カタパルト、射出
ノヴォシアでは初対面の相手に対し、機関銃を向けて鉛弾で挨拶するらしい。
そんな常識聞いた事ねえ、と咄嗟に防盾の裏に身を引っ込めた直後だった。ガガガガガ、と少し厚めの防盾の表面を、黒色火薬を用いて放たれた11mm弾の弾雨が立て続けに打ち据えたのは。
「グワーッ!?」
《なんだミカ、どうした!?》
「敵襲、敵襲!」
無線機に向かって半ば怒鳴るように敵襲を告げ、敵の銃撃が止んだのを待って機銃についた。安全装置を解除、左右のブローニングM2のコッキングレバーを引いて初弾を装填。グリップを握り押金を押し込みつつ罵声を発する。
「ザッケンナコラー!」
失礼、日常がぶっ壊された事に憤ってつい魂の叫びが。
相手の水冷式機関銃は黒色火薬仕様の11mm弾。それに対しこっちは無煙火薬仕様の12.7mm弾、直撃すれば生半可な遮蔽物はぶち抜くし、人体を木っ端微塵に粉砕する威力がある。
車両の屋根にある銃座へと機銃を射かけると、向こうで真っ赤な液体と一緒に千切れ飛んだ手と思われる人体のパーツが飛んだ。
殺してしまった事に対し罪の意識がないのかと言われれば、それはノーだ。殺してしまった事への罪悪感はあるし、申し訳ないという気持ちはある。命を奪わずに物事を解決できれば、それはどんなにすばらしい事だろうか。
しかし現実は理想論のように甘くないし、そう都合よく物事も運ばない。
殺さなければこっちが殺される―――その事は骨身に染みて理解している。だからこそ殺すべき敵、殺さなくてもいい敵をしっかりと選び、メリハリをつけて戦う事が重要なのだと俺はこの世界で学んだ。
それに、先に仕掛けてきたのはあっちだ。
パヴェルからは正式な反撃命令は下っていないが、しかし血盟旅団の交戦規定には「外部の勢力から襲撃を受けるなどの正当な理由がある場合、各自の判断で反撃し敵性勢力の殺傷を認める」という規定がある。つまりこっちは攻撃を受けた被害者、反撃し敵をぶちのめす大義名分があるのだ。
それだけではない。冒険者関連の法律でも冒険者ギルド同士の抗争を処罰する法律があるが、しかしその条文の中にも【但し、襲撃を仕掛け危害を加えた相手への反撃など正当な理由のある武力行使については、此れを処罰しない】という一文がキッチリと存在する(冒険者は関連法案もしっかりと学んでおかなければならないのだ)。
というわけで、今の血盟旅団は完全合法に相手をぶちのめす大義名分を得たわけで、全てが済んだら処罰されるのは向こう側である。
他の車両に搭載された銃座も旋回、こっちへと銃撃してくるが、しかし日頃の訓練の賜物であろう……他の銃座や客車のドアのところに設置されたドアガンも火を吹き始め、隣にやってきた列車の客車が見る見るうちに蜂の巣に姿を変えていった。
銃座にはクラリスとシスター・イルゼが、ドアガンにはどうやらモニカとカーチャ、範三がついているようだ。
客車の窓が開き、そこからレバーアクションライフルを突き出してこっちを狙ってくる敵戦闘員の姿を認めるや、俺はすぐにそっちに機銃を旋回させて押金を押し込んだ。ガァンッ、と防盾が銃弾を弾き、代わりにこっちの放った12.7mm弾の弾雨が敵戦闘員を瞬く間にトマトペーストに変えてしまう。
トントン、と誰かに足を叩かれた。視線を向けるとそこにはAK-102を背負いヘルメットをかぶったルカが居て、「射手代わるよ」とジェスチャーしている。
大丈夫なのか、と不安になったが、そこでパヴェルから通信が入った。
《ミカ、敵がビビってる。反転攻勢に転じるなら今がチャンスだ》
「―――了解した。敵の総大将はどうする」
《できれば生け捕り、無理なら殺せ》
「Зрозумів, я збираюся здичавіти(了解、派手にやってくる)」
タラップを滑り降りると、下で待っていたルカが俺の触媒を渡してくれた。わざわざ持ってきてくれた彼に礼を言い、「死ぬんじゃないぞ」と短く告げてから銃座に上がっていく彼を見送る。
客車の中はもう火薬の臭いでいっぱいだった。ドガガガガ、ドドドドド、と機関銃の咆哮に満ち、まるで獲物を追い詰めんとする猛獣の咆哮にも、あるいは勝敗が決した戦いにおいてトドメの突撃をかける兵士たちの鬨の声にも思えた。
2号車のドアのところに行くと、弾切れを起こしたMG3にベルトを装填するリーファとそれを九九式小銃で援護する範三の姿があった。意外にも射撃のセンスがある範三の正確な狙撃で、敵の列車から小銃を突き出し射撃してくる敵の戦闘員が眉間に7.7mm弾を喰らって転倒、そのまま動かなくなる。
そうこうしている間にMG3の再装填が完了、銃声とは思えぬ爆音の連なりとド派手なマズルフラッシュが煌めき、敵の列車を蜂の巣にしていく。
食堂車を通って1号車の方に行くと、MG3を短間隔でバースト射撃するカーチャに射撃指示を出すパヴェルの後ろ姿が見えた。まるで森の中で木の幹を使って爪を研ぐヒグマみたいなでっかい背中が、俺の気配を察知したようでこっちをくるりと振り向く。
なんだろう、戦闘を心底楽しんでいるようなスマイルがその顔にはあった。
「おう、来たか」
「コイツら何者だい?」
「少なくともテンプル騎士団の手の者じゃねえな」
弾切れし射撃を中断するMG3。それを好機と見たのか、向こうの列車のドアから身を乗り出してリボルバー拳銃を構える敵の戦闘員の眉間を、パヴェルは振り向く事なくRSh-12(※ロシアの50口径リボルバーだ)でヘッドショットする。
ノールックでのヘッドショット、アニメや漫画でしか見た事がない。
「連中にしちゃあ攻撃が生温すぎる」
「でしょうね」
それは俺も思った事だ……仮にテンプル騎士団がこのタイミングで俺たちを本気で消そうとしているならば、こんな雑兵なんか差し向けたりはしないだろう。連中だったら初手からミサイルやレーザー誘導爆弾を満載したF-35でも差し向けるか、あるいは高高度から爆撃してきてもおかしくない。
そんな理不尽極まりない攻撃をしてこないのならば、少なくともテンプル騎士団ではない事は確かだ。
という事は皇帝陛下から差し向けられた刺客か何かか……クソッタレ、思い当たる節が多すぎて草が生える。
そんな事をしている間にもガチャガチャと何やらユニバーサル・ランチャーの準備を始めるパヴェル。カタパルトの上に乗った台座の固定具の幅を最大にまで調整、その隣でカーチャがMG3のフルオート射撃を再開し始める。
「ほい、乗れ」
「何て?」
「乗れって」
「What?」
ぐいー、と引っ張られたミカエル君。そのままユニバーサル・ランチャーの上にうつ伏せで寝かされるや、ガチャガチャと固定具をセットされ身動きが取れない状態に。
いや、確かにコレ理論上はミカエル君の射出にも対応しているトンデモ兵器だけども。いや、いやいやいや、まさか本当に……本当にやるの?
「ノンナ、速度そのまま」
《りょーかい!》
「ま、待て! 帰ってくるときはどうするんだよ!?」
「 気 合 で 飛 べ ! 」
「 根 性 論 や め い 」
うーんこの戦闘中でもうっすら残る日常の香りよ……このノリ大切にしたい、ホント。
そんなこんなで固定具でがっちり固定されたミカエル君を装填したユニバーサル・ランチャーを担いで立ち上がるパヴェル。そんなド派手な武器を持っているもんだから向こうからの注目度は当然上がるわけで、こっちに射撃が一時的に集中してくる。
が、カーチャと他の銃座の仲間たちの制圧射撃がそれを許さない。敵の戦闘員を射殺、そうでなくとも制圧射撃をかけて敵に反撃する間を与えない。
チャンスは今だった。
「―――ミカチュウ、キミに決めたッ!!!!!」
「ミィカチュゥゥゥゥッ―――って馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
カタパルトがよりにもよって正常に作動しやがった。
動作不良を期待していたミカエル君の想いをあっさりと裏切り、設計者の想定通りに動作したユニバーサル・ランチャー。よもや初めて投射に成功した物体が砲弾でも爆弾でも何でもなく、冒険者ギルドの団長であるというコレは名誉なのか不名誉なのか。
世界が唐突に加速した。上り線を逆走するバチクソ迷惑な襲撃者の列車がどんどん近付いてくる。
それと同時に脳裏で始まる走馬灯上映会。生まれたばかりのミカエル君を抱き上げるレギーナマッマに、屋敷から抜け出そうとする幼少期ミカエル君の襟を掴んで部屋に戻すレギーナマッマ。本物のハクビシンと俺を間違えるレギーナマッマ……そしてガチのハクビシンの母親、”母ビシン”に巣穴へ連行されるミカエル君……ハクビシンに育てられ野生児として生活し始めるミカエル君……狭い巣穴の中で兄弟姉妹ともふもふし合うミカエル君……あれ?
誰だい、ミカエル君の記憶を捏造した人は。
なんか脳裏に存在しない記憶が……。
ごちーん、と何かに派手にぶつかった。あまりにもの衝撃に、くらくらするミカエル君の周りを天使コスの二頭身ミカエル君ズが背中の羽をパタパタさせながらぐるぐる回る……なにこれ鬱陶しい。
顔を上げるとそこには目を回した敵の戦闘員の姿があった。顔面には何かがぶつかったような赤い痕があって、鼻の骨は折れ鼻血がどっぷりと出ている。
「……あ、ゴメン」
平謝りしつつ立ち上がり、ホルスターからグロック17Lを引っ張り出した。ブレースとフラッシュマグを装着したピストルカービン仕様、マガジンはエクステンションの追加で破格の43発。
そのまま客車のドアを思い切り蹴破った。バァンッ、と派手に吹っ飛んだ扉の向こう、俺たちの列車にレバーアクションライフルを向けていた戦闘員たちが驚いたようにこっちに銃口を向けるが、それよりも先に世界の全てが静止する。
イリヤーの時計を用いた1秒間の時間停止。その間に矢継ぎ早に敵兵の眉間に照準を合わせ発砲、時間停止の効果時間終了と共に動き出した9×19mmパラベラム弾が、敵の戦闘員の眉間を容赦なくぶち抜いていく。
この車両を制圧した事を確認、次の車両へと向かう。
同じように蹴りを叩き込んでみたが……どうやら反対側から閂のようなものでがっちりと固定されているようで、びくともしない。
「開けろ、デトロイト市警だ!!」
ガンガン、と扉を叩きながらそんな事を言ってみるが、襲撃者に対し締めた門を開ける城主などどこにもいない。固く閉ざされた城門を打ち破るには、それ相応の火力が必要だ。
ポーチに手を伸ばし、C4爆弾を掴み取った。
その時だった。
ブォォォォォォ、と巨人の咆哮するような重々しい音。列車の警笛の音だと思い至ったところでハッとした。
俺たちの列車が走っていたのは下り線。そんな俺たちの列車と並走しているこっちの列車は上り線―――当然ながら他の列車もやってくるのだ。銃撃戦を繰り広げている、2つの列車の真正面から。
《ミカ!》
「クソが!」
慌てて客車の窓をぶち破って正面を覗き込んだ。案の定、俺たちを襲撃してきやがったクッソ無礼な連中の列車の向こうから、モスコヴァ方面へと向かう特急列車が迫っている。
こっちは130㎞/hで走行中、向こうも特急だからそれなりの速度を出しているのだろう。衝突までの時間的猶予はほとんど残されていなかった。
流れていく景色の中、視界の端を「Впереди есть приют(この先待避所あり)」という標識が流れていく。
そこから先は考えるよりも先に身体が動いていた。咄嗟に銃を構え、線路の脇にあるポイント切り替えようのレバーを狙撃。バンバンバンッ、とマズルブレーキ付きの銃口が吼え、数発放たれたうちの1発がレバーを強かに打ち据える。
ガァンッ、と跳弾する音を響かせるや、線路が切り替わった。
正面から迫る特急列車、あわや正面衝突というところで襲撃者たちの列車はその右隣に併設された待避所の中へと滑り込んでいく。
ごう、とすぐ脇を特急列車が通過していった。きっと向こうの運転手もこっちの運転手も、そして隣の下り線でこっちの様子を見守っている仲間たちも生きた心地がしなかったに違いない。
訓練通りにC4爆弾を扉に設置、信管をセットして距離を取ってから座席の陰に隠れ、ポケットから取り出したスマホの通話アプリをタップ。登録してある連絡先の中から爆弾のアイコンをタップすると、3秒ほど呼び出し音が響いた直後に腹の底に響く爆音が列車を揺るがした。
吹き飛んだ扉のところから客車へと踏み込んだ。
中でゴホゴホと咳き込んでいる戦闘員たちの頭に的確にヘッドショットをキメて物言わぬ死体へと変えていくうちに、ズタズタになった客席の後ろからゆらりと起き上がった男が、大きなメイスを手に叫んだ。
「こ、この……クソガキがぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうやらリーダー格のようだ……コイツは殺さずに生け捕りにするか。
大型メイスを両手で抱えて突っ込んでくる巨漢。ソイツの太腿に二発ほど銃弾を叩き込むと、巨漢はあっさりと悲鳴を上げながら床の上に転がった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……殺しはしないよ。色々と聞きたい事がある」
うめき声を発しながら腕を振り回して抵抗する巨漢。
あまりにも憎悪に満ちた目を我ながら冷たい目で見下ろしながら、無慈悲に電気ショックを浴びせて気絶させる。バヂンッ、と弾けるような音と空気の焦げる臭いが立ち込めると、喧しい呻き声もすっかり聞こえなくなっていた。
「パヴェル」
《無事か》
「ああ、終わったよ」
まったく……やれやれだ。
俺たちを襲撃するだけならばまだ良いだろう、この界隈は色々と恨みを買う事も多いから応戦する準備は常にしている。喧嘩を売ってくるならば定価で買うまでの事だ。
それだけならば、まだ許した。
だが、コイツらは上り線を逆走し、あまつさえ無関係の民間人を危険に晒したのだ。
俺たちを殺そうとするならばまだ許す。
しかし無関係な人間を巻き込むんじゃねえ、ド三流共め。
ミカチュウ(でんきタイプ)




