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ドローンの時代


「はぁっ!!」


 気合いと共に振るわれた剣戟が、死角から迫りつつあった剣槍の穂先を打ち据えた。


 ガァンッ、と甲高い金属音を響かせて、振るわれた刀に漆黒の剣槍が弾き飛ばされる。ならば、と左手の指をオーケストラの指揮者の如く振るい、剣槍を磁力魔術で再度制御。吹っ飛ばされていた剣槍がぴたりと動きを止めるや、穂先を再び範三へと向けて突っ込んでいく。


 だがしかし範三は止まらない。背後から剣槍に刺し貫かれるよりも先に、術者たる俺を先に潰そうという算段なのだろう。


 乾坤一擲けんこんいってき、そう来たか。


 いや、分かっている。範三ならば平気でそういうハイリスクな勝負に打って出るだろうと。コイツは侍であり剣士だが、その根底にあるのはガンギマった覚悟なのだ。その辺のギャンブラーがチキン野郎に見えるほどに。


 ならば、と前に出た。


「!」


 範三が驚いたのが分かる。


 前世で空手をやっていた身から言わせてもらうと、接近戦において間合いを狂わされるというのはかなり致命的なのだ。相手に攻撃がちゃんとフルヒットしない原因となるし、最悪の場合それをきっかけに反転攻勢に転じられてしまう事すらある。


 範三もきっとそうだったのだろう。あのまま俺が剣槍のコントロールに集中するか、バックジャンプして距離を取るつもりだと睨んでの前進だったのだろうが、しかしそれに対する回答が逆に接近してくる事とは想像していなかったに違いない。


 こっちも別に無理をしているわけではない。範三の背後を取った剣槍については、ただただ真っ直ぐに飛ばすだけでいい。シンプル極まりない操作なのだから、そこまで意識を集中させる必要もない。 


 が。


「ぬ゛んッ!!」


「!?」


 だんっ、と床を踏み締めた範三が、強引にそこで足を止めた。


 上段に刀を構えた姿勢。ゆらり、と彼の身体から何かが溢れ出る―――紅い、何かが。


 これは拙い―――相手の賭けを逆手に取ったつもりが、よもやすぐに対応してくるとは。


「―――きぇッ!!」


 ドン、と空気が震えた。


 振り下ろされた刀が、一直線に脳天目掛けて振り下ろされる。


 頭上に磁力防壁を緊急展開、範三の本気の一撃を逸らそうと試みるが、しかし咄嗟に展開したそれの強度はたかが知れていた。急ごしらえの不可視の盾と、命を懸けて振り下ろす本気の一撃ではどちらが勝利するのか、結果は既に見えていた筈なのに。


 磁力の壁が刀に突破される。


 俺も腹を括った。


 フリーになった両手を伸ばし、左右から範三の振り下ろした刀を挟み込む形で食い止める。


 真剣白刃取り―――まさかこんな土壇場で成功するとは。


 体重をかけてくる範三だが、しかし力勝負になるよりも先に背後から迫っていた剣槍が範三の後頭部へとその穂先を向けていて……。


 彼を刺し貫く直前に、剣槍がぴたりと止まった。


「……くっくっくっくっ……がっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


 刀をそっと下ろし、範三は豪快に笑う。


「いやぁ、上達なされたなミカエル殿! ついに拙者も負けてしまったわ!」


「はぁっ、はぁっ……ありがとう。でもさ、こっちは魔術まで使ってやっとだったんだ。素の勝負じゃ範三には敵わないや……」


 頭を掻きながら剣槍を目の前まで浮遊させて移動させ、左手でキャッチしながら言う。


 範三との模擬戦、たった今初めての黒星となった。


 今まではというと範三と戦えば連戦連敗。俺も腕を上げたつもりなのだがそれでも些細な延命措置にしかならず、いつも重すぎる剣戟に得物を弾き飛ばされたり、激しすぎる打ち込みに耐え兼ねて白旗を上げたりと散々な結果になっていた。


 今回は試しに魔術あり(いつもは魔術ナシの剣槍縛りルールである)ルールで戦ってみたのだが、それでも()()()()()というレベルなのだから、範三の強さを嫌でも痛感させられる。


 貪欲に力を求めてあれもこれもといろんな分野に手を出してきた俺と、復讐を誓った日からずっと剣術一本に打ち込んできた範三では、最終的に手にした力が違うのだ。


 特に一点特化の範三とは、彼の得意分野における勝負となるともう勝ち目はない。


 だからこそ、白兵戦の鍛錬の相手に彼を選んだ。


 こういう鍛錬には格上に挑まないと為にならない。


 手合わせありがとうございました、と範三に深々と頭を下げると、彼も刀を鞘に収めて深く頭を下げてくる。


 フランクに接している仲間とはいえ、礼節はしっかりしないと。


「俺は先に少し休ませてもらうけど……範三は?」


「拙者はもう少し素振りしていく。2万回ほど」


「2万」


 あれ、いつも1万回が日課ではありませんでしたっけ。


 そう思った傍から範三さんの素振りが始まる。ブォンッ、ブォンッ、という鈍い音が、素振りの回数を重ねるごとに段々と甲高い音に変わっていくのが分かった。


 空気を裂く音、風を切る音、大気の断末魔。


 薩摩式剣術の真髄はその一撃の重さと強力無比な打ち込みによる攻勢にある。生半可な防御を突き崩す、破壊力に特化した攻勢の剣術。それを可能とするのが基本中の基本、素振りの繰り返しであるという。


 結局のところ、基本的な部分を限界まで突き詰めた剣術と言っていい。


 回数を重ねるごとに音がどんどん鋭くなっていく。


 一回一回を全力で振り下ろすのだから、両腕にかかる負荷は相当なものだ。それを1万回、そしてこれから2万回もこなすのだから、それを毎日積み上げていけばあれだけの強さになるのも納得である。


 範三も十分に強いのだが、本人曰く「倭国にもっとヤバい奴がいた」という話だからなぁ……”速河力也”、だっけか。斬撃が速過ぎるせいで刀身が熱の壁を越え断熱圧縮を発生させるレベルで、故にいつもその刀は熱を帯びていたのだと。


 なんだろ、範三といいしゃもじといいその力也とかいう人間辞めてる奴といい、倭国にはやべー奴しかいないのだろうか。


 気のせいか、今しゃもじのくしゃみが聞こえたような気がした。アイツ今何してるんだろ。


 範三の素振りを500回くらいまで見守ってから、訓練場を後にした。


 さてさて俺も少し工房で剣槍の手入れでもしていくか、と階段を降りてパヴェルの工房のドアを開けたその時だった。


『』


「」


 ドアを開けたその向こう。むわっとする熱気が立ち込める工房の中から、プゥーン、と変わった音を奏でながら宙を舞い、ミカエル君を凝視する機械のつぶらな瞳が×1。


 上から見るとその形状は『X』の字に見えるかもしれない。人間の顔くらいあるサイズの機体の四隅には飛行用のローターがあって、正面には眼球状のターレットと、その正面に埋め込まれたカメラらしきレンズがある。


 そしてその機体の下にぶら下げられているのは、ドラムマガジンを装着したAK-12。しかも多分純正のドラムマガジンではなくパヴェルが自作したものなのだろう、100発くらい入りそうなクソデカドラムマガジンとなっている。


 そう、ドローンだ。


 AKをぶら下げたドローンが、つぶらな瞳でこっちを見つめながらAKを向けて待て待て待て待て待て。


「ちょっ!?」


「あ、ミカ。ごめんごめん」


 スマホをタップしてドローンを呼び戻すパヴェル。主人からの命令を聞き入れたのだろう、こっちに銃口を向けていたドローンは高度をちょっと上げると、まるでフ〇ンネルのような挙動でパヴェルの傍らへと戻っていった。


「ドローン?」


「そ。そろそろ血盟旅団(ウチ)でもドローンの本格運用を始めてもいいんじゃねーかと思い至ってな」


「確かに……」


 喪失を畏れる必要のない無人兵器というのは戦場において有用な存在だ。歩兵に強いられていた負担の一部を肩代わりしてもらえば、こっちもやりやすくなる。


「というわけで暇潰しにその辺の鉄屑で造った」


「待って」


 え、鉄屑で? それどこかの企業の純正とかテンプル騎士団から鹵獲したものじゃなくて自作なの???


 見てみると工房の奥には穴の開いたフライパンとかエアコンの一部とかシャワーとかアヒルのオモチャとかアルミ缶とか、あとはいったい何に使うかも分からない金属片がどっさりと山を成している。いや、あれを素材にしてそのレベルのドローン造るって何? お主錬金術師か何か?


「よーしそんじゃあ試し撃ち行くかァー」


「待て下ろせ! 下ろせって」


 ひょいー、とパヴェルにあっさり担がれて、工房から今来た道を引き返す事に。あー……。


 階段を上がって2階の射撃訓練場へ。レーンの傍らにある訓練スペースではまだ範三が刀をブンブンしていて、その顔や頬、首筋には汗が滴っていた。今素振り何回目なのだろうか……。


 レーンの前で俺を降ろしたパヴェルは、スマホを操作してドローンを操り始めた。センサーの近くで転倒していた蒼い光が紅く変色して、戦闘モードに入った事を告げる。


 イヤーマフを受け取って装着している間に、パヴェルは傍らにあった射撃訓練開始スイッチを押し上げた。カチリとスイッチが切り替わる音。一瞬の後、訓練開始を告げるブザーが響き、レーンの向こうでヒトの姿をした的がパタンと起き上がる。


 その瞬間だった。ドローンのぶら下げたAK-12が火を吹いて、的を正確にヘッドショットしたのは。


 そこからはもう、まるでFPSでチート使ってる奴のプレイを見ているような気分だった。的が起き上がるとほぼ同時に照準を合わせて発砲、正確なヘッドショットをキメて次の標的を撃ち抜くその姿は、まるで的が起き上がる順番とタイミングを熟知しているかのよう。


 しかし今起動している射撃訓練の難易度はエキスパート……的が起きている時間は1秒、展開は完全ランダムで移動する的の速度も最高レベルという鬼畜仕様になっている。


 これでパーフェクトを出せるのは今のところパヴェルとクラリスのみ、俺は途中でミスってテンパって得点逃して……という負のスパイラルに陥ってしまうので絶対こんなの無理である。


 やがて的を全部撃ち抜いたドローンが、訓練終了のブザーと同時にパヴェルの傍らに戻ってきた。


「どう?」


「性能は申し分ないな……これは何、遠隔操作?」


「いや自立制御」


「自立制御!?」


 つまりオペレーターが遠隔操作しなくても、自分で考えて自分で攻撃してくれるってこと……?


「ああ、もちろん遠隔操作と自立制御は任意で切り替え可能だ。遠隔操作はスマホのアプリで行う」


「なんかこのスマホ何でもできるようになってきたな」


「最終目標は核ミサイル発射アプリをインストールする事かな」


「冷戦でも始める気か貴様は」


「冗談だ冗談」


 全然冗談に聞こえない件について。


 というか嫌だよ、スマホをタップするだけで核ミサイル飛んでいく世界なんて。そんなソシャゲのログボ貰うくらいの軽いノリでミサイルブッパしちゃダメだと思うの。


「まあ、真面目に言うとコイツはまだ試作型(プロトタイプ)だ。とはいってもデータは十分にそろってるし、そろそろ小型化した量産型を製作してメンバー全員に配布しようかなと思ってる」


「へぇー、小型化」


「おう、こんな感じに折り畳んでポーチに入るくらいの」


 そう言いながらポケットをガサゴソと漁り、中からモックアップを取り出すパヴェル。形状はプゥーンって音を出しながら浮かんでる試作型(プロトタイプ)とそう変わらないが、サイズはなんと手のひらサイズ。そこからさらに折り畳むのだから、手榴弾やスマホとそう変わらない大きさになる。


 便利そうだな……。


 血盟旅団がドローンを運用するのはこれが初めてではないが、今までは攪乱や索敵、搦め手として運用するにとどまっていた。本格的なタイプのドローンを運用するのはこれからになるだろう。


「それと、ちょっと来てくれ」


「ん」


 そう言いながら案内するパヴェル。彼に半ば連行されるように案内されるのは、以前までは食料品や日用品などを満載した倉庫として使っていた貨物車両だ。自分たちが使うためではなく、遠方の地で販売して副収入とするための設備だったんだが、最近はなかなか販売用の商品を仕入れる余裕がないせいでいつも中身は空っぽ。正直言って持て余していた車両だ。


 そこにはいつの間にか、ミサイルみたいな形状の物体がいくつか置かれていた。よく見ると先端部にセンサーのようなものがあり、安定翼が折り畳まれた状態で置かれているものと、迫撃砲みたいな外見の発射機に収まってるものがある。


 ―――自爆ドローンだ。


 敵に向かって飛翔し体当たりするタイプのドローン―――しかもそこにあるのは対戦車用の自爆ドローン、アメリカ製の『スイッチブレード600』である。


「自爆ドローンか?」


「そ。列車からの火力支援とか、後はお前ら歩兵が携行して使えるようにしようと思ってな」


「列車からの火力支援?」


「この倉庫開いてるだろ? 遊ばせておくのももったいないし、いっそドローン発射機とコントロールセンターをここに用意しようかなって」


 段々未来になってきたな、と思いながら何もない倉庫の中を見渡した。


 今のところ、列車には火砲車に120mm滑腔砲が2門あるが、歩兵の火力支援用としては心許ない。いや、十分な火力があるんだが、もっと複雑なコースで目標へのアプローチが可能で、尚且つ精度の高い高火力の一撃があるというのは心強いものがある。


「……投資が必要なら言ってくれ、金なら出す」


「大丈夫、お前の薄い本で稼いだ金がある」


「ん?」


「いや何でもない」


「ん??」


「何でもないって」


「ん???」


「いやホント、パヴェルさんやましい事なんて何も」






「 ん ? ? ? 」






「いやホントマジすいませんでした怖い怖い怖い」


「ヨシ」


 聞かなかった事にしたいところだが……そうか、俺の薄い本もこうして何かの役になってるんだなって思うと少しはまあ、許してやろうかなって








 なるわけねーだろふざけんなド阿呆。




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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずパヴェルさんには薄い本の流通ルートだけは死守してもらって… パヴェルさんからの供給がなくなるとヤバいから…特に某でっかいメイドさんあたりが… それはともかく、とうとう血盟旅団もドロ…
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