信サービスを利用するようになってからはついにテレビがゲーム専用と化すレベルだった。
あ、そういや俺の部屋にあったエロゲの山どうなったんだろ……遺品整理したの誰だろ、マイブラザーかな? 願わくばあまり詮索せずに粛々と遺品を処理してほしいものだ……。
とんでもない赤っ恥を向こうの世界に遺してきてしまった事を思い出して恥ずかしくなっていると、ぽん、と頭の上に柔らかくて暖かい手が置かれた。びっくりしてケモミミが一瞬だけびくりとしてしまう。
獣人はケモミミや尻尾の動きで無意識のうちに本心を現してしまうので、普通の人間と比べると感情豊かなのだそうだ。たとえそれがどんなにクールな獣人でも、ケモミミと尻尾は誤魔化せない。
隣に座っているシスター・イルゼが頭を撫でてくれているようだった。
なんというか、デリアの一件から彼女との距離が色々と縮まった気がする……比喩的表現だけでなく、物理的にも。
部屋でクラリスとかモニカが暴走すると一緒に寝ましょうかと提案してくるし、錬金術の勉強してると隣に座って見守ってくれるし、最近なんかはジャコウネコ吸いをするクラリスを羨ましそうな目で見ていたり、ミカエル君を吸いたいという欲求を押し殺しているような目でじっと見つめて来たり……あれ、シスター? シスター???
いつも真面目なシスターがミカエル君をモフり始めた姿がバックミラー越しに見えてしまったのだろう。ハンドルを握っていたクラリスが悲鳴を上げた。
「い、いいいいいイルゼさん!?」
「ひぃっ!?」
「にゃぷ!? ど、どどどどどうしたのよクラリス!?」
「見てくださいモニカさん! い、イルゼさんがご主人様をモフってますわ!」
「え、嘘そんなわけウワァァァァァァァァァァァホントだァァァァァァァァァァァァ!!」
「な、なななっ、何ですか! いいじゃないですか少しくらい私だって!」
「ずるいですわイルゼさん! クラリスは今にもご主人様を〇〇して〇〇飲ませて朝から晩まで性欲剥き出しの〇〇〇〇〇したい衝動を抑えているというのに!!」
「お前そんな事考えてたんかい!?」
やべえよこのメイド。頭の中がピンク過ぎる。
「ちょ、イルゼさん! クラリスにも少し吸っ、吸わせて……!」
「待ってくださいあなた運転中でしょう!?」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁクラリス! 前前前ぇ!」
「……はぇ?」
運転中に後ろを振り向いてればこうもなるよな、とは思う。
目の前に迫っていた石碑のような何か。このままではピックアップトラックのグリルが思いっきりへこむなぁ、と思っていたところで驚異的な反射速度を見せたクラリス。ハンドルを思い切り切るや、ヴェロキラプター6×6を強引に進路変更させたのである。
ゴッ、と何かがぶつかる音。しばらく進んでから車を停車させたクラリスに続き、俺も恐る恐る後ろを振り向いた。
人気のない、何の変哲もない道の一角。やはり完全回避とはいかなかったようで、石碑の一部が欠けているようだった。
あーあ、やっちまった。
「……クラリス?」
「申し訳ございませんご主人様! かくなる上は腹を斬って罪を!」
「落ち着けぇい!」
びし、とクラリスにチョップしてから車を降りた。
きゃう、と可愛い声を出すクラリスを背に、車を降りて石碑の方まで小走りで向かう。
随分と古いもののようだった。何かの記念碑か慰霊碑なのだろうか。表面には掠れた文字が刻まれていて、西暦のようなものもあるから多分これ慰霊碑なのだろう。
うわぁ罰当たりな事をしてしまったなぁ、と思いながら欠けた部分を元に戻し、そっと手を合わせた。
この度は失礼いたしました、どうかお鎮まりくださいと心の中で祈り、静かに目を開ける。
そこでふと思う。これは慰霊碑のようだが、誰の慰霊碑なのだろうか、と。
どこかの高名な冒険者か、この地に所縁のある英霊のものなのか。それともこの地で非業の死を遂げた旅人のものか―――いずれにしても本当に失礼な事をした。これは罰が当たっても文句は言えない。
そう思いながら石碑を見ていると、見慣れた文字の羅列が見えてきた。
【Здесь покоится легендарный юморист Камаров(伝説のリアクション芸人カマロフ、ここに眠る)】
「……」
伝説の……リアクション芸人……?
見間違いかな、そういえば今日は眠かったからなと瞼を擦ってからもう一度石碑を見てみるが、やはりそうだった。どう見ても「伝説のリアクション芸人」という文言がそこに刻まれていて、何というか脱力してしまう。
いやでも、誰かの慰霊碑である事に変わりはないんだよな……。
本当に失礼しましたカマロフさん。ウチのメイドは後できつく叱っておきますので、どうかこの度の無礼はお許しください。
もう一度手を合わせ、駆け足で車の方へと戻った。
「クラリス」
「……はい」
「……帰ったらお仕置き」
「……はい」
まったく。
クラリスの事だからお仕置きで喜びそうだな、と思い至り、軽く絶望した。
どうすればいいんだコイツ。
「はぁ~……」
風呂上り、自室ではクラリスとモニカに邪魔されて集中できないだろうなと思ったが、やっぱりその通りだった。
錬金術の教本を開く俺の後ろで両肩にGカップのおっぱいを乗せながらケモミミの裏側(やめてそこ弱いの)を吸うクラリスと、尻尾をすんすんハスハス掃除機の如く吸いまくるモニカ。勉強なんて出来たものではなく、今日は諦めるべきかと思い教本に栞を挟む。
それを降参の合図と見たのか、クラリスは後ろから両手を回してミカエル君を抱き寄せ、顔を頭に深く押し付けながらすんすん吸い始める。あーはいはい好きなだけ吸いなさいよもう、勝手にしなさいと半ば諦めていると、モニカが立ち上がってクラリスに抗議を始めた。
「ねえクラリス、そろそろ代わりなさいよ」
「嫌ですわもふぅ」
「あたしも頭で吸いたいのよ、良いでしょ?」
「ダメですわ、モニカさんだと絶対それ以上いきそうですもの」
「ちょっ、それはクラリスでしょ!? あんな性欲剥き出しの発言して!」
「だって本心ですもの! できることなら今すぐにでも押し倒して身ぐるみ剥がして濃厚でえっちな―――」
次の瞬間だった。
バガァーンッ、となんかこう、金属的というかなんか鉄板が落ちてきて頭にぶち当たったような音が頭上で聞こえたかと思いきや、「い゛っ!?」というクラリスの悲鳴というか痛そうな声が聴こえてきたのは。
「え、クラリス」
「い、いひゃい……」
そう言いながら頭を押さえるクラリス。
いったい何が落ちて来たのかと天井を見てみるが、そこには特に何もない―――何の変哲もない天井が広がっているばかりである。
視線を下へと向けたミカエル君は、自分の思考が止まるのをはっきりと感じた。
「……はい?」
そこにあったのは―――金ダライだった。
そう、金ダライ。昭和のコントとかお笑い番組とかで頭の上に落ちてくるような、あの金ダライである。
え、なにこれ。何でこんなものがここに?
「こ、これっ……どこから落ちて来たんですの!?」
「天井から落ちてきた?」
「え、でも天井には何もないわよ?」
何これ、頭上にワープでもしてきたのか?
なんか気味が悪いな……テンプル騎士団の仕業か?
有り得そうな話ではある。連中の技術であれば金ダライの1つや2つ、敵対勢力の頭上にワープさせて落とすなんて朝飯前だ。なんて非人道的な兵器なんだ最低だなテンプル騎士団。
とりあえずまあ、不可解な現象が起こった時はテンプル騎士団のせいにしておこう。だいたい合ってる筈だ。
風評被害? 知らん、普段からこれ以上の事やってるんだから疑われて当然だろ。
「もういいですわ、クラリスはミカ×ルカ本見て寝ますっ」
「お前寝る前になんつーものを」
呆れたその時だった。
同人誌(ミカエル君とルカ君が抱き合ってるBL本っぽいんだが俺はともかくルカまで巻き添えにしないでもろて)を開きながらベッドに横になろうとしたクラリスの頭を、どこからともなく落下してきた金ダライがパコーンと直撃したのである。
「あ゛痛っ!?」
「えぇ……?」
待って待って。
さっきから何、この虚空から現れるマジカル☆金ダライは。




