探偵の真似事
「ん」
「待ってなにこれ?」
翌朝。
いつもより早めに起きて、朝食の準備中だったパヴェルにイルゼの件を相談して、チョリュビンスクへの滞在を1日伸ばしてもらった。
目的はシスター・イルゼが見たというデリア―――とうの昔に死んだはずの人間が何者か確かめる事。
パヴェルからの許可も取り付けたのは良いのだが―――武器を準備して、さあこれから出かけるぞというところで、パヴェルがとんでもないものを俺に渡してきやがった。
それは真っ赤なランドセルだった。
そう、ランドセル。小学生が背負っている黒とか赤とかのアレだ。義務教育を受けてきた人なら九分九厘背負った経験があるであろうランドセル。しかも何故か防犯ブザー付き……うん何で???
「持って行け、防犯ブザー付きだ」
「そうじゃなくて」
「不審者と出会ったらこれ引っ張って鳴らすんだぞ」
「いやあの」
「いいかミカ、知らない人に声をかけられてもついて行っちゃあダメだからな」
「話聞いて」
俺は小学生か。
人の事を勝手に同人誌にしたりタペストリーやら抱き枕にしたりして散々尊厳を破壊してきやがったと思ったら次はこれか。いくら身長が小学生並みとはいえランドセルはないだろう……園児服を着せられないだけまだマシか。
「見ろ」
そう言いながらランドセルを開けるパヴェル。
中にはなんか……うん、アレだ。小型のロケット弾が6発ほど収まっている。
「可愛いランドセルだが戦車を破壊できるぞ」
「何作ってんのお前」
「いや、最近イルゼの話ばっかりで暇だからつい……」
衝撃の事実が判明しました。どうやらパヴェル氏、出番がないのを良い事に裏で色々作ってるそうです。
そうかそうか、同人誌を描いたり抱き枕カバーを作ったりと同人グッズを量産しているカラクリがこれで分かったぞ……いや、そんな事どうでもいいんだわ。
なんなんだこの対戦車ランドセル。しかも弾頭よく見たらRPG用のやつ改造したやつじゃんコレ。
「持って行け、火力は必要だろう」
「なにゆえランドセルにロケット弾を詰め込んだのか」
「いや、似合うかなって」
「What?」
とりえず背負っていたヴェープル12モロトを一旦下ろし、対戦車ランドセルを背負ってみる。これがもう悔しくなるほどジャストフィットしやがるものだから、尊厳が木っ端微塵になってしまう。
そしてどこから湧いたのだろうか、いつの間にか傍らにスタンバイしていたクラリスが緩んだ口の端からよだれを垂らしながら、スマホのカメラアプリを起動してシャッターを切りまくる。先ほどからパシャパシャと連写されてるんだけどナニコレ、ホント=ナニコレ?
「クラリスお前いつの間に」
「ロリの香りを検出したものでつい」
「せめてショタと言いなさい」
「「???」」
何で2人同時に首を傾げるんだよコラ。仲良しかお前ら。
「そ、それよりご主人様。せっかくですから名札とこちらの帽子を……!」
「ふざけんなこの変態メイド」
「はうぁっ! な、なんというご褒美……ッ!」
時折ミカ君思うの。ドMって最強なんじゃないか、って。
罵倒されて鼻血を出しながら嬉しそうに悶えるクラリス。その間に後ろに回り込んだパヴェルにあの小学生低学年がかぶってるようなあの黄色い帽子をすっぽりとかぶせられ、小学校低学年のミカエル君が爆誕するという最強クラスの尊厳破壊をお見舞いされてマジ泣きそう、泣いていい?
防犯ブザー鳴らそうかなと思っていると、そこに救いの手が差し伸べられた。
パシャパシャと写真を撮るクラリスと、腕を組みながら「やっぱこの路線だよな」って納得しているパヴェルの後ろ。そこには口元に聖母の如き慈悲に満ちた笑みを浮かべつつも、双眸を爛々と紅く光らせた般若……じゃなかった、シスター・イルゼが仁王立ちしていて、その、肩にはでっかいハンマーを担いでいる。
気のせいかな、ハンマーに”100t”って書いてあるんだけど……イルゼさん?
まあ次の瞬間には予想通りの結果になった。ごちーん、と痛そうな音が響き、昔のギャグマンガよろしく星が飛ぶ。その後なんやかんやあって、気が付くと仁王立ちするシスター・イルゼの前にクラリスとパヴェルが、頭にでっかいコブを乗せた状態で正座させられていた。
「何か言う事は?」
「「ミカエルさん大変申し訳ありませんでした」」
「よろしい」
お、おう……おっかねえ。一番おっかねえのこの人なんじゃ?
なんだろ、シスター・イルゼの背後に般若の幻影が見えるんだけど。
「さ、参りましょうかミカエルさん」
「ひゃ、ひゃい」
ビビり過ぎて声が裏返った件について。
とりあえず、いちいちツッコんでいたらキリがないのでそろそろ外出しよう。
あれかな、前までバチクソにシリアスで重い話だったからその反動でふざけようとしてるのかなあの2人……なんて思いながらちらりと後ろを振り向くと、クラリスは自分のスマホの画像フォルダを開いて鼻の下を伸ばしているところだった。あの、俺が見た事ないくらいすっごいだらしない顔してるんですが……。
まあいいや、外に出よう。
シスター・イルゼと一緒に連絡通路を渡り、改札口で冒険者バッジを提示してから駅を出た。
「ミカエルさん、ありがとうございます」
駅前の通りを抜け、人気のない路地に差し掛かったところで、シスター・イルゼが唐突にそんな事を言った。
「今回の件、付き合ってくれて」
「いいって、仲間だし当然だよ」
悩む事があったら、仲間を頼っても良いと思う。
それはきっと、仲間に救いを求める事はきっと、弱さなどではない筈だから。
「……ところでその、ミカエルさん?」
「?」
「結局それ、背負ってきたんですね」
「……置いてくるの忘れてた」
サイズといい質感といいジャストフィットし過ぎたもんだから、ついうっかりそのままランドセル背負って列車から出てきちゃったよどうしよう……さすがに黄色い帽子は置いてきたけども。
背負ってるの忘れるレベルでフィットするランドセル作るパヴェルの技術力よ……アイツ情熱をかける分野間違ってるよねどう見ても。
さて、そんな茶番は置いといて。
シスター・イルゼが見たというデリアについての情報は、彼女から話を聞いて把握している。
彼女曰く『確かにデリアちゃんだった』との事だ……それも死んだ時の、9歳の姿ではなく成長した姿だったという。6年前で9歳だから15歳、ルカより1つ年下か。
しかもそれは人違いとか、単なる他人の空似なんてものではなく、本人だったという。その証拠に彼女はシスター・イルゼに対して『変わらないね、シスターは』と発言して去っていった、と聞いている。
これがただ”それっぽい人物を見た”というのならば他人の空似とか、見間違いの可能性があるのだが……実際に会話しているというのならば、認めざるを得ない。彼女がデリアなのだと。
だが、次は彼女の正体は何なのかという話になってくる。
実は死んだと思わせて生きていた……アニメでは散々使い古された展開だが、しかし今回に限ってそれはないだろう。シスター・イルゼはデリアの火葬にも立ち会ったのだから。
テンプル騎士団絡みか、それとも別の何かか……。
いずれにせよ、デリア本人ではない可能性は高い。
アンデッドとの戦闘も想定し、今回持ってきた武器の弾薬は聖銀を用いたものを装填している。シスター・イルゼの話では、アンデッドの類にはこれが一番効くのだそうだ。他にも聖水とか十字架とか、光属性の魔術も有効だそうで、アンデッドの種類によっては教会の鐘の音も効果的らしい。
「この辺りです」
立ち止まり、シスター・イルゼは目を細めた。
ここでデリアを見たというのだが……しかし、以前に遭遇した場所にやってきたからといって、向こうがホイホイ姿を現すとも思えない。
とはいえそれ以外の情報が少なく、どこかを拠点に活動しているのか、それとも各地を転々としているのかすら分からない。とりあえず今日一日だけこの街を調べ、見つからないようであればスパッと諦める……それを条件としてパヴェルに1日だけ滞在期間を伸ばしてもらったわけだが。
シスター・イルゼのためにも何とか正体を暴きたいものである。
「ふぇぇ……見つからないよぅ……」
休憩がてらに立ち寄った喫茶店でミルクティーを飲みながら、ついついそんな言葉を漏らしてしまう。弱音を吐くなんて男らしくないよなとは思うが、しかし無理もない話だ。
チョリュビンスクは人口が多い。工業都市の1つであるという事もあってか、とにかく労働者やその家族が住んでいるので、街の人口は多い部類となる。体感ではあるが東京とかあの辺のレベルではないものの、十分に都会と言ってもいいレベルではないだろうか。
そんな雑踏から1人の少女を探し出すというのも、なかなか骨が折れる作業である。探偵にでもなった気分だ。
ケモミミをぺたーんと倒しながらしおれていると、こっちを見たシスター・イルゼは顔を紅くしながらも咳払いして、アイスコーヒーを口へと運んだ。
というかアイスコーヒーってノヴォシアにもあったんだな……海外じゃ温かいコーヒーが当たり前でアイスコーヒーは異端なんて話を聞くけど、転生者が広めたのだろうか?
「どうしよ」
「うーん……早くも手詰まりって感じですね……」
なにかこう、こっちから情報をリークして向こうが網にかかるのを待つという手もあるが、しかし1日のみというタイムリミットがある以上はなるべく短時間で結果が出る作戦を厳選したいものである。
しかし人探しって大変なんだな……探偵の苦労がよく分かるよ。
参ったね、と呟きながら手帳を取り出した。
折り目をつけていたページには、シスター・イルゼの証言を元にパヴェルが描いたデリアちゃんの似顔絵が描かれている。ご丁寧に色塗りに清書までやったガチ仕上げの、なんかこう、あるじゃんほらアレ。ラノベの最初の方にあるカラーページ。あの辺に掲載されてそうな感じの正統派美少女のイラストがある。
9歳の時のイラストと、それから6年間で成長した彼女の想像図までガチのクオリティで描かれているのホント草。
本名、デリア・エンゲルベルト。享年9歳、9月24日生まれの乙女座。
第二世代型の獣人でタイプは狐、シスター・イルゼと同じだ。
幼少の頃から両親からの虐待を受けて過ごし、他人とは距離を置いていた……まあ、日常的に暴力を受けていれば自分以外の他人も信用できないのだろう。物心ついた頃から虐待を受けていれば他人と接する事など無く、それ故に他者との接し方も分からず、助けを求める事もままならない。
まったく嫌だねぇ……。
自分の幼少期を思い出しながら、片手で頭を抱えた。
―――親のエゴに苦しめられるのは、いつだって子供だ。
「……一応、聞いておくけど」
「はい」
「デリアちゃんを首尾よく見つけたとして……その後はどうする」
「え?」
デリアちゃんを発見したとしよう。問題はその後だ。
まあ、件のデリアの正体にもよるのだろうが……物の怪の類と断じて祓うのか、それとも彼女の幸せを願い見届けるのか。
護身用にカービン化したグロックとドラムマガジン装備のヴェープル12モロト、それからダメ押しのグロック43をターシャリ・ウェポンとして携行する重装備で来ちゃったが……できればこの備えが、全て無駄になる事を祈りたいものである。
どうすんのさ、と視線で訴えると、シスター・イルゼはコーヒーカップを置いてから言った。
「……彼女が何者であったのだとしても、幸せに生きているならば私はそれでいいのです」
「祓うつもりはない?」
「はい」
ティーカップを持ち上げ、ミルクティーを口へと運んだ。
「あの子は苦しい思いをたくさんしてきました……二度目の人生というのが本当にあるのだとしたら、次こそは幸せに生きてほしい。それが私の願いです」
「優しいね、シスターは」
ティーカップが空になった。
ミルクのまろやかさと砂糖の甘さ。生きていると、時折甘いものが欲しくなるものだ……疲れ果て、力を使い果たしている時ほど身体は糖分を欲する。
それと同じだ。生きてて辛い経験があると、人は優しさを求める。
それは決して弱さなどではない。生きるために必要な、精神が発する赤信号。それを甘えだの弱さだの断じてしまう人は、きっと鬱病で辛い思いをしている人にも甘えだの何だの間違った言葉をかけて死に追いやるのだろう。
そういう人たちを優しく受け止めてくれるような人が、共同体には必要になる。
この場合、きっとそれがシスター・イルゼ―――イルゼ・シュタイナーという女性なのだろう。
相手に敵意がない限りはそれでいい。その方が、お互いにとって最善だろうから。
それがいい、と思いながら視線を何気なく店の外に向けたその時だった。
「―――ぁ」
間抜けな声が漏れた。
車道を挟んだ、反対側の歩道。
昼休みで昼食を買いに歩く労働者たちの人混みの中を、デリアと思われる金髪の少女が歩いていた。
「シスター」
「はい」
慌てて席から立ち上がる。カウンターで店員さんに1200ライブル支払い、俺はシスターと一緒に喫茶店を飛び出した。
死んだはずの少女―――果たしてその正体は物の怪か、それとも……?
対戦車ランドセル
出番がない時間を利用しパヴェルが自作したランドセル……のようなナニカ、対戦車火器。中にRPG-7の対戦車榴弾を6発内臓、右側面のワイヤーを引く事でロケット弾を斉射する。照準器の類はないので相手に向かってばら撒く運用が基本になるが、実用性は果たして……?
なお、左側面には防犯ブザーが用意されているほかリコーダーまで完備。元々はミカエルに身に着けさせるべくクラリスがパヴェルに製作を依頼したコスプレ衣装の一部だったらしい。




