マチェスキー温泉 中編
※往復ミサイルの中の人は日常シーンを書くのがクッソ苦手です。戦闘回だったら1時間ちょっともあれば5000~6000字書く自信がありますが、日常シーンとなると筆が全く進まなくなり、いつも血反吐を吐きながら書いています。いやホント、真面目に日常シーン書くの上手い人とかラブコメ書いてる人尊敬します……どうすれば日常シーンあんなに上手く書けるんだ……?
というわけで血反吐を吐きながら書きました。血の滲んだ日常回、よろしくお願いします。
「あーちょっとキミ」
温泉の入り口にある受付で入浴料を支払い、さあお風呂入るぞというところで、温泉の建物の中にいた警備員がぽん、とアロハシャツ姿のパヴェルの肩を叩いた。
えぇ、と仲間一同でパヴェルの方を見るや、パヴェルはパヴェルで苦笑いを浮かべながら、高圧的な態度で睨んでくる警備員の方を振り向いて「あはは……ど、どうも」なんて挨拶してて吹き出しそうになる。
「ちょっと荷物検査していいかな?」
「は、はあ」
その場で始まる手荷物検査。持っているのは財布とスマホ、それからトラックの鍵くらいで不審物は何もない。それ以外はさっき受付で購入したタオルくらいのものだろうか。
どこを調べても不審物が出てこない事に訝しむような顔をしながら、警備員は首を傾げた。
「おかしい」
「何がです?」
「キミみたいなガラの悪い人間が、麻薬とか持ってないのはおかしい」
「失礼だな!?」
「どこのカルテル出身なんだ? 怒らないからお巡りさんに言ってごらん」
「いや血盟旅団のマネージャーなんですが???」
「嘘は良くないなぁ」
あー、コレはめんどくさい奴だ。
助け船でも出すか、と彼の傍らに駆け寄り、ちょいちょい、と警備員の袖を引っ張る。
「ん、どうしたのかなお嬢ちゃん?」
「あのね、その人ね、ミカのところのマネージャーさんなの」
声帯で熱演を披露するロリボ担当二頭身ミカエル君。アニメに出てくるロリ系ヒロインのような声と上目遣いに、警備員の顔があっという間に赤くなる。何だコイツちょろいぞ。
とりあえず助け舟を出しつつ冒険者バッジを見せた。
「これ、番号調べてもらえれば確認取れると思います」
「え……いや、血盟旅団ってまさかあの?」
「仕事熱心なのは良いが、決めつけは良くないな?」
ぽん、と警備員の肩に手を置き反転攻勢に転じるパヴェル。なんだろ、言葉には出してないけど「テメェ同人誌にされたくなけりゃ黙って通せ〇すぞ」というどす黒いオーラが見える見える……というかどす黒いオーラが彼の頭上でマンガの吹き出しみたいになって心の声がバッチリ記載されてるんだけど良いのかアレ。今度脅迫とか恐喝でちょっとキミされないかなアレ?
「し、失礼しました!」
そう言いパヴェルの肩から手を放し、敬礼してそそくさと去っていく警備兵。サンキュ、とパヴェルがウインクしてきたのでこっちもウインクを返すと、パヴェルの鼻から鼻血がたらりと流れ出た。なんで???
「というか、何で温泉に警備員が居るわけ?」
周囲を見渡しながらそう言うモニカ。
確かに彼女が言いたい事も分かる。マチェスキー温泉のいたるところに憲兵隊所属と思われる警備兵が立っていて、入浴客や挙動不審な人間に目を光らせている。しかも腰には警棒とリボルバー拳銃まで下げており、リフレッシュするための施設の中だというのに随分と物騒だった。
「置引きとかその手の盗難が流行ってるんだろ」
首をゴキゴキと鳴らしながら壁にある張り紙を指し示すパヴェル。確かにそこには『Остерегайтесь воровства! Ваш багаж всегда под присмотром!(盗難注意! あなたの荷物は常に狙われています!)』というでっかい文字と共に、荷物を狙おうとする不審者のイラストが描かれた注意喚起のポスターが貼り付けられている。
やっぱり異世界でもそういうのあるんだなぁ、と思いつつ先を急いだ。
「さて、それじゃあここでお別れだな」
Мужская ванна(男湯)とЖенская бан(女湯)と書かれた暖簾(なんで日本スタイルなんだろうか。転生者が広めたのか?)が間近に迫り、ここで女性陣とはお別れになる。後はお互いリフレッシュして、疲れを落としてから向こうの休憩スペースで落ち合おう。
さーて温泉温泉、とタオルを抱えながら男湯に入ろうとした俺の手に、見知らぬ男の声と共に大きな手が置かれた。
「ちょっとキミ」
「……うにゅ?」
振り向くとそこには紺色のズボンにライトブルーのワイシャツ姿の警備員が居て、いたずらをする子供を咎めるような顔でこちらを見ている。
「そっちは男湯だよ。女湯はあっち」
「いやあの俺男なんですけど」
「「「「「「「「「???」」」」」」」」」
血盟旅団の仲間たちだけじゃない。その辺を歩いていた他の入浴客とか他の警備員に至るまで、こっちを見て一斉に首を横に傾げている。
あーそうですか、ミカエル君は女の子として生きていけばいいんですかそうですか。
レギーナマッマとサリーだけだよ俺の性別間違えないの……。
冒険者バッジを警備員に渡して「紹介お願いします、男性として登録しているので」と言うや、警備員はそれを受け取ってポケットから取り出した機械でスキャンし始めた。しばらくすると警備員は「……ホンマや」と何故か関西弁でぼそりと呟き、申し訳なさそうな顔でバッジを返却してくれる。
「これはこれは、失礼しました」
「いえいえ」
まったく失礼しちゃうわ。
「ご主人様? ほ、本当に男湯でいいんですの? 女湯でしたらクラリスがっ、クラリスがお背中をお流ししてそれから全身余すことなくぺr」
「お巡りさんあそこに変態が」
「あーホントだ男湯の方が良いですねコレ」
「ご主人様!?」
女湯に行ったらクラリスに何をされるか分かったもんじゃない。それも公衆の面前で。
そんな茶番を終えて脱衣所へ。中は日本の温泉のようで、もう少しノヴォシアの伝統的な様式なのかなと思っていたのだが、ここまで日本っぽいと真面目に他の転生者が日本の文化を広めていったのではないかと勘繰ってしまう。
俺以外にも転生者がいることを考慮すると、その可能性は高いだろう。
「ほぉ~、倭国のようだな」
「え、範三の故郷もこんな感じだったの?」
「いかにも。いやはや懐かしい、兄上と近場の温泉に行った時の事を思い出す」
範三には見慣れた風景なのかな、と思いながら服を脱ぎ、腰にタオルを巻いた。
裸の付き合いという付き合いがあるし、温泉でタオルを巻くのはマナー違反だったりするんだがその……ね、大人の事情というものがあるのでこの辺は察していただきたい。さすがにタオル無しは怒られる。
腰にタオルを巻いて他の仲間たちを待ちながら胸元を見下ろすと、やはりそこには深夜アニメで親の顔よりも見た謎の光が。これ多分円盤だと消えるとは思うんだが、しかし何で……? もしかしてこの世界にも俺女って判定喰らってる?
哀しくなりながらも仲間たちと共に大浴場へと入ると、そこには日本の温泉とそう変わらない異世界の温泉が広がっていた。
「おお……!?」
良かった、本当に良かった。
異世界の温泉と聞いてなんかちょっとこう、前世の世界の温泉とは似ても似つかないナニカを想像してちょっと不安になっていたミカエル君だけど、どうやら本当に日本の温泉とそう変わらないようだ。大きな浴槽にシャワー、それから左手にある扉の向こうにはサウナがあるようで、その近くにはちゃんと水風呂もある。
湯治客は基本的に労働者やら農民といった感じだった。貴族向けの大浴場と大衆向けの大浴場が分けられていたし、入浴料もお手頃価格だったので労働者や農民でも少し背伸びをすれば入浴できるお手軽さが最大の売りなのかもしれない。
しかもちょうどあまり他の客はおらず、ほぼほぼ貸し切り状態だった(大きな浴槽の隅に猪の獣人と猿の獣人のお爺ちゃんコンビが浸かっているくらいである)。
「うおー! すっげー! でっけー!」
「ルカ、最初に身体を洗うんだぞ」
「ほいほーい!」
真っ先に大浴槽へダイブしそうだったルカを咎め、身体を洗うために用意したタオルとその辺にあった木桶を片手にシャワーの方へ。
少し熱めのお湯を頭からかぶり、息を吐いた。
はぁ~……これだよコレ。
シャンプーで頭をわっしわっしと洗いながら、ふと視線を壁にある温泉の効能についての記載に向けた。温泉といえばお湯の種類によって効能が変わってきたりするのだが、そういえばここのお湯はどんな感じの効能なんだろうか?
【Горячая вода из этого горячего источника эффективна для облегчения болей в спине, напряженных плеч и усталости, а также для увеличения предела вашего здоровья, силы атаки и защиты. И я могу иметь девушку(この温泉のお湯は腰痛、肩こり、疲労回復に効果があるほか、HP上限UPや攻撃力及び防御力UPの効果があります。あと彼女も出来ます)】
……ん?
おかしい、シャンプーが目に入って見間違えたかな。
だばー、と頭からお湯をかぶって泡を流しつつ、タオルで目元を拭いてからもう一度視線を壁面のお湯の効能についての記載に向ける。
【Мы получили радостные отзывы от наших клиентов, такие как «Благодаря вам у меня появилась девушка» и «Я смог жениться!»(お客様からは「おかげさまで彼女が出来ました!」「結婚出来ました!」という嬉しいお声を頂いております!)】
え、コレ温泉の効能関係ある?
確かになんかこう、お湯から少し薔薇のような香りというか、どことなく香水っぽい良い匂いがするけども……。
見間違いだと願いたいんだが、3つある大浴槽のうちの1つに【リア充の湯】って書いてあるんだけど何アレ。しかも猪と猿のお爺ちゃん獣人コンビが入ってるのそのリア充の湯なんだけど……お爺ちゃん? お爺ちゃん???
「彼女欲しいのうアンドレイさんや」
「この歳じゃ無理じゃろイワンさんや。フォッフォッフォッ」
お爺ちゃん……。
「パヴェル、背中流すね!」
「おー悪いなルカ。あ゛ァ゛そこそこ……」
隣からパヴェルの溶けそうな声が聴こえてくる。大丈夫?
タオルを濡らして石鹸をよく泡立て、胸元やお腹周りを洗ってからさーて背中を洗おうかな、とタオルを背中に回そうとしていると、誰かが俺の手からタオルを取って背中を洗ってくれ始めた。強すぎず弱すぎず、洗ってほしいところをピンポイントで洗ってくれる絶妙な力加減。思わず「にゃぷ~……」と溶けそうな声を出してしまう。
これ誰だろ、ルカかな? パヴェルの次は俺の背中を流してくれるってか可愛い奴め、と思いながら視線を脇に向けると、シャワーで泡を流すパヴェルの隣で今度は範三の背中を流してるルカの姿が目に入って宇宙ミカエル君になった。
ん、ちょっと待って。
じゃあこの俺の背中洗ってくれてる人 is 誰?
「痒いところはありませんかご主人様?」
「待って待って」
「?」
振り向くとそこにはやっぱりクラリスが居た。うん何で?
「ここ男湯なんですけど」
「知ってますわ?」
「なんでこっちにいるのさ?」
「いえ、ご主人様が心配だったのでちょっとその……壁越えを」
「壁越え」
ちらりと視線を向けた。
男湯と女湯を隔てるコンクリート製の壁。よく見ると上と下の方で女湯側と繋がっているようで、よじ登るかお湯の中を潜るかすれば行き来する事は可能なようだ。
いや、それは別に良いのだ。
男湯もほぼ貸し切り状態とはいえ……あ、お爺ちゃんコンビがこっちを見ながら「何じゃあのおっぱいは!?」ってびっくりしながら入れ歯飛ばしてる。お爺ちゃんゴメン。
ふう、と息を吐いて立ち上がった。そのまま首を傾げるクラリスの腕を両手で掴み、ニッコリと笑みを浮かべる。
「クラリス?」
「はいご主人様」
「―――帰れ!!」
ぼーん、とミカエル君渾身の巴投げ(パヴェル仕込み)。クラリスは「アバーッ!?」と変な声を発しながらコンクリートの壁を乗り越えて、そのまま女湯の方へと帰っていった。
まったく油断も隙も無い……男が女湯に入るラッキースケベはよく見るけど、女が男湯に入ってくるのはあまり見た事がない。何なんだアイツマジで。
というか俺、クラリスの事巴投げしたんだよな?
この温泉の効能マジなのかな、攻撃力と防御力にバフかかるっていうのは。
やれやれと肩をすくめ、シャワーを手に取って身体についた泡を洗い流す。
「ミカエル殿?」
「?」
一足先に泡を流し終えた範三がそこに居た。
「あの、今クラリス殿が居たような気が」
「気のせいだろ」
「気のせい」
きっとアレです。女湯の妖精が男湯にうっかり迷い込んでしまったのでしょう。そういう事にしようマジで……。
さて、後はお湯に浸かってリフレッシュしようか。
マチェスキー温泉
ノヴォシア帝国マチェスキー市にある温泉。元々は石炭の鉱山を作るべく掘削作業を行っていた場所だったが、偶然にも温泉を掘り当ててしまった事から町興しの一環として巨大温泉施設を建設、観光客の呼び込みに成功し今ではノヴォシア有数の温泉として知られている。
肩こり、腰痛、疲労回復の他、HP上限UPに攻撃力・防御力UP、それから彼女ができるという【リア充の湯】がある。




