降霊術
「んー……」
ミカからスマホに送られてきた死体の写真……最初に見た時は何事かと思った。
びっくりしている間に追加で転送されてきたメールにはただ一言、「こいつの身元調べてほしい」という要請だけ。
それ以外の情報が少なすぎて何とも言えないが、どうやらミカとシスター・イルゼの2人は何やら面倒な(そしてちょっと面白そうな)案件に片足を突っ込んでいるらしい。イルゼの見たという過去の亡霊、死んだはずのデリアとかいう少女……火葬にまで立ち会った筈の死者の正体、それが決してまともである筈がない。
”有り得ないなんて事は有り得ない”……よく言ったものだし、この世界も、そして俺の元々いた世界にも驚きは満ちていたが、しかしどれだけ世界が変わっても、時代が流れ常識が覆されても、未来永劫決して変わらない原則というのは確かに存在する。
それは【死者は決して生き返らない】という事だ。
死者がポンポン生き返っていたら、世界はやがて飽和するだろう―――役目を終え、眠りにつく筈だった命で溢れ、新たな命の居場所がなくなってしまう。
だから死というのは神が世界を創り、人類を創ったその日から覆される事の無い”種の循環”であり続けた。古い命と入れ替わりに新しい命が生まれ、種族が存続していくというサイクル。それは決して覆る事の無いようにできているのだ。
有史以来、人類はそれは覆そうと無駄な努力を費やしてきた。特殊な薬草を調合した薬や霊薬、挙句の果てには悪魔召喚などの禁術にまで手を染めて、しかし望む結果はついに得られなかった。
死とは、それほどまでに高いハードルなのだ。弱くて矮小で、儚く脆いヒトという存在には決して飛び越えられないほどに。
それを覆す存在が居るとしたら、それこそがきっと神なのだろう。
さて、そんな哲学的な思考に耽りながらもちゃんと仕事はしますよパヴェルさんは。
ドローンを操縦して撮影、あるいはこっそり閲覧してきたのは、街の騎士団駐屯地と憲兵隊の基地にあった戦死者リスト……ドローンのメインカメラが撮影して転送してきた写真には、ここ数年間の間に戦死した兵士や憲兵の顔写真と名前、年齢、生年月日に出身地といった個人情報がずらりと並んでいた。
念のため、戦死者たちに手を合わせる。
どんな国であれ、どんな思想であれ、どんな価値観であれ、軍隊や警察の一員として祖国のために命を捧げ使命に殉じた人間というのは、称賛されて然るべきだ。だから俺は戦争反対を訴えながら、祖国のために日夜働く兵士を、祖国と家族のために戦って傷を負い帰国した兵士をバッシングする自称平和主義者の考えが全く理解できない。
テンプル騎士団時代にもそういう連中居たな、とつい昔の事を思い出す。一度、そういう連中にフェンス越しに詰め寄った事あったっけ……『国と家族のために命懸けで戦った奴らによくそんな事が言えるな』と。
アイツら元気かな……と部下たちの事を思い出しながら、ミカの送ってきた死体の写真と同じ顔の持ち主を探ってみる。
オレグ・ミエラフコフ……1888年9月、魔物討伐中に戦死。享年29歳。
クラーラ・テレミチェンコ……1879年6月、アスマン・オルコとの小競り合いで戦死。享年35歳。
記録上の死に触れ続けること2時間と少し。ミカの送ってきた顔の持ち主が見つからない事にアテが外れたかな、と不発の予感を抱き始める。
いや、この世界で死者を出しまくっている組織といえば軍隊にあたる騎士団や警察組織たる憲兵隊だ。彼等は魔物の退治から国内の治安維持、有事の際には軍として、憲兵隊は準軍事組織(中国の武警をイメージしてほしい。アレに近い)として活動する規定になっており、その活動には殉職者がつきものだ。
だからそういう死体を探すのであれば騎士団か憲兵隊をあたってみるのが一番だと思ったのだが……。
卵黄とウォッカの入ったコーヒーを口へと運び、さてもうひと頑張りするかとモニターに視線を向けたその時だった。コンコン、とドアをノックする音が聞こえてきて、どうぞと返事を返すなりドアを開けてカーチャが部屋の中に入ってきたのだ。
俺の部屋には色々と機材やら執筆用の道具やらエロ同人のサンプルやら、まあ色んなものがそれなりに整理されて置かれている。後はAKとかAKとかAKとかAKとかAKとか、どさくさに紛れて56式とか。
ベッドの上に置かれたミ〇エル君の抱き枕カバー(スク水バージョン、12,085ライブル税込み)を見て「あ、ちょっと欲しいかも」といった感じの顔をするカーチャにちょっと売り込みをかけてみる。
「……それ欲しい?」
「え? あ、あぁ、いえ、私1人部屋だし」
「ちなみにそれ裏面はメスガキみたいな表情の描きおろしイラストあるよ」
「……ちょっと考えておく」
よし、販路拡張は脈アリ。
「それよりパヴェル、この写真」
「見つけたか」
カーチャが持ってきたのは冒険者の戦死者リスト、その写しだった。
騎士団や憲兵隊がそうであるように、冒険者もまた戦死者の数が多い職業である。そりゃあ自ら依頼を受けて危険地帯に出向き、戦ったり調査をしたり、スクラップを持ち帰ったりする職業だ。それ相応の危険があるし、身の丈以上の成果を求めて自滅の道を歩む冒険者は後を絶たない。
なので俺が騎士団と憲兵隊の戦死者リストを、カーチャが冒険者の戦死者リストを手分けして調べていたのである。
カーチャが指差したのは、確かにミカの送ってきた写真と同じ顔の持ち主だった。
黒髪で、頬には特徴的なソバカス。ヘラジカの第二世代型獣人のようだ。
「リリヤ・トレシュコヴァ……ベラシア出身、死亡は1889年か……今年だな」
「ゴブリンの巣穴で発見されたらしいわ」
「……そうかい」
まともな死に方ではなかったのだろうな、とカーチャの追加情報で何とか察する。ゴブリンの連中、巣穴に女を連れ帰ったらやる事はただ一つだから。
「カーチャ、この情報をミカに転送」
「了解」
「……それとB装備で待機。いざという時には出てもらう」
「分かったわ」
血盟旅団では、武装の区分を3つに分けている。
最も軽装となるのがC装備。拳銃とかナイフといった自衛用に必要最低限のもので、最も大きくてもPDWとか小型SMGといったコンパクトで嵩張らないものがメインとなる。武装をちらつかせて民間人を威圧したくない場合や潜入、それから治安の悪い地域を出歩く際に選択される事が多い。
続けてB装備。これはアサルトライフルとか汎用機関銃とか分隊支援火器とか、まあ自分の役割に準じた通常装備だ。基本的に仕事を引き受けたり、仲間の援護のために装備する区分はこれになる。
そして最後、最も重装となるのがA装備だ。これは対戦車ミサイルやロケットランチャー、重機関銃に迫撃砲など、大物をガチで殺しにかかる時の区分になる。まあこの区分での出撃が発令されるのは一番少ないだろうし、今後もそうであってほしいものだが……。
スマホを取り出し通話アプリを起動、連絡先からクラリスを選択。どんだけご主人様LOVEなのか、俺がこないだ2万ライブルで描いてやったミカエル君のイラストを通話アプリのアイコンにしてやがる(※ちなみにミカエル君本人はいつぞやのリンゴに抱き着くハクビシンの幼獣がアイコンだ)。
2回の呼び出し音の後、ドパンドパンと激しい銃声と共に、クラリスがスマホに出た。おそらく射撃訓練の最中だったのだろう、ポケットの中の振動で気付いたか。
《はい、クラリスです》
「ミカの触媒の射出準備を」
《了解》
アイツ、触媒持って行かなかったな……って、そういやランドセル背負ってたんだった。ミスった、俺のせいか。
帰ってきたら謝ろう……うん、今夜はサーロインステーキにするか。飯を豪勢にすればきっと赦してくれる筈だ(それでダメならアイツの性癖を詰め込んだ薄い本を贈呈するしかない)。
ステーキとエロというパヴェル式お詫びセット。これでなんとかなるだろ……ならない? いいや、なるね。俺が保証する。肉とエロに抗える人間など存在しないのだよ。
さて……。
……無事に戻って来いよ、ミカ、イルゼ。
「……」
霊気探知機として機能する銀のロザリオは、何も無い壁を指し示したまま動かなくなってしまいました。
まるで壁そのものが強力な磁石で、ロザリオがそれに吸い寄せられているかのよう。ロザリオを引っかけている細い銀のチェーンはピンと伸びきって、それ以外は微動だにしません。
このロザリオは祝福祈祷の他に”霊体索敵”の祈祷も施してあります。初歩的なもので、霊気の反応の強い方向へ引き寄せられるというレベルのものです。対アンデッド戦闘の知識があるシスターであれば、エクソシストでなくとも自作する事が出来るレベルです……とはいえ、プロの聖職者が祈祷を施して製造するものと比べるとグレードは格段に落ちるでしょうけど。
さて、この霊気探知機である銀のロザリオの特徴ですが、あくまでも『霊気の反応に吸い寄せられる』というだけのもの。霊気の発生源に至るまでの道のりまでは教えてくれないので、反応がある方角を参考にして自分で道を見つけなければなりません。
私がそんな不親切なロザリオに導かれてやってきたのは、街の少し外れにあるレンガ造りの建物でした。周囲には鉄柵が張り巡らされていて、門の掠れた文字と窓ガラスの向こうに覗くベッドらしきものから、ここが廃病院の類である事が分かります。
周囲に誰も居ない事を確認してから、ホルスターからグロック17を引き抜きました。サプレッサーとライトが装着されたそれを門を閉ざす錠に向けて引き金を引くと、バギン、と金属音を発しながら錠が吹き飛んで、長い間開く事の無かった門が道を開けてくれました。
「……」
おそらく、ここです。
ここが霊気の発生源。
ここに全ての謎が、その答えがある筈なのです。
死んだはずのデリアはなぜ私の前に姿を現したのか。
彼女の正体はいったい何なのか。
入り口のドアのカギは、開いていました。
ギィ、と軋む音と共に開くドア。床には一面に埃が堆積していましたが、しかしよく見ると誰かが足を踏み入れた形跡が確かにあって、床の埃の上には靴の痕がうっすらと刻まれています。
いったん外に出て、建物の外見を撮影してからそれをメールでミカエルさんとパヴェルさんに添付し送信。一緒に「今から突入します」と短い文章も添えて送信ボタンをタップ、正常に送信されたのを確認してから病院内に足を踏み入れました。
グロックのライトを点灯させ、室内を照らしながらゆっくりと進んでいきます。中に何が待ち構えているのか、全くもって不明ですが……しかし相手が降霊術の使い手であるならば、九分九厘アンデッドを使役している可能性もあります。
アンデッドの使役はエレナ教において黒魔術認定されています。習得や術の発動、正当な理由の無い教本の閲覧も異端とされ、宗教裁判で重罪とされる禁忌―――そんなおぞましい術を、一体誰が何のために……?
「……」
通路の中は饐えた臭いがしました。カビのような臭いに古くなり使用期限を超過した類の薬品臭、それからうっすらと混じって漂ってくるのは……腐臭でしょうか。
エクソシストを辞めてから久しいというのに、しかし身体は当時の感覚をはっきりと覚えていたようです。通路の曲がり角で一気に濃度を増した腐臭と嫌な気配、視覚を介さぬそういった情報に基づいて、私の身体は当時の記憶を完全に呼び起こしていました。
前に出しかけていた足を引っ込め後ろへと跳躍。次の瞬間、曲がり角から姿を現した人影が、呻き声を発しながら覆いかぶさろうと倒れ込んできたのです。
もし気付かなければ、今頃あの腐乱した歩く死体―――ゾンビに覆いかぶさられ、柔肌を食いちぎられていた事でしょう。
腐敗してかなり時間が経っているのでしょう、そのゾンビの身体の表面はすっかり腐り果て、黒ずんだ肉が剥き出しになっていました。眼球の抜け落ちた眼孔から顔を出しているのは菌類の類でしょうか。死体に寄生するキノコのようなものが顔を出し、奇妙な胞子を発しています。
ゾンビ目掛けて引き金を引きました。
発射された9×19mm聖銀弾(※聖銀とは祝福の祈祷を受けた特別な銀です)が、ゾンビのこめかみを撃ち抜きました。バキュ、と腐敗した頭蓋骨が簡単に割れる音がしたかと思うと、頭を撃ち抜かれたゾンビが身体中から煙を発して崩れ落ち、そのまま灰へと姿を変えていきます。
後続のゾンビにも同じように聖銀弾を撃ち込んで灰にし、他にゾンビが居ない事を確認してから先へと進みました。
今のうちに武器をグロックからAPC9Kに持ち替え、ライトを点灯させながら先へ。
間違いありません、ゾンビが配置されていたという事は、相手は降霊術の使い手です。
やり口からしてテンプル騎士団ではないという事は明白です……あの組織の人は、霊だとか人間ではなく高性能な機械兵器に絶対的な信頼を寄せているようですから。
では一体誰が?
帝国の人間なのか、それとも全く無関係の第三者か。
組織の陰謀に晒されている間に、どうも私も疑い深くなってきました……。
ですが、いずれ明らかになる事でしょう。
答えはこの先にあるのです。
聖銀
教会などで製造される特殊な銀。一般的な銀に教会の聖職者が祝福の祈祷を施す事で製造され、アンデッド(スケルトンやゾンビ、その他霊体など)に幅広く効果を発揮する。銃弾や矢じりに用いられる他、剣身などにも用いられる。
アンデッド特攻を持つ半面、祈祷の影響か物質の強度自体は低下してしまっているため、アンデッド以外の相手に対しては弾丸が砕ける、貫通力やストッピングパワーが低下するなどの理由で効果が低くなってしまう。
降霊術
その名の通り「霊を降ろす」術。黒魔術に分類するか否かはグレーゾーンとなっており、多くの場合死者の魂を一時的に降ろし対話する程度であれば問題はないが、そのまま他の死体に定着させるなどして使役する行為は異端とされる。
また、アンデッドを自ら製造し使役する事も可能とされており、そうした行為は黒魔術の一種と見做され摘発の対象となる。良い子は絶対に真似しないでね、シスター・イルゼとの約束だよ!
ミカエル君の抱き枕カバー(スク水エディション)
パヴェルが製作したミカエル君の非公式抱き枕カバー。表面にはスク水をはだけさせえっちな表情をしたミカエル君が、裏面にはメスガキみたいな表情でこちらを煽るミカエル君の姿が描かれている。お値段12,085ライブル(税込み)。




