セーフライン、アウトライン
最近M16A4かっけえなってなってます(←粛清案件)
「別人……ですね」
持ってきた試験管の中に、傷口から採取した肉片を入れて試薬を垂らしたシスター・イルゼは変色していく試薬から死体に視線を移した。
いったいこれは誰だったのか。
見間違いだった……そんな筈はない。あの喫茶店を出てから見失う事なく追ってきたし、先ほどここで一戦交えた時は確かに彼女はデリアだった。幻を見ていたとか、欺瞞系の魔術を使っていたとかそういう事もない。
仮に何か、そういった視覚に対する欺瞞魔術を使っていたとしても、身体に血が巡っていない事と異様に冷たくなっている事の説明がつかない。まるで死体が動いていたような……そんな感じに思えてならない。
「これ、何かの怪異の類だったりしない?」
「その可能性もありますが……個人的にこれは、【降霊術】の類である可能性があります」
「降霊術って……アレか、死者の魂を召喚するっていう」
「そうです、文字通り”霊”を”降ろす”術です」
「イタコみたいなものか」
「イタコ?」
「東洋では霊を呼び寄せる術者をそう呼ぶんだ」
降霊術……そういうのもあるのか。
とはいえ、魔術の教本にはそういうものは出てこなかった。属性で分類するなら闇属性なのだろうが……血属性と闇属性は、共に半分黒魔術に足を突っ込んでいる分類だ。実際にその宗派の3分の1~半数が邪教認定され、黒魔術に指定されている。
各属性の特徴について記載された本も読んだ(将来的に他宗派の魔術師と対峙した時に知識があると便利だからだ)が、そういった類の書物に降霊術といった魔術の記載はなかった。
単なる記載漏れ……ではないだろう。少なくとも複数の大手出版社が各宗派の監修を受けて出版している教本で、合計7社が全部記載漏れをぶちかますなんて事はよほどのアホが居ない限り有り得ない。
それほどまでにマイナーな術なのか―――あるいは公式の出版物に記載出来ない、黒魔術に近い代物なのか。
「降霊術って黒魔術?」
「うーん……」
試験管にコルク栓をしてポーチに収めるシスター・イルゼに聞いてみると、彼女は少し悩む素振りを見せた。分からないというより、どちらに分類するべきなのか自分の基準で推し量れていないといったような、そんな感じの悩み方に思える。
「黒魔術かどうかはグレーなんです」
「グレー?」
「はい。宗派によってセーフ・アウトの線引きが違ったりするので……」
「あー……」
それもそうだ、と納得する。
宗教によって戒律は大きく異なるのが当たり前だ。イスラム教徒が豚肉を食べてはいけなかったり、ヒンドゥー教徒が牛肉を食べてはならないと定められているように、だ。宗教とはその国の文化と密接なつながりがあり、それ故に国や宗教が違えばそこに住む人の価値観も変わってくる。
それはつまりアウトとセーフの線引きもまた変わってくるという事だ……降霊術もそうなのだろう。宗派によって霊魂との対話の手段と規定している宗派もあれば、死者の安らかな眠りを覚ますおぞましい行為として唾棄する宗派もある、ということだ。
「ちなみにエレナ教ではどう?」
「ケースバイケースですね」
「Oh……」
ずいぶんとアバウトな。
「霊体を呼び出して対話する程度であればOKですが、例えばそれを完全に現世に引き摺り下ろして、人形とか死体に定着させ使役するような行為は黒魔術と規定されています」
「そんな事出来るのか、降霊術って」
「ええ、魔術師の適正や技量にもよりますが……」
霊体を現世に引き摺り下ろし、死体に定着させ使役する……。
屋根の上に倒れている死体を見下ろし、何気なく考えた。
この人もそうなのだろうか。
デリア・エンゲルベルトという故人の霊体を降ろすために依り代とされた赤の他人の肉体……撃っても血が出ず、身体が冷たかったのも、最初から死体に別人の魂を入れて動かしていたからというのであれば説明がつく。
だが、しかし……。
「カラクリは何となく分かったけど、まだ謎は残ってる」
シスター・イルゼも首を縦に振った。
「なぜデリアは俺に牙を剥いた?」
「……単純に敵だと思ったのでは? 私の仲間という事も知らなかった可能性が」
「何故?」
「だってランドセル背負ってますし、パルクールして尾行してくればもう変な人では」
「泣くわ」
「ってあぁ!? ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「ぴえー……」
「あ、あわわわ、どうしましょう……よ、よーしよーし、泣いちゃダメですよ~」
……なんだこれ。
シスター・イルゼに撫でられながらケモミミをぴょこぴょこ動かしていると、段々と頭を撫でていた筈のイルゼの手がケモミミを触り出すようになり、更には毛並みの柔らかさを堪能するようなちょっと怪しい手つきになってモフモフと……イルゼ? イルゼさん?
「……ハッ! いけない私ったら!」
さすが数少ない常識人、自力で踏み止まりやがった。
「……それともう一つ。あの異様に高い戦闘力はいったいなんだ?」
「それはそうですね……」
まあ襲ってきた理由が俺が不審者に見えたからだというのならば仕方がない。迂闊だった俺と、ミカエル君の肉体にジャストフィットするランドセルを作り上げて下さったパヴェル氏を死ぬほど恨むと良い。前者と後者、それぞれ1:9の割合で。
そこで俺はふと思い出す。
シスター・イルゼの証言―――デリアの魂がどうなったのかを。
「……なあシスター」
「はい」
「悪魔召喚の依り代になった人間は魂が悪魔に吸収され消滅する……なら、その消滅した魂はどこへゆく?」
問うと、彼女の表情に重々しい色が宿った。
やはりそうなのだろう、そうでしかないのだろう。
悪魔とは往々にして過大な対価を人間に強いる。魂を寄越せ、なんてものは序の口で、例えば村の女全員の魂を差し出せだの、最愛の人を贄としろだの……その要求はまさに悪魔そのもので、それが原因で破滅する人間は後を絶たない。
そしてそれは、依り代となった人間も例外は無いのだろう。
「―――消滅します」
「消……滅……」
「悪魔に吸収された魂は決して祝福されません……虚無へと還る、それだけです」
「……その理屈の通りなら、それじゃあそもそも……デリアの魂を降霊術で呼び出すなんて不可能なんじゃあ」
「……そう、ですね」
それじゃあ、さっき俺が戦ってた彼女はいったいなんだ?
あーくそ、やっと解決の糸口が見えてきたと思ったら余計訳が分からなくなった……。
頭を掻きながら、パヴェルに助力を乞うか少し考えた。が、アイツにも苦手な分野というのはやっぱりあって、こういう霊的な分野は専門外なのだそうだ……血盟旅団でその手の一番のスペシャリストは、俺の隣に居るシスター・イルゼその人である。
「……どうする」
「どう、とは」
「今ならまだ、見間違いだったって事にして引き返せる。この先に待っているのは間違いなく、ろくでもない深淵だ」
それでも足を踏み入れるか、と言外に問う。
底の無い深淵に、おぞましい螺旋に足を踏み入れ、暴き、その果てに待つ残酷な結末を見守る決意はあるか?
引き返す事は決して恥ではない。人には決して超えられない残酷さというものもまた存在するのだ……それに背を向け、闇の中に封じるのは決して弱さなどではない。
けれども、俺は知っている。
彼女は―――イルゼ・シュタイナーという女は、闇に足を踏み入れる強さを持っているという事を。
「―――それでも、私は行かなきゃ」
蒼い瞳の深奥に、確かな強い決意が宿ったのを確かに見た。
ちょっとやそっとでは揺るがない決意―――どれだけ現実が残酷でも、それを認め、ある時は抗い、そうやって一歩一歩踏み締めていく本物の覚悟。
本当、強い人だ。
彼女の心の強さが、時折羨ましくなる。
だからこそ、彼女は光なのだろう。
暗黒の中を彷徨う人々を、正しい道へと導く一筋の星明り。
きっとイルゼはそうなのだ。
それが彼女の、魂の在り方なのだ。
「待ち受けているのが何であれ、行かなければ何も救われません。私も―――デリアも」
「―――そう来なくっちゃ」
二ッ、と笑った。
「それじゃあお付き合いするよ、イルゼ。エンドロールが終わるその時まで」
「ええ。よろしくお願いしますね」
さて、それじゃあ行きますか。
いっちょ、深淵を抉りに。
ぴんっ、と白銀のロザリオがまるで見えざる磁石にくっつこうとしているように、左側へと吸い寄せられていく。真っ直ぐになったロザリオのチェーンを指で押さえながら、シスター・イルゼは「こっちですね」と路地を歩いていく。
霊体は存在するだけで、霊体特有の気配―――”霊気”と呼ばれるものを発しているのだそうだ。霊感がない人でも寒気がしたり、視線を感じたり、あるいは人の気配を感じてしまうのはそれが原因なんだとか。
んでシスター・イルゼが手にしているあの白銀のロザリオは、その霊気に反応する探知機の一種らしい。なんでもエクソシスト時代に支給されたもので、アクティブにするだけで勝手に霊気に吸い寄せられていくのだとか。
なんだか霊能力バトルアクションみたいになって来たけど大丈夫? 一応俺はガンアクション系の話だと思ってたんだけど、最近異能力バトルアクションみたいだったり魔術バトルアクションみたいだったり、色んな要素がごちゃ混ぜになってさながらバトルアクション系の闇鍋みたいになってるんだが。
闇鍋系バトルアクション……流行るのかなコレ。
そういや闇鍋な……友達と一回やってみねーか的なノリになった事があったな、高2の時。
ただ友達に1人、絶対カエルとかムカデとか絶対準備してくる奴いてなぁ……怖いしフツーに食える食材だけってルールにしたら、闇鍋がただのきりたんぽ鍋になった事あったっけ、バチクソに美味かった。
前世の記憶が唐突にフラッシュバックする。あの時の鍋に使った出汁なんだっけ、あれが決め手だったような気が……という朧げな思考が、唐突に身体中に氷を押し付けられるようなゾッとした感覚に変わり、俺は半ば反射的にシスター・イルゼを突き飛ばしていた。
「きゃっ!?」
何を、とこっちを振り向いた俺とシスター・イルゼの間。
その僅かな空間を隔てるように、紅い結晶の槍が頭上から降ってくるや、石畳の足元に深々とぶっ刺さる。
「―――!」
「Felismerted, mi történt most, és elkerülted? Nagyon éles érzékem van(今のを察知して避けたのか。なかなか鋭い感覚を持っているな)」
聞き慣れない言葉―――いや、聞いた事がある。ハンガリア語だ。
顔を上げると、フードを目深にかぶったコート姿のすらりとした男が、電柱の上に立って俺たちを見下ろしていた。
右手にはサーベルが、そして左手には赤い結晶で形成された槍のようなものがある。
これは……この赤い結晶はまさか、血か?
血属性魔術……おいおい、半ば禁術に足を突っ込んでるやべー奴のご登場か。
しかし、何だろう……この声に聞き覚えが……?
「―――久しぶりだなぁ、ミカエル・ステファノヴィッチ・リガロフ」
「……!」
襲撃者は、ハンガリア訛りのあるノヴォシア語で俺の名を告げながら―――そっとフードを外した。
「―――お前、イシュトヴァーンか!?」
イシュトヴァーン・バートリー。
エカテリーナ姉さんと結婚するはずだったハンガリア貴族、バートリー家の息子。しかしその目的は姉さんを生贄に黒魔術を発動、自らの母親に永遠の命をもたらす事で……。
最終的にその計画はセロの協力もあって露見、姉上は黒魔術発動直前に救出され、列車まで追ってきたイシュトヴァーンはミカエル君と死闘を繰り広げた後、半ば事故死した。
そう、死んだはずだ。
列車の屋根の上から転がり落ちていく、アイツの生首は俺も確かに見た。
なぜ―――なぜ死んだはずの人間がここに居る?
「ミカエルさん、あの人はまさか……!」
「……シスター、悪いがアレは俺の獲物だ」
グロック17Lを構え、銃口をイシュトヴァーンへと向ける。
「シスターは追跡を続けて。ここは俺に任せて、早く!」
「……無理は禁物ですよ」
「分かってる」
「あなたに……聖女エレナの加護があらんことを」
聖女エレナの加護、か。
ありがたい事だ―――走り去っていくイルゼの気配を背中に感じながら、ドットサイトの向こうのイシュトヴァーンを睨む。
アイツには姉さんが世話になった。
「待っていた……俺から全てを奪い去った、貴様に復讐するこの時を!」
「奪い去った?」
はあ、と息を吐く。
「―――勝手に自爆して勝手に滅んだくせに、カッコつけてんじゃねえよ」
ビキッ、とイシュトヴァーンの眉間に血管が浮かんだ。
おおピキってるピキってる。
怒りが頂点に達したのだろう、イシュトヴァーンが左手の血の槍を投擲し、こっちに向かって突っ込んでくる。
二度目の戦い―――リベンジマッチの火蓋が、切って落とされた。




