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花婿の憂鬱


 皆さんお久しぶりです、ロイド・バスカヴィルです……ああ、今はもう結婚してフルネームが伸びました。ファミリーネームが『リガロフ』になって、旧姓のバスカヴィルがミドルネームに収まったので今は『ロイド・B・リガロフ』といった感じになってますが。


 いや、そんな事はどうでもいい。どうでも良いのだ。


 朝、部屋に備え付けてある鏡の前で歯を磨きながら自分の顔をよく見てみる。婿入り前まではもうちょっとこう、生きる意欲に満ち溢れていたというか、バイタリティーが溢れ出んばかりの活力が感じられたというか、生命力という単語に足を生やしたような存在というか……まあ、そんな感じの顔をしていたような気がする。生命力の擬人化でも良いかもしれない。


 けれども今はどうか。


 ちょっと痩せて目の下にはクマが浮かび、なんだかちょっとふらついている。


「あら、あなた? 大丈夫ですの?」


「え? あ、ああ」


 妻のエカテリーナが心配して声をかけてくれる。彼女は俺にとっての太陽、最愛の伴侶というべき存在だが、その……。


 はっきり言っていいだろうか。


 原 因 コ イ ツ で あ る 。


 お互いに愛し合い、それが周囲にも認められて(とはいえリガロフ家周りでゴタゴタがあったが)血痕と相成った。それも平民出身で一介の冒険者にしか過ぎなかったこの俺が、である。靴職人の家系に生まれ、大剣1本を引っ提げて冒険者の元に弟子入りし、独立して世界各地を飛び回る冒険者ノマドとして活動していた男が、一体どこをどう間違ったのか公爵家の花婿として迎え入れられる……そんなのご都合主義感満載の小説とか恋愛マンガでしか読んだことがない展開である(そしてそういう作品には婚約破棄という要素がついて回るんだろ? ロイドさん詳しいんだかんな)。


 まあいい、それはいい。前置きが長くなってしまったがまあ、本題に戻ると、だ。


 それで結婚した俺たちには幸せな未来が待っている……筈だった。


 いや、あの、実際幸せだ。こんなにきれいで優しい年上の妻と一緒に暮らせる上、平民出身の俺なんかを伴侶として認めてくれたエカテリーナのためなら何でもする覚悟ではあるし、いざとなれば身を挺してでも守り抜くと誓っている。


 誓っているのだが……。


 隣でシャカシャカと歯を磨く彼女の顔は、げっそりしている俺と比較すると随分とまあ艶やかだ。


 それもそのはず、つい3時間前(※現時刻、キリウ標準時で7:30)までその……ね、ほらあの結婚した夫婦が次に望むものっていったらホラ、アレだろ。あれしかないだろホラ、3()()()()()()()というか()()()()というか。


 まあ回りくどい言い方は嫌いなのでストレートをぶちかますと、まあ子供である。


 結婚して数日後。没落したとはいえエカテリーナの実家は異様に太い。何せあの大英雄イリヤーの家系であるし、それを抜きにしても先代当主のコネを踏み台に、現当主アナスタシアの手腕によって財産は右肩上がりだ。


 嫁の実家がどのくらい太いかというと、倭国(ジャパン)のスモウ・レスラーが5、6ダースくらいと言うべきだろうか(???)。


 アカン、寝不足で頭が回らなくなってきた……なんだよスモウ・レスラー5、6ダースって。それもう御神木じゃないか。


 ともあれエカテリーナの実家がバチクソに太い(ホントに没落してんのコレ?)ので財産には余裕があり、それは子供の養育費を抽出してもなお余りあるほどだ。


 結婚の次のステップへ進む段階になれば、当然子供は何人欲しいだの、どんな名前にしたいだの、そういう話になってくるわけで。


 地獄が始まったというか、お淑やかな嫁の本性が明らかになったのはそれからだった。


 コンコン、と部屋をノックする音。「はーい」とエカテリーナがいつもの調子で応じると、静かにドアを開け、メイド服に身を包んだメイド長のマリーヤが部屋の入口のところでお辞儀をした。ロングスカートを摘まみ上げるその仕草に一片の迷いもなく、場慣れしている感じが伝わってくる。


「おはようございますエカテリーナ様、ロイド様」


「おはようマリーヤ。今日もいい天気ね」


「ええ。こういった日にはピクニックにでも行きたい気分ですが、本日は午後より雨の予報ですよエカテリーナ様」


「あら、それは残念。では午後はどうしましょう、あなた?」


「ん? ……んー…………」


「あなた?」


 ヤバい、頭の中に何かいる。二頭身サイズの変な奴が……何だこれ、”二頭身ロイド君”とでも言うべき妖精なのか悪霊なのかよくわからん奴らがスナック菓子を食い散らかしながらちゃぶ台の周りで寝転がってるんだけどナニコレ。


 ついに幻覚まで見えるようになったか、と思ったところでやっとエカテリーナに肩をゆすられている事に気付いた。


「あなた、大丈夫?」


「ん゛ぇ、あ゛ぁだいじょうぶ゛゛」


 終わってるよ俺。


 おかしいな、俺この屋敷に来た頃はクールで腕の立つイケメンで通ってた筈なんだけどな、おかしいな? なんか結婚してからキャラ崩壊が凄いというか、なんというか。


 アナスタシア姉さんやジノヴィ兄さんもなんかキャラ崩壊が凄いって聞いたけど……あれか、もしかしてミカと何かしらの接点を持つと途端にキャラ崩壊するみたいなフラグでも立つって事か。そうなのかミカ。お前許さねえ。


 ふらりふらりと今にもぶっ倒れそうになる俺。そんな俺の耳元で、事情を察したマリーヤが耳打ちする。


(毎晩お疲れ様ですロイド様)


(いや……うん、ありがとう。お気遣い感謝する)


(ですがそんな調子ではエカテリーナ様の夫は務まりません。貴方の分だけ特別メニューを用意いたしましたので、1階のホールへ)


(お前どっちの味方だこの野郎)


(私はメイドですので)


 うげぇ、俺に味方はいないのか。


 ちらりと窓の向こうを見る。あの地平線の向こうに、きっと俺の故郷―――聖イーランド帝国があるのだろう。故郷に居る両親は元気だろうか。毎月仕送りしているし、いずれはイライナに両親も招いて別荘に住ませるつもりなので貯金しているのだが、それまで元気でいてほしいものだ。


 けれどもちょっと、ほんのちょっとだけ、1mmくらいだけイーランドに帰りたいなってなってる。ああ我が麗しの祖国イーランドよ。


「ロイド様、イーランドはあちらの方角です」


 方角ミスってて草。


 もうダメだよ俺、疲れた……倒れそう。


















「大丈夫かロイド?」


「あぁ、はい。大丈夫です」


 パンの上にキャビアの塩漬けを乗せて口へと運ぼうとしていたアナスタシア姉さんが心配そうに尋ねてくる。いや、まあ何とかなるか……今日スケジュール開いてたっけ。できれば睡眠時間を確保したい。


 眠る事だけを考えながら、マリーヤとエカテリーナに教わったテーブルマナー通りにナイフとフォークを使い、皿の上にあるでっかい肉塊を切り分けていく。


 みんなは何というか、いつも通りの朝食だった。パンにイクラ、それからチーズにスープ、デザートのハチミツ入りヨーグルト。さっぱりとしていて胃に優しそうなメニューで、願わくば今すぐにでも同じものと交換してほしいんだが、抗議の意思を込めた視線をマリーヤに向けてもあの無表情メイド長はダメダメと言わんばかりに首を横に振ったり、指を振ったりしている。なんか腹立つぞアイツ。


 さて、そんなロイドさんが朝っぱらから食わされているのは何の肉かというと。


 ―――そう、オークの肝のソテーである。


 オークといったらあのオークだ。緑色の肌ででっかくて、よく女騎士とかシスターとか女の冒険者を生け捕りにしては巣に持ち帰ってR-18な事に勤しむアイツである。成人向けのえっちなマンガには8割方出てくる縁の下の力持ちだ。


 そのオークの肝をソテーしたものがこちらになります。どっしり重厚で食べ応えがあり、若干の獣臭さとレバーみたいな癖のある味のそれは食べると滋養に良いとか、精がつくとか言われていて、実際オークの肝はその、えっちな薬の原材料にされる事もあるという。


 一度さっと茹でてからソテーにし、茹で汁を使って作ったバターソースをかけたそれはとっても濃厚な味わいで、確かに身体の芯にまで栄養が行き届いているような感覚を覚える。肉も入念に解して、一度さっと茹でてからソテーした甲斐もあって見た目以上に柔らかく、バターソースの味わいに支えられて実に美味いのだが、しかし。


 皆 さ ん お 察 し の 通 り コ レ 朝 に 出 す も ん じ ゃ な い よ ね 。


 どっちかというと冒険者が仕事終わりにパーティーメンバーと酒場にふらっと立ち寄って、酒杯を片手に乾杯しながらパクつく類の料理だと思うんだが。


 朝っぱらから胃を直撃してくるクソ重ブレックファストを胃袋に何とか押し込み、食後のデザートにもありつけなかった恨みをどう晴らしてやろうかと思いながら1階の広間を去ろうとしたその時だった。


「ロイド、ちょっといいか」


「はい兄上」


 義理の兄、ジノヴィとマカールが階段の踊り場のところで、腕を組んで待っていた。


 手招きされるがままに駆け寄ると、ジノヴィは深刻そうな顔で俺と肩を組む。


「……エカテリーナとはヤったのか?」


「え、何ですかいきなり」


「応えろ、エカテリーナとはヤったのか?」


「……は、はい」


 あの、はい。


 疲れてる原因ですが、はっきり言うとエカテリーナが寝かせてくれないのです。


 子供が欲しいとか、夫婦で愛し合うとかそれは全然良いのです。むしろこっちは彼女のような綺麗な女性とその、()()()()()が出来るのだからいいもんです。


 ただその……エカテリーナですが、普段お淑やかな彼女は多分皆さんの思っている以上に肉食系でして。一度上に乗ったら朝まで降りてくれないんです。


「 お ど り ゃ お 前 よ く も 人 の 妹 を ! 」


「落ち着いてくださいおにーたま!」


「誰がおにーたまじゃワレェ!」


 この人も寝てないのだろうか、目の下にクマを浮かべながら俺の胸倉を掴んで、そのままギリギリと壁際に押し付けてくる。ぐえ。


「お前エカテリーナだぞ、あのエカテリーナだぞ!? 誰にでも優しくて誰からも愛されたあのエカテリーナと〇〇〇〇(ピー)しやがってこの野郎! 子供はいつだ!? 何人だ!? お祝いは何が良い!?」


「この人情緒不安定過ぎない!?」


 なんだこの人残念過ぎない?


 最初に見た時はすっげえクールなイケメンだなと思ったけど何だこれは、イケメンの皮を被ったバーサーカーではないか。


「兄上落ち着いて。多分子供ならそのうち出来ますから」


「しかしなぁマカール!」


「まあまあまあ」


 そんな感じで荒ぶる兄を宥め、どこかへと連行していくマカール。スモールサイズで中性的な容姿の彼からは何となくミカに似たものが感じ取れるが、やっぱり兄妹だからなのだろうか。


 はあ、と息を吐いた。


 でもまあ、今の生活は(主に夜が)クッソハードだけど幸せではある。


 あまり文句を言ったら罰が当たるし、俺には夫としてエカテリーナを幸せにするという義務がある。


 まあ、何とかうまくやるさ……。
































 ……たぶん。











【どうでもいい話】

 エカテリーナはベッドの上では肉食系

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジノヴィ兄上、多分ロイド氏とエカテリーナ姉さまの間に子どもができたら、多分、というかほぼ確実に溺愛するんだろうな… そしてちょっとうざがられるまで見えるんですが… [一言] えっと…ロイド…
[一言] あぁ、うん…ロイドさん、がんばって…ここにうな重置いときますね…エカテリーナさんはもうちょっとこう、手加減というものを…あ、認められませんかそうですか。 昔の話をまた読んでたら、列車砲が走…
[一言] 出世男の苦労は他所から見れば羨ましいものですなぁHAHAHAH
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