みんな大好き尋問タイム
ばしゃあっ、と顔面に冷水がぶっかけられる。
咳き込み、気管に入った水を吐き出す巨漢。電気ショックを受け気を失っていた彼は、意識を取り戻すや大慌てで周囲を見渡した。
見慣れぬ壁に見慣れぬ天井、見慣れぬ床……そして目の前には椅子に座ったヒグマみたいな巨漢と、その隣にちょこんと座りながらホットミルクを飲むミカエル君、そしてその傍らに控える色々デカいメイド。
自分の見知った光景でもなければ見知った仲間でもないからなのだろう、ツキノワグマの獣人と思われる巨漢はその場から飛び上がり、真っ先に俺に飛びかかろうと身体をばたつかせる。
が、床にがっちりと固定されたパイプ椅子(ご丁寧に椅子の脚を溶接しやがったんだよパヴェル)に両足を鎖で縛りつけられているうえ、両腕を鎖に番線、申し訳程度の結束バンドを十重二十重に、それこそ鬱血が心配になるかならないかのギリギリを攻めるくらいの程よい(?)力加減で両手を拘束されているものだから、彼にできるのは獣のような唸り声を発しながら、俺たちを敵意剥き出しの視線で睨む事くらいのものだった。
時折、視線とは言葉を紡ぐ口よりも雄弁なのではないかと思う事がある。言葉ではないが、しかしその瞳には、視線には、その人間の内面がスクリーンよろしく克明に映し出されるのだ。
彼の視線は雄弁に物語る。俺たちへの憎悪を。
「真っ先にミカを狙ったな」
ポケットからお手製のトレンチライターを取り出し、お気に入りの銘柄の葉巻に火をつけながらパヴェルが言った。
「何者だい、アンタ」
「ハッ……クソ野郎に名乗る名はねえよ!」
口汚く罵るや、ツキノワグマ氏(仮名)は俺の足元に唾を吐き捨てた。
あくまでも俺を狙うか……と冷静に考えつつ、今の侮辱的行為に怒りをあらわにし一歩前に出ようとするクラリスを右手で制止する。やめておくれ、と。
クラリスがマジでキレたら死人が出る。冗談抜きで。
「おうおうおう……そうかいそうかい」
はあ、と気だるい感じに漏らすや、パヴェルは椅子から立ち上がった。左肩をぐるりと回すと、義手のジョイントが擦れ合う金属音が聞こえる。パキパキと鳴る人間の骨とはまた違う異音に、相手もただならぬ気配を感じ取ったらしい。敵意を剥き出しにしていたその顔に戸惑いの色が浮かんだのを、パヴェルは見逃さなかった。
アレを、とクラリスに目配せするや、傍らに置いてたファイルの中から何やらA3くらいの少し厚めの紙の束を引っ張り出すクラリス。
ミカエル君の見間違えでなければ、一番正面には服を脱がされかけた美少女と浅黒い肌で金髪ピアスの間男っぽい感じのイラストが描かれており、でかでかと『奪われた僕の希望 ~幼馴染が間男パイセンの女になるまで~』というタイトルが記載されてるんだけど何アレ。
「あ、あの、あのあのあの、パヴェルさん?」
「なんじゃいな」
「それ何?」
「何って、紙芝居だが?」
「紙芝居」
いや、何をするつもりなのかもう分かった。
古来より、ヒロインのNTR展開は視聴者の脳を破壊すると言い伝えられている(大嘘)。時にはNTR推進派とイチャラブ原理主義者の間で血みどろの内戦にまで発展し国家を二分するに至った事例もあるというのだから恐ろしいものだ(※決して信じないでください)。
ちなみにミカエル君もイチャラブ原理主義者、NTR展開は不倶戴天の敵である。かくいう俺も転生前に購入し何気なく読んでた同人誌が唐突なNTR展開に突入したもんだから、怒りのあまり破り捨てて上半身裸になり奇声を発しながら自室の中を5周くらいしてやっと落ち着いたレベルだ。多分目からビームも出ていたと思う。
NTRは人間の脳を破壊する……そういう展開が好きな人ならばともかく、純愛モノが好きな人にそれはあまりにも非人道的行為が過ぎるというものではないだろうか。
スッ、と紙芝居を用意するパヴェル。その表紙を目にしたツキノワグマ氏(仮名)の目が見開かれたかと思いきや、明らかに動揺しているのが分かる。
「さぁ紙芝居の始まり始まり~」
「はいご主人様、水飴ですわ」
「ありがと」
……昭和かな???
まあいいや、と水飴をパクつきながら死んだ目で紙芝居の表紙を凝視するミカエル君。
よくよく考えたらコレ、イチャラブ原理主義者のミカエル君も脳を破壊されるのでは? これは致命的な誤射ではありませんか同志大佐? 大佐???
「て、てめえ、何をするつもりだ!?」
「紙芝居だよ?」
「ふざけんじゃねえ! お前コレ明らかにNTR展開じゃねえか!」
「そうだが?」
「正気か!? 俺はイチャラブ原理主義者なんだぞ!?」
「そうかそうか……ククククク、苦手な性癖をまじまじと見せつけられるのはさぞ辛かろうて」
「てめえの血は何色だァーッ!?」
AKが好きだから赤だよ、とボソッとパヴェルが言ったのをミカエル君は聞き逃さない。誰が上手い事を言えと。
でもまあ、割とノリがいつものバカやってる時のノリだし何とかなるか……?
血が流れずに済むのであれば、それはそれでいいか……うん、もういいや。そういう事にしておこう。
それにしてもこの水飴美味しいな。
紙芝居という名の拷問開始から30分後。
尋問の舞台となった倉庫の中には、野太い巨漢の慟哭だけが響き渡った。
「―――こうしてマコト君のところに届いたビデオレターには、心も身体も間男に染まってしまったカレンちゃんの変わり果てた姿が収められていたのです。めでたしめでたし」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! カレンちゃんとマコト君を引き裂かないでやってくれェェェェェェェェェェェ!!」
「ふははははどうだ辛かろう? 俺もつらい」
「じゃあ何でNTRなんか描いてんだよお前よぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「イヤ確かにそうだけど需要あるし……」
「お前っ、こんなん人権侵害だろコレお前よぉぉぉぉ! 国連に言いつけんぞお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ん゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁカレンちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「馬鹿野郎! 俺だってカレンちゃんとマコト君にはくっついてほしかったさ! でもな、世の中には間男にカップルを引き裂かれる展開で満足しちまう層も一定数存在するんだよ!」
「うぐ……ぐぅ……!」
えー……あの、そろそろいいでしょうか。
クラリスが持ってきてくれたアイスココアをちびちびやりながら、ミカエル君は思う。
……俺、何を見せられてるんだろう?
閑散とした倉庫の中、響き渡る巨漢×2の慟哭と魂の叫び。NTRで脳を破壊され錯乱する男に、それを描いた張本人が何やら性癖の何たるかを説いている。しかし俺の記憶が確かならパヴェルもイチャラブ原理主義者では?
適度に脳を破壊されたミカエル君の隣では、クラリスが目元をハンカチで拭っていた。
「深い、深いですわパヴェルさん……! 痛みを伴う事で感じる愛もまた存在する、という事ですのね……!?」
「キミには一体何が見えてるんだい?」
何? まともなの俺だけ?
「さあブラザー、分かったら教えてくれ……お前は何者で、何でミカを狙ったのかを」
「うぐ……っ……俺ァ”ホワイトガゼル”の団長のグリシャってんだ……」
「ホワイトガゼルって……確か今の序列4位の冒険者ギルド?」
「そうだよォ……グスッ、お前らのせいで3位から4位に転落しちまったんだよォ……カレンちゃん……」
「……パヴェルお前これ効きすぎじゃない?」
「うん正直かなり想定外」
こうかはばつぐんだ!
しかし冒険者ギルド『ホワイトガゼル』の団長グリシャね……名前だけは聞いた事がある。
長い事パワーバランスの変動がなかった冒険者ギルド上位陣の一角、冒険者界隈の重鎮にして頂点への狭き門に立ちはだかる強豪ギルドだ。
団長のグリシャは”破砕槌”の異名を持つ異名付きとして名高く、渾身の力を込めたメイスの一撃は竜の骨をも砕く防御不可の一撃とされ、多くの冒険者の畏怖を集める存在であったという。
それがこの、NTR紙芝居で脳を破壊されたコイツなのか……?
なんだろ、冒険者界隈の底が見えたような気がしたのは俺だけじゃないだろう。きっと画面の前の皆さんも同じ考えだろうからその心境を代弁させていただく。ごほん。
―――これで3位?
正直、拍子抜けだった。
てっきりこっちの金品目当てで襲ってきた野党の類か、あるいは帝室が極秘裏に雇った暗殺ギルドか何かだと思っていた(パヴェルも「テンプル騎士団にしては攻撃が手ぬるい」と断言していた)。
その正体が前序列3位、現序列4位の強豪ギルド……何と言うべきか、言葉が見つからない。
長い間変わる事のなかった界隈のパワーバランス、その一角がこうもあっさり制圧されるとは。
いや、落ち着けミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ。もしかしたらこいつらは『ホワイトガゼルは上位陣の中でも最弱ッ』『冒険者上位陣の面汚しよ……』的なアレではないだろうか。魔王軍四天王の中では一番弱かった的な、そんなポジションにある連中ではないのだろうか。
まあいい、死体蹴りはここまでにしておこう。
襲撃の動機は俺たちに3位の座を追われた事に対する逆恨みって事か……前々から懸念していた事だ、他のギルドからの恨み妬みで命を狙われるかもしれない、という事は。
予想外の弱さに驚いて異世界転生チート無双主人公よろしくイキるよりも先に、前々から懸念していたそれがついに現実になってしまった事を憂慮するべきではないだろうか。
やっぱりこの界隈こういうのあるんだなぁ、と(-ω-)←こんな顔になりながら思う。
ともあれ、彼らがやったことは法律に反する立派な犯罪行為なので、彼らの身柄と列車は次の駅で憲兵に突き出す事になる。変なところで情けをかけたりしないぞミカエル君は(というか今回情けかける余地あるかコレ?)。
ガゴン、と連結器の外れる音がここまで聞こえてきた。
最後尾、戦車用の格納庫から更に後方に連結していたホワイトガゼルの列車が、チョリュビンスクとボロシビルスクの中間にある『ガリビンスク』駅という小さな駅に置き去りにされていく。
レンタルホームには既に憲兵隊が居て、手錠をかけられたホワイトガゼルの団員たちが連行されていく後ろ姿が車窓の外で左へと流れていった。
既に俺たちも取り調べを受けて調書も取ってもらったので、後は憲兵さんに任せて旅路を急ごうというわけだ。こんなところで足止めを喰らっている場合ではない。
列車がどんどん加速していく。小さな小さな、それこそレンタルホームが2本しかなく在来線ホームに至っては3本、通過線すらないような小さな駅があっという間に見えなくなった。
「あ、パヴェル。列車の補修手伝おうか?」
「大丈夫」
ツナギ姿で通路を歩いていたパヴェルに申し出ると、にししっ、と少年のような笑みを浮かべながら彼はさらりととんでもない事を言った。
「機関車を弄るついでに客車とか他の車両の装甲も強化しておいたからな。傷一つ無いよ」
「……ん?」
何それ怖い。つまりノーダメージって事???
嘘やろ、と思いながらそそくさと部屋の中へ引っ込み、椅子に腰を下ろすミカエル君。いや、補修の手間が省けるのであれば別にいいんだけど……いいんだけど、客車にすら傷一つないって強すぎませんかこの列車。戦艦か何か?
ともあれ、これから先もこういう事があるのだと思うと油断も出来ない。今後は周辺警戒をもう少し厳重にして対応するべきだろう。これはパヴェルに進言するとして、だ。
今のところテンプル騎士団の動きが無いのもなんだか怪しいものである。何か、裏でデカい一撃でも準備しているのだろうか。
おーやだやだ……だからミカエル君はシリアス苦手なのだ。
ほのぼの日常回じゃダメかね、ほのぼの日常回じゃあ。




