料理人ノンナ
『食事は食べれる時に、食べたいだけ食べておく。もしかしたらそれが最後の晩餐になるかもしれないからね』
黎明期の冒険者、『マシュー・トンプソン』の発言より
料理をしていて一番楽しいのは、食べる人の笑顔を想像しながら調理している時かもしれない。
パヴェルから厨房での仕事も任された時、冒険者にとっての旅の最中での食事がどれだけ大切なのか力説された。冒険者はとにかく体を動かす仕事でカロリー消費が激しく、だからカロリー高めの食事を山のように用意しておかないと彼らのカロリー消費に供給が追い付かなくなり、やがてはベストコンディションを維持できなくなってしまう。
そういうちゃんとした理由(難しく言うと「ごーりてき?」)以外にも、もう一つ理由がある。
お兄ちゃんもミカ姉も、みんな「冒険者は大変な仕事だ」って口をそろえて言う。
調べれば調べるほど、そして帰ってくる皆の顔を見れば見るほど、それが真実なのだと私には分かった。あんなに元気いっぱいなミカ姉がへとへとになっていた時なんか、冒険者になりたい、と言っていた自分の浅はかさを少し後悔したくらい。
魔物と戦ったり、危険なダンジョンに突入して調査をしたり、時には他の冒険者とスクラップの奪い合いをしたり……いつ死んでしまうか分からない極限状況の中で冒険者にとって何が癒しになるのかといえば、煙草とかお酒とか、男の人ならえっちな女の人がいるお店とか……らしい。
でもやっぱり一番冒険者が楽しみにしているのは、食事だ。
ごく普通の、ありふれた家庭料理でも何でもいい。温かそうな湯気を発しているそれを目にすれば、どんな冒険者も喜んでくれる。それがとびきり美味しければもっと嬉しいと思ってもらえる。
そういうわけで、私も腕を磨いた。まだ冒険者にも見習いにも登録できない年齢(私まだ13歳)だから、できる事をするしかない。そんな私にとってのできる事が家事や洗濯、列車の運転に料理といったサポートのお仕事だった。
どれもこれもパヴェルから色々教えてもらった。今のところ、特に自信があるのは料理だけど。
包丁でネギを細かくみじん切りにして銀色のボウルの中へ。そしたらニンニクを手に取って皮を剥き、すりおろしてボウルの中のネギと混ぜていく。
あとは油と塩を追加で入れ、とにかく混ぜる。ネギがしんなりしてきたところで少し味見をしてみるけど、味が薄いかなと思ったのでもう少し塩を追加。
満足いくくらいの濃さになったら、今度は鶏肉の準備をしないと。
油をひいたフライパンに大きな鶏肉を乗せて弱火でじっくり焼いていく。焦がさないように注意しながらひっくり返すと、美味しそうなチキンの焼ける臭いと一緒に飴色に焼けた表面が顔を覗かせた。
うん、我ながら美味しそう。
最初の頃はなかなかアレだったなぁ、と料理を習ったばかりの頃を思い出す。塩と砂糖を間違えたり、卵を焦がしちゃったり……あとは火加減を間違えたりとか。あれでミカ姉が仕留めてきた鹿の肉を真っ黒焦げの炭化したナニカに変えてしまった時は本当に申し訳なかった。
昔の事を思い出しつつ、両面に火の通ったパリッパリのチキンをお皿の上へ。そこにさっき作ったネギを山のように乗せて、それを人数分用意していく。
「うん、上出来かな」
パヴェル特性『バチクソネギ塩チキンソテー』、これ私も好きなのよね。ちょっと濃い目のネギと一緒にチキンを口に入れるともう昇天しそうになる。
お皿の上にライスを盛り付けていると、私はいつの間にかカウンターの辺りからカーチャがこっちを覗き込んでいる事に気付いた。
「あ、カーチャ!」
「やっほー、調子はどう?」
「えへへ、見て見てカーチャ! 今日のお昼ご飯!」
「あら、美味しそうじゃないの。ノンナお店開いたら?」
そう言いながら褒めてくれるカーチャ。えへへ、と笑っていると頭をわしゃわしゃと撫でられた。
カーチャは私の命の恩人。列車が転生者殺しに襲われて私も死にかけていた時に、傷の手当てをしてくれた人。機関車から助け出してくれたミカ姉とお兄ちゃんにも感謝しているけれど、あの時カーチャが適切な処置をしてくれなかったら今の私の命はない。
だからいつか、私もこの人に恩を返したい。できる事といったら家事とか料理くらいだけど、いつかは私もミカ姉やクラリスさんみたいな冒険者になって、皆を守れるようになりたいなぁ……なんて。
でもみんな強いし、私なんかが冒険者になっても”みんなを守る”なんて事が出来るのかなってちょっと不安になる。それはまあ、ミカ姉みたいに死ぬ気で努力すれば強くなるかもしれないけど、ミカ姉の場合は「文字通り血反吐を吐き命を削るレベルの努力」って他の皆が口を揃えて言ってるし、あの人のレベルに至るのは生半可な努力じゃ無理だと思う。
そう思いながらご飯の準備をしている間に、皆がぞろぞろ食堂車に集まってきた。パヴェルが見当たらないけど、確か今の時間パヴェルは運転手に割り当てられていた筈だから機関車に居るのかな?
「ふぅー、お腹空いたネー」
「お、今日の昼飯は鶏か。豪勢でござるな」
「あら、ノンナまた腕上げたんじゃない?」
「えへへへ……」
口々に言いながら自分の分の食事をとって席に着く仲間たち。
特にみんなで「いただきます」って言って一斉に食べ始める習慣はこのギルドには無い。というか、そういう習慣があるギルドの方が少数派だと思う。冒険者、特に列車で各地を回るノマドはいつ何が起きるか分からないから、仲間が全員揃うまで待つ……なんて悠長は事はしてられない。
ご飯は食べれるうちに、食べれるだけ食べておく。そしてできればそれはとびきり美味い方がいい―――もしかしたら冒険者にとって、それが最後の晩餐になるかもしれないのだから。
そう発言したのは黎明期の冒険者だった気がする。
最後の晩餐……というのは物騒だし、そうあって欲しくはないけれど、確かにお腹を空かせて帰ってきた皆を出迎える食事が美味しくなかったら嫌だもんね。
そう思いながら私もカウンターの席に腰を下ろして、自分の分のチキンにナイフを走らせた。
火加減は70点くらいかな。生焼けを警戒してちょっと火を入れすぎたかもしれない。もう少し早く焼くのを切り上げていればもっと美味しくなってたかもしれないなぁ、と自己採点してみる。肉を切るナイフの手応えが少し硬い。
失敗とはいかないけど、何というか不完全燃焼というか……課題が残る結果かな、と思いながら切ったチキンを口へと運んだ。
チキンから溢れる肉汁と肉そのもののさっぱりした食感に、塩味のネギが味に奥行きを与えている。シャキシャキしたネギの歯ごたえと少し濃い目の塩味、それにすりおろしたニンニクが良い感じのアクセントになっていた。
これ、パヴェルがよく奥さんに作ってたんだって。奥さん喜んでたよねこれきっと……。
口の中にチキンの強烈な旨みが残っている間にライスをスプーンで掬ったその時だった。
「ウッヒャァァァァァァァァァァァうっっっっっっっっっっっま!!!!!」
モニカの爆音が食堂車を揺るがし、その凄まじい衝撃波で窓がいくつかパリーンって割れた。
お兄ちゃんやミカ姉はというと、2人ともケモミミと尻尾をぴーんって伸ばして目をビー玉みたいに見開いていた。多分私もそうなってると思う。
あーあ、コレまたパヴェル半ギレになるよ……。
「モニカ?」
「なあにノンナ?」
腰に手を当て、頬を膨らませる。
「美味しいって言ってくれるのは嬉しいけど、窓を割るのはめっ! だよ?」
「……ひゃ、ひゃい」
つー、とモニカの鼻から流れ落ちてくる鼻血。近くに座っていたクラリスさんはというと、同じくこっちを見て目を見開きながら同じく鼻血を垂れ流していた。
うん、なんで???
「 お ど り ゃ あ ま た 窓 割 っ た ん か い ワ レ ェ ! ? 」
「アバーッ!!?」
食堂車の方からなーんかパヴェルの半ギレになった時の声が聴こえてくるなー……と思い振り向いたら案の定だった。赤黒いオーラを身に纏った破壊者パヴェルに捕まったモニカがそのまま巴投げされ、女の子が発するとは思えないほど汚ったねえ声を発しながらぶっ飛ばされていく。
そりゃあ食堂車の窓5枚も割ったからねぇ……美味い飯食うと反射的に声が出るらしい(※モニカ談)とはいえ、だからと言って不味い飯を食わせるのも可哀想だし、どうしたもんかねと少しばかり頭を悩ませる。
さて、午後は俺も列車の周辺警備に割り当てられているので銃座につく事になる。とりあえず小腹が空いた時に備えてクラッカーと水、それからサーロの缶詰(イライナ人はサーロが大好きなのだ)を拝借して割り当てられた車両へと向かう。
今回俺が割り当てられたのは3号車。パヴェルの工房やら射撃訓練場やらがある車両だ。その性質上外から窓越しに見られたらヤバいので、外の風景を一望できる1号車や2号車とは違って、3号車だけは窓がない。
そのせいなのだろう、車内に入ると他の客車には無い窮屈さのようなものがあった。
むわっとした熱気に顔をしかめつつ、AKを背負いながらタラップを上がって頭上のハッチを解放する。戦車の砲塔にあるハッチを思わせるそれを押し上げて外に出ると、ごうごうと吹き付けてくる風の中に連装型のM2ブローニング重機関銃が、防盾と共に設置されていた。
どうせモニカが落書きしていったのだろう。防盾の外側には『Подивіться на мене і посміхніться!(こっち見て笑って!)』とイライナ語で書かれている。
確かに50口径の重機関銃に睨まれたら笑うしかないよな……いや笑えないが?
この銃座もよく考えられた設計になっている。こうしてハッチを押し上げて銃座につくと、解放されたハッチが背後からの攻撃から射手を守る盾となるよう設計されているし、防盾以外にも爆発の破片や黒色火薬銃の銃撃から射手を守る程度の装甲が、360度ぐるっと銃座を囲むように設置されている。
貫通力のある銃か上方からの射撃でもない限りは安心、というわけだ。身を乗り出して戦闘に参加する銃座は現代において非常にリスキーなポジションだから、これだけの防御が施されるのも当たり前というものだ。
しかし、機関車が強力になったのをいいことに列車もどんどん重装備になってくるな……今度は自爆ドローンの運用も始まるし、一体俺たちはどこを目指して進んでいるんだろうか。
銃座をチェックしつつ、装甲から身を乗り出して周囲の風景を見渡す。
ボロシビルスクへと向かう何の変哲もない線路。周囲には草原と疎らな村落、遥か地平線の彼方には針葉樹の森が見える。そんな大自然を両断するかの如く、地面に縫い付けられた2つの線路。俺たちが今は知っているのがボロシビルスク行きの”下り線”で、隣の線路がモスコヴァ行きの”上り線”だ。
とりあえず不審な敵はいないし、野生の飛竜が接近してくる気配もない。
待避所を通過したのを見て、そう言えば以前みたいに待避所に入る事もなくなったな、と思った。
ああいう待避所は規則的に各所に配置されている。冒険者がダイヤの合間を縫うようにして在来線の線路を使用している(※冒険者用の線路と在来線は分けられておらず共用なのだ)都合上、在来線の運航を優先しなければならないので、冒険者は後発の列車が接近してきた場合や時刻的にそろそろ接近してくるぞというタイミングで待避所へと入り、後発の列車を通過させることが義務化されているのだ。
しかしそれは在来線の機関車と冒険者の保有する機関車に大きな性能差があったからこそであり、今の俺たちの機関車はまさに今の技術水準から隔絶したレベルの技術が使われている。こうして平然と走っているが、速度は破格の130㎞/h。
在来線区間を走っている時の秋田新幹線とか山形新幹線みたいになっている。
ちなみにパヴェル曰く『本気出せば新幹線っぽい速度にもなるよ』との事だが絶対やるな。それだけはやるな。
まさかやらないよなと思いつつ、転生前に会社の出張で新幹線使って岩手から秋田まで行った時の事を思い出していたその時だった。
「ん」
俺たちの列車のジョイント音に、別の列車のジョイント音が重なったような気がしたのだ。
おかしいな、と視線を周囲に巡らせた俺の視界に、とんでもないものが入ってきた。
「……は?」
俺たちの進行方向から見て右側にある、モスコヴァ行きの上り線。
そこを何と、あろう事かもう1つの列車が全速力で走ってきたのである。それも俺たちと同じ向き、分かりやすく言うと並走するかたちで、だ。
は? 上り線なのに下り線の列車と並走?
正気か?
何かの間違いかと思ってその列車の方を見るが、しかし見間違いではない。
特急や在来線の車両ではないようだ。見た感じ冒険者の保有する列車に見えるが……?
その時だった。
向こうの列車の車両、その屋根の一部を切り欠いて搭載された水冷式重機関銃の銃口が、ぐるりとこちらを向いたのは。
ついこの前、往復ミサイルの中の人は初めて岩手から秋田まで新幹線で行ってきました。
あれ大曲駅から面白い事になりますね。また行きたいな秋田。




